商業銀行改革と債券市場発展の関係を明らかにするために、まず中国金融体制改革特に 中国の商業銀行改革の歴史を回顧する事から始めたい。というのは、この銀行改革による 銀行制度の近代化は他方における株式会社制度の導入と株式市場の発展とともに社会主義 的市場経済を牽引する両輪として重要な位置を占めるものだからである。したがって、銀 行改革と株式市場とは相互に密接な関係にあり、その関係についてはこれまでも多くの検 討がなされてきた。しかし、株式市場と並んで資本市場を構成する債券市場と銀行改革と の関係についてはそれほど注意が払われてこなかった。 ところが、通常考えられている
77中国金融体制改革には三つの目標がある。一、中央銀行によるマクロコントロール・システムを構築する。
二、商業銀行主体の金融システムを構築する。三、金融市場システムの開放。1979年中国金融体制改革の 際に、三つ目標が提出された。1994年、金融体制改革の深化によって、三つ目標がを明確にされた。陳元
『中国金融改革』,中国財政経済出版社、1994年6月、参照。
以上に、債券市場と銀行改革は相互に密接な関係を持つものであった。すでにみてきたよ うに、債券市場の発展は銀行の参入によるインターバンク債券市場の形成と発展によって 推進されてきた78。いわば市場経済展開の指標として注目される株式市場の背後で、銀行 改革を支えその銀行改革によって市場の拡大と近代化を進めてきたのが債券市場であった。
本稿で特に注目するのもこの点である。しかも、近年の株式市場の低迷期にあって、債券 市場の重要性は以前にもまして高まりを増しつつある状況にある。したがって、今後の社 会主義的市場経済の展開を展望する上で銀行改革の進展と債券市場発展の相互関係を考察 するという視点はより重要性を持つことになろう。
ではなぜ、銀行改革は債券市場と関わりを持つようになったのか。この関係が生まれる 契機を探るという意味でも銀行改革の歴史的な展開の再検討が必要なのである。
第一節 単一銀行制度の改革
社会主義的市場経済への移行過程で中国の銀行体制改革は単一銀行体制の改革から開 始された。社会主義経済体制の計画経済下で銀行は中国人民銀行一つであった。だが、社 会主義的市場経済への移行には市場経済に適合し市場経済を促進するための新たな銀行 制度を構築することが必須条件となったからである。その出発となったのがこの単一銀行 の改革であった。
中華人民共和国が建国され、中国は計画経済体制を実施するにあたって、金融システム の構築に単一銀行体制を採用した。単一銀行体制とは、一つの銀行によって、中央銀行の 業務と商業銀行の業務を展開することである。1949年10月、中華人民共和国が建立され た最初の頃、中国の金融システムは1948年12月設立された中国人民銀行を主体として、
旧政府から中国銀行、交通銀行を接収して、私営の銀行を改造した。だがこの時期、銀行 体制はまだ多元である。第一五年計画時期になって、中国は大規模社会主義経済建設時期
78吴晓灵『中国金融改革開放大事記』中国金融出版社1988年8月、25ページ。
になり、集中統一的な計画経済管理体制を構築した、中国の金融体制も集中統一的な銀行 体制に変わった。1952年、中国銀行は中国人民銀行の国外業務局と合併して、交通銀行 と中国人民保険会社が財政部によって管理されることになった。1956年中国農業協力銀 行が中国人民銀行に合併された。1957年、中国農業銀行を閉鎖し、業務を中国人民銀行 に移管した。全国で銀行は中国人民銀行だけになり、通貨政策、貸付政策を制定して、全 国の金融活動を管理するとともに、商業銀行業務も営むことになったのである。
単一銀行体制は計画経済管理体制への適応である。計画経済管理体制中、経済基礎とし ての企業は国営企業である、国営企業が需要する資金は財政部から移転し、少量の非定額 流動資金については銀行与信によって調達してきた。計画経済体制下では、銀行の資金源 が少なく、少量の社会資金が銀行に預けられた79。大量の資金は財政機関を通じて配分さ れたのである。そのため、このように、必要な資金は基本的には財政機関によって配分さ れたから、銀行分野で1つの銀行によって、与信業務と決済業務を営むことは可能であっ たのである。
単一銀行体制は社会主義的市場経済の需要に適応するためのものではない。市場経済の 本質は市場を通じて、社会資源を配分するものである。それに対して単一銀行体制は資金 管理と計画的な資金配分に基づく資金のいわば配給機関であったから、市場の需要に対応 する機能を持っていなかった。しかも市場経済の活力に対応する商業銀行と中央銀行は本 来的な職能が全く異なる。中央銀行は金融安定を維持する機関で、国家の意志を表す。商 業銀行は金融サービスを提供する金融企業である。この二つの目標を一つの銀行行うと、
混乱した状況がうまれてしまう。そのため、1979年中国は金融体制改革を単一銀行体制 の改革から始めたのである。
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111、専業銀行の中国人民銀行からの分離
1979年から、市場経済と適応する金融体制を構築する改革目標にしたがって、中国の
79潘 功勝『中国商業銀行理論と実践』中国金融出版社、2010年11月、58ページ 。
金融改革の手始めとして行われたことは農村金融業務と国際金融業務を中国人民銀行か ら分離して、専門の金融機関に移すことであった。
①中国農業銀行は人民銀行から分離された。中国農業銀行は1951年設立された中国農 業協力銀行が発展してきた銀行である。1952年、国家は機関を減少するためにこの銀行 を閉鎖し、その業務を中国人民銀行に移した。1955年3月、国務院は中国農業銀行の設 立を許可したが、1957年4月、もう一度農業銀行を閉鎖した。ところが1963年11月、
農業銀行は再開して、更に1965年12月、閉鎖。今度は中国人民銀行の農村金融局になっ た。そして1979年2月、中国農業銀行は中国人民銀行から分離して、独立した銀行にな った。農業銀行が再開してからは、業務の範囲を拡大して、農村の預金業務と農業与信業 業務を営んでいる80。同時に、農業銀行は国家の委託を受けて、全国の農村信用組合を管 理した。中国農業銀行の再開は中国商業銀行システムの構築にとって極めて重要な事例で ある。農村金融業務と中央銀行業務が分離された時、中国農業銀行は農村政策性金融業務 を営んでいたが制約があった。例えば、当時の中国では、食料品の売買は統制されていて、
自由に売買ができなかった。食料品の回収資金にはが政策的な性質があった。農村信用組 合の管理は政府管理部門の責任であるのに、農業銀行に管理を移管したのは農業銀行が国 家専業銀行として、政府の管理職能もあったからである。この状況は改革の初期には避け られない事態であったが、その後の発展で新たな問題が起こってくると再改革が求められ ることになる。
3 中国銀行は人民銀行から分離された。
中国銀行の歴史は中国で最も古い。歴史は清朝の時代にさかのぼる。清朝の時代、中国 銀行の前身は户部银行であった。1912年2月から、中国銀行に名称が変更になった。中 国人民共和国が成立した後、中国銀行は中国政府によって受け入れられ、為替業務を主体 としての国家銀行になった。1966年から、中国銀行の名称は変わらないままに実際には 中国人民銀行に合併されて、中国人民銀行の国際業務局になった。その後1979年3月、
80中国農村金融学会『中国農村金融改革と発展30年』、2008年12月。
中国銀行は中国人民銀行から分離され、為替業務を営む専門銀行となった。同時に、為替 管理を統一して、為替収支計画を検査するために、国家為替管理総局が設立された。為替 管理総局と中国銀行は二つの名称であるが、実際の機構は一つであった81。というのは中 国銀行が同時に国家為替管理を行っていたからである。つまり、この時点で中国銀行は中 央銀行の管理職能を残す形で為替管理を担当していたのである。そのため今後の改革が続 行されねばならなかったのである。
③中国人民建設銀行は財政部から分離された。1954年、中国人民建設銀行は成立した が、1958年7月、閉鎖され、1962年に回復して、財政部の付属機関となり、建設財政資 金配当の任務を任された。1970年、中国人民銀行に合併され、1972年、中国人民建設銀 行の名称を回復したまま、財政部の部門になって、固定資産投資資金の供与を提供してい た。1979年8月、国務院の許可を得て、財政部から独立し、固定資産投資与信を展開し 始めた。国家専業銀行(1999年、中国建設銀行に変名した)になり、固定資産投資の政 策性金融業務を営んでいる。そのため、改革がまた必要となった。
④中国工商銀行は中国人民銀行から分離された。農村金融業務と為替業務が中国人民銀 行から分離されてから、中国人民銀行は中央銀行の職能に転化していた。とはいえ1980 年以降、都市の工商与信業務、預金、振込業務はまだ中国人民銀行によって遂行されてい た。このような業務を徹底的に中国人民銀行から分離するために、1983年12月30日、
中国工商銀行が設立されたたのである。当時、中国人民銀行は二つの機関に分割された。
中央銀行業務と職能は中国人民銀行に残され、貯金と与信業務が工商銀行に移された。中 国工商銀行が設立されてから、中国人民銀行は商業銀行業務を放棄したのである。この業 務分離は画期的な出来事で中国の商業銀行体制にとって極めて重要な意義がある。これに よって、四つの国家専業銀行のシステムが中国工商銀行の成立から開始されることになっ たからである。中国工商銀行は都市金融業務を展開し、農業銀行は農村金融行を展開した。
中国銀行は為替などの国際業務を展開して、建設銀行は固定資産投資の与信業務を営んで
81吴晓灵『中国金融改革開放大事記』中国金融出版社、1988年8月。