過去の利益変動が残余利益モデルによる 株式評価に及ぼす影響について
第3節 先行研究と仮説の導出
以下では、アナリスト予想利益と実績利益の差異であるアナリスト予想誤差と評価誤差との関 係、アナリスト予想誤差・予想誤差の絶対値と過去の利益変動との関係、過去の利益変動に関係 する将来の利益の持続性と評価誤差の絶対値との関係のそれぞれについて、先行研究を見てい く。その上で、先行研究に基づく本論文における仮説を提示する。
3.1 先行研究
3.1.1 評価誤差とアナリスト予想誤差との関係
そもそも、RI モデルで短期間の利益の予想値として主に用いられるアナリスト予想利益につ いては、実現した実績利益と比べて楽観的に予想される傾向があることが、O’Brien(1988)を 始めとした多くの先行研究で指摘されている⑵。
Baginski and Wahlen(2003)は、1・2期後のアナリスト予想利益の予想誤差が大きい場合、
アナリスト予想利益を用いた RI モデルによる株主価値推定値の評価誤差が大きくなっていた
(すなわち株価よりも過大な1株当たりの株主価値が推定されていた)ことを指摘している。ま た、Baginski and Wahlen(2003)では、順位付けしたアナリスト予想誤差とアナリスト予想利 益を用いた RI モデルによる1株当たり株主価値推定値、順位付けしたアナリスト予想誤差と評
価誤差がそれぞれ正の相関を示し、かつ2つの相関の値が近似していることが判明している。こ れは、アナリストのバイアスを伴う利益予想と投資家のバイアスを伴う利益予想との乖離が大き いと、1株当たり株主価値推定値が株価より過大になることで評価誤差が大きくなり、ひいては アナリスト予想利益の楽観的な予想誤差も大きくなっているということを表している。ゆえに、
アナリスト予想利益の予想誤差が大きい場合、RI モデルによる1株当たり株主価値推定値の評 価誤差が大きくなると言える。矢内(2010)でも、1・2期後のアナリスト予想利益の予想誤差 が高い企業では、RI モデルに基づく1株当たり株主価値推定値の評価誤差の絶対値が大きくな る傾向があったことが示唆されている。
以上の先行研究から、RI モデルによる株主価値推定値の評価誤差・評価誤差の絶対値が小さ く(大きく)なると、アナリスト予想誤差は小さく(大きく)なり、アナリストの利益予想の精 度は高い(低い)と言える。しかしながら、これらの研究では、(評価誤差に影響を及ぼす)ア ナリスト予想利益の予想誤差が生じる要因を特定していない。その要因として近年あげられてい るのが、企業の過去の利益変動である。
3.1.2 過去の利益変動とアナリスト予想誤差・予想誤差の絶対値との関係
過去の利益変動がアナリストの予想誤差の大きさに影響を与えることは、Lim(2001)や Duru and Reeb(2002)により指摘されている。これらの先行研究では、過去のアナリスト予想 利益の予想誤差、企業規模、前期から当期にかけての利益変化の絶対値などを所与としても、過 去の利益変動が高くなると、アナリストの利益予想は正確でなくなり、より楽観的な値になる可 能性が示唆されている。また、Graham et al.(2005)も、過去の利益変動が大きくなると将来の 利益の持続性が低下し、アナリストの利益予想が難しくなる可能性を指摘している。
企業の過去の利益変動が将来の利益の持続性に影響を与え、かつアナリスト予想利益の予想誤 差・予想誤差の絶対値に影響を与えるかどうかについては、Dichev and Tang(2009)と吉野他
(2009)が検証を行っている。その結果、過去5期の利益(ROA)の変動が小さい企業は、利益 変動が大きい企業と比べて、当期から将来にかけての利益の平均回帰性(利益が平均的な水準に 収束する傾向)が小さく、当期から将来への利益の持続性が有意に高いことが見出された。また、
過去のアクルアルズの変動、過去の営業キャッシュフローの変動、当期の利益、当期のアクルア ルズの絶対値のそれぞれの水準で企業をグループ分けした場合よりも、過去の利益変動の水準で 企業をグループ分けした場合の方が、(過去の利益変動が小さいグループと大きいグループとの 間で)将来の利益の持続性に顕著な違いが出ることも見出された。
加えて、Dichev and Tang(2009)では、過去の利益変動が小さい企業は、過去の利益変動が 大きい企業と比べて、当期から1期後〜5期後にかけての将来の利益の持続力が有意かつ顕著に 高いことも判明している。これらの分析結果から、過去の利益変動が小さい企業では、過去の利
実際、Dichev and Tang(2009)と吉野他(2009)において、過去の利益変動が小さい企業は、
過去の利益変動が大きい企業と比べて、1期後のアナリスト予想利益の予想誤差の絶対値が有意 に小さいことや、1・2期後のアナリスト予想利益の楽観的な予想誤差が小さいことが見出され ている。
以上のことから、過去の利益変動が小さく(大きく)なると、アナリスト予想誤差・予想誤差 の絶対値が小さく(大きく)なり、アナリストの利益予想の精度は高く(低く)なると言える。
3.1.3 将来の利益の持続性と評価誤差の絶対値との関係
Jorgensen et al.(2011)では、当期から10期後にかけて ROE の水準の変動が小さい企業、す なわち ROE の持続性が高い企業では、持続性が低い企業と比べて、2期分のアナリスト予想利 益を用いた RI モデルに基づく1株当たり株主価値推定値と株価との評価誤差の絶対値が有意に 小さいことが判明している。この分析結果において、過去の利益変動が影響する将来の利益の持 続性が高いと見られる企業で、RI モデルによる株主価値推定値の評価誤差の絶対値が小さくなっ ていることから、Dichev and Tang(2009)と吉野他(2009)を踏まえれば、過去の利益変動が 小さい企業では RI モデルによる株主価値推定値の評価誤差の絶対値が小さくなる傾向が予想さ れると言えよう。
3.2 仮説
先行研究における分析結果からは、過去の利益変動が小さい企業では、過去の利益変動が大き い企業と比べて、将来の利益の持続性が高く、利益予想がしやすいために、1・2期後のアナリ スト予想利益の予想誤差・予想誤差の絶対値が小さいことが伺える。これにより、1・2期後の アナリスト予想利益の予想誤差・予想誤差の絶対値が小さい場合、2期分のアナリスト予想利益 を用いて RI モデルにより推定した株主価値の評価誤差が小さくなっていることも予想される。
以上のことから、過去の利益変動がアナリストのバイアスのある予想を通して、RI モデルに よる株主価値推定値の評価誤差の大きさに影響を与えていることが考えられる。つまり、過去の 利益変動が小さい企業では、過去の利益変動が大きい企業と比べて、将来の利益の持続性が高い ために利益予想がしやすいので、アナリストのバイアスを伴う利益予想と投資家のバイアスを伴 う利益予想との乖離が小さくなり、2期分のアナリスト予想利益を用いて RI モデルにより推定 した1株当たり株主価値の評価誤差または評価誤差の絶対値が小さいことが予想される。逆に、
過去の利益変動が大きい企業は、過去の利益変動が小さい企業と比べて、アナリストのバイアス を伴う利益予想と投資家のバイアスを伴う利益予想との乖離が大きくなり、1株当たり株主価値 推定値が株価を大きく上回ることで評価誤差が大きくなり、さらに評価誤差の絶対値も大きくな る可能性が高いと考えられる。また、結果的に過去の利益変動が小さい企業では、過去の利益変 動が大きい企業と比べて、株主価値を推定する期の1・2期後のアナリスト予想利益の予想誤差、
特に楽観的な予想誤差が小さくなり、かつ1・2期後のアナリスト予想利益の予想誤差の絶対値 も小さくなると考えられる。これらの検証は、先行研究で十分に行われていない。
以上のことから、本論文では以下の2つの仮説を設定する。
仮説1
過去の利益変動が小さい企業は、過去の利益変動が大きい企業と比べて、2期分のアナリスト 予想利益を用いた RI モデルによる1株当たり株主価値推定値の評価誤差・評価誤差の絶対値が 小さい
仮説2
過去の利益変動が小さい企業は、過去の利益変動が大きい企業と比べて、1・2期後のアナリ スト予想利益の予想誤差・予想誤差の絶対値が小さい
仮説1の検証は、RI モデルにより株主価値を推定する期における検証である。つまり、分析 期間の各期の時点で入手可能な情報を用いた検証となる。仮説2の検証は、RI モデルにより株 主価値を推定する期から1・2期後における検証となる。つまり、分析期間の各期の1・2期後 の時点で入手可能な情報を用いた検証となる。