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公的な会計政策論

ドキュメント内 報告利益の管理と株式市場の反応 (ページ 31-37)

 会計政策を、ミクロとマクロ、あるいは私的と公的とに2区分する見解は、多くの論者によっ て承認されてきたところである。しかし、ほとんどの研究がミクロのすなわち私的な会計政策に 傾倒されてきており、マクロのすなわち公的な会計政策に対してそう銘打って取り組んだ研究は 少ないのが現状である。

 しかし、振り返ってみると、わが国において1960年代までに行われた研究は、その目的が会計

原則ないし会計基準、さらには監査基準といった会計規範のあるべき姿を求めての探求にあった ことからすると、それらのほとんどはマクロの会計政策論であったともいえる。

 企業経営者による会計政策論が展開されるなかにあって、中村(1988)は、会計政策を限定し て解釈し、「政府機関など権威ある機関による財務会計方法の選択等財務会計問題解決のための 方針の決定と実行を内容とする行動であると規定する。」[中村(1988)p. 14]中村(1988)の 主張は、「会計政策の目標は社会的目標と技術的目標の二つにわけられる」というものである。

すなわち、

「会計政策の目標といっても、そこには性格を異にする二つのものが含まれていることが看 取される。ひとつは、株主・債権者にたいする会計情報の改善とか証券投資の民主化の名で 標榜されている目標である。これは、会計政策の実施機関が達成したいと考える会計の社会 的役割に関するものであり、会計政策の社会的目標とよびうるものである。いまひとつは、

会計の標準化あるいは企業会計制度の改善・統一化といった表現で表されている目標であ る。これは、会計政策の実施機関が達成したいと望む会計の状態に会計政策の技術的目標と よびうるものである。」  [中村(1988)p. 15]

 第1の社会的目標については、以下のように考えている。

「このうち社会的目標はとりわけ財務諸表の利用者たる企業の利害関係者の会計にたいする 要請と深くかかわるとみられることから、それは、一種の社会的選択の姿をとるとも考えら れるが、この問題は、これまでのところ資本の効率的配分の促進という観点から投資家中心 にその情報要求を考えていくか、それとも企業をめぐる利害の公正な調整の観点から比較的 広範囲の利害関係者の情報要求を考えるかといった形で議論されているようである。」

  [中村(1988)p. 15]

 第2の会計政策の技術的目標については、次のように考えている。

「会計数値に企業の経済実態を適切に反映させつつ会計方法の選択範囲を可及的に縮小し会 計数値の同質化を図ることを内容とする会計の統一化にある。

 この会計の統一化は、企業の業種業態、規模等のいかんにかかわらず同一の経済事象には 常に同一の処理原則や規則を機械的に適用する絶対的な統一化ではなく、業種、業態、規模 等の相違に応じて原則・規則の選択・適用を縮小するという相対的な統一化である。」

  [中村(1988)p. 16]

 しかし、中村(1988)は、社会的目標と技術的目標には関係性を認めて、次のように規定して いる。すなわち、社会的目標を達成するために、会計方法の集合を明確にしてその選択の幅を縮 小し統一化するという技術的目標が設定されるとすると、会計政策の目標については、社会的目 標が上位に技術的目標が下位に位置するという一種の階層関係がみられる、と解したのである。

第10節 結び

 本章では、わが国における会計政策に関する研究について主に時系列的に概観してきた。わが 国における会計政策に関する研究は、会計の本質を理解会得せんとする探求のなかで生まれてき たように思われる。それは、現実の企業において会計という行為がどのように行われているかを 明らかにしながら、会計のあるべき姿を描き出そうとする研究の取り組みに他ならなかった。財 務政策とのかかわりにおいて会計を討究する意義について指摘した嚆矢となる論文は、わが国に おいて1934年に発表されていた。当時ドイツの会計学の展開に示唆を得た岩田巌教授が、シュ ミット学説を論究しながら、会計理論と会計政策あるいは財務政策との関係を論じたものであっ た。

 その後、中島省吾教授を中心に、「アカウンティング・ポリシィ」なる用語を用い、米国にお ける研究成果をも考慮した会計政策論が展開されるようになった。この会計政策にかかわる問題 は、引き続き財務会計における主要なテーマとして広く議論されることになる。しかし、会計政 策は財務会計にのみに固有のものではなく、会計監査の主要なテーマとして、活発な論議が戦わ されることになった。会計監査の係わりにおいて「利益の平準化」が問題視されるようになった ことからであった。『産業経理』では、1959年第19巻第10号において「特集・期間利益平準化の 可否」を設け、研究者、経営者そして監査人がそれぞれの立場から論及を行った。

 1960年代に入ると、財務会計の研究者たちによる論文が続々と発表されるようになり、会計政 策は財務会計における主要なテーマの一つになっていたことが分かる。会計政策なる用語が冠さ れたわが国における最初の著書は、會田(1963)であろう。しかし、その一方では依然として利 益の平準化が重要なテーマであり、再び『産業経理』1966年第26巻第1号は、「特集・期間利益 の平準化と会計原則」を掲載した。

 わが国における会計政策に関する研究は、その後しばらく下火になり、1980年代に入り再び活 発に展開されることになった。米国おける当該研究にかかわる論文が次々とまとまって発表され たことに呼応して、わが国における研究がそれらの論文に検討を加える形で展開されるように なったのである。今福(1984)では、Hendriksen(1982)に従って、会計政策を2つの側面に 分けながらも、両者に独立した位置づけを与えるのではなく、関連付けることの重要性を指摘し ている。

 米国における実証的会計理論に基礎を置きながら、経営者の会計選択行動を理論的に考察した 研究も登場した。佐藤(1988)では、経営者は自己の利害を最大限に追求するという行動仮説を

とるエイジェンシー理論に依拠し、理論の構築を目指した。すなわち、経営者は組織参加者の利 害を均衡させる最適行動を選択するという行動仮説をとることによって、会計選択行為に関する 問題を、利害関係集団への富の配分という経済性原理の支配する決定問題として認識することを 可能にする、との立場から経営者の会計選択行動について論及した。

 ここで問われるべき課題は、佐藤(1988)が展開したように、経営者は自己の利害を最大限に 追求するとともに、組織参加者の利害を均衡させる最適行動を選択するという行動仮説をとるこ とによって、会計選択行為に関する問題を、利害関係集団への富の配分という経済性原理の支配 する決定問題として認識することを可能にする、との立場をどのように評価するかということで ある。あまりにも観念論的であり、現実的ではないとしてこれを退け、実際にとられている経営 者の会計選択行動を観察して、より現実的な行動仮説に基づく理論の構築への道を歩むか、とい う課題に直面したのである。

 井上良二教授は、エイジェンシー理論が仮定した経営者の報酬を最大化するという考えを否定 し、経営者は企業の長期的な観点での維持発展への志向を自らのうちに生じさせ、それの達成が 経営者の効用を増大させていくと考える。企業維持を想定する経営者にとっての最大化の中には 非金銭的な効用が含まれるのではないだろうか、という前提に立っているからであろう。

 米国における会計政策に関する研究成果を検討するなかで、それらがそのままわが国企業には 妥当しないことに気づいた研究者は、わが国企業に固有の要因に摘出し、わが国企業の会計政策 を説明することに努めるようになった。第1として、日米の企業における経営者報酬制度の違い があげられる。米国では、日本と比較すると、経営者の報酬が公表利益に連動して増減するイン センティブ・システムを広く採用しているため、経営者は短期的成果に近視眼的に関心を集中す ることを余儀なくされてしまうので、長期的利益を指向する余裕が無くなってしまう。

 第2として、確定決算主義という日本に固有の特質が指摘されている。米国流の政策とは対照 的に、日本の会計慣行ではできるだけ利益を圧縮しようとする政策がとられる傾向がある。こう したいわば保守的会計政策ともいうべき現象は、確定決算主義を媒介とした税務計算上の制約に 最も強く規定されていることは疑いない。

 第3として、株式の相互持ち合いと系列などの企業集団という日本企業に固有の特徴が指摘さ れている。株式の相互持ち合いなどによる経営者支配といった日本独自の構造的特質にも根ざし たものが、経営に及ぼす影響は計り知れないものがある。日本の企業の多くは何らかの企業集団 や企業系列に属しており、そこでは株式の相互持ち合いを軸とした安定株主工作によって資本市 場の脅威から防護されている。相互持ち合いは、また、安定配当主義という名の株主配当の低額 固定化を可能としている。

 遅ればせながら、米国における実証研究の成果を踏まえて、日本においても本格的な実証研究 が展開されるようになった。須田(2007)では、倒産企業をサンプルにして日本の企業における

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