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国際投資通貨としての人民元

はじめに

第 4 章では,人民元の貿易通貨としてのパフォーマンスについて確認した。本章では,近 年,中国を巡る資本フローの動向を把握したうえで,証券投資,直接投資,貸出・借入とい う 3 つの方面から,人民元の国際投資通貨としての利用状況をそれぞれ確認する。また,

2015 年を境に,従来,活発であった香港点心債の市場規模が縮小に転じたのに対して,海 外投資家の中国本土パンダ債券や A 株への投資意欲が強まった事象を,国際的証券取引形 態の変遷という視点から考察する。そのうえで,人民元国際通貨化の過程全体において,投 資通貨としての人民元が有する重要性について明らかにしたいと考える。

第 1 節 中国の資本フローの動向

1.世界経済に占める中国シェアの上昇

まず,世界経済における中国経済の地位の変化を確認する。図表 5.1 を見てみると,世界 の名目 GDP に占める新興・途上国のシェアが 2000 年半ば以降上昇傾向にあり,足下では 4 割近くに達していることが分かる。2018 年に中国を含めた新興・途上国の名目 GDP は 33.7 兆ドルに達し,世界の名目 GDP の 39.7%を占めている。2000 年から 2018 年にかけて,中国 の名目 GDP は 1.2 兆ドルから 13.4 兆ドルに増加し,世界の名目 GDP に占める中国のシェア は 3.6%から 15.7%に上昇した。

さらに,世界の GDP 実質成長率への各国・地域の寄与度を見てみると,2000 年頃から世 界の実質 GDP 成長率に占める先進国の寄与度が次第に低下してきているのに対して,新興・

途上国のそれは上昇していることが分かる169(図表 5.2 参照)。2017 年に世界の実質 GDP 成 長率は 3.8%となり,中国を含めた新興・途上国の寄与度は 60%を超えている。中国の世界 の経済成長への寄与度は,2000 年の 6.3%から 2017 年の 26.3%へと急上昇した。このよう に,世界の名目 GDP に占めるシェアと,実質 GDP 成長率への寄与から見ると,2000 年以降 中国及び新興・途上国全体の世界の経済成長に果たす役割は益々大きくなっていると言え る。

2.国際金融システムへの組み込みを模索する中国

一方,国際金融市場においては,中国など主要新興国の存在感が急速に高まっている。

Cerutti, Koch and Pradhan(2018)は過去十数年,新興国の銀行(EME Banks)による国境 を越える事業活動が,先進国の銀行(AE Banks)に比べて速いペースで拡大してきたことを 指摘している。特に,中国の銀行は,中国企業のグローバル展開と,中国主導の「一帯一路」

169通商白書 2018 年版』第Ⅱ部,第 2 章を参照。

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図表 5.1 世界の名目 GDP 及び中国等のシェアの推移(単位:兆ドル,右軸‣%)

(出所)国際通貨基金(IMF),World Economic Outlook Database, October 2019 より筆者作成。

(注)2019 年度と 2020 年度は IMF による予測値を示す。

図表 5.2 世界の実質 GDP 成長率の推移と各国・地域の寄与度(単位:%)

(出所)日本経済産業省『通商白書 2018 年版』より筆者作成。

(注 1)原データは IMF,World Economic Outlook Database, April 2018 より。

(注 2)各国・地域の寄与度は経済産業省による前年の名目 GDP に占めるウェイトに基づいた試算値。

0 5 10 15 20 25 30 35 40 45

0 20 40 60 80 100

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020

先進国 新興・途上国(中国を除く)

中国 中国/世界(右軸)

中国/新興・途上国(右軸)

-3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 6

1981 1982 1983 1984 1985 1986 1987 1988 1989 1990 1991 1992 1993 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017

先進国 新興・途上国(中国除く) 中国 世界実質GDP成長率

111

(Belt and Road Initiative)沿線国でのインフラ事業推進のための資金提供を通じて,急 速に成長している(図表 5.3 参照)。また,Cerutti and Obstfeld(2018)は,近年中国の 債券市場と株式市場の規模,銀行業の総資産の変化などに基づき,国際金融市場における中 国の重要性が一段と増していると指摘している170

中国の債券市場の残高と株式市場の時価総額の推移を見てみたい。図表 5.4 をみると,中 国の債券市場の残高は 2014 年 6 月末時点の 33 兆元から,2020 年 6 月末時点の 108 兆元(約 15 兆ドル)に増加し,中国の債券市場残高の対世界名目 GDP 比は 2014 年の 7%から 2019 年 の 16%に上昇した。その結果,米国に次ぐ世界第 2 位の債券市場となっている171。2017 年 7 月には,香港と中国本土間の債券相互取引制度「債券通(ボンドコネクト)」が始動し,

海外投資家は香港の決済機関を通じて中国本土の債券を売買する「北行き」取引が先行実施 されている。こうした中,2019 年 4 月,米ブルームバーグは中国国債と政策性銀行債を「ブ ルームバーグ・バークレイズ・グローバル総合指数」(BBGA)に初めて採用した172。その後,

図表 5.3 中国の銀行業の総資産の推移(単位:兆元,右軸‣%)

(出所)中国銀行保険監督管理委員会「銀行業金融機関資産負債表」2003 年~2019 年版,国際通貨基金

(IMF),World Economic Outlook Database, October 2019 より筆者作成。

(注 1)IMF が公表した米ドル建値の世界名目 GDP を,中国外貨取引所が公表した各年の人民元対ドル相場 の年平均「基準値(中間値)」で換算する。

170 Cerutti, Koch and Pradhan(2018),p 31。この点について考察は,Aldasoro and Ehlers(2018) 同(2019),Koch and Remolona(2018),鳥谷(2019a)などを参照されたい。

171 Guo Shuqing(2020)を参照されたい。

172⁾ 2019 年 4 月,「ブルームバーグ・バークレイズ・グローバル総合指数」に中国国債と政策性銀行債を初 めて組み入れて以来,ボンドコネクトを通じた中国への資金流入は 5000 億元(約 7 兆 8,000 億円)

を超えている(『日本経済新聞』2020 年 3 月 26 日,[FT]中国債券,安全な投資先として脚光)。

0 10 20 30 40 50

0 50 100 150 200 250 300 350

2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020 中国銀行業総資産(Bank Assets) 中国銀行業総資産対世界名目GDP比(右軸)

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図表 5.4 中国の株式市場と債券市場の規模(単位:兆元,右軸‣%)

(出所)中国人民銀行「統計数据」2014 年~2020 年版,国際通貨基金(IMF),World Economic Outlook Database, October 2019 より筆者作成。

(注 1)IMF が公表した米ドル建値の世界名目 GDP を,中国外貨取引所が公表した各年の人民元対ドル相場 の年平均「基準値(中間値)」で換算する。

(注 2)2020 年度は 6 月末までのデータを示す。

2020 年 2 月には,米 JP モルガンが,中国国債を「グローバル・ダイバーシファイド指数」

(GBI-EM)に組み入れ始めた。中国人民銀行が公表した『人民元国際化報告(2020 年版)』 によると,2019 年末の時点で,海外投資家が保有する中国の債券残高は 2.3 兆元と 2017 年 からほぼ倍増し,海外投資家が保有する中国国内の人民元建て金融資産全体の 35.3%を占 めている173

また,中国の株式市場の時価総額は 2014 年 6 月末時点の 24 兆元から,2020 年 6 月末時 点の 65 兆元(約 9 兆ドル)に増加し,中国株式市場の時価総額の対世界名目 GDP 比は 2014 年の 5%から 2019 年の 10%に上昇した。2014 年 11 月,中国政府は,上海・香港の両証券 取引所間で注文を取り次ぐ株式相互取引制度「滬港通(上海・香港ストックコネクト)」を 開始し,海外投資家が香港経由で中国本土の株式に投資する仕組みを整えた。それに続き,

2016 年 12 月に深圳と香港の両市場間の株式相互取引制度「深港通」が始動した。さらに,

2018 年 5 月,中国政府は上海・深圳と香港の間の株式相互取引の 1 日あたりの投資の上限 金額を従来の 4 倍に引き上げ,「北行き」と呼ぶ香港から中国本土への投資の上限金額を 130 億元から 520 億元に,「南行き」と呼ぶ中国本土から香港への投資の上限金額を 105 億元か

173 2017 年から 2018 年にかけて,海外投資家が保有する中国債券残高は 1.2 兆元から 1.7 兆元に増え,

同年海外投資家が保有する人民元建て金融資産の増加分の 91%を占めた(『人民元国際化報告(2019 年版)』,18 頁)。

0 2 4 6 8 10 12 14 16 18

0 50 100 150 200

2014年 7月 2015年 7月 2016年 7月 2017年 7月 2018年 7月 2019年 7月 2020年

中国の債券残高総額 中国の株式時価総額

中国の債券残高総額対世界名目GDP比(右軸) 中国の株式時価総額対世界名目GDP比(右軸)

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ら 420 億元にそれぞれ拡大した。同年 6 月,米 MSCI は中国 A 株を「MSCI 新興国株指数」に 初めて採用し,また 2019 年 3 月に中国 A 株の組み入れ比率を段階的に引き上げ,11 月に 20%にすると発表した。さらに,2019 年 6 月,英 FTSE ラッセルは中国 A 株を「FTSE グロー バル株式指数シリーズ」に組み入れ始め,同年 9 月 S&P ダウ・ジョーンズも中国 A 株を「S

&P 新興国総合指数」に採用した。

2019 年末の時点で,海外投資家が保有する中国株式総額は 2.1 兆元に達し,海外投資家 が保有する中国国内の人民元建て金融資産全体の 32.8%を占めている。2017 年と比較する と,2018 年には海外投資家が保有する中国国内の人民元建て金融資産の増加分のうち,債 券の増加額は全体の 91%を占めていたが,2019 年に株式の増加額は全体の 67%を占めてい る。こうして,中国 A 株市場に占める海外投資家の比率は,2018 年の 2.5%から 2019 年の 3.6%に上昇した174

「滬港通(上海・香港ストックコネクト」や「債券通(ボンドコネクト)」など中国の金 融セクターの対外開放を拡大する措置は,世界の投資家を積極的に本土市場に迎え入れよ うとする中国政府の姿勢を示している。さらに,中国の人民元建て国債や株式が,国際分散 投資を行う機関投資家の多くが採用するベンチマーク(運用指標)である主要な債券指数,

株式指数に相次ぎ組み入れられたことは,新たな投資先となる中国に,世界の投資資金を振 り向ける動きが足元で出始めていることを示唆している。

他方,近年,グローバルな低金利環境が続く中,中国を含めた新興国は国際金融市場で積 極的に資金調達に動いている。一般に,対外債務は借入手段別に,「銀行に対する負債」,「海 外発行負債性証券」,「非銀行金融機関による貿易信用」に分類されるが,ここでは,国際決 済銀行(BIS)による国際債務証券の統計を用いて,近年中国の居住者の非居住者に対する 債務規模を把握する。

BIS の国際債務証券の発行残高の集計方法には,居住ベースと国籍ベースがあり,居住ベ ースは債務者が居住地で発行する国際債務証券を示すのに対して,国籍ベースは最終的な 債務の負担先・国を示す。また,居住ベースよりも国籍ベースが大きい場合,超過分は基本 的に債務者が国外で発行した国際債務証券の規模を示している175。国際債務証券の発行残 高を国籍ベースでみると,先進国については,世界金融危機後の 2008 年末から 2020 年第 1 四半期現在まで,約 18 兆ドル前後と,規模は大きいまま,ほぼ横ばいで推移している。そ れに対して,新興国の発行残高は先進国に比べ相対的に小さいものの,世界金融危機後の 2008 年末の 1.2 兆ドルから 2020 年第 1 四半期の 4.2 兆ドルへと 3 倍以上になった。特に中 国については,2008 年末の約 500 億ドルから 2020 年第 1 四半期には約 1.2 兆ドルへと 20 倍以上になっていることが注目される。さらに,居住ベースと国籍ベースの発行残高のギャ ップを見てみると,2020 年第 1 四半期現在,先進国は 1.3 兆ドル,新興国は 1.4 兆ドルと ほぼ同じ水準である。しかし,中国について見るなら,居住ベースの発行残高が 0.2 兆ドル

174⁾「人民元国際化報告」2019 年版,2020 年版を参照。

175通商白書 2019 年版』第Ⅰ部,第 2 章(世界経済の先行きに迫るリスク要因)を参照。