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先進国の金融政策の新興国への影響

第 2 章 国際通貨体制の現状と課題

第 1 節 先進国の金融政策の新興国への影響

1.主要先進国の金融政策の転換

新興国を巻き込んだグローバルな資金フローがかつてない規模で生じている今日におい て,新興国経済は,「国内のファンダメンタルズ要因」に加え,「グローバルな要因」に大き く左右される傾向がますます高まっている(日本銀行,2019)。一般的に,「国内のファンダ メンタルズ要因」としては,新興国の経常収支や債務状況,国内経済・物価の動向などに注 目する向きが多い。一方で,「グローバルな要因」としては,先進国の金利動向やグローバ ルな市場のリスクセンチメントなどに注目が集まっている。

特に,近年では,主要先進国で非伝統的な金融政策からの「出口」の局面において,資本 フローの逆流が,新興国経済を不安定化させるリスク要因となるとの懸念が広がっている。

先進国の金融政策の変更が新興国経済に与える影響を考察する際に,米国の金融政策の波 及効果が支配的に大きいとの指摘が幅広くなされている81。例えば,福田(2019)は,「国

81⁾ Chen, Griffoli and Sahay(2014)や McCauley, McGuire and Sushko(2015),福田(2019)を参照。

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際金融の取引では,基軸通貨としての米ドルが依然として圧倒的な地位を占めている。その 結果,米連邦準備理事会(FRB)の金融政策の変更やそれに対する思惑が多くの新興国市場 に甚大な影響を及ぼす傾向が顕著である」と指摘している82

図表 2.1 は,近年の,日米欧など主要先進国の中央銀行バランスシートと,米国の政策金 利フェデラル・ファンド・レート(FF 金利)の推移を示すものである。世界金融危機後,主 要先進国は,金融システムの安定化と物価目標を達成する目的で,大胆な金融緩和政策を実 施してきた。米国においては,連邦準備制度理事会(FRB)が異例の利下げに踏み切り,2008 年 12 月から 2015 年 12 月までの期間に,政策金利の誘導目標を 0.0%~0.25%で据え置い た。また,伝統的な金利政策に加え,主要先進国の中央銀行は,大規模に金融資産を買い上 げ,バランスシートの規模・構成を操作する非伝統的金融政策を導入した。その後,2016 年 以降の景気の回復傾向を踏まえ,米国が先陣を切る形で金融政策の正常化に舵を切り,段階 的な利上げと保有資産の縮小に取り組み始めた。2019 年に入り,FRB の保有資産の規模は,

2016 年の 4.5 兆ドルから 4 兆ドルまで縮小し,米国の政策金利も 2%前後に引き上げられ た。こうした主要先進国の政策転換に関する議論が活発化するなか,世界金融危機(GFC)

後,先進国から新興国への爆発的に拡大した資金フローは,逆方向に動くとの懸念が高まっ ている。

図表 2.1 主要先進国の中銀バランスシートと米国の政策金利の推移(単位:兆ドル,右軸は%)

(出所)日本経済産業省『通商白書 2018 年版』,米国連邦準備理事会(FRB)資料より筆者作成。

(注)日米欧の中銀バランスシートの元データは,Bloomberg より。

82 福田(2019),6 頁。一方で,福田(2019)は,「その一方,日本や欧州の金融政策が新興国市場に及ぼ す影響は,仮にそれが大胆なものであっても,ほとんどのケースで限定的なものにとどまってきた」と 指摘している。

0 2 4 6 8

0 5 10 15 20

2000年1月 2001年1月 2002年1月 2003年1月 2004年1月 2005年1月 2006年1月 2007年1月 2008年1月 2009年1月 2010年1月 2011年1月 2012年1月 2013年1月 2014年1月 2015年1月 2016年1月 2017年1月 2018年1月

米国連邦準備理事会(FRB) 日本銀行(BOJ)

欧州中央銀行(ECB) 米国の政策金利(右軸)

33 2.恐怖指数(VIX)から広域ドル指数(BDI)へ

国際通貨基金(IMF)が 2020 年 4 月に公表した「世界経済見通し(WEO)」では,新興国市 場の実体経済と金融市場に波及効果をもたらすグローバル要因として,米国の政策金利の ほか,投資家の心理を測る指標とされる,「恐怖指数」と呼ばれる米株の変動性指数(VIX)

が考慮に入れられている。

米シカゴオプション取引所(CBOE)が,米 S&P500 株価指数のオプション価格をもとに算 出する VIX が,米国株の予想変動率を示す指標とされるほか,グローバル市場の不確実性の 指標としてしばしば用いられる83。図表 2.2 は,近年 VIX の推移と,新興国の実体経済・金 融市場の変化を示すものである。中長期的に見ると,VIX が,新興国への資本流入や実質 GDP 成長率,与信残高の動きと逆相関することが示されている。しかしながら,世界金融危機後,

VIX の世界の実体経済と国際金融市場への影響は薄れているとの観測も出た(Forbes and Warnock(2020),Miranda-Agripino and Rey(2020)などを参照)。例えば,Erik et al.

(2020)は,世界経済の景況感を反映するグローバル購買担当者指数(PMI)や世界貿易量

84の推移と,VIX など金融関連指標の動きとの相関性について考察を行い,世界金融危機後,

恐怖指数 VIX は危機前の低水準に戻ってきたものの,銀行の金融仲介機能の低下を反映し,

欧米の大手銀行のレバレッジ(負債をテコにした投資)が依然として低く,また,世界の貿

図表 2.2 恐怖指数(VIX)と新興国の実体経済・金融市場との相関(単位:ポイント,右軸は%)

(出所)国際通貨基金(IMF),

World Economic Outlook

, April 2020 より筆者作成。

(注)VIX = シカゴオプション取引所米株ボラティリティ指数。

83 例えば,増島(2019)は,VIX と円の対ドル為替レートとの相関性について分析をしている。

84 世界の貿易量とグローバル PMI の動向についての考察は,『通商白書』2018・2019 年版を参照されたい。

-10 0 10 20

0 20 40 60

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

VIX指数 新興国への純資本流入額の対GDP比(右軸)

新興国向け与信の成長率(右軸) 新興国の実質GDP成長率(右軸)

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易量やグローバル PMI は伸び悩む状況が続いていることを明らかにした。こうした状況を 踏まえ,恐怖指数 VIX と世界の実体経済・金融情勢との逆相関が崩れていることが明らかに されている85。実際,こうした変化は,図表 2.2 からも確認できる。やや仔細に見ると,世 界金融危機を境に,恐怖指数 VIX と新興国の実体経済・金融市場の動きの逆相関も薄れてい る傾向がうかがえる。

一方で,Erik et al.(2020)は,世界金融危機後,米連邦準備理事会(FRB)が貿易相手 国の比重を加味して算出する広域ドル指数(Broad Dollar Index,BDI)が,世界各国への ドル建ての信用供与に影響を与えることを通じて,グローバル・サプライチェーン(供給網)

など実体経済の動向に影響を及ぼす傾向があることを指摘している。そのうえで,世界金融 危機後,実体経済の動向と金融市場のリスク選好を左右するバロメーターが,恐怖指数 VIX からドル指数へとシフトしつつあったことを示唆している86。図表 2.3 は,FRB が公表する 広域ドル指数(Broad Dollar Index,実質ベース)の推移を示すものである。図表 2.3 から 分かるように,世界金融危機後,ドル高の進行を反映して,広域ドル指数や先進国ドル指数,

新興国ドル指数がともに上昇傾向をたどっている。

図表 2.3 広域ドル指数(Broad Dollar Index,実質ベース)の推移(2006 年 1 月=100)

(出所)米国連邦準備理事会(FRB)より筆者作成。

(注)AFE Dollar Index と EME Dollar Index は,先進国ドル指数と新興国ドル指数を示す。

85 この点に関しては,Forbes and Warnock(2020)や Miranda-Agripino and Rey(2020)によっても指 摘されている。

86⁾ Erik et al.(2020),p.1-10.

60 80 100 120 140 160

1973年3月 1975年3月 1977年3月 1979年3月 1981年3月 1983年3月 1985年3月 1987年3月 1989年3月 1991年3月 1993年3月 1995年3月 1997年3月 1999年3月 2001年3月 2003年3月 2005年3月 2007年3月 2009年3月 2011年3月 2013年3月 2015年3月 2017年3月

Real Broad Dollar Index Real AFE Dollar Index Real EME Dollar Index

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さらに,広域ドル指数の通貨別構成比を見てみると,2017 年現在,米国と貿易関係が強 い 19 の新興国通貨が全体の 51.7%を占めており,対して先進 7 カ国通貨は全体の 48.3%

となっている。特に,中国人民元が,広域ドル指数に占めるシェアは 16.2%で,新興国ド ル指数に占めるシェアは 31.3%に達していることが注目される(図表 2.4 参照)。人民元な ど新興国通貨が,広域ドル指数において高いシェアを占めていることは,ドル指数の動きが 新興国市場により大きな影響を与えうることを示唆している。

例えば,Shousha(2019)は,広域ドル指数(BDI)の動きと,新興国市場の実体経済や金 融情勢との相関についての考察を行い,①広域ドル指数と新興国の GDP 成長率には強い負 の相関(-0.80)があることと,②広域ドル指数と新興国向けの投資には強い負の相関(-0.81)

があることを,それぞれ明らかにしている87。同様に,Erik et al.(2020)では,広域ド ル指数の上昇が,新興国の実体経済と金融環境に負の影響をもたらしていることが論じら れている88。世界金融危機後,こうした広域ドル指数と新興国市場の逆相関は,図表 2.5 に よっても確認できる。

図表 2.4 広域ドル指数(Broad Dollar Index)の通貨別構成(2017 年現在)

通貨 広域ドル指数 先進国ドル指数 新興国ドル指数

ユーロ 18.6 38.5

中国人民元 16.2 31.3

カナダ・ドル 13.6 28.1

メキシコ・ペソ 13.3 25.7

日本円 6.4 13.2

英ポンド 5.1 10.6

韓国ウォン 3.4 6.6

インド・ルピー 2.7 5.3

スイス・フラン 2.7 5.5

ブラジル・レアル 2.0 3.9

台湾ドル 2.0 3.8

シンガポール・ドル 1.6 3.1

香港ドル 1.5 2.9

オーストラリア・ドル 1.4 3.0

ベトナム・ドン 1.3 2.6

マレーシア・リンギット 1.3 2.4

タイ・バーツ 1.1 2.2

イスラエル・新シェケル 1.1 2.1

インドネシア・ルピア 0.7 1.3

フィリピン・ペソ 0.7 1.3

チリ・ペソ 0.6 1.2

コロンビア・ペソ 0.6 1.1

サウジアラビア・リヤル 0.6 1.1

アルゼンチン・ペソ 0.6 1.1

ロシア・ルーブル 0.5 1.0

スウェーデン・クローナ 0.5 1.1

合計 100.0 100.0 100.0

(出所)米国連邦準備理事会(FRB)より筆者作成。

87 Shousha(2019),p.2-3.

88 Erik et al.(2020),p.1-10.