中国の債券市場管理体制は、社会主義的市場経済の発展という特定の歴史条件にしたが って形成されてきた。特に中国では複数の官庁により直接かつ厳格にコントロールがされ てきた。この管理体制はどのような意味を持ち市場発展にどのような影響を及ぼすのか。
この観点から、管理体制を考察し、体制形成の原因、管理メカニズム、その問題と改善方 法を探ることにしたい。これは合理的な債券市場管理体制を構築する上で、重要な意義が ある課題である。
第一節 管理体制の形成過程の特徴
中国債券市場の管理体制の歴史は三段階に分かれる。債券市場の萌芽期、規範の時期 とインターバンク債券市場形成以後である。各々の異なる段階毎に中国債券市場に対す る、管理体制が構築されてきた。ではその管理体制はどのような背景で形成されたので あろうか。
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111債券市場萌芽段階の管理体制
1980年代から1992年5月にかけて、中国国務院が主導して、債券市場管理体制が設立 された。1981年7月、財政部は国債を発行し始めた。80年代中半、国債、企業債の発行 量が増え、債券の取引量も増加してきた。国債と企業債は商業銀行と信託会社の店頭で取 引され、モーゲージと割引も行っていた。1987年1月5日に、中国人民銀行上海支店は
「証券店頭取引暫定規定」を公布して、認定された政府債、金融債、会社債は金融機関の 店頭で取引できることになった。1988年に上海など7都市で試験的に国債が流通される ようになり、1990年代初頭には全国に広がってきて、債券流通市場の形成がを明らかに なった120。しかし、債券市場管理体制は中国人民銀行、財政部と地方政府による管理であ った。上海、深圳取引所に対しては、上海政府と深圳政府が管理を行った。
債券の発行管理体制については人民銀行を中心に次のように展開されてきた。市場を 規範するために、国務院が管理条例を定めた。1987年3月27日に、国務院は「企業債 管理暫定条例」を公表したが、そこでは中国人民銀行が企業債管理機構としての役割を 担うことが規定された。企業が起債する際に、中国人民銀行の認可を経なければならな いのである。中国人民銀行は国家計画委員会、財政部などの政府部門と共同で各省、自 治区、直轄市と計画単列省の年度企業債発行額を計画した。暫定条例を公表した翌日、
国務院は「株式、債券管理を強化する通知」を公表して、「企業起債は中国人民銀行の審 査を受けなければならない」ということを重ねて言明した。人民銀行による企業債発行 額の管理である。
2222債券市場規範段階の管理体制
1992年5月から、1997年にかけて、中国債券市場の管理規制はそれまでの中央と地方 の共同管理から更に中央での集中管理へと移行する段階に入った。これは債券市場の管理 体制の法整備を進め管理権限の中央への集中化と権限の明確化を目指した時期で、市場規 範の段階と特徴づけられる 。
1992年5月に、中国人民銀行は証券管理部を設立して、証券管理業務を処理すること になった。次いで7月、国務院は証券管理部会議制度を設立して、国務院の代理として、
ここに証券市場の日常管理業務を委ねた。更に8月に、国務院は国務院証券委員会と中 国証券管理委員会を設立した。
120高 堅『中国債券』経済科学出版社、1999年、104ページ。
1992年12月27日に、国務院は「証券市場マクロ管理の再強化に向けたの通知」を公 表し、この通知によって、債券発行管理の責任の所在を明確にした。国債の発行に対し ては、財政部が管理をする。金融機関債、投資資金証券に対しては、中国人民銀行が審 査をする。中央企業債に対しては、中国人民銀行と国家計画委員会が審査をする。地方 企業債、地方投資会社債に対しては、省あるいは計画単列市が審査権を持つ、としたの である。このような形で、「企業債券管理暫定条例」が制定されることによって、これま での債券発行管理体制が大幅に変更されたることになったのである。
1993年4月に、国務院は「資金預託と債券発行管理を強化する通知」を公表して、各 地域の債券審査部門の確認及び国家計画委員会と国務院証券委員会への登録規定を明示 した。
1993年8月2日に、国務院は「企業債券管理条例」を公表して、それまでの「企業債 券管理暫定条例」を廃止した。その結果、中央企業の企業債の発行は中国人民銀行と国 家計画委員会の審査を受け、地方企業の企業債の発行は中国人民銀行の省、自治区、直 轄市、計画単列市の支店と同級の計画管理部門の審査を受けなければならない事が明確 に規定された。このように新条例は債券発行の管理体制を中央に集中・統合する方向を 明確に提示したのである。しかし、この条例は新商品の管理については、規定しなかっ たので、中国人民銀行と計画委員会の共同管理は今後の新たな市場の発展に対応する上 で課題を残すことになった。
1997年3月25日に、国務院証券委員会は「転換債管理暫定方法」を公表して、一部 の債券審査権を「企業債券管理条例」の体系から分離し、「転換債管理暫定方法」は国務 院の承認を得たので、証券管理委員会が転換債の管理機構になることが明らかになった。
1995年に、国家はOTC取引を禁止したが、全部の債券取引を取引所に移したので、
債券場内取引は証券管理委員会によって統一的に管理されることになったのである。
3333インターバンク債券市場設立以後の管理体制
1997年、株式市場が過熱していた。その結果銀行資金は株式市場に流入した。この状
況に対して、1997年6月5日に、中国人民銀行は「中国人民銀行各商業銀行が証券取引 所でレポと現物取引を禁止する通知」を公表した、この通知によって、各国有商業銀行、
非国有商業銀行、都市合作銀行は中国人民銀行の規定に従って、証券取引所の中で、証券 レポと取引を停止しなければならない。商業銀行の証券レポ業務は全国統一的なネットで 行うことになった。1997年6月13日に、中国人民銀行は「インターバンク国債現物取引 の開催についての通知」を公表した、1997年6月16日から、全国インターバンクコール は国債取引業務を展開して、取引メンバーは必ず中国人民銀行の認可を受けるので、中国 人民銀行が自然にインターバンク債券市場の管理部門になった。2003年に、「中国人民銀
行法」(中国人民银行法)が公表され、これによってインターバンク債券市場は中国人民銀
行によって管理されることが明らかになった。
この段階で、債券発行管理体制は大きく変化した。1999年に、中国人民銀行は国務院 に「企業債を国家計画委員会が管理する提案」を提出して、国家計画委員会が統一的に 企業債の発行規模と企業債審査を管理し、金融債の発行については、まだ中国人民銀行 が審査権を持つことを提案した。この提案は国務院の認可を得たので、これによって中 国人民銀行と国家計画委員会(後に国家発展改革委員会に変わる)の債券管理権が明確 化されたのである。
2003年8月29日に、中国証券管理委員会は「証券会社債券管理暫定方法」を公表し た。これによって証券会社は証券管理委員会の認可を受け、債券を発行できることにな った。また証券管理委員会は証券会社によって発行される金融債に対して、管理権を持 つことも規定された。しかし、証券管理委員会は証券会社起債の管理権を完全に手に入 れたのではなかった。そこでは短期債が除外されたからであった。「企業債管理条例」第 37条によって、「企業は短期債券を発行する場合、中国人民銀行の規定によって、実行 すべきである。」中国人民銀行と中国証券管理委員会は2004年10月18日に、「証券会社 短期融資券管理方法」を公表するととともに、証券会社短期融資券の発行は中国人民銀 行と中国証券管理委員会によって、共同管理され、ほかの短期融資券は人民銀行によっ て、独立して管理されることが明らかになった。
2007年8月に、中国証券管理委員会は「社債実験発行方法」(公司债券发行试点办法)
を公表し、中国国内では、この方法にしたがって社債を発行することが明らかにされた。
字面からみると、この方法に適合する債券はすべての会社制企業が発行する債券である。
「会社債発行実験方法を実施する通知」によって、最初、「会社は上海、深圳証券取引所 で上場している会社と海外上場した外資株式会社の国内株式会社」であった。国家発展 改革委員会は2008年1月2日、「企業債市場の発展を推進し、発行認可プロセスの簡素 化の通知」を公表したが、会社の社債発行審査は国家発展改革委員会の管理範囲に含ま れなかった。
2008年4月に、中国人民銀行は「インターバンク債券市場で非金融企業債務融資ツー ル管理方法」を公表して、インターバンク債券市場で発行する非金融企業債務融資ツー ル(短期融資券と中期手形)の登録はインターバンク市場取引商協会に登録しなければ ならないことが明確化された。
現在、中国債券市場の管理体制は複数の官庁によって構築された管理体制である。管理 機構は中国人民銀行、国家発展改革委員会、財政部、中国証券管理委員会、中国銀行管 理委員会と中国保険管理委員会である。この中で、中国人民銀行と証券管理委員会は市 場管理の役割を担っている。銀行管理委員会、証券管理委員会と保険管理委員会は機構 管理の責任を負っている。国家発展改革委員会は企業債発行の審査権を持っている。財 政部は国債の発行と流通の事項を管理している。
この管理体制の成立には考慮すべきいくつかの特徴と背景がある。1、まず注目すべき 変化は、債券市場を推進する立場から債券市場の管理側への転換である。たとえば、財 政部は最初中国の債券市場で国債発行と流通を推進してきたが、その実務経験から国債 市場発行と流通の管理事務を担当することになったのである。2、その背景には金融管理 職能が機能変化してきたことがある。ほかの管理部門でも債券商品を推進した経験の後、
管理権を獲得することが起きてきた。債券市場管理は金融管理の一部であって、改革開 放以来、中国金融管理職能が何度か改革されたのに伴って、債券市場管理職能も大きく 機能変化し、異なる部門の業務に分担されることになった。1993年以前、中国人民銀行