• 検索結果がありません。

4. 空間認知と地図検索

4.1. 地図の読解

2000 年以降,インターネットを使った GoogleMaps 等の地図サービスが無償公開され,

地図の利用機会が増えたが,それをうまく活用できない人は少なくない.その原因のひと つに,地図を読解(以下,「読図」)する能力が関係する.読図には,空間をイメージする 能力,さらに実際の風景や地形と地図とを照合する経験が必要である.

一般的な地図は,地形や地表に存在する地物の位置関係を,地図座標(緯度経度や平面 直角座標系)を用いて平面上に表現し,利用しやすいように一定の縮尺で表現したもので ある.様々な種類の地物に関する情報を空間的な広がりの中で俯瞰できるため,一般的に は具体的で理解しやすいと考えられがちである.しかし,ほとんどのユーザにとっては,

目前に見えるストリートビューとしての風景を上空からの視点(鳥瞰図型)に変換して理 解する必要がある.そのような体験は日常的には希少なため,高度に抽象的であり,理解 は決して容易ではないと言える.

このような読図に関連してShemyakinは,人の空間認知方法を「サーベイマップ型認知」

と「ルートマップ型認知」の2つに大別した[62].上述した鳥瞰図型地図とストリートビュ ー的空間認識は,それぞれが人の 2 種類の空間認識方法であるサーベイマップ型認知とル ートマップ型認知に対応している[63][64].

サーベイマップ型認知(以下「サーベイマップ」)とは,鳥瞰的に地形や街並みを上空か ら平面的に捉えた空間認知のことであり,自宅と最寄り駅や小学校などの地物との位置関 係や距離感などを理解し易いという特徴がある.しかし,実際に自分の目で鳥瞰図的に地 表を見下ろす体験は限られていることから,バーチャルな世界であると言える.通常は地 図やイメージマップのような絵(図)として視覚的に表現される.

一方,ルートマップ型認知(以下「ルートマップ」)とは,あるルートを頭の中で移動す る時に浮かぶ風景や特徴的な建物などの系列から構成されている空間認知方法である.例

47

えば自分の家から駅までの経路について,家を出て左に曲がると小さな四辻があるので,

そこを右に曲がると高校が見える,などの視覚イメージの系列を中心として,音(神社で 鳥の声が聞こえる,など),臭覚(ケーキ店から甘い匂いが漂う,など),体感(坂道がき つい,など)からなるエピソード記憶[65]や体感記憶を含む.これらの知覚内容については,

視点(目の高さ),興味の対象,歩行速度なども関係し,極めて個人的な空間認識であると 言える.ルートマップのもうひとつの特徴は,ことばによる表現が比較的に容易な点であ る.移動の経験は,「家を出たら右に曲がる」,「まっすぐ行って,コンビニの手前を左に曲 がる」などと時系列的な行動として表現できる.また進む,曲がるなどの特定の行動をと るべき場所についても,「右に赤い屋根の家が見えたら・・・」,「左に森を見ながら・・・」

などのように,五感,特に視覚をベースにことばで表現できる.

前述したように,ほとんどの人にとって日常的な移動は,ルートマップに基づいて行わ れている.そのため読図には,ルートマップとサーベイマップとを対応づける能力が必要 とされる.この対応付けをうまく行えない人が方向音痴と言われている[66].しかし両者を 関連付ける作業は,方向音痴でない人にとっても必ずしも容易ではない.Hartらは,人の 発達時期と空間認識との関係を論じている[67].それをベースとしてルートマップからサー ベイマップへの移行過程を実証的に検討した研究がある[68].そこでは,小学生1~4年生 に手描き地図を描かせて地図の変化を見たところ,小学校 2 年次まではルートマップが卓 越し,3年次にサーベイマップに移行し,4年次になると移動系列にあるランドマークをサ ーベイマップに再体制化が進むといった結果が得られている.また寺本ら[69]は,愛知県春 日井市において小学生を対象に日常の遊び場の広がりと空間認知との関係を調査した結果,

小学生3~4年生になると,遊び空間とともに認知空間も急速に拡大すると述べている.こ れらの研究は,小学生 3~4 年生の時期に空間認知が大きく変化することを指摘している.

日本の学校教育では,小学校で基礎的な地図学習が導入されるが,それ以後は体系化され た地図利用教育は行われていない.そのため,成人後も地図の利用が苦手な人は少なくな い.方向音痴の原因のひとつは,目前の風景(ルートマップ)と地図(サーベイマップ)

との照合能力にあると考えられている.この能力は,現代社会においては「当然有する能 力」と考えられているため,方向音痴の人の多くは,自分が方向音痴であることを恥ずか しく思い,そのことを隠す傾向にある.しかし上記のように,目前の風景と地図を照合す るという行為が極めて抽象的な作業であることを考えれば,地図利用能力は教育を通じて 後天的に獲得されるべき能力であり,当然のようにこの技術に長けていない人は少なから ず存在すると言える.身近な例をあげると,読図能力の高い人は,地図の方角と自分の向 いている方向を脳内で一致させることができるが,方向音痴の人は移動する方向に合わせ て地図を回転させながら進む.このような方向判断の遅れや間違いを,心理学や認知心理 学では,整列効果と呼ぶ[66].地図を読めない人が少なくない状況を前提とするならば,地 図を地物や地形の整理用の表現形式として採用しつつも,少なくとも利用場面でのユーザ インタフェースとしては,日常的な経験をベースとしたものが提供されるべきであり,そ

48

のようなユーザインタフェースへのニーズは決して小さなものではないと思われる.

またLobbenは,読図に関連する能力として下記の5つを挙げている[70].

① 地図回転(map rotation):方向転換時に,地図を回転させるか,頭の中の地図(後述 の認知地図)を回転させるかの能力.

② 場所認知(place recognition):地図を見ながら,その先に何があるかを予測・認識す る能力.

③ 現在地認知(self-location):自分の位置を地図から認識する能力.

④ ルート記憶(route memory):ルートを地図から記憶する能力.

⑤ 方向認識(wayfinding):どの方向に進めば目的地に到着できるかを理解する能力.

上記からは,サーベイマップを使っても,ルートマップを使っても,いずれにしても現 在自分がいる場所と,それらの地図を対応づける能力が必要であることがわかる.読図能 力は,地図(ルートマップの場合は方向)というシンボルと目の前の風景とのマッチング 能力であることが再確認できる.

Google は 2007 年に地図と目の前の風景とのマッチングを地図サービスとして,特定の

地点から見える風景を写真で示す「ストリートビュー」をアメリカで公開した.日本では 2008年からサービスが開始された.ストリートビューは,自動車の屋根に設置された全天 球カメラで街の風景を撮影すると同時に,GPS で撮影位置などの情報を取得し,それらを インターネット上で閲覧可能とするルートマップ型サービスである.ところがストリート ビューを利用するためには,サーベイマップから該当場所を検索し,人型アイコンを地図 中の該当場所に(顔の向く方向も考慮して)置く必要がある.これでは,ルートマップと してのストリートビューの特性を活かすことが難しい.

以上のように, GISは一般的にサーベイマップ型システムであり,その利用にはある程 度の読図スキルが必要である.すなわち,ルートマップからサーベイマップを再構成し,

調べたい場所を地図中に探す必要がある.

49