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化学物質政策基本法制定を求める署名のお願い

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労働者住民医療2009.1/2 37  今では技術の進歩で手術方法も格段に

進歩しているものの、依然として原因不 明で時には重い後遺症を残さざるを得な い病気に、「二分脊椎症」という病気があ る。専門書に依れば、この病気は妊娠初 期に起こっていて、母親が妊娠を感知す る頃には、発生?しているとされている。

そのあたり、素人の私には分からない部分 が多いのだが、母胎の中での胎児形成過 程を、専門書は次のように説明する。開 いた本を折り曲げる時の背表紙部分、つ まり人間では背骨の部分だが、その形成 過程で脊髄(脳からの神経)が飛び出す タイプと飛び出さずに脂肪が脊髄に絡む 場合の二つのタイプがあるという。飛び 出すというと表現はおかしいが、要する に脳からの神経が延びてきても、その後 に脊椎(背骨)や皮膚を形成できず外気 と直結している状態だという。この飛び 出すタイプの場合、飛び出して、神経が 既に傷がついたり変性を起こしていれば、

回復させる方法はない。ただ、感染を防 ぐためには、早急に手術し、開いてしまっ ている背骨の部分を閉じる必要がある。

 この仕事に就いた 8 年目頃であった。

この日朝 10 時頃、脳神経外科の医長が 相談室を訪れた。とても困ったという表 情で、いつもの能弁な感じとは違う。何 事かと問う私に「生まれて間もない赤 ちゃんが、二分脊椎という病気で入院し てきた。そこで、いろいろと検査したと ころ、水頭症を起こしており、脊髄の手 術も早急にしなければならない。ところ が、母親は、どうしても手術を承諾して くれない。そこで、どうして承諾しても らえないのかと聞くと、夫の母親 ( 児に とっての祖母 ) が、何としても手術だけ は駄目だ、と言い張るので、承諾できな い」の一点張りだと言う。そこでお婆ちゃ んに逢って、これも何度も手術の内容を 話して了解を求めたのだが、絶対に手 術は駄目だと言って、これも承諾がもら えない。医長はほとほと困って相談室に やってきたということであった。私は 33 年間の MSW の仕事で、手術の承諾を医 師に代わって求める面接をしたのは、後 にも先にもこの 1 回だけである。

 私はこの時、二分脊椎と言う病気を正

亀戸ひまわり診療所  高山  俊雄

最終回 (連載第 20 回)  二分脊椎の児の手術

34 年間、東京の下町を中心に MSW を続けました。その中には真実庶民の生活があり、身につまされ るドラマがありました。そうした中からひとコマをお伝えしたいと思います。

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第 7 回 廃屋の老女

34 年間、東京の下町を中心に MSW を続けました。その中には真実庶民の生活があり、身につまされ るドラマがありました。そうした中のひとコマをお伝えしたいと思います。

亀戸ひまわり診療所 高山 俊雄

 82 歳になるその女性 S さんが入院して きたのは、肺炎ということであった。入 院期間は 2 週間ほどであったと思う。が、

問題は帰宅に際して得られた福祉事務所 からの情報では、家の中が相当にひどく、

このまま家に帰っても再び感染して入院 せざるを得ないであろうと思われたこと であった。主治医からの連絡で、私はとも かくどのような家であるのか、御本人が在 宅に戻る前に家庭訪問をする必要性を感 じた。そのためにいろいろと福祉事務所や 保健福祉センターから情報をとることに した。

 それら情報を整理してみると、次のよう な事が分かった。現在は御本人だけの一人 暮らしであること。以前は布団店を経営し ていたこともあるというが、夫が亡くなっ てから店をたたみ、ひとりで生活してき たこと。数年後に生活保護を受けるように なったこと。遠くに親戚があるというこ と。現在では自分で自分の事がうまく処理 できず、家の中の整理も出来ないため、ヘ ルパーさんが必要なこと、などであった。

私は情報収集したあと、一人でどのよう な家になっているのか家庭訪問すること

にし、ご本人に了解をもらいに病室に行っ た。かなり威勢の良い S さんは、割合べら んめえ口調であったから、下町育ちの私に は親しみやすく、すぐ了解してくれた。家 に行くと驚いた。20 坪を少し越える敷地 の家であるのに玄関には戸がなく、莚(む しろ)が一枚垂れ下がっているだけであっ た。莚をあげて一応家の中を覗くと、これ がまたひどかった。まだこれから布団にす る綿がたくさん、埃と汚れで不鮮明にしか 中が見えない大きなビニールに包んで玄 関いっぱいに置いてある。家の中はなにや ら分からないものが所狭しと置いてあっ て、ゴミだらけ、とても人が素足で上がれ る状態ではない。奥の方では何か物音が聞 こえており、恐らく鼠がいるものと思われ た。要するに廃屋としか言いようがない状 態にある事が分かったのである。さて本人 の在宅復帰を前にどうすべきか、私は悩ん だ。

 そこで考えたことは、何より家の清掃で ある。生活が出来るようにすることを第一 とした。この清掃を行うため、福祉事務 所、保健福祉センターの保健師やヘルパー と連絡をとった。そしてゴミ袋と箒、掃除

をすれば、感染は防げるし、水頭症の手 術によって意識の改善は期待できるとは 思っていた。又、中枢神経の流れが、脊 髄の何処かで遮断されれば、それ以下に 麻痺が生ずる事は分かっていた。ただ、

この児の状態が手術をすることでどのよ うな状態になるのかは、中枢神経のつな がり具合を含めて医長に説明を求め確認 していた。

 祖母に会ったのは、午後 1 時過ぎで あったように思う。最初に私が問うたの は、拒否をしている理由であった。つま り、手術を納得していただく話ではある が、拒むにはそれなりの理由があり、そ れをじっくり聞かないといけないと考え たのである。ところが、そのように聞い ても、直ぐに理由を話してはくれなかっ た。むしろ、「この子の今後の人生を考え ると、可哀相で仕方がない。それを考え ると、何もしないでそっと逝かせてあげ るのが一番だと思っています」と、私の 質問には答えず、医長に答えたであろう 結論を繰り返した。私は祖母が言う「可 哀相で仕方がない」という言葉に注目 していた。何を可哀相であると認識して いるのか、という点である。私には、最 初の質問に対する答えとして、表現の異 なる回答をされていると思えたからであ る。再度の質問に祖母は、長い間考えて から「寝たきりのまま一生を過ごし、意 識もないのであれば、こんな可哀相なこ とはない」と答えられたのであった。私

葉に引っかかった。それは医長がそのよ うに説明したのか、それとも別な認識か らそう思ったのか。そこでその部分を質 問した。と今度は割合すんなりと「先生 からの説明ではありません。あの児を見 ていて、私がそのように思ったのです」。

私はこの答えに満足できなかった。何故 祖母はそのように思ったのか。私がその 質問を口にしたあと、長い沈黙が流れる ことになってしまった。30 分以上二人の 間に言葉はなかった。

 と、40 分が過ぎた頃、おばあちゃんは 途切れ途切れに、自分が認識した経緯をポ ツリ、ポツリと話し始めた。「近所に寝た きりの子供がいるんです」「そこのおばあ さんと仲が良くて、よく話をするんです」

「そのおばあさんは、あの子が不憫で仕方 がないと、逢うたびに話すんです」。私は

「そのお子さんの御病気はどのようなもの ですか ?」と聞いたが、正確には知らない と答え、ただ「身体にも知能にも障害を 負っているらしい」ということは分かっ た。話から重症心身障害児なのではない かと、私は推測した。そうだとすれば病 気は違うし、症状も違う。だが、二分脊 椎には知的な障害が残ることもあり、な かなかに難しい。その二つの病気を区別 できないことが、お婆ちゃんにとって壁 になっていることを私は理解した。しか し共に掛け替えのない命なのだ。問題は、

お婆ちゃんにどのように説明したら良い か。祖母の拒否原因を知ってから、私は

面接しながらも苦しく、答えを見つけ出せ ないでいた。そこに医長がいないことが悩 ましかった。医長はお婆ちゃんから、重症 心身障害児と思える子供の話を聞いていな いことは明らかであった。いろいろと悩ん だ末、私は二人の病気の違いについて医長 に説明してもらう以外にないと決断した。

 祖母にも了解をとって医長に連絡した。

医長は私の面接の経緯を聞きながら「分か りました。その先は医者の仕事です」と言っ て、直ぐに外来の医局に来るよう伝えて欲 しいと言われた。

 お婆ちゃんが相談室を出たのは、面接開 始から 3 時間近くが経っていた。私はぐっ たりし、緊張のあまり精も根も尽きた感が あった。一人の子供の命がかかっていたの だから当然ではあるが。

 お婆ちゃんが退出した後、医師と MSW のどこに面接のポイントの違いがあったの

だろうとしきりに考えた。医師は、病状の 説明や治療方法について常に医学的な説明 をする。しかも確率でしか話せない。当然 と言えば当然だが、選択が求められる患 者さんには不安定要素が付きまとう。そ れをカバーするのが、医師の患者さんへの 接し方、その態度や言葉使い。つまり医 学的な根拠や技術ではない人となりによっ て、一つ一つの言葉への信頼が宿っていく。

MSW はどうか。常にあるのは「何故?」

という問いである。問いへの回答によって 納得する。しかし、一般の常識的価値観で 納得するのでもなく、自分の価値観で納得 するのでもない。その人の価値観を納得す る。言い換えれば受け入れるのである。こ れが MSW にとっての信頼関係構築のポイ ントである。さてこの事例では、どこがど うであっただろうか。  (了)

石綿健康被害救済法三周年行動にご参加を!

全てのアスベスト被害の公正な救済を求める 3.27 集会

2009 年 3 月 27 日(金) 13:00 〜 14:20(12:00 開場)

会場:日比谷公会堂 集会終了後、東京駅方面へデモ行進

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