• 検索結果がありません。

ルック・ウエスト政策とインド洋政策の模索

ドキュメント内 現代インド外交の研究 (ページ 89-101)

1節インドと中東・アフりカとのつながり

インドは中東 アブリカなどのインド洋沿岸田とは古くからインド洋・アラビア海を 通る海路で、つながっていた。この海路l士、中央アジアを横断する東西交通路のシルク口 ードに対して「海のシルク口一ドJや f海の道jにもたとえられ、交易だけでなく、 7 世紀以降に成立・拡大しイスラームを高アジアにもたらしたのインドのムスリム(イス ラーム教徒)にとって中東はイスラ…ム教の生誕地域であり、その人口は約1.

3

(2011年センサス〉で、インド総人口の 13.40/0を占めている。

ムスリムにもまして近現代のインドにとって中東・アブリカとの強い関係性をもたら したのが、自本で印僑と呼称された「在外インド人Jの存在である。在外インド人は、

英国のインド洋地域支配がもたらした歴史的遺産である。英領インドから出稼ぎなどの ため、高人、専門職、労働者などのインド人が英国権民地に渡った。英国が去った後、

表 4‑1のようにインド洋沿岸国には多数の在外インド人が居住することになった。これ らの在外インド入はインドの重要な外交資産となっている。

4‑1  中東・アブリカ・インド洋の f在外インド人j罷別人口(人口 5万人以上)。

中東(サハラ以北を含む) アフリカ(サハラ以南)

:約590万人 :豹 2 7 0万人 サウジアラビア 1 78.  9 南アブヲカ 121.  8  アラブ首長関連邦175.  0 モーヲシャス 8 8.  2  オマーン 7 1.  9 

クウェート 57.  9  カタール 5 O. 

ノミーレ…ン 35. 

イエメン 1 1.  1  イスラエノレ 7.  8 

ン ア オ ニ ニ ア ザ ユ 一 ン

/

27.  5 

7 .   5 

5.  5 

インド洋(インド以西。南ア ジアを除く)

総計:約370万人

マレーシア 205.  5  シンガポール 67. G 

ストラリア

44. 

8  ミヤンマ… 3 5.  7  タイ 1 5. 

出所:Theinistryof Overseas  Indian Affairs, POPULATION OF NONRESIDE

INDIANS (Is): COU?Y¥ISE 

http://rnoia. gov. in/writereaddata/pdf/NRISPIOSData(1506‑12)new.pdf  2014  年6jJ 25 

日アクセス 注:梅外イン

千人単位を四

P の統計では、人口数に粗密があるので、概数として した。

インド政府は在外イン ド人問題省J(間年9月

と有用性に着苦し、

2 0 0 4

5

月に

「海外インド人問題省jに改称)在設費した。ここ

ン う在外 イ ン ド 入 と は 、 海 外 居 住 の イ ン ド 人 で あ り 、 非 居 住 イ ン ド 人

( N R l

o

N o n ‑ R e s i d e n t   I n d i a n s )

ーインド国籍を保持・取得している国外居往者ーとインド出自者(引

0

0

P e r s o n s   o f  I n d i a n  Origin‑

居住国の国籍を取得し、非インド悶籍となった者とその子孫一両方 を併せた数で、ある。インド政府は

1 9 6 0

年代以静から移民政策への取り組みを始めてい る(詳しくは、古賀

[ 2 0 0 6:  3 2 1 ‑ 3 2 2 J )

を参照)。

権外インド入問題省の統計によれば、在外インド人の総数試釣

2

1 9 0

万 人

( 2 0 1 2

5

月)であり、その約

6

割弱が中東諸菌、アフリカ諸国、インド以西のインド洋 沿岸諸国が占めている。

第2節 ノレック・ウエスト政策における中東・アブリカ 1.インド経済にとって不可欠な中東

在外インド人約

6 0 0

万人が居注する中東は序章第

3

節の「インド外交マトリックスj

ではリージョナルなレベルの位置付けを占める重要な地域であるが、インドの中東政策 とかルック・ウエスト政策(西方政策)と幹すべきまとまった政策が見当たらない。

派政権

( 2 0 0 4 ‑ ‑ 2 0 1 4

年)が発足した当時、インド戦略家のラージャー・モーハンは、イ ンドが同閣以西への経曲地としてパキスタンを夜用可能にするような「ルック・ウエス ト政策jの必要性を説くとともに見返りにパキスタンが間関以東の東階アジアへの経 由地としてインドを捷用させるようにすべきだと力説した

( M o h a n[ 2 0 0 4 J  

。)

その後、インド副大統領の丘・アンサ…リー〈ムスリム)は、

2 0 1 0

1 1

月にニューデ リーで開催された「インドと湾岸諸国、イラン、イラク一安全保障の展望に関する会議J の開会の辞で、ルック・イースト政策のように、インドの利益を守り、挺進するために 詰アジア地域に対する fノレック・ウエスト政葉jが必要であると指摘したが

8 6

、この政 策が具体的に進展したようには晃えない。

副大統領が言う湾岸諸国とは、

1 9 8 1

年に された湾岸協力 (GCC)の加盟国であ り、ペルシャ湾岸のサウジアラピア、クウェ…ト、パーレーン、カタール、アラブ首長 ンを指し、在外インド人が中東で最も多い多い国々である。この6カ国 にイランとイラク在加えた悶々は、地理的にも近く、インドにとって重要な中東諸国 ある。

中東がインドにとって持つ意味として 4点在上げることができるの第 lには、なんと ても経済・貿易関孫がある。インド政府期業局統計勺こよれば、

2 0 1 3

年度における

8 6 h t t p : / / v i c e p r e s i d e n t o f i n d i a . n i c .  i n / c o n t e n t . a s p ? i d

3 1 5 2 0 1

生年

8

2 3

日アクセ

87インド、政府高工局輸出入データパンク。この数値は、ヂ…タパンクにいう GCC(湾岸諸国協 力会議〉加盟の西アジア諸国とその他西アジア諸国との合計である

8 0  

インドの中東貿易は、輸出が 612.4億米ドル(インド全輸出の 19.50/0)、輸入が 1,347.3 億米ドル(全輸入の 29.9%)となっており、地域別でみれば、インド最大の貿易相手地域 である。

大幅な入超になっているが その 7割強をエネルギー資源が占めている。つまり、

中東は、インドにとって石油・天然ガスの輸入先として重要なのである。 BP(旧称英国 石油)の 2014年 統 計88によれば、インドのエネルギー資源別比率(2013年)は、石油

(54.5%)、石油(29.5%)、天然ガス (7.8%)の順であるが、このうち、石油輸入の 61.2% 

をサウジアラビア、クウェート、イラク、イランといった湾岸の石油生産諸国に負って いる。インドは中米ロに次ぐ世界第四位のエネルギー消費国で、ある890

第2に中東に居住する在外インド人約600万人からの本国送金である。2013年(暦年)、

すべての在外インド人から本国インドへの送金額は、前年に引き続き世界トップの 700 億米ドルであり、インドの外貨獲得では中核を占めるソフトウエア関連輸出の 650億米ドル

をも上回っていた900 このうち、インドは GCC諸国にいる在外インド人だけでも 300億 米ドルの送金を受けている910つまり、インドにとって外貨獲得という観点からも中東は 死活的な地域なのである。

第3にインドの中東外交との関わりである。インドにとって中東地域が重要な経済的 意味合いを持つ以上、この地域を等閑視することは不可能である。しかし、現実にはパ キスタンの存在を常に意識せざるを得ない。つまり、パキスタンは、バングラデ、シュ独 立戦争(第3次印ノミ戦争)で東西両翼のうち東ノミキスタンを失うと、東南アジアと中東に 対する両院み政策を放棄せざるを得ず、中東政策に注力した。インドは、インドネシア、

パキスタンに次いで、世界第3位のムスリム人口を擁しながら、パキスタンの反対のため、

イスラーム協力機構(OIC)に加盟ができないし、パキスタンの働きかけで OICが出すイ ンドのカシュミール政策の批判に対処で、きない。

結果的にインドは中東地域におけるプレゼンス確立で苦闘せざるを得なかった。かつ てのソ連が中東に対する一定の影響力を持っている聞は良かったが、第 3次中東戦争 (1967年)でアラブ諸国側が敗北し、これを支援したソ連の勢力も弱まり、米国が支配 的なパワーとなったため、印米の利害が頻繁に衝突するようになった(コーエン [2003: 

373‑374J )。印米は、 2000年代(2000年一09年)以降もイランやイラクなどに対する中

88BP, Statistical Rθviθof Iforld Enθ'rgy 2014 

(http://www.bp.com/en/global/corporate/about‑bp/energy‑economics/statistical‑rev  iew‑of‑world‑energy.html)  2014年6月28日アクセス。

89米政府エネルギー情報機構(USEnergy Information Administration)ホームページ。

http://www.eia.gov/countries/cab.cfm?fipsIN 2014年6月30日アクセス。

90Times  of India, April  12, 2014. 

91 India' s balancing act  in  Middle East, IAル~ February 26, 2014 

https://in. finance. yahoo. com/news/indias‑balancing‑act‑middle‑east‑150815286. htm 

東政策で常に対立を繰り返している。

例えば、インドが喉から手が出るほど欲しい天然ガス・パイプラインの例がある。2000 年代に入ってイラン・パキスタン・インドの三国間に IPIパイプラインを敷設し、イラ

ン産天然ガスを印ノミに供給するプロジェクトが実現に向けて動き出すと、核開発疑惑の あるイランに経済制裁を加えていた米国が強く反対し、結局、このプロジェクトは日の 目を見なかった(堀本 [2006J。)

た し か に 印 米 関 係 は 2000年 代 に 入 っ て 好 転 し た が 、 イ ン ド は 国 連 や 安 保 理 で イ ラ ク や シ リ ア な ど の 問 題 で ロ シ ア や 中 国 の 側 に 立 つ 場 合 が 多 か っ た の で 、 米 国 が 中 ロ 並 み の 疑 念 を 抱 き が ち だ と い う (Dhume [2012J )。インドは、国内の対 ム ス リ ム 政 策 ( 有 り 体 に は ム ス リ ム 票 確 保 ) も あ り 、 米 国 に た や す く は 同 調 で き ない。

第 4に は 、 中 東 方 面 の ム ス リ ム 過 激 派 が イ ン ド を タ ー ゲ ッ ト に し て お り 、 イ ンドはこれに対処する必要がある。すでに、 2014年 6月 に は 、 ア ル ・ カ ー イ ダ 系 の 組 織 が モ デ ィ 首 相 暗 殺 を 呼 び か け る と と も に カ シ ュ ミ ー ル を 分 離 独 立 さ せ る 運 動 へ の 参 加 を 世 界 に 呼 び か け て い る と い う920 同年 9月 に は 、 ア ル ・ カ ー イ ダ が 「 イ ン ド 亜 大 陸 」 支 部 を 設 置 し た と の 報 道 も あ る930 イ ン ド の 商 都 ム ン パ イでは、 2014年 11月 、 イ ス ラ ー ム 国 に 加 わ っ て シ リ ア に 行 っ た と い う 男 子 学 生 を拘束している。

2. イ ス ラ エ ル と の 緊 密 化

イ ン ド に と っ て 中 東 地 域 は ア ラ ブ 諸 国 だ け で な く 、 イ ス ラ エ ル と の 関 係 、 で も 重 要 な 意 味 合 い を 持 っ て い る 。 イ ン ド は 1950年 に イ ス ラ エ ル を 国 家 承 認 し て い た が 、 冷 戦 期 の 会 議 派 が パ レ ス チ ナ 擁 護 に 肩 入 れ し て い た こ と か ら イ ス ラ エ ル と の 関 係 構 築 が で き な か っ た 。 こ れ を 打 ち 破 っ た の が 1990年代前半の会議派・

ラ ー オ 政 権 で あ る 。 イ ン ド は 1992年 に な っ て イ ス ラ エ ル と 正 式 に 国 交 関 係 を 樹 立した。

インドとイスラエルとの関係はインド人民党政権時代 (1998 年 ~2004 年)に大

きく進展した。インド人民党はヒンドゥー至上主義を掲げる政党であるため、反ムスリ ム的な色彩が濃く、アラブ・イスラーム圏に取り固まれたイスラエルには強い親近感を 抱いている。インド人民党ホームページには、イスラエルとの頻繁な交流記録や同国へ の言及が見られる940 ソニア・ガ、ンディー会議派総裁は、 2014年8月、モディ政権がイ

スラエルによる 7 月 ~8 月のガザ爆撃について、下院が非難決議を採択しなかったこと

92 Thθ Guardian, June  14, 2014  014年9月7日付『朝日新聞』

91 http://www. bjp. or/en/component/search/?searchword=Israel&searchphrasee xact&limit12&ordering=newest&start=48 2014年 7月 1日アクセス。

82 

ドキュメント内 現代インド外交の研究 (ページ 89-101)