第三章 モンゴル南部乾燥地地盤の物理・化学的環境特性
3.4 植物の生育に影響を及ぼす地盤の物理・化学的環境
3.4.5 土壌の陽イオン,有機分及び地盤の栄養保持能力が植物の生育に与える影響
を及ぼす.以下の表3-3に,植物の生育に影響を及ぼす主な成分と,各成分が植物体の生育 に必要な理由を記す.
本論文では,植物の生育に加え,塩類集積の観点からも特に3種の交換性陽イオンMg2+, K+, Na+の深さ方向の分布に着目する.CECはこの交換性陽イオンが土粒子にどれだけ吸着でき るかを表す保肥性の指標である.
窒素,リン酸等の有機分は一般的な植物の生育にとっての必須要素である 12).窒素は植 物体に欠かせないタンパク質の構成成分として重要な成分であり,特に植物が利用しやす いのは無機態の硝酸態窒素,アンモニア態窒素である.リン酸は細胞膜成分のリン脂質や 核酸の構成成分になり,呼吸やエネルギー伝達に関与する.
また,土壌は表3-3の陽イオンを吸着する働きを持っている.土粒子に吸着している状態 のイオンを交換性陽イオンという.交換性陽イオンは,土粒子表面に電気的に結合してい る状態の陽イオンであり,交換性陽イオンは土中の水に含まれる水溶性陽イオンと容易に 交換することができる.また植物根は水素イオン(根酸)を放出してそれらを陽イオンと交換 し,養分として交換性陽イオンを得る9).
交換性陽イオン吸着のメカニズムは砂質土の場合,その多くの土壌に含まれる粘土鉱物 の構造は,結晶性ケイ酸塩鉱物である14).これは,ケイ素(Si)4面体層とアルミニウム8面 体層が上下に結合したものが 1 つの単位となっており,これが数十枚重なり合っている.
模式図を図3-15に示す.
粘土鉱物の粒子が負電荷を持つ原因の一つはSi-4面体の SiがAlに置換したり,Al-8面
図3-14. pH・ECの値が一般的な植物に及ぼす影響12)
高pH・低EC型 高pH・高EC型
・石灰が多い
・硫安・硫加のような 硫酸系の肥料を使う
・肥料過多
・湛水除塩、
無肥料栽培
pH (水浸出)
6.5 6 5.5
適正範囲 pH5.5-7 EC0.4-1
低pH・低EC型 低pH・高EC型
・肥料不足
・肥料と有機物の 積極的施用
・窒素肥料過剰
・多灌水栽培 または湛水除塩
0 0.4 1.0 1.5
EC(mS/cm) 7.5
7
5 4.5
53
体のAlがMgに置換されることによるものである.これを同型置換という.Si-4面体内の 同型置換に基づく負荷電は,Al-8 面体内の荷電よりも陽イオンに対する吸収力が強くなっ ている.この機構による負電荷はまわりの溶液のpHの影響を受けない.
さらに,粘土の結晶格子の末端に現れる破壊原子価[O- H+]や[SiO- H+]の水素イオンH+の 解離によって発生する負電荷が原因となる.粘土自体の負電荷の他,有機物中のカルボキ シル基(COO- H+),フェノール性OH基(O>O- H+)そしてイミド基(>N- H+)に含まれる水素イ オンの解離による負電荷がある15).
水素イオンの解離で発生する負電荷はpHが下がって周りの溶液の水素イオンが増えると,
粘土や有機物中のH+の解離度が下がり負電荷が減少する.
これらの負電荷をもった粘土鉱物に肥料成分中の陽イオンを与えると,あらかじめ保持 されていた陽イオン(H+やCa2+)と交換され,種々のカチオンを吸収・保持する.これを陽イ オン交換作用という.土壌に保持される主な陽イオンとしては,表3-3のCa2+,Mg2+,K+, Na+,NH4+,H+等である.また,土壌に保持されている状態のイオンを交換性陽イオンとい う.また,土が保持できる陽イオンの量を陽イオン交換容量(CEC:Cation Exchange Capacity ) といい,CECが高い程養分を多量に保持できる.また,保持された陽イオンのうちH+以外 の陽イオン(塩基)の占める割合が高い程養分を多く保持しているといえる.
一般に砂質土は養分が流失しやすく,粘土質の土では流失しにくいが,これは大きい砂 質土の土粒子は陽イオン交換容量が小さいのに対し,粘土は陽イオン交換容量が大きいこ とを示している.粘土の中でも直径が0.002mm以下の粒子(コロイド)は養分を保持する能力 が高くなる.
54
表3-3. 植物の生育に影響を及ぼす主な土壌成分の吸収過程とその影響13)
図3-15. 鉱物の表面構造13)
元素名 記号 吸収課程 植物に必要な理由
炭素 C 大気から二酸化炭素(CO2)として 水素 H 土壌溶液から水(H2O)として
酸素 O 大気、土壌空気から酸素分子(O2)として 土壌溶液から水(H2O)として
アンモニア態窒素 NH4-N 土壌溶液からアンモニウム(NH4+)として 細胞を作るタンパク質の主成分 硝酸態窒素 NO3-N 土壌溶液からアンモニウム(NO3-)として 細胞が正常に働くために必要 リン P 土壌溶液からリン酸イオン(H2PO4-,HPO42-)として 細胞が正常に働くために必要 カリウム K 土壌溶液からカリウムイオン(K+)として 果実の肥大を助けるのに必要 カルシウム Ca 土壌溶液からカルシウムイオン(Ca2+)として ①細胞壁を作るのに必要
②土壌の酸性化(pHが低い)を防ぐ マグネシウム Mg 土壌溶液からマグネシウムイオン(M g+)として 葉緑素の主成分なので必要 硫黄 S 土壌溶液から硫酸イオン(SO42-)として
亜鉛 Zn 土壌溶液から亜鉛イオン(Zn+)として 銅 Cu 土壌溶液から銅イオン(Cu2+)として 鉄 Fe 土壌溶液から鉄イオン(Fe3+)として マンガン Mn 土壌溶液からマンガン酸イオン(M n2+)として ホウ素 B 土壌溶液からホウ酸(K+)として
モリブデン Mo 土壌溶液からモリブデン酸イオン(M oO4-)として 塩素 Cl 土壌溶液から塩化物イオン(Cl-)として ケイ素 Si 土壌溶液からモノケイ酸(H4SiO4)として
有機物を構成する養分で、
植物・動物の元になる元素
必要量は他の元素に比べ少なく、
大抵は元の土壌に含まれている 量で充分である。
しかしごくまれに欠乏症が起こると、
葉の色が黄変したりする。
Si 4面体
Al 8面体
Si 4面体 Al 8面体
Si 4面体
Si 4面体
Al 8面体
Si 4面体 1:1型鉱物
2:1型鉱物
55