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ドキュメント内 後 山 山 麓 の 村 (ページ 51-60)

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100 戸数 図‑ 2 舌 田村持高 階層分布 ‑45‑

▲ ト (5)近世段村 と戯 民家族

(1) 近世EB村の変化

近世E笠村 は.武士 と出 民が身分上の分離 もほ とん どな く定任 して.血縁的結合の強いFIl性段村 とは らがい,出民のみが定住 して強い地縁的結合の もとに,自治的な村落共 同体 を形成 していたo T二だ し 近世のE3村 は,瀬#・体制の最 下部瑞相 として位田づけ られ ていたの で

,

腔 民たちは.自問生活 の柳部 にわたるまでの強い統 制を うけていた. 本百姓に よって捕成 され る村 では.普通 その構成E

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か ら選任 きれ る村役人 を通 じて,法令 の伝遷 .年 頁の納入 ,相互扶 助の機経が果 た され.下部構造 として, 5 人組 がおかれてい たO また,本百姓は,#部体 制を支 える封 建良 民 として,所持稀の売掛 まもちろん の こと,一定限度をこえた分割相続 も禁 じられていた場合が多か っT:のは周知 の ことであろ う。

しか し,近lLr中期以 降.商品経済の進展におけ る血相へ の貸弊凝 析の投透 は,比民間の貧富 の差 を 助長 していったo 芋運府 は,天明糊以来 の全 国的な大飢餓に よる年苛収納 の低落か ら,ますます年日収 苛 を強化 しようとしたので,出村では,四・Nnを質入れ してまで年雷 を納めよ うとしたが,その過程 で 土地堆朱 と壬かFTが行 なわれ.結果的には少数 の即 R,地主 と多数 の小作出 藍が出現 す ることにな るO

この臥

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li民の没落慣 向は進展 し.一 石以下の勲 掛 こ近 い極貧出 民層が急増 してゆ くのであ る。

乗粟台村は

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山間の戯村 であ るために,時期的 にはiB!れがあるが ,天保以降,圧倒 や林 山を担保に して.野地凹係がかな り進み, その結果 .一部の少数の股民に土地が碑申 されていた これに附 して は,吉B]村(この村 は比較的資料 を盤期 しやすか ったのだが )の検地帳 や数多 くの質入れ恕文 か らわ か ることなのであ るが. ここでは触れない。

さて, この時期 の吉ErI村(こおけ る出繋経営の規模 は どうT='っT:の TLIろ うか。帝柵体 制におけ る出村 では.単折家族 小粒経 営の上に,安定 した年乱 諮役の搾取 を突現 .維持 させ ることが ,非榔紙主の 小Ll泣維持政辞の証蜜 な課題 であったo しか し,吉田相 で も,買地幽係が進展 してゆ く泡箱!で

.

出 準経 営の塀細化や出 藍の投渚が進展 してゆ くのである。

表2‑ 2‑ 1 7は,安政7年(申2月 )吉酎村の 「宗門人別御改帳

」(

山根家文 相 )に よ り,石高 別

Ln窮樫 哲の大 きさをあ らわ した ものである。 これに よると,安政: 7年 には.無 宿の もの も含めて 1石以 下の出家co持荷は吉

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村全持高 の5・8多に もみ たないのに,戸数 は,全戸数 の4L7串 も占め てい る ことがわかるO特に015石に もみ たない仏家 が 9軒 もあ り.吉EM 寸の戸数の2 2,1多に もあ た ることか ら.投薬経 営の零細化が出番 にな って きてい るO これ らの

餌飽民掛 よ. しだいに没落 して ゆ くであろ うO しか も, これ らの瓜民屑 は, 1石以下の持筒 に もかかわ らず, 4人程度 の家族 を馨 っ てゆかねばな らないのであ り,その経 営は,年 も使 わず2‑5人CL)労働力で行 う場合が多い J:うであ る このような恭 しい段 EEたちは,江川Hや林 山 (来襲台村 は地形的に耕地が少ない )を質入れせ ざる をえな くな り,そのために土地 を失な ってゆ くのだろ うが .そ うしてまで も耕作 を断念 す ることはな かったのfごろ うO 山軌 、吉田相 も,時代の流れに逆 らうことな く,必然的に,斑地地主‑小作人 とい

う幽係 をつ くっていったわけであ る。 1

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表2‑ 2‑ 17 石高別L'辻井経営

(症 ) 「宗門人別御硬板」 安枚 7年 (郎 2月 ) (山根家文=,ll)より作成 。 (ロ)出

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・,家族

宗門人別改帳 は,本来的には,群府 の,キ リシタンや不受不 鮎派等の 「邪宗門 」禁 制の手段 として E)i鵬され Tこ僧家'l'L‑u度 を徹底 させ る ものであったれ それだけに とど法 らず.住 民の生活をすべ て監祝 し,規制す るTこめの役割 もみのが しては/rL・ら/A:い。宗門人別攻略 には.所持の 石高 ,牛喝数 ,人 口や 家族の蛸成等が記職 されてお り,これ と.稚拙掛こよって.腔羊蹄 肖・の様子が うかがえるわけだが.

r・A岬に.家族全L

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の続柄 や,令.泊 ・年齢が紀服 され るので,一座の戸糊縛 とな ってい るO この ことは , 曲民を土地 に柴粁 ㌻る芯味で, きわめてTri要 なのである〔

次に,吉rlI村の宗PFl人別帳 について,Jl'注民税刑 とい うJ りもむ しろ.且!皇民家族 とい う側面か ら,考 えて(g'きTこい と想 う。

r安政7年 申2月 )

柘三拾五 百七升

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吉 宗 宝 妙寺旦那 官 次

四十四才 6:TTL

・ 同寺.El那 Lfi!人女 房 な 年弐十三才 御

・ 同寺旦那 娘 て ふ 年十四才 の

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同寺̲El那 母 し の 年七拾才 節 男壱人

〆 六人 内

女五人 内管人他5来 年一疋 昂弐捨 石弐斗八

(b)‑ .主ri吉宗宝妙寺旦那 苗 六 年五十 四才 伊 同寺Lj邦 同人女帯 せ き 年 四十六才 幹

同寺旦那 娘 き わ 年式十三才 ㊥

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岡寺貝都 娘 ゆ う 年十六 才

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男弐人 外 二壱人他 へ出申恢 〆 六 人 内

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女四人 外 二壱人死失仕侯 年‑疋

告田村の尉 門人訓掛 ま,野軌 人を中心 として.血縁者のみが ま とめて配賦 されてい るo(a)の鱗台 . 家族 の中には.他の村 か らや って きた‑LJ性が,お そ らく肺胞に よる ものであろ うが,一人含 まれてい る。 (b)の場合に も男件が他の柑‑.拶勤 し

, 女t

紬 L 人死亡 してい ることがわか る。 この ように ,宗門 人別改帳 に よれば.IB軌 も含め た,家

構成がnJ3らかにな るO これは.先にのべ たよ うに,LB民の規

一土地栗kl],あるいは宗教政策の一 粒 として

.

屯要な怒 味 を持つのではないだろ うかこの ことは 同相の 『Tl入組抑評判帳 』をみれば, よ り卿 掛 こな ると思 うO ここで.山根家文CLか ら引用 し′こい。

安攻三年 作別 吉田耶 切支丹御法度五人組御 諦

判帳

辰二月 吉肘村控

切支丹宗門御改之灸 々

、 ‑. 切支月宗 門御制祭之儲卸荷札2 両.逸 々華承知 .常 々家内之老若男女江鰯僻怠可申捌,若 歌仙断不ETl出音 有Jz.脇 夕於相afl候 二者,可為罷雅之粂五人組共 二吟味可仕侯 歩 一

‑ . 弐歳以上9ヨ女宗 旨改御帳面 二付可 心 '

‑. 他国江被越侯男女又者.縦御領内あ りとも,某所 を酋住居仕候者有2分者 .人別改2時 ら 革新伸輔帳二郎職可 出之邸

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目地家屋 等相漂 又者,令借宅住人 二成又者 .他縮 ら養子撃取媛取仕侠ハ.御 法 度之宗門二両撫之井親族 之者税源樹者等 二毛不及承 .)鮫肌 詔 文取 之其村庄屋年寄fL人細江 中間恢上.大 EE屋江栢断 且又其節 当iu,ニ而 ̲El.都寺之討食思 文宗旨車 行所江差 出申候 ,去人別 改之節増減帳

二門

出 し可申候耕

一 .他所 古家 二来之男女 鰐候節者 ,御法度之宗門類族 二両茂鰯之旨経文取之差 出可中野

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‑. 宗 旨を帝又者̲Ei那寺 を替申ti享有之者 .庄屋年寄五人細江申談畦上大庄屋万江断承 り田,井 上二両毎春人別改之節宗 旨奉行所汀可相断耶

(山根家文 i昏)

宗門人別改帳 と,五人親 許刊帳 を照 らし3)わせてみ るlJらば.出民の規利一 とい う点か ら共通の宕 図が明 らか だ と思 うo 後者 は,+.1日こ切支丹取締 りが未来的IL芯味 であ るが.撫軒者 の存 在 をはみ, 自由11出入 を禁 じている ことがわか る. つま り,肺胞や .年季奉行 (吉Rl村の似合 は明 らか ではない ) な ど,ある粒を度の出入は詐 され るのTfが,その際 は.自分の村 の,庄屋 .年 寄 な どの村役人 や五人紬 に .記 文 を適 し,さ らに,当地 にお いて も寺前悪文 を宗旨奉行所 に差 出 さねはな らrJいのであ るo さ

らに5WJ:Uがな され f=場合 には.先にみて きたよ う(こ.宗門人別帳 に記城 されねはな らILいのであるo こうしてみ ると,かな りの規抑 よあ って も,ある押Bfc)興劫 を含んで

載 され てい る,宗門人別蚊 帳 の家族 とい うものは,榊 休制(こおけ る段flJのFllで どの ような宕味 を持つ ことにな って くるのであ ろ うか。 砕かに,宗門人別攻帖 には血縁 とか夫如 とかが.そこに記 きれ てか らtl=fの韮準に/,(ってお り その熊EJlを一戸の家 とみ るg̲JB もあ りうる。 しか し.血韓 日1体 を一戸 の家 として成立 させ ることは, 近tB.'封地利を考える上では,間脳が ある.,

中村吉給血 ま『JJ群耕体制論 』(山川出版i・JI)

検地鮎 と宗門帳 と出民家鮫‑ において.宗門人別蝦 の烹朕は,‑riL租収取現場であ り

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i一概 負担者 としてエ民rzJ法定 を行 な ってい るとのペてい るo つま り

「宗門鮭記tほの ような凍 .血縁者JJl日1とい う家 は,ruな る血棺 ,生物 挟l係 によるまとま りを記 したま での ものである。 そこには士Iu!所有 につい て,放 棄の文現Lこついて.なんの糾約 もな く,関係 もない。

宗門帳 はそ うい うことには.無期係 」とい うことなのである。 結 別は.実際のL"1民生宿の土地所有の Ltl・位 としての家 を考 えるのは.如即 なのであろ うo

h) お わ f) に

以上,吉m付の宗門人別改帳 を主 な・原 料 として,近 世E射 と段 民家族 について,や や典休的に考解 し て きたわけであ る この過程 で宗門人別Ic'(帳 が果 たして正 しい記載が なされてい るか‑ とい う点につい て,検地帳 との吟味,検討 を行 rJわTfか ったことは.反省 の余地 はある。結 局.仙 こ幽 しては, 割 り村 のJ,'空襲経 営の面か ら,近tu出村の変速 をみてい ったTfH てあ り,不充分Tl点が多 い と思 うが.同 じ日本 史班 の訓死 を参称 こしてほ しい。 (ロ)lこついて も,検地帖 との関係において も,家族 を考えてゆかねはTcL‑

らTfかったのだが,これ に関 しては.今後, さ らに研究 してゆ くつ もりであ る。

(加藤 Tfるみ )

参 考 文 献 (第 2節 (4)(5)) 、

. 中村吉治 『Jj‑1.喜怒体制論 』 (山川 出版社 )

・ 山口啓二 ,佐 々木潤之介 『体 系 日本 の歴 史 一帯諾体制

(日本 評論社 )

・位原荘介仙 『日本 史の韮礎 知識 Jl (有斐 閣 )

・歴史学研究会 『封建 日本史4 揃.雌制社会 』 (罪 京大学 出版会 ) ' 石島敏雄 『日本地工制政研

兜』

(岩波lLt店 )

‑47‑・

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