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労働者自主管理企業の経営

関に連絡し、提訴した人の権利が守られる よう適正な措置を要請する。法律に基づい て、権利が守られるように強制するのは、

あくまでも他の機関の仕事なのである。こ の点を見ても、擁護官はオンブズマンを意

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識して設置されたことがわかる。

擁護官の数

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は、各レベルの擁護官の数を示 したものである。擁護官とその代理、助手 を合わせた数の推移を見た。すでに述べた ように、 87年の活動報告が発表されていな

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いために、 87年の数値は書かれていない。

この表から、擁護官の数は年々増加し、 88

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年にピークをむかえたことがわかる。増え

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たのはもっぱらコミューンレベル(連合も 含む)の擁護官で、 88年は78年に比べて175 名多かった。

擁護官への提訴件数 会 山 由町 4 v 

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コミューンレベルの擁護官数が増えたの コミューン擁護官への提訴件数が増加 したためである。図

6‑1

は、擁護官に提

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訴された件数の推移を示したものである。

共和国・自治州擁護官と連邦擁護官に提訴 きれた件数は、それぞれ

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件前後、

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件前後であまりかわっていない。それゆえ、

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この図にあらわれた変動は、

ミューンレベルの動きを反映しているとい える。

擁護官への提訴件数は、 81年と82年にや

単位千 140 

130 

120 

110 

100 

90 

6章 ユ ー ゴ 労 働 者 の 関 心 事 117  6‑1 自主管理権擁護官への提訴件数

1978  1979  1980  1981  1982  1983  1984  1985  1986  1988  1989 

〔出所〕表6‑ 1に同じ。

や減少するものの例年まで増加し、その後減少した。

8 9

年の減少は、自主管理体 制そのものが揺らいでいたことが原因だと考えられる。

7 4

年憲法によって創設さ れた擁護官は、連合労働法の見直しとともに、その権威と信頼を失っていったの である。

6‑2

は、擁護官ひとりあたりの年間受理件数と処理件数を示したものであ る。「対応不要と判断」とは、告発を受理して検討したが具体的な対応をとる必要 がないと判断した案件のことである。擁護官が処理したことに違いはないが、統 計の中で別に集計されているため、ここでも「告発処理

J

とは分けて記載した。

この表から、

3

種の擁護官のうちコミューン擁護官がもっとも多くの件数を受 理・処理していたことがわかる。件数でいえば、共和国擁護官や連邦擁護官の約

2‑3

倍をこなしていた。ユーゴの

1

年 聞 の 労 働 日 は 約

2 3 0

日だったので、コ ミューン擁護官は

1

1

件強を扱っていたことになる。

擁護官は、法律の規定によって、フルタイムでなければならないとされていた

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自主管理権擁護官ひとりあたりの年間受理・処理件数6‑2  (件) 1989  告発受理

1988 

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1986 1985 1984 1983 1982 1981 1980 1979 1978  コミューン計178.4 196.2 183.4 165.8 203.6 232.9 228.0 212.7 202.5 198.2 182.3  共和国45.5 47.5 74.6 88.8 87.4 94.0 82.6 88.5 66.9 62.6 67.2  連邦72.8 53.5 73.5 74.5 94.3 122.7 136.3 34.3 45.6 54.4 42.8  総計166.5183.6 174.8 159.8 195.4 223.8 218.0 201.0 190.5 186.9 171.9 

告発処理 28.5  6.5 4.6 6.3 4.9  8.6 11.5 3.8 2.8  31.1 28.9 27.3 26.4  29.3 31.0 33.4 28.7  共和国20.1 5.0 14.5 30.0 8.3  連邦5.0 11.3 24.3 17.0 25.3  総計54.4 49.7 41.3 41.7 27.3 

42.6 43.3 53.4 57.5 コミューン計対応不要 と判断 〔出所〕表6‑1に同じ。

6章 ユ ー ゴ 労 働 者 の 関 心 事 119  が、実際に処理していた件数を見ても、専任でなければとても務まらない仕事で あった。また、擁護官のうち

75%

は大卒であり、法学部出身者が多かった。擁護 宮は、裁判官に準ずる法律の専門家だったことがわかる。

ユーゴの人々は、擁護官に告発することをどのよっに考えていたのだろうか。

擁護官は、人々にとって遠い存在だったのか、あるいは身近な気軽に相談できる 人だったのだろうか。この点を確かめるために、人口

1

0 0 0

人あたりの告発件数を スウェーデンのオンプズマンと比較してみた。データはやや古いが、

1 9 8 0

年のユー ゴが

3 . 8 5

件、

7 5

年のスウェーデンが

2 . 8 7

件と、擁護官はオンブズマンを上回る数 の告発を受けていることがわかった。これだけでは十分な証拠といえないが、ユー ゴの人々は比較的気楽な気持ちで擁護官に提訴していたと考えられる。

( 2

)1蔓害された権利の種類 一般的傾向

6‑2

6‑3

は、コミューンと共和国のそれぞれについて、擁護官に提訴 された案件の内容を分類したものである。労働関係とは採用や配置、解雇などに 関連した提訴のことであり、所得配分は利益の分配と個人所得分配、共同消費部 分の利用に関するものである。その他の項目には、企業組織の構成方法(組織の 合併や分割)、企業構成員への情報提供、労働者の意思決定権といった項目が含ま れている。

項目の分類は、

7 8

年から

8 9

年の聞に

2

回変更された。

8 5

年と

8 8

年である。

8 5

年 には、提訴を「自主管理権の侵害」と「社会有に対する違反」に大きく区分する 方法が改められ、単純に項目だけが示きれるよフになった。その結果、 84年まで 社会有に対する違反として「その他jの項目に含まれていた提訴が、労働関係に 分類されることになった。また、

8 8

年の変更は、提訴項目の分類を大ぐくりにす る方向で進められた。そのために、

8 6

年まで分類可能であった所得配分や住宅配 分の観察ができなくなった。これらの変更に注意して、以下の図を見ていこう。

6‑2

から、コミューン擁護官に提訴された件数の

4

割弱を労働関係が占め ていたことがわかる。

8 5

年以降、労働関係の割合が

6

割近くになるが、これはさ きに述べた分類基準の変更によると考えられる。労働関係とは、採用、配置、解

120  II部 労 働 者 自 主 管 理 企 業 の 経 営

6‑2 侵害きれた権利の種類

(コミューン・コミューン連合)

100  90  80  70  60  50  40  30  20  10 

78  79  80  81  82  83  84  85  86  87  88  89 

臼 労 働 関 係 囚 所 得 配 分 図 住 宅 配 分

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その他

〔出所〕表6‑ 1に同じ。

6‑3 侵害きれた権利の種類

(共和国)

100  90  80  70  60  50  40  30  20  10 

78  79  80  81  82  83  84  85  86  87  88  89

図 労 働 関 係 図 所 得 配 分 図 住 宅 配 分 ~その他

〔出所〕表6‑1に同じ。

6 ユーゴ労働者の関心事 121  雇などであるが、その内容については後に詳しく検討する。

労働関係に次いで多い項目は、 84年までは所得配分で、 85年と86年は住宅配分 になっている。この逆転も分類項目の変更が一部影響していると考えられる。た だ、 78年から86年までの傾向としては、所得配分関係の構成比がやや減少し、住 宅配分関係は横ばいであった点を指摘できる。

住宅配分

住宅配分は、ユーゴの労働者にとってとても大切なことであった。それは、企 業住宅の配分を受けることは、住宅を与えられることとほぼ同じだったからであ る。都市部の住宅不足も、住宅配分に対する労働者の関心を高めた。企業住宅の 配分を受けた労働者がその企業で勤めあげて年金生活にはいる場合、住宅の使用 権をそのまま保持することができ、退職時に返還する必要はなかった。しかも、

その権利は自分の子供や孫に伝えることができた。企業住宅の配分を受けること は、事実上の住宅所有とほとんど変わらなかった。人々が企業住宅の配分に大き な関心を示していた理由がここにある。

住宅の配分は、通常、各労働者の持ち点にもとづいて決められていた。企業が 新しく住宅を購入したり、誰かが退去して空きができたとき、持ち点数の多い労 働者から順番に配分を受けるシステムであった。労働者の持ち点は、さまざまな 項目の総合点として計算される。たとえば、ベオグラード・コカコーラの場合、

以下の

4

つの項目が労働者の持ち点を決める重要な要素になっていたへ

(ア)現在の住居状態:最高102点、最低10点。ただし、勤続年数の長い労働者により 有利な計算式が作られていた。

付)勤続年数:勤続

1

年あたり

3

点。ただし、他企業での勤続も考慮され、

1

年あた り

2

点が加算される。

(功労働成果:過去1年間の個人所得の0.1%(この事例が書かれた1982年の年間平 均所得は約156,000ディナールだったので、平均的な所得を得ていれば156点が 持ち点となる)。

同家族数:ひとり 2点。

現在の住居状態と労働成果が大きなウェイトを占めていたことがわかる。点数 制という方式は、客観的なように見える。しかし、項目ごとの成り立ちを子細に

122  II部 労 働 者 自 主 管 理 企 業 の 経 営

検討すると、主観が入る部分が少なくなかったことがわかる。たとえば、労働成 果項目の基礎となる個人所得は、成績査定の結果に左右される面があった。査定 が公正におこなわれていなければ、労働者の不満は単に賃金面にとどまらず、住 宅配分にも影響を与えたはずで、ある。また、企業長と一般労働者の聞の賃金格差 という給与体系自身の問題もあった。所得の高い経営管理者の方が一般労働者よ りも容易に住宅配分を受けられることに、多くの従業員は割り切れないものを感 じた。

あいまいきが発生する要素は、それだけではなかった。配分きれる住宅の大き きや古き、交通の便といった企業住宅そのものの価値をどう評価し、それを持ち 点による優先順位といかに結びつけるかという点も不満が発生する温床であった。

企業住宅の配分という生活に密着した問題は、ユーゴの人々にとってとても大き な関心事だったのである。

共和国レベルの多様な構成

共和国擁護官が受け取った提訴の構成は、コミューン擁護官のように安定して いなかった。図

6‑3

にあるように、毎年大きく変動していた。ただ、労働関係 の項目がもっとも多い点は、コミューンの場合と同じである。また、所得配分の 構成比が減少傾向にあり、住宅配分の比率があまり変わっていないことも、コ ミューンの場合と共通するo ただ、共和国擁護官が扱った問題の構成比がこのよ うに毎年変動する理由については、適当な説明を思いつかなかった。

(3)労働関係の告発 項目別の構成

コミューンレベルでも共和国レベルでも、労働に関係する告発がもっとも多い ことが明らかになった。労働関係とは、,採用や配置、解雇・離職に関連する問題 であるが、その構成はどのよフになっているのだろうか。図

6‑4

は、労働関係 の告発の種類を示したものである。

1 9 8 0

年、

8 3

8 6

年の

3

年についてその構成を まとめた。この

3

年間に限ったのは、統計上の制約によっている。労働関係の項 目について詳細な統計が発表きれているのは、

1 9 8 0

年から

8 6

年までである。

7 8

年 から

7 9

年までは労働関係の内訳が公表されておらず、

8 7

年は自主管理擁護官活動

ドキュメント内 ユーゴ労働者自主管理の挑戦と崩壊 (ページ 119-141)

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