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保革自己認識上の「脱イデオロギー」

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3−1.保革自己認識レベルでの「中道化」

      まず、保革自己認識レベルにおいて中間が増えるという、有権者 の「中道化」は本当に進んでいるのだろうかということについて実 際に確認する。下記の表 3−1 では、明推協調査によって、1972 年の衆議院選挙から2001年の参議院選挙にいたるまでの保革自己 認識の位置付けがまとめられている。v

      この表では、各選挙後の調査において「革新」から「保革」まで の有権者の自己定位をパーセントで表している。よって、この表に よって保革自己認識レベルで「中道化」が生じているかを見てみる。

まず、「中間」についてみると72年では31%なのに対し、01年で

は 41%になっている。これは時系列的に見て、有権者の保革自己

認識が「中間」に寄るという現象が実際に生じている事を示してい る。また、「革新」についても72年の28%から19%へと減少して いる。「保守」では、72年が41%で01年が40%であり、たいし た変化は見られないが、83年や86年の50%という「保守系」の 高まりと比べると01年はやはり減少していると言える。

3−1.保革自己定位の変遷(%)

革新 中間 保守 N(人数)

72年衆議院 28 31 41 2288

74年参議院 33 32 36 2239

76年衆議院 26 35 40 2210

83年衆議院 19 32 50 2274

86年同日 18 33 50 2215

89年参議院 21 38 41 1980

90年衆議院 22 31 47 2030

92年参議院 18 37 44 1939

93年衆議院 20 34 46 2028

95年参議院 21 41 39 1811

96年衆議院 18 41 41 1835

98年参議院 21 43 36 1896

00年衆議院 21 37 43 1977

01年参議院 19 41 40 1856

    (小数点第1位で四捨五入しているので、100%にならない箇所がある。)

以上の事より、保革自己認識レベルで「中道化」が進んでいるこ とが確認された。では、そのような保革自己イメージにおける「脱 イデオロギー」が、何故進んでいるのかについて以下で考察をする。

3−2.「中道化」を生じさせる原因      無党派層の変遷

ここでは保革自己認識レベルでの「脱イデオロギー」について分 析するのだが、無党派層の変遷がそれに関係していないかと考えた。

無党派支持層の増加は、イデオロギーの拘束力の低下によるものと 考えられることがある。しかし私は逆に無党派支持層の台頭によっ て有権者全体としての保革自己認識レベルでの「中道化」が引き起 こされている面もあるのではという仮説を立て、以下それを検証し ていく事にする。そこでは、まず無党派層の保革自己認識について 考察をする。

明推協調査を用いて、1989 年から2001 年にかけての無党派支 持層における保革自己認識の分布割合をパーセントで表したもの が下記の表3−2である。この分析では、政党支持の項目から無党 派支持を独立させている。また、この表では保革自己認識自体の変 遷との比較をし易くするために、各選挙での回答者全員の保革自己

認識の分布状態も同時に記している。それがカッコ内の数値である。

それでは実際に表を見てみると、例えば89年において「中間」

は無党派において 60%なのに対して全体では 38%というように、

無党派層では「中間」の割合が高い。また「保守」について見ると、

無党派層では89年では6%、90年では4%と比較的低いが、全体

では89年で19%、90年で22%である。以上のように「革新」か

ら「保守」の分布を個別に見たならば、無党派層の保革自己認識と 全体の保革自己認識には違いが大きい。

3−2.無党派支持層の保革自己認識(%)

革新 やや革新 中間 やや保守 保守 N(人数)

2 13 60 19 6 516

(5) (16) (38) (23) (19)

2 21 52 22 4 457

(5) (17) (31) (25) (22)

2 14 56 23 6 581

(4) (15) (37) (24) (20)

3 18 51 24 6 562

(5) (15) (34) (27) (19)

2 18 56 20 4 635

(4) (17) (41) (25) (14)

3 17 60 17 4 547

(4) (14) (41) (25) (17)

3 17 56 17 7 703

(4) (17) (43) (23) (13)

4 19 52 21 4 601

(5) (16) (37) (26) (17)

4 18 53 19 6 583

(4) (15) (41) (24) (16) 1989年参議院

1990年衆議院 1992年参議院 1993年衆議院

2001年参議院 1995年参議院 1996年衆議院 1998年参議院 2000年衆議院

(小数点第1位で四捨五入しているので、100%にならない箇所がある。また表のカッコ内の数値は

保革自己認識全体の割合を示している。

      しかしながら表3−2の数値を縦に見ていくと、例えば無党派支 持において、「中間」では89年から90年にかけてはマイナス傾向 がみられ、90年から92年はプラス傾向である。それに対して、全

体でも89年から90年にかけてはマイナス傾向で、90年から 92 年ではプラス傾向である。こうした時間による無党派支持層の保革 自己認識の変遷と全体の保革自己認識の変遷の類似性は「革新」「や や革新」「やや保守」においても同様に見られる。viまた、有権者全 体の政党支持における無党派支持層の割合は72年の18%から01

年には 35.4%へと増加している。vii これは、上記による表 3−1

での、有権者全体の保革自己認識における「中間」の増加とも合致 している。よって、無党派支持層の「中間」の割合の大きさが、保 革自己認識における「中道化」を生じさせている原因のひとつなの ではないかと考えた。

      そこで、無党派支持層の保革自己認識の投票行動への有効性を確 認することにしたい。そのために、2001年の明推協調査データを 用い、無党派支持層の保革自己認識を「革新」を1、「やや革新」

を2、「中間」を3、「やや保守」を4、「保守」を5として数値化 した。また、2節で用いた、専門家調査の結果による6政党の位置 づけ(共産を2.98、社民を5.24、民主を9.53、公明を11.91、自

民を15.08、自由を16.89)による投票政党を再び使用した。それ

から無党派支持層の保革自己認識と投票政党の間の関係を見るた めにピアソン相関係数を調べた。結果は選挙区では.280 であり、

比例区では.278 であり、それぞれにおいて、無党派支持層の保革 自己認識と投票政党の間には相関が見られる。これにより、無党派 支持層においても保革自己認識は投票行動に影響を持っている事 が分かる。

      以上の事より、無党派支持層においても保革自己認識は投票行動 に影響を持っており、さらにその無党派では「中間」の割合が多い という事が示せた。2節で示したとおり、有権者全体の保革自己認 識の分布と政党支持に相関があるとするならば、保革自己認識の

「中道化」は、イデオロギーの拘束力の低下が契機であるというよ

り他に、「中間層」が多い無党派支持層の台頭が原因の一端を担っ ていると言える。

4. 総括

以上のように、2節では有権者における意思決定の指針としての 保革自己認識の有効性を示し、3節では保革自己認識の「中道化」

を引き起こしている原因について考察を行った。先述のとおり 2 節では保革自己認識が強い影響を及ぼしているという事が分かり、

3節では無党派支持層の台頭によって保革自己認識の「中道化」が 影響を受けているという一面があることが示せた。よって本稿によ って、保革イデオロギーが現在も有権者にとって有効な投票行動の 指針であるということがある程度示せたのではないかと思う。

しかしながら、本稿では有権者の保革自己認識における「中道化」

の原因として、無党派支持層の変動という一面からしか考えられは いない。実際は様々な影響を受けているはずであり、本稿ではそれ らの他の原因については目を瞑るかたちになっている。しかし、本 稿の最初の目的は有権者における意思決定の指針としての保革自 己認識の有効性を示すことであり、それについてはある程度出来た のではないかと思う。よってそれらの問題点は私の今後の課題とし、

本稿はこれで脱稿とする。

i 1992年のレイヴァーとハント、1998年の加藤とレイヴァー、また 2003年の加藤とレイヴァーによる選挙後の専門家調査において、日本 の政治専門家によって各政党が左右イデオロギー軸に位置づけられて いる。

ii これらの分析は、先行研究として蒲島・竹中も行っている(蒲島・

竹中  1996,  第8章)。よって私は、そこで行われている分析(1983

‐1992)以降のものを取り扱う。

iii 1996年のものについては議席数が多い上位5政党、1998年・2000 年・2001年においては議席数が多い上位6政党について調べた。また、

各選挙につき(小)選挙区と比例代表区の2つずつの計8つの場合につ いてまとめている。

iv 蒲島・竹中による分析で、ピアソン相関係数は、83年参議院の比

例代表区で0.54、同年参議院の選挙区において0.51、また同年衆議院          では0.58であり、89年参議院の比例代表区では0.59、90年衆議院で

0.6592年参議院の比例代表区においては0.59という値が示されて いる(蒲島・竹中  1996,  315)。ただし、蒲島・竹中の研究において は政党の位置づけが有権者によるものであり、単純な比較はできない。

v  72年から86年までのデータでは、保革自己認識の尺度が「革新」

「どちらでもない」「保守」の3点であるのに対し、89年から01年まで のものは先述の通り5点尺度である。そこでデータの整合性を図るため に、89年以降のものについて「革新」「やや革新」を「革新」へ、「保守」

「やや保守」を「保守」へとそれぞれ1つにまとめ、3点尺度に変換し ている。

vi保守」ではほぼ逆の影響を受けている。しかし本稿では無党派 支持層の「中間」の強さの影響を示すのが目的であるため、このことに ついては触れていない。

vii 1972年と2001年の明推協調査データを用いて、表3−2の試行 とは別に、有権者全体の政党支持における各党派別の度数分布を調べた。

--- 参考文献

蒲島郁夫・竹中佳彦  1996.  『現代日本人のイデオロギー』東京大 学出版会

加藤淳子・マイケルレイヴァー  1998.  「96 年日本における政党 の政策と閣僚ポスト」『レヴァイアサン』22号,  10 6115.

加藤淳子・マイケルレイヴァー  2003.  「二〇〇〇年総選挙後の日 本における政策と政党間競争」『レヴァイアサン』3 3号,  130‐142.

平野浩・川人貞史・吉野孝・加藤淳子  2001.  『現代の政党と選挙』

有斐閣アルマ

三宅一郎  1985.  『政党支持の分析』創文社. 三宅一郎  1989.  『投票行動』東京大学出版会. 三宅一郎  1995.  『日本の政治と選挙』東京大学出版会

ドキュメント内 untitled (ページ 44-57)

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