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判例法理の確立

第 2 章 理論化

第 1 節 判例法理の確立

20 世紀初頭、コンセイユ・デタの視線は、徐々に取消判決の帰結に向けられるようにな る1。それは、既判事項の権威が道徳規範ではなく、法規範として確立していくことを意味 している。果たして、越権訴訟において既判事項の権威とは行政にとっていかなる内容を意 味するのか。伝統的な判例法理によれば、それは三つの意味に分けられる。まず、既判事項 の権威は行政の不作為義務を意味しうる(第1款)。のみならず、行政作為義務をも含みう る(第2款)。これらの義務を懈怠した場合、取消判決を獲得した原告は、行政に損害賠償 を請求することもできる(第3款)。内在的限界をもにらみつつ、これらの理論的意義を明 らかにすることが本節のねらいである(第4款)。なお、とりあげる判例は、主として、第 3章で詳述するアンジョンクション権限を用いた判決以前まで、すなわち、1995 年以前ま でする。

第1款 反復行為の禁止

既判事項の権威の法的な具体化の一端を担ったのが、行政の不作為義務であり、反復行為 の禁止とよばれるものである。コンセイユ・デタは、その根拠を、権限濫用(détournement de pouvoir)と法律違反(violation de la loi)に求めた。以下では、それぞれの取消事由に基 づく代表的なあるいは典型的な判例を中心に、いかなる内容の義務が導出されたのかをみ

1 P. Weil, Les consequences de l’annulation d’un acte administratif pour excès de pouvoir, thèse, Pedone, 1952, p. 8.

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ていき(第1項、第2項)、最後に取消事由の選択を中心とした統制規範に関する考察を行 う(第3項)。

第1項 判例の展開

20 世紀初頭から中葉にかけ、判決後の行政の行為を、既判事項に照らして、取り消すコ ンセイユ・デタ判決が多く登場するようになる。取消事由は、権限濫用あるいは法律違反で ある2。したがって、以下では、権限濫用によるもの(Ⅰ)と法律違反によるもの(Ⅱ)と に分けて、判旨を含めた事案の概要と、各々の判決の意義を簡単に述べる。

Ⅰ 権限濫用による取消

1 1910年ファブレグ判決3 (1) 事案の概要

1908年に、市長は、コミューンの農村保安官(le garde champêtre)に対する暫定的職務 停止(suspension)を命じたデクレのあとに、さらに同様の10のデクレを相次いで、10か 月にわたり発出したのであるが、当該懲戒処分は、1884年4月4日の法律102条により、

ひと月以上の期間にわたり行うことは許されていなかった。原告ファブレグ氏による申立 てに基づき、コンセイユ・デタは10のデクレを取り消した(1909年7月23日判決)。そ れにもかかわらず、市長は頑なに同じ内容のデクレを 7 つ発出し、ファブレグ氏に対する 暫定的職務停止処分を繰り返した。コンセイユ・デタは、権限濫用に基づき、7つのデクレ を取り消したのであった(1910年7月22日判決)。

(2) 本判決の意義

① 権限濫用による取消の先駆け

本判決の判決文に「既判事項(chose jugée)」の文言は用いられていないものの 4、係争

2 P. Weil, op. cit., (note 1),p. 170 ; P. Montané de La Roque, L’inertie des pouvoirs publics, Dalloz, 1950, p. 409 et s.

3 C.E., 23 juillet 1909, C.E., 22 juillet 1910, Fabrègues, S., 1911, Ⅲ, p. 121, note Hauriou. この 事件については、阿部泰隆『フランス行政訴訟論——越権訴訟の形成と行政行為の統制——』

(有斐閣、1971年)86頁〔初出、1968-1969年〕においても簡潔に紹介されている。同書 は、権限濫用の適用例として、「一般利益と無関係な行政権力の行使」の分類のうち、「政治 的・宗教的・私的恨みをはらすためになされた行政行為」の一例として、本判決を位置づけて いる。

4 前訴判決の効力に言及せずに、再度の行為を取り消した判決として、小早川光郎「取消訴訟 の拘束力」同『行政訴訟の構造分析』(東京大学出版会、1983年)218頁、注(36)〔初出、

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処分が既判事項の権威に反するものであったことは、オーリウの評釈からも明らかである。

すなわち、「このように市長は事情を心得たうえで、既判事項の権威を計画的に/徹底的に

(systèmatiquement)軽視することで(en méprisant)、直ちに越権に再び陥る(retombe immédiatement dans son excès de pouvoir)。…(しかし)農村保安官は落胆しない。改めて、

7つのデクレの取消を請求するのであり、コンセイユ・デタもまた落胆しない。1910年7月 22日の判決により、改めて権限濫用を確認するのである5」。このように、本判決は権限濫 用による取消を象徴する事案として位置づけられることになる。もっとも、判決理由は「改 めて、当該懲戒処分を下すことにより…権限を濫用した(excédé les pouvoirs)」と記すのみ であり、詳細な検討は施されていない。本件の事案において、1884年法律の解釈として、

市長は裁量が残されていなかったことになろう。当該懲戒処分を下さないことが羈束され ていたともいえる。したがって、新たな事実上の理由や法令上の理由に差し替える余地はな かったことになる。このようなごく簡単な反復行為が頻発していたというのはフランスの 特徴ともいいうる。

② 活動行政と行政裁判の分離独立原則による裁判官の限界

第 3 款の国家賠償請求事例においても述べるが、オーリウは本判決の評釈において、行 政による既判事項の権威の不執行に対するサンクションとして、公務員の個人責任という 解決策しかないことを強調している。その点は後述するとして、ここで重要なのは、オーリ ウが、活動行政に対する裁判官の権限の限界を強く意識していたことであろう6。オーリウ は、行政による不執行に対するサンクションとして、まず、権利実現のための差戻し(renvoi pour faire ce que de droit)をラディカルな解決策として挙げる。もっとも、これは忠告に過 ぎず、サンクションではない。しかし、判決の執行のために活動行政を強制的に従わせる方 法はほかにない。強制的に従わせることは、「裁判官を、国家の一部ではないにもかかわら ず(non pas même dans l’Etat)、国家の上に立つ(au-dessus de l’Etat)上位の権限(pouvoir

suprême)と位置づけることを意味してしまう 7」からである。オーリウのかかる評釈から

は、裁判官は、既判事項の権威に反する取消のみが許され、活動行政に対する分離原則に基 づき、それ以上のサンクションは認められないという当時の理論的整理を読み取ることが できる。

1976年〕は、C.E., 9 juin 1893, Thorrand, S. et P., 1895, Ⅲ, p. 44, note Hauriou;C.E., 9 mars 1900, Boucher d’Argis et autres, S. et P., 1901, Ⅲ, p. 1, note Hauriou をも挙げている。

5 Hauriou, note, préc., (note 3), p. 121.

6 S. Boussard, La classification des contentieux à l’épreuve de la métamorphose du juge de l’excès de pouvoir, in G. Bigot et M. Bouvet (dir.), Regards sur l’histoire de la justice administrative, Litec-Lexis Nexis, 2006, p. 324.

7 Hauriou, note, préc., (note 3), p. 121.

54 2 1950年ラモット夫人判決8

(1) 事案の概要

1941年に、知事は、農業従事者に対し、ラモット夫人の土地を譲渡する処分(1941年ア レテ)を発出するが、根拠法律所定の要件を満たしていない、すなわち当該土地が2年以上 放棄されたあるいは耕作されていない土地とはいえないことを理由に、権限濫用に基づき 当該アレテは取り消された(1942年7月24日判決)。なお、1943年4月9日の判決によ り、コンセイユ・デタは上記判決の結果として(par voie de conséquence)、当該土地に接す る三区画の譲渡にかかる別のアレテをも取り消している9。ところが、知事は、1943年11 月2日に、別の根拠法律(第二次世界大戦中の特別法)に基づき、同一土地の同一私人に対 する徴用処分(1943年アレテ)を発出したため、1944年12月29日判決は「判決の執行を 遅らせる意図に基づ」く(en vue de retarder l’exécution)ことを理由に挙げ、当該アレテを 権限濫用に基づき取り消した。1950 年2月17日判決は、その後知事が繰り返した譲渡処 分(1944年アレテ)を取り消したものである。

(2) 本判決の意義

① 意図へのサンクション

本判決がファブレグ判決と異なるのは、判決文から行政の意図の審査が読み取れること である。上記の通り、本判決の前訴にあたる1944年12月29日判決においても、徴用処分 の目的が実質的には判決の執行を遅らせる意図に基づくことを理由に権限濫用としている こともさることながら、本判決は、「当該アレテは、1941年2月1日から 9年間にわたり テスタ氏に利するようなされた以前の譲渡処分を単に維持したものであり、争訟につき判 断したコンセイユ・デタの上記諸判決を、故意に(délibérément)妨害することのみを目的 としている。かくして、当該アレテは、権限濫用を犯した」と判断している。かかる意図へ のサンクションはすでに1922年には登場しているのであるが10、目的審査という権限濫用 に基づく取消の特徴を如実に表すものである11

8 C.E. Ass., 17 février 1950, Ministre de l’Agriculture c/ dame Lamotte, Rec., p. 110 ; R.D.P., 1951, p. 478. concl. J. Delvolvé, note M. Waline. この判決に連なる前訴として、C.E., 24 juillet 1942, Rec., p. 231;C.E., 29 décembre 1944, Rec., p. 333.

9 後述する原状回復義務に基づく不整合処分の取消に係る局面でもある。

10 C.E., 4 août 1922, Société du Bourbonnais, de Lachomette, Rec., p. 732.「第二の処分が、実 質的に第一の処分のくりかえしにすぎず、第一の処分の実際の性格を変更させる性質を有しな い単なる形式的な宣言(une pure déclaration de principe)である場合には」第二の処分を取り 消すと判示した。

11 目的審査による取消事例として、ジラール判決も挙げられる。前訴判決において、コンセイ ユ・デタは、臨時行政部(délégation spéciale;市町村参事会空白の場合に設置)の設立のデク レを取り消し、その結果として同デクレに従って行われた選挙も取り消したことで、違法に斥

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