身 土 文 類
」 の 末 法 観
親 鸞 が 時 機 相 応 の 教 法 と し て 明 か す の は
、 い う ま で も な く 阿 弥 陀 仏 の 第 十 八 願 法 で あ る
。「 化 身 土 文 類
」 三 願 転 入 の 文 の 後 に
、 信 知
。 聖 道 諸 教 為 在 世 正 法
。 而 全 非 像 末 法 滅 之 時 機
。 已 失 時 乖 機 也
。 浄 土 真 宗 者
。 在 世 正 法・ 像 末 法 滅・ 濁 悪 群 萌
。 斉 悲 引 也
。
(『 浄 聖 全
』 二
・ 二 一
〇 頁
) ま こ と に 知 ん ぬ
、 聖 道 の 諸 教 は 在 世
・ 正 法 の た め に し て
、 ま つ た く 像 末
・ 法 滅 の 時 機 に あ ら ず
。 す で に 時 を 失 し 機 に 乖 け る な り
。 浄 土 真 宗 は 在 世
・ 正 法
・ 像 末
・ 法 滅
、 濁 悪 の 群 萌
、 斉 し く 悲 引 し た ま ふ を や
。 と い い
、 聖 道 門 は 正 法 に の み 相 応 す る が
、 像 法
・ 末 法
・ 法 滅 に は 不 相 応 で あ る
。 そ れ に 対 し て 浄 土 真 宗 は 正
・ 像
・ 末
・ 法 滅 の 全 て の 時 代 に 通 じ
、 濁 悪 の 群 萌 を 斉 し く 救 う 教 法 で あ る と し て い る
。 こ こ に お い て
、 時 機 の 立 場 よ り 浄 土 真 宗 と 聖 道 の 諸 教 が 明 確 に 決 判 さ れ る の で あ る
。 す で に 指 摘 さ れ て い る よ う に
、 聖 道 門 が 像 法
・ 末 法 に は 不 相 応 で あ る と さ れ る の は 道 綽 の
『 安 楽 集
』 や
「 化 身 土 文 類
」 で 引 用 さ れ る
『 末 法 灯 明 記
』 の 影 響 で あ る と 考 え ら れ
、 浄 土 真 宗 の 教 え は 正
・ 像
・ 末 の 全 て の 時 代 に 通 じ る と さ れ る の は 法 然 の 影 響 で あ る と 考 え ら れ る
1 7
。 聖 道 門 の 時 機 不 相 応 に つ い て は
『 安 楽 集
』 上 巻 第 一 大 門
「 教 興 の 所 由
」 明 か す 箇 所 に
、 約 時 被 機 勧 帰 浄 土 者
、 若 教 赴 時 機 易 修 易 悟
、 若 機 教 時 乖 難 修 難 入
。
(『 浄 聖 全
』 一
・ 五 七 四 頁
)
115
時 に 約 し 機 に 被 ら し め て 浄 土 に 勧 帰 せ し む れ ば
、 も し 教
、 時 機 に 赴 け ば 修 し 易 く 悟 り 易 し
。 も し 機 と 教 と 時 と 乖 け ば 修 し 難 く 入 り 難 し
。 と
、 も し 教 と 時 機 と が 相 応 す れ ば 修 し 易 く 悟 り 易 い が
、 も し 教 と 時 機 と が 不 相 応 で あ れ ば 修 し 難 く 入 り 難 い こ と が 示 さ れ て い る
。 ま た 第 三 大 門
「 聖 浄 二 門
」 に つ い て
、 一 謂 聖 道
。 二 謂 往 生 浄 土
。 其 聖 道 一 種 今 時 難 証
。 一 由 去 大 聖 遙 遠
。 二 由 理 深 解 微
。 是 故 大 集 月 蔵 経 云
。 我 末 法 時 中
。 億 億 衆 生 起 行 修 道
。 未 有 一 人 得 者
。 当 今 末 法
。 現 是 五 濁 悪 世
。 唯 有 浄 土 一 門
。 可 通 入 路
。
(『 浄 聖 全
』 一
・ 六 一 二 頁
) 一 に は い は く 聖 道
、 二 に は い は く 往 生 浄 土 な り
。 そ の 聖 道 の 一 種 は 今 の 時 証 し 難 し
。 一 に は 大 聖 を 去 る こ と 遙 遠 な る に よ る
。 二 に は 理 深 く 解 微 な る に よ る
。 こ の 故 に 大 集 月 蔵 経 に 云 く
。 我 が 末 法 の 時 の 中 に 億 億 の 衆 生
、 行 を 起 こ し 道 を 修 せ ん に い ま だ 一 人 も 得 る 者 あ ら ず
。 当 今 は 末 法 に し て 現 に 是 五 濁 悪 世 あ り
。 唯 浄 土 一 門 有 り て 通 入 す べ き 路 な り と
。 と
、 い わ ゆ る
「 二 由 一 証
」 に よ っ て 時 機 不 相 応 の 根 拠 が 明 示 さ れ る
。 ま ず 出 離 生 死 の 法 と し て 聖 道 と 浄 土 の 二 種 の 法 が あ る と 示 し て い る
。 こ の 二 種 の 法 に つ い て
、 道 綽 は 二 つ の 理 由 を 挙 げ て 聖 道 の 難 証 を 示 し
、 浄 土 の 法 に 依 る べ き こ と を 明 か し て い る
。 そ の 理 由 と し て
、 一 つ に は 釈 尊 の 滅 後 か ら 遥 か 後 の 世 で あ る と い う 時 代 性
、 二 つ に は 聖 道 の 教 え は 深 遠 で あ る が
、そ れ を 解 す る 衆 生 の 理 解 力 が 微 か で あ る と い う 機 根 の 能 力 と い う 観 点 か ら で あ る
。 続 い て 聖 道 が 難 証 の 法 で あ る 事 の 証 に
『 大 集 経
』 が 引 用 さ れ る
。 そ れ に よ る と
、 末 法 時 に は 自 力 聖 道 法 に よ る 得
116
道 は 不 可 能 で あ る と さ れ
、こ の 文 を 承 け て 末 法 に お け る 得 道 の 法 は た だ 浄 土 の 一 門 で あ る と 勧 決 さ れ る の で あ る
。 こ の よ う な 意 よ り
、 親 鸞 は
「 高 僧 和 讃
」 道 綽 讃 で
、 本 師 道 綽 禅 師 は
聖 道 万 行 さ し お き て 唯 有 浄 土 一 門 を
通 入 す べ き み ち と と く
(『 浄 聖 全
』 二
・ 四 三 二 頁
) 末
法 五 濁 の 衆 生 は
聖 道 の 修 行 せ し む と も ひ と り も 証 を え じ と こ そ
教 主 世 尊 は と き た ま へ
(『 浄 聖 全
』 二
・ 四 三 三 頁
) と 讃 ず る の で あ る
。 さ ら に
『 末 法 灯 明 記
』 で も
、 如 是 制 文 法
。 往 往 衆 多
。 皆 是 正 法 所 明 之 制 文
。 非 像 末 教
。 所 以 然 者
。 像 季 末 法 不 行 正 法
。 無 法 可 毀
。 何 名 毀 法
。 無 戒 可 破
。 誰 名 破 戒
。 又 其 時 大 王 無 行 而 可 護
。 由 何 出 三 災 及 於 失 戒 慧
。 又 像 末 無 証 果 人
。 如 何 明 被 聴 護 二 聖
。
(『 浄 聖 全
』 二
・ 二 一 七
~ 二 一 八 頁
) か く の ご と き の 制 文 の 法
、往 々 衆 多 な り
。み な こ れ 正 法 に 明 か す と こ ろ の 制 文 な り
。像
・ 末 の 教 に あ ら ず
。 し か る ゆ ゑ は
、 像 季
・ 末 法 に は 正 法 を 行 ぜ ざ れ ば
、 法 と し て 毀 る べ き な し
。 な に を か 毀 法 と 名 づ け ん
。 戒 と し て 破 す べ き な し
。 た れ を か 破 戒 と 名 づ け ん
。 ま た そ の と き 大 王
、 行 と し て 護 る べ き な し
。 な に に よ り て か 三 災 を 出 し
、 お よ び 戒 慧 を 失 せ ん や
。 ま た 像
・ 末 に は 証 果 の 人 な し
。 い か ん ぞ 二 聖 に 聴 護 せ ら る る こ と を 明 か さ ん
。
117
と い わ れ
、 正 法 時 に お い て か な う 教 え は
、 像 末 法 に は 不 相 応 で あ る と さ れ て い る
。 聖 道 門 が 像 法
・ 末 法
・ 法 滅 に は 不 相 応 で あ る と す る の は
、 こ れ ら の 説 示 を 承 け る も の と 考 え ら れ る
。 ま た
、 浄 土 真 宗 の 教 え は 正
・ 像
・ 末 す べ て の 時 代 に お い て 通 ず る と い う こ と は
、『 選 択 集
』 第 六 特 留 章 の
、 問 曰
。 百 歳 之 間 可 留 念 仏 其 理 可 然
。 此 念 仏 行 唯 為 被 彼 時 機
。 将 為 通 於 正 像 末 法 之 機 也
。 答 曰
。 可 広 通 於 正 像 末 法
。 挙 後 勧 今
。 其 義 応 知
。
(『 浄 聖 全
』 一
・ 一 二 八 四 頁
) 問 う て 曰 く
、 百 歳 の 間
、 念 仏 を 留 む べ き こ と
、 そ の 理 然 る べ し
。 こ の 念 仏 の 行 は
、 た だ 彼 の 時 機 に 被 る と や せ ん
。は た 正 像 末 法 の 機 に 通 ず と や せ ん
。答 え て 曰 く
、広 く 正 像 末 法 に 通 ず べ し
。後 を 挙 げ て 今 を 勧 む
。 そ の 義 ま さ に 知 る べ し
。 と い う 文 や
、 第 十 二 念 仏 付 属 章 の
、 故 知 諸 行 非 機 失 時
。 念 仏 往 生 当 機 得 時
。( 中 略
) 亦 此 中 遐 代 者 依 双 巻 経 意 遠 指 末 法 万 年 後 之 百 歳 之 時 也
。 是 則 挙 遐 摂 迩 也
。 然 則 法 滅 之 後 猶 以 然 也
。 何 況 末 法 哉
。 末 法 已 然
。 何 況 正 法 像 法 哉
。 故 知 念 仏 往 生 道 通 正 像 末 之 三 時 及 法 滅 百 歳 之 時 焉
。
(『 浄 聖 全
』 一
・ 一 三 一 六 頁
) 故 に 知 ん ぬ
。 諸 行 は 機 に 非 ず
、 時 を 失 え り
。 念 仏 往 生 は 機 に 当 り
、 時 を 得 た り
。( 中 略
) ま た こ の 中 に 遐 代 と は
、『 双 巻 経
』 の 意 に 依 る に
、 遠 く 末 法 万 年 の 後 の 百 歳 の 時 を 指 す
。 こ れ す な わ ち 遐 を 挙 げ て
、 邇 き を 摂 す る
。 然 れ ば 法 滅 の 後
、 な お 以 て し 然 な り
。 何 に い わ ん や 末 法 を や
。 末 法 す で に 然 り
。 何 に い わ ん や 正 法 像 法 を や
。 故 に 知 ん ぬ
。 念 仏 往 生 の 道 は 正 像 末 の 三 時 お よ び 法 滅 百 歳 の 時 に 通 ず と い う こ と を
。
118
等 の 文 を 承 け る の は 明 ら か で あ ろ う
。 そ し て 先 に 挙 げ た 浄 土 真 宗 と 聖 道 の 諸 教 を 決 判 す る 文 の 下 で は
、 然 拠 正 真 教 意 披 古 徳 伝 説
。 顕 開 聖 道 浄 土 真 仮 教 誡 邪 偽 異 執 外 教
。 勘 決 如 来 涅 槃 之 時 代 開 示 正 像 末 法 旨 際
。
(『 浄 聖 全
』 二
・ 二 一 一 頁
) し か る に 正 真 の 教 意 に よ つ て 古 徳 の 伝 説 を 披 く
。 聖 道
・ 浄 土 の 真 仮 を 顕 開 し て
、 邪 偽
・ 異 執 の 外 教 を 教 誡 す
。 如 来 涅 槃 の 時 代 を 勘 決 し て 正
・ 像
・ 末 法 の 旨 際 を 開 示 す
。 と い わ れ
、 次 下 に
『 安 楽 集
』 を 四 文 連 引 し て
、 如 来 涅 槃 か ら 時 代 を 勘 決 し
、 正 像 末 三 時 の 旨 際 を 明 か す こ と で
、 時 機 相 応 の 得 脱 の 道 は
、 た だ 浄 土 一 門 の み で あ る と 証 す る
。『 安 楽 集
』 の 第 一 文 で は
、『 菩 薩 瓔 珞 経
』 に 基 づ き
、 難 行 道 が い か に 厳 し い も の で あ る か が 示 さ れ て お り
、 菩 薩 の 階 位 で あ る 五 十 二 位 の 中
、 十 信 位 か ら 十 住 位 に 至 る に は 一 万 劫 も の 時 間 を か け て 修 行 せ ね ば な ら な い が
、 十 信 位 の 外 凡 夫 で あ る 劣 機 に は 到 底 修 し 得 な い も の で あ る と し て い る
。 第 二 文 で は
、『 正 法 念 経
』 と
『 大 集 経 月 蔵 分
』 が 引 か れ て い る
。『 正 法 念 経
』 の 文 に つ い て は
、 実 際 は
『 坐 禅 三 昧 経
』 か ら の 引 用 で あ る と い う 説 が 有 力 で あ る
1 8
。『 大 集 経
』 で は 五 箇 五 百 年 説 に よ っ て
、 道 綽 在 世 当 時 が 第 四 の 五 百 年 に 相 当 し
、 造 立 塔 寺 修 福 懺 悔 が 盛 ん で あ る と さ れ る
。 こ こ で は 特 に 修 福 懺 悔 が い わ れ て お り
、 称 名 即 懺 悔 を 示 し
、 釈 尊 滅 後 第 四 の 五 百 年 に お い て は 称 名 念 仏 に よ る 得 道 が 強 調 さ れ る の で あ る
。 第 三 文 で は
、 正
・ 像
・ 末
・ 法 滅 と 時 代 が 経 る に つ れ
、 衆 生 と 経 法 が 減 尽 し て い く が
、 如 来 は そ の 中 に あ る 衆 生 を 哀 れ み
、『 大 経
』 を こ の 世 に 留 め た と さ れ る
。
119
第 四 文 で は
、『 大 集 経
』 に よ っ て 末 法 に お い て 行 を 起 こ し た と し て も 五 濁 悪 世 の 衆 生 に は 堪 え る こ と が で き ず
、 末 法 に お け る 得 道 は た だ 浄 土 の 一 門 の み で あ る と さ れ て い る
。 そ し て 続 く 私 釈 で
、 爾 者
。 穢 悪 濁 世 群 生
。 不 知 末 代 旨 際
。 毀 僧 尼 威 儀
。 今 時 道 俗 思 量 己 分
。
(『 浄 聖 全
』 二
・ 二 一 三 頁
) し か れ ば 穢 悪 濁 世 の 群 生
、 末 代 の 旨 際 を 知 ら ず 僧 尼 の 威 儀 を 毀 る
。 今 の 時 の 道 俗
、 己 が 分 を 思 量 せ よ
。 と
、 当 時 の 道 俗 に 対 し て 痛 烈 な 批 判 を 行 っ て い る
。 末 法 に 入 っ て い る に も 拘 ら ず
、 そ の こ と を 知 ら ず に 僧 尼 の 威 儀 を 毀 っ て い る が
、 そ れ ら の 人 々 に 対 し て
「 己 が 分 を 思 量 せ よ
」 と 今 の 時 運 を 見 据 え た 上 で 自 己 へ の 反 省 を 促 す の で あ る
。 実 際
、 親 鸞 は 次 下 に 正 像 末 の 三 時 の 年 次 計 算 を 行 い
、 現 在 は 末 法 で あ る こ と を 主 張 す る
。 す な わ ち
、 按 三 時 教 者
。 勘 如 来 般 涅 槃 時 代
。 当 周 第 五 主 穆 王 五 十 一 年 壬 申
。 従 其 壬 申 至 我 元 仁 元 年
[ 元 仁 者 後 堀 川 院 諱 茂 仁 聖 代 也
] 甲 申
。 二 千 一 百 八 十 三 歳 也
。 又 依 賢 劫 経・ 仁 王 經・ 涅 槃 等 説
。 已 以 入 末 法 六 百 八 十 三 歳 也
。
(『 浄 聖 全
』 二
・ 二 一 三 頁
) 三 時 の 教 を 案 ず れ ば
、 如 来 般 涅 槃 の 時 代 を 勘 ふ る に
、 周 の 第 五 の 主 穆 王 五 十 三 年 壬 申 に 当 れ り
。 そ の 壬 申 よ り わ が 元 仁 元 年
[ 元 仁 と は 後 堀 川 院 諱 茂 仁 の 聖 代 な り
] 甲 申 に 至 る ま で
、 二 千 一 百 八 十 三 歳 な り
。 ま た
『 賢 劫 経
』・
『 仁 王 経
』・
『 涅 槃
』 等 の 説 に よ る に
、 す で に も つ て 末 法 に 入 り て 六 百 八 十 三 歳 な り
。 と
、 釈 尊 が 入 滅 し た 年 代 を
「 当 周 第 五 主 穆 王 五 十 一 年 壬 申
」 と 定 め
、 現 在 を
「 元 仁 元 年 甲 申
」 と し て い る
。 こ の
「 元 仁 元 年
」 と は
、 ま さ に 比 叡 山 か ら
『 延 暦 寺 奏 状
』 が 提 訴 さ れ た 年 で あ り
、 こ れ に 対 し て
、 現 在 は 末 法 で あ る と 主 張 す る の で あ る
。『 延 暦 寺 奏 状
』 で は
『 興 福 寺 奏 状
』 に は 見 ら れ な か っ た 末 法 年 代 に 関 す る 論 難 が あ っ た
。 第