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保育三間の共通理解と連携について

第2章  保育者に対するインタビュー調査

第3節  保育三間の共通理解と連携について

 佐藤(2009)によると「物的な環境面からのアプローチを行うことも可能だと認識するこ とで、保育者自身にも新しい視点が得られる」(6)と述べている。それは保育者同士のカン ファレンスや園内研修会などによって行われるチームティーチングを通して保育者の環境 に対する意識を高め、園庭環境を見直し、幼児の遊びを充実させる新しい視点になる。

 固定遊具や移動遊具の見直しはもちろん、その使用方法についても各保育者の思いによ って様々である。自然環境の在り方、使用方法、園庭での遊び時のルール作り、自然物と の出会い、季節を感じることなど園庭を活用していくときには様々な要因が含まれる。そ れらのことを理解していても、行事やクラス活動に時間を拘束され、園庭環境が十分に活 用されていない現状がある。どのように活用されるのが幼稚園の園庭としての役割を果た

しているのであろうか。

 保育者は人的・物的・空間的環境を考慮し、園庭で遊ぶ時間を作り出し、場の整備をし、

共に遊びを進めていくという役割を保持している。保育者が園庭での活動を意図的に設け なければ、幼児の気づきやつぶやきを拾い集めることはできない。そのような自由な遊び 場こそ、幼児の自発性を高め、友だち関係も友好に育っていく。そのためには園庭空間に は保育者の意図が反映された環境を整備することが必要である。

 今ある園庭を活用し、幼児にどのような形で還元できるのかということを意図して保育        35

し、環境を構成していくことは保育者一人一人の技量によるものであってはいけない。永 野(2006)は「自発的活動を確保するための環境構成を行うには、より高度な観察力、洞察 力、経験などが要求される。環境構成の問題は保育者の資質や能力により大きく変わって

くる」(7)と述べ、高月(2001)は「教師は全面的に子どもたちに物的環境を任せてしまうの ではなく、見守ったり、手伝ったり、手助けをしながら、必要な場面では積極的に環境を 構成する」(8)と環境構成を再設定する教師の重要性を説いている。

 園庭環境に関して保育者の意識が低いため、再構成していかなければならない場という 優先順位が低いということが一因ではないかと推察される。また各園においては園庭環境 の差も多大にある。地域性も園庭環境には大きく影響を与えている。和田(2006)は「環境 はそこにあるだけでは幼児にとって意味はない。保育者が環境に意図を持たせ、その中か

ら育つこと、身につけさせたいことなどを含ませて構成する。幼児とともに構成するもの であること」(9)と述べている。保育者の意識が園庭環境に向けられればおのずとそこで繰

り広げられる保育活動の方法は増え、幼児の遊びは深まっていく。園庭環境が整い、幼児 の姿からの再構成を行うことで遊びが充実していくのではないかと考える。

 保育者自身が現存している園庭環境を幼児のために生かすには、環境の再構成を行い、

どのような共通理解、連携を図っているのか、各保育者のインタビュー内容を比較検討す

る。

 結果と考察において、インタビュー内容を①共通理解、連携を図る頻度、②話し合いは 必要か、③どのようなことを話し合っているか、④その他、に分けて記載した。発言者と 発言内容をアルファベットと数字にて記す。

表2−9 インタビュー調査より 「共通理解、連携について」

発言者

A

発言内容

①(共通理解や連携をする時間を)改めてそういう時間を持ったことはない。

 麺、ああだなこうだなという話はしているが、考えてみたらそういうことは

 していない。

②(共通理解をする時間ば泌要だと思う。やはり私たち} れ合いになってしまってい

④何か子どもたちに出会わせてやりたいというものを集めてきている。そういう意識(が必要で

 ある)。

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B

C

D

E

F

①(共通理解や連携をする時間は)大事。匿三画はしてた。エリア会議はできな  いときもあるがその程度

②お互いに共通理解することが大事

③こういう思いでこういうことをやっている。子どもがこうだから。という話  をするのがやっぱり大事

①常に。保育者同士の中で、意見交換をしています

③子どもがこういうところで怪我をしたから、こういうところに気をつけよう  だとか、そういう話し合いをしているので、

その を設けなくても保育者同士での意見のつながりはあると思います

①毎日といったら毎日

③ここがどうなってたからこうカバーしょうねだとか、その日のというかその 時から配慮できるように、声を出し合いましょうという関係作りはしてい

る。

全員の共通意識ができないので、終礼の時間であったり、月の職員会のと ころで、全体で把握できるように、実際声に出したり、文章に残して、共 通意識を持てるようにはしていますね

④職員同士で連携を取り合いながら、声を出し合いながら、みんなで相談しな  がら進めている。

①に何度か。話し合う日はない。全体で取りかかる日の中では、こういうと ころも気になるなというような話になったりはする。部屋の中で話し合うこ

とはない。

②育者同士で話し合う程度で終わっている。

③余ほどであれば朝礼などで、こうしたらいいのではということをいう。

@ 大体保育者の中で、こうしたほうがいいよねで終わってしまう。よくし たいと思う気持ちはあるが、私は言えない。言える立場であったら言う

①月2ぐらいはある

③園庭環境についてみんなで話し合う

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G

o

私が勤めてからは闘いたことがないですね。他の保育者で話し合っている ことかもしれないですけど

②(話し合う機会が)あればいいなと思います

③他の学年の先生と連携しながら、一つの持ち場を持って遊んでいる

④思ってもそれが発信されることはないです

結果と考察

 B一②「お互いに共通理解することが大事」、C一①「常に。保育者同士の中で、意見交 換をしています」、C一③「場を設けなくても保育者同士での意見のつながりはある」、 D

一③「声を出し合いましょうという関係作り」、D一④「全員の共通意識ができないので、

終礼の時間であったり、月の職員会のところで、全体で把握できるように、実際声に出し たり、文章に残して、共通意識を持てるようにはしていますね」とこのように、実際に園 内で園庭環境についての共通理解、連携がなされている園が多い。中でも、D一③「声を 出し合いましょうという関係作り」ということは非常に重要であると感じた。思っている ことを、声に出せる関係は保育者同士が作っていかなければ、できない関係である。保育 者同士の仲の良さだけで、この関係は作っていけない。そこは保育者同士が、保育のプロ

としての意識があるからこそ、互いに作っていける関係である。

 各園で働く保育者の人数にもより、また交代勤務の中で、互いに声を出し合う場がない 時でも、D一④「全体で把握できるように、実際に声に出したり、文章に残して、共通意 識を持てるようにしていますね」、とこのような連携が重要である。文章に残して、職員全 体へと行きわたることは、園庭環境のみならず、園全体の活動として積極的に取り入れて いきたいところである。

 また、A一①「普段の雑談の中で」、からは、改めてそのような時間を持ったことはないが、普段の話 し合いの中で、保育者同士が意見交換をするようにしている。C一③「場を設けなくても保育者同士 での意見のつながりはある」、という園もある。職員間の変動があまりなく、年齢の近い女 性が多い園であるため、普段の会話の中から、情報交換をするようにしているということ であった。情報交換や連携は必要であるという認識が保たれている。

 では実際にはどのように、保育三間の共通理解や連携が行われているのか。

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 A一②「慣れ合いになってしまっている」と園庭環境についての共通理解や連携が必要だと思っていな

がらも、実際には実行されていない園もある。話し合いの場を持たずとも、保育近間の雑談の中で話し合って いるが、実際には不十分であると感じる部分もあるのであろう。

 また、このインタビューの中では、E一④「大体保育者の中で、こうしたほうがいいよ ねで終わってしまう。よくしたいと思う気持ちはあるが、私は言えない。言える立場であ

ったら言う」、G一①「私が勤めてからは聞いたことがないですね。他の保育者で話し合っ ていることかもしれないですけど」、G一④「思ってもそれが発信されることはないです」

とこの両者から、言えない、自分から発信はできないという意見が聞けた。両者ともに、

現在の勤務園での経験年数が2年目ということもあり、率直な感想が聞けた。勤務年数が 短い保育者が自分の意見として、園庭環境に関して発言する機会や発言する意欲が低いこ

とが分かった。互いの意見が言い合える関係作り、場作りが、幅広い意見の収集につなが る。共通理解や連携について必要と思っていながらも、発言機会がなく、自らの思いが注 ぎ込まれない園庭環境は少し寂しい気持ちがする。どのような場の構成についても、話し 合える環境作り、場作りが必要だということが分かった。

 川田ら(2009)によると「保育者の役割は、よく言われるような黒子のようなものではな く、自らも主体としての願いをもち、それを子どもたちの願いに結び付けていくという「姿 の見える」保育者である」(4)と述べている。園庭環境に対して、保育者は黒子ではなく、

しっかりとした意識や思いを発揮していける、一主体者としての働きかけが必要であると いうことを言い表している。

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