過去の利益変動が残余利益モデルによる 株式評価に及ぼす影響について
第4節 リサーチ・デザイン
特に楽観的な予想誤差が小さくなり、かつ1・2期後のアナリスト予想利益の予想誤差の絶対値 も小さくなると考えられる。これらの検証は、先行研究で十分に行われていない。
以上のことから、本論文では以下の2つの仮説を設定する。
仮説1
過去の利益変動が小さい企業は、過去の利益変動が大きい企業と比べて、2期分のアナリスト 予想利益を用いた RI モデルによる1株当たり株主価値推定値の評価誤差・評価誤差の絶対値が 小さい
仮説2
過去の利益変動が小さい企業は、過去の利益変動が大きい企業と比べて、1・2期後のアナリ スト予想利益の予想誤差・予想誤差の絶対値が小さい
仮説1の検証は、RI モデルにより株主価値を推定する期における検証である。つまり、分析 期間の各期の時点で入手可能な情報を用いた検証となる。仮説2の検証は、RI モデルにより株 主価値を推定する期から1・2期後における検証となる。つまり、分析期間の各期の1・2期後 の時点で入手可能な情報を用いた検証となる。
1 2 1
( ) ( )
(1 ) (1 )
RI t t t t
t t
FROE r BPS FROE r BPS
V BPS
r r r
+ − + − +
= + +
+ + (2)
は t 期の1株当たり純資産簿価、 +1(=t+1 期の1株当たりアナリスト予想当期純 利益 +1÷ t 期の1株当たり純資産簿価 )は t 期において予想される t+1 期の予想 ROE、 +2(=t+2 期の1株当たりアナリスト予想当期純利益 +2÷ t+1 期の1株当た り予想純資産簿価 +1)は t 期において予想される t+2 期の予想 ROE である。t + 1 期の1 株当たり予想純資産簿価 +1は、t + 1 期の1株当たりアナリスト予想当期純利益・予想配 当の数値を用いて、クリーン・サープラス関係に基づき算定する。本論文で2期分のアナリスト 予想利益に基づく RI モデルを用いるのは、井上(1999)、太田(2000)、竹原・須田(2004)な どにより、1期分よりも2期分のアナリスト予想利益を用いた場合に RI モデルによる株主価値 推定値の株価説明力(株価との相関)が高いことが判明しているためである。
株主価値を推定した後に、Penman and Sougiannis(1998)、Francis et al.(2000)、Liu et al.
(2002)、Jorgensen et al.(2011)などに基づき、評価誤差(Valuation Error; )と評価誤差 の絶対値(Absolute Valuation Error; )を計算する。まず、分析期間の各期において、(2)
式の RI モデルを用いた t 期の1株当たり株主価値推定値VtRIと t 期の株価 を用いた以下の(3)
式で、評価誤差 を計算する。
RI
t t
t t
V P
VE P
= − (3)
が0に近いほど株式評価の正確性が高いことになり、株主価値推定値が株価を上回っている
(下回っている)場合には は正(負)となる。また、評価誤差の絶対値 は、分析期間 の各期において、以下の(4)式で計算する。
RI
t t
t t
V P
AVE P
= − (4)
が0に近ければ近いほど株式評価の正確性が高いことになる。
以上に示した と について、 の平均値と の平均値を、過去の利益変動に 基づく Q1〜 Q5の各グループで算定する。このうち、Q1の企業の の平均値と の平均 値は、それぞれ Q5の企業の の平均値と の平均値よりも小さくなると予想される。こ れについては、Q1と Q5の間で、 の平均値の差と の平均値の差について、t 検定をそ れぞれ行う。t 値が有意な負の値になっていれば、過去の利益変動が最も小さい企業のグループ である Q1の評価誤差と評価誤差の絶対値は、過去の利益変動が最も大きい企業のグループであ る Q5と比べて、有意に小さいことになる。
以上の分析により、仮説1の検証が行われることになる。
4.2 仮説2の検証手法
仮説1の検証の後に、仮説2の検証を、すなわち過去の利益変動とアナリスト予想利益の予想 誤差(Forecast Error; )・予想誤差の絶対値(Absolute Forecast Error; )との関係を、
分析期間の各期において、予想誤差と予想誤差の絶対値を計算して行う⑸。
まず、1期後の予想 ROE である +1と2期後の予想 ROE である +2から、それぞ れ1期後の実績 ROE である +1(=t+1 期の1株当たり当期純利益 +1÷ t 期の1株当た り純資産簿価 )、2期後の実績 ROE である +2(=t+2 期の1株当たり当期純利益
+2÷ t + 1 期の1株当たり純資産簿価 +1)を引いて算定した値を、1期後のアナリスト 予想誤差 +1、2期後のアナリスト予想誤差 +2とする。
1 1 1
2 2 2
t t t
t t t
FE FROE ROE
FE FROE ROE
+ + +
+ + +
= −
= −
(5)
(6)
予想誤差が正(負)の値である場合は楽観的(悲観的)な予想をアナリストが行っていたことを 示し、0に近づくほどアナリスト予想のバイアスが小さい(精度が高い)ことを示す。次に、1 期後のアナリスト予想誤差の絶対値 +1、2期後のアナリスト予想誤差の絶対値 +2を以 下の式で算定する。
1 1 1
2 2 2
t t t
t t t
AFE FROE ROE
AFE FROE ROE
+ + +
+ + +
= −
= −
(7)
(8)
アナリスト予想誤差の絶対値が0に近づくほど、アナリスト予想の精度が高いことになる。
以 上 に 示 し た +1・ +2と +1・ +2に つ い て、 +1・ +2の 平 均 値 と +1・
+2の平均値を、過去の利益変動に基づく Q1〜 Q5の各グループで算定する。Q1の企業の
+1・ +2の平均値と +1・ +2の平均値は、それぞれ Q5の企業の +1・ +2の平均 値と +1・ +2の平均値よりも小さくなると予想される。これについては、Q1と Q5の間で、
+1・ +2の平均値の差と +1・ +2の平均値の差について、t 検定をそれぞれ行う。t 値が有意な負の値になっていれば、過去の利益変動が最も小さい企業のグループである Q1の1・
2期後のアナリスト予想誤差と予想誤差の絶対値は、過去の利益変動が最も大きい企業のグルー プである Q5と比べて、有意に小さいということになる。
以上の分析により、仮説2の検証が行われることになる。
4.3 分析データと基本統計量
表4−1 基本統計量
変数 平均値 メディアン 標準偏差 最小値 最大値
952.496 587.000 1011.300 64.000 10790.000
RI
Vt 960.025 609.743 1002.270 21.403 9320.650 785.494 582.421 643.418 43.957 6895.270 45.077 28.582 64.454 −188.742 593.918
+1 54.506 34.235 59.437 −62.642 553.470
+2 60.259 38.286 63.071 1.171 590.723
( ) 0.074 0.038 0.185 0.001 7.158
本論文では、先述したように、東洋経済新報社の『会社四季報』に記載されている1・2期後 の連結当期純利益のアナリスト予想値と1期後の配当のアナリスト予想値を、(2)式の RI モデ ルによる株主価値の推定に用いる⑹。アナリスト予想利益と予想配当は、分析期間の間の『会社 四季報(夏号)』から手作業で収集した。株価データと、株主価値の算定に必要な連結ベースの 財務データは、日本経済新聞デジタルメディアの『NEEDS-Financial QUEST』からダウンロー ドして収集した。連結ベースの財務データを用いるのは、『会社四季報』において、2000年3月 期以降は連結ベースでしか2期分の予想利益が収集できないためである。
また、残余利益を現在価値に割り引く際に用いる株主資本コストは、過去の利益変動がアナリ スト予想利益を通して株主価値評価に与える直接的な影響を検証するため、一律6%とする⑺。 これは、分析期間において長期国債(10年物)の応募者利回りが1%超程度の水準で推移し、イ ボットソン・アソシエイツによる1969年から2008年までの40年間の年次エクイティプレミアムの 算術平均が4.9%であったためである(証券アナリストは3%〜4%をリスク・プレミアムとす ることが多い)。株価は、3月決算企業の多くが連結決算発表を6月末日までに行うため、権利 落ちを修正した6月末の終値を用いる。
分析期間は2000年3月期から2008年3月期までの9年間とする。過去5期の利益変動を計算す るためには、分析期間の各期から5期前までの財務データが必要となる。また、アナリストの予 想誤差を計算するためには、分析期間の各期の1・2期後の財務データも必要となる。ゆえに、
分析のためのデータは1995年3月期から2010年3月期までのものとなる。分析対象企業は、分析 期間の各期で東証1部・2部に上場している(金融・証券・保険業を除く)3月決算企業で、決 算月数が12、株価データと連結ベースの財務データが『NEEDS-Financial QUEST』から入手可 能、1・2期後のアナリスト予想当期純利益と1期後のアナリスト予想配当が『会社四季報』か ら収集可能、純資産簿価が負でない、分析期間の各期から5期前と1・2期後の財務データが入 手できる、RI モデルによる株主価値推定値が正であるといった条件を満たす企業である。その
上で、分析期間の各期において株価、純資産簿価、当期純利益、1期後予想当期純利益、2期後 予想当期純利益の値が上下2%に含まれる企業を外れ値としてサンプルから除外した。その結 果、最終的なサンプル数は8,209社 年となった。
表4−1は、サンプルとした企業全体における、分析に用いた主な変数の基本統計量を表して いる。 は t+1 期の1株当たり当期純利益、 ( ) は t 期における過去5期の ROE の 変動(利益変動)を表す。表4−1を見ると、2期分のアナリスト予想利益を用いた RI モデル による株主価値推定値VtRIは、平均的に株価 を上回っていることが伺える。