第1節 はじめに
平成22 年度の税制改正では、「所得税において①0 歳から 15 歳までの子どもを控 除対象とする扶養控除の廃止、②16 歳から 18 歳までの特定扶養控除の上乗せ部分 の廃止を行います。税体系上の整合性の観点等から、個人住民税についても平成 22 年 度税制改正において同様の措置を講じます」1として、個人住民税における年少扶養控 除と特定扶養控除のうちの上乗せ部分が廃止された。これは、所得税における扶養控 除の廃止と歩調を合わせて個人住民税における扶養控除を廃止したものである。この ようにして、所得税と一体的に個人住民税を変更することを決める過程では、次のよ うな議論があったとされている2。
総務省からは、「所得税の扶養控除等について見直しを検討する場合には、住民税と 所得税の税体系上の整合性の観点から、住民税についても検討することが必要ではな いか。その際には、「地域社会の会費」としての性格を有する個人住民税の人的控除に ついては、なるべく多くの住民に住民税を負担いただくため、控除の項目・金額とも に所得税の範囲内としてきたことをどう考えるか」という論点が政府税制調査会にお いて提示されました。(中略)所得税と住民税の税体系上の整合性を確保することにつ いて大きな異論はなく、所得税・住民税がそろって一般扶養控除を廃止する方向とな りました。
個人住民税における年少扶養控除等の廃止は、もともとは民主党政権の目玉政策で ある「子ども手当」の財源確保がきっかけである。子ども手当のための財源として所 得税において年少扶養控除等を廃止したが、それだけでは足りないとなり、地方団体 に対しても費用負担を求めようということになる。そこで登場したのが(所得税と同 じく)個人住民税においても年少扶養控除等を廃止しようという考えである。そのと き示されたのが、所得税に合わせて個人住民税でも年少扶養控除等を廃止することが
「税体系上の整合性」としては望ましいという考え方である。所得税と個人住民税の 歩調を合わせることを「税体系上の整合性」として表現し、これを根拠として所得税 と住民税はそろって年少扶養控除等を廃止したと説明するのである。
これは、国税の改正が地方税に影響を与えた典型例である。過去においても国税は
1 税制調査会(2009)16ページ。
2 財務省『平成22年度税制改正の解説』697ページ。
しばしば地方税に影響を与えてきた。とくに、国税と課税ベースを同じくする個人住 民税や法人住民税、法人事業税はその傾向が強い。たとえば、経済政策の一環として 法人税の減税を行なうと、法人税額を課税ベースとする法人住民税もまた自動的に減 税となる。これによる税収減を回避するためには、法人住民税の税率引上げ等の対処 が必要である。「税体系上の整合性」を保つこととは、現状の税体系を是とするならば、
国税と地方税の関係をそのままにしておくことになる。これは、実質的には、国税か らの影響をそのまま地方税が受け入れることにつながる。
一方、地方税としては、国税からの影響をそのまま受け入れることはいいことでは ない。上の所得税の扶養控除の例で示唆されるように、国税の制度改正は、政策税制 としての意味が強い場合が多い。政策手段のひとつとして国が税制を利用することが、
そのまま地方税に影響し、結果として、地方団体の税収に影響するのである。地方税 原則からすれば、地方税は、国税以上に、税収の安定性を求めている。とくに基幹税 はそうである。税収の安定性の観点からすると、国税の制度改正の影響が自動的に地 方税に及ぶことは望ましくないのであり、国税からの影響は遮断されるべきとなる。
税体系上の整合性と国税からの影響遮断は、しばしば衝突する。地方税の基本的な 立場は、当然、国税からの影響遮断を重視する。実際、個人住民税や法人住民税は、
それぞれ所得税と法人税と課税ベースを同じくするのであるが、厳密に言えば完全に 一致するわけではない。個人住民税所得割は、「市町村民税の性格及び地方公共団体の 立場から国の租税政策に基づくものはこれをできるだけ排除することとし、課税所得 の範囲等についてはその内容及び控除額について所得税と異なるものとしている」3。 法人住民税法人税割の課税標準額は、「法人税における特別の控除や租税特別措置法に 基づく国の政策に係る特別措置の中には地方税に影響するのは適当でないものもある ので、原則としてこれら一定の税額控除の規定による控除前の法人税額とすることと されている」4。つまり、基本的には国税と課税ベースを共有するが、完全には同じで ないのである。
このように国税の仕組みをそのまま地方税の計算に取り入れないのは、国税と地方 税の趣旨の違いを踏まえるからである。両者の違いは、租税原則に加えて地方税原則 が必要とされることにもっとも端的に示される。これを政策論的な観点からいえば、
国税は政策税制として頻繁に利用される。確かに、国税の政策的利用は否定されるべ きでない5。しかしながら、税収の安定性を重視する地方税は、政策税制としての利用 はできるだけ控えるべきである。まして、地方財政の観点、あるいは地方団体の自ら の政策としての地方税の政策的利用ではなく、国の政策税制に付き合うだけの地方税
3 『平成24年度版要説住民税』24ページ。
4 (財)地方財務協会(2008)391ページ。
5 国税においても政策税制としての利用に否定的な見解もある。たとえば、石(2008)は 一貫して政策税制に否定的な立場である。
の利用はもっとも避けるべきである。国税の政策税制に付き合うことによって地方税 の税収が不安定になるのであれば、なおさらである。これを避けるための地方税の側 からの論理が国税からの影響遮断である。国税からの影響遮断は、国の政策税制の影 響を受けて地方税が変化することを防止し、地方税の安定性を確保するための考え方 であり、制度的な対策なのである。国税の仕組みに多くを依存するように地方税の制 度が設計されている場合には、地方税の安定性の観点からすると、国税からの影響遮 断はとくに重要である。
そこで本章は、個人住民税と法人住民税を対象にして、国税からの影響遮断の観点 から、地方税の安定性を分析する。個人住民税と法人住民税は、所得税や法人税と課 税ベースを同じくする。したがって、地方税の中でもとくに「国税からの影響遮断」
が強く意識されてきた税である。
本章の構成は次のとおりである。第2 節では、個人住民税と法人住民税における国 税からの影響遮断に関する議論を整理し、個人住民税と法人住民税の制度の中にどの ようにして国税からの影響を遮断するメカニズムが仕組まれているかを説明する。第 3 節は、相関係数とグレンジャーの因果性テストによって、国税からの影響遮断の効 果を確認する。ここでは、個人住民税に対応する国税として所得税、法人住民税に対 応する税として法人税との関係を分析する。第4 節は、分析の結果を考察する。第 5 節は、まとめである。
第2節 住民税における「国税からの影響遮断」への制度的な対応
(2.1)個人住民税
(2.1.1)個人住民税と所得税の課税最低限の関係
個人住民税は、均等割と所得割に分けられる。所得割は、課税ベースを所得金額と するが、この計算は基本的に所得税における所得金額の計算方法を用いている。した がって、個人住民税所得割は、所得金額の計算において、所得税と直接つながってい る。国税である所得税で所得金額の計算方法が変わると、(個人住民税所得割の側で何 の制度的な対応もしなければ、)自動的に個人住民税所得割の税額が変わることになり、
結果として、個人住民税の税収も変化する。
個人住民税における所得税からの影響遮断の仕組みは、所得金額の計算における各 種の控除におかれている。冒頭で紹介した扶養控除もそうである。これがもっともわ かりやすく表れているのが課税最低限の違いである。これを『五訂地方財政小辞典』、
『地方税制の現状とその運営の実態』によって確認すると、次のようになる。
『五訂地方財政小辞典』