第 3 章 素子の作製 21
3.2 バックゲート電極つきナノワイヤ機械共振器
3.2.3 作製の手順
ナノワイヤ溶液の作製
まず、素子として使用するナノワイヤを準備する。本研究で使用したInAsナノワイヤ は、NTT物性科学基礎研究所の舘野功太氏に作製して頂いた。ナノワイヤの成長は減圧
横型のMOCVD装置においてアンドープのGaAs(111)B基板上に直径10 nmの金コロイ
ド溶液を塗布し、金微粒子を触媒としたVLS成長法で行った。成長条件は
• 全圧 76 Torr
• 全水素流量 約2.5 SLM
• TMIn (trimethyl indium) 3.78µmol/min.
• TBAs (tertiary butyl arsine) 31.3µmol/min.
• TBCl (tertiary butyl chloride) 12.0µmol/min.
• V/III ratio = 8.3
• 成長温度365℃、成長時間30分
である。図3.6のようにナノワイヤが基板上に成長できている。ワイヤの長さは5µm〜 20µm程度であり、直径は100 nm〜400 nm程度である。次に、この結晶成長させたナ
図3.6 結晶成長させたInAsナノワイヤのSEM画像
ノワイヤをブチルカルビトール液中で基板上から分離させ、ナノワイヤを含む溶液を作 る。最初はナノワイヤを超音波処理によって基板から分離させる当研究室の従来の手法を 用いていたが、この手法では素子として用いるために十分な長さのワイヤを得ることがで きなかった。これは超音波がナノワイヤを根元から分離させるだけでなく、ナノワイヤ本 体も細かく砕いてしまっているためだと考えられる。そこで図3.7のように超音波を用い ず、市販の筆で基板からナノワイヤを払い落とすことで分離させる手法を用いた。この手 法の方が、より長いナノワイヤを得ることができる。ナノワイヤ溶液の濃度が大きすぎる とナノワイヤが図3.8のように密集してしまうので、予めブチルカルビトールの量をやや 多めにしてナノワイヤ濃度の低い溶液を作っている。ただし濃度が低すぎるときはナノワ イヤが滴下した液滴中にほとんど含まれないことになるので、その場合は溶液の入った小 ビンの真空引きにより溶媒を揮発させることで濃度を大きくし、適切なナノワイヤ濃度に なるように調整している。なお、今回ブチルカルビトールを溶媒として用いた理由は、揮 発するまでにかかる時間がこの作製手法にもっとも適していたためである。
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図3.7 ナノワイヤ溶液の作製方法。ナノワイヤを成長させた基板の表面を筆で払うこ とにより、ナノワイヤを根元から分離させる。
図3.8 濃度が高く、溶液滴下時にナノワイヤが密集した場合の写真。
溝とバックゲート電極の作製
基板は絶縁性のSi基板を用いた。表面は1000 nmの深さまで酸化層( SiO2)が形成さ れているが、この層は RIE ( Reactive Ion Etching )によって垂直方向にのみ容易に削る ことができる。まず最初の工程ではナノワイヤを架橋させる溝構造を基板上に作製する。
フォトレジストS1813をコーティングした後、溝パターンをマスクレス露光機を用いて 露光し、現像することで溝以外の部分にのみ S1813のマスクがかかった状態にする。次 にRIE装置を用いてCHF3ガスでドライエッチングを行うことで露出部分のSiO2層を削
り、幅10µm、深さ350 nmの溝を作製する(図3.9左)。なお今回のRIE装置のレシピ
ではSiO2 層を削るレートはほぼ20 nm/minであったためエッチング時間は17分30秒で
あった。溝を作成した後は基板を 50℃ のアセトン中に30分浸し、さらに仕上げとして オゾンクリーニング( 100℃、60分)を行うことで表面のS1813を完全に除去する。
図3.9 溝とゲート電極を作製する工程(基板を真横から見た図)。
次に溝の底にバックゲート電極を作製する。金属薄膜のリフトオフにおいてS1813よ りバリが出にくいとされる ip3650というフォトレジストを用いて露光、現像によりバッ クゲート電極のパターンを作製し、接着をよくするためのTiを10 nm厚、電極の本体で
あるAuを40 nm厚 蒸着する。最後に50℃ のアセトン中に30分浸し、その後アセトン
をスプレーすることによって余分なip3650とメタルをリフトオフする。(図3.9右)
PMGI犠牲層の作製
次の工程では、ナノワイヤを架橋させるために必要な犠牲層の作製を行う。具体的に は、PMGIというレジストを用いて前工程で作成した溝を埋め、ナノワイヤを転写する際 にナノワイヤがたわんで溝の底に接触してしまうことを防ぐことを目的としている [45]。 この PMGIというレジストは高温でベークすることでアセトンに溶けにくくなるという 特徴があり、この先のプロセスで再び行うリフトオフの際にも除去されず、犠牲層として の役割を維持できるという理由から採用した。
はじめにPMGIを基板全体にコーティングし200℃ で30分ベークした後(図3.10-(2))、 その上からフォトレジスト S1813を重ねてコーティングする。次に溝を作成したときと は反対に溝の部分のS1813が残るようにフォトリソグラフィを行う(図3.10-(3))。さら に RIE 装置を用いて O2 ガスでドライエッチングを行い PMGI レジストを垂直方向に 削っていくと、 S1813層の存在によって先に溝以外の部分のPMGIが完全に除去される ことになる(図3.10-(4))。このドライエッチングではS1813の層も削られるが、PMGI の層よりも十分に厚いため先に無くなることはない。溝のない部分の基板表面の PMGI を完全に除去した後、一度アセトンに軽く浸し (常温、5分で十分)、S1813の層を除去 する。その後、段差計で適宜溝上のPMGIの高さを測定しながらO2ドライエッチングで PMGIを削り、最終的に溝上のPMGI の高さが基板表面と一致するように調整する(図 3.10-(5))。
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図3.10 PMGIによる犠牲層の作製工程(基板を真横から見た図)。(1)工程前の基板の 状態。(2)基板全体へのPMGI の塗布。(3)溝上にのみS1813の層が形成された状態。
(4) RIEによる基板表面のPMGI層の除去。(5)溝の内部がPMGIで埋まり、PMGIの 高さが基板表面と一致している状態。
ナノワイヤの基板上への転写
この工程ではナノワイヤの基板上への転写を行う。最初の工程で作製したナノワイヤを 含むブチルカルビトール溶液をSIJテクノロジ社製のインクジェットプリンタを用いて微 少量だけ基板上に滴下する(図3.11左)。滴下は光学顕微鏡で観察しながら行い、ナノワ イヤが含まれた液滴が滴下されたことが確認できたらInマニピュレータを用いてナノワ イヤを液滴ごとターゲットである溝の位置に移動させ、溝に対してナノワイヤが垂直にな るように配置する(図3.11右)。ブチルカルビトールは少しずつ揮発していき、ナノワイ ヤに対して液の量が非常に少なくなった状態では、より細かな位置調節が可能である。ナ ノワイヤを所望の位置に移動させたら液滴がすべて蒸発するまで放置し、その後、基板を 180℃で2分間ベークしナノワイヤの位置を固定させる。このベーク処理をしておくこと によりナノワイヤは基板に強く固定され、その後の工程でスピンコートによるレジストの 塗布や窒素ブローを行うことが可能になる。
図3.11 液滴を用いた基板上へのナノワイヤの配置。(左)滴下時の様子を示した図。
(右)ナノワイヤを液滴と共に赤い点線で印した目的地へ動かす様子を示した図。液滴 の移動にはInマニピュレータ(タングステン製の針の先端を180℃ に加熱したIn中 に入れ、静かに引き上げたもの)を用いている。
ソースドレイン電極の作製
この工程ではナノワイヤの両端に電極をつけ、導通をとると同時にナノワイヤを完全に 固定する。まずフォトレジストip3650を基板全体にコーティングした後、フォトリソグ ラフィでナノワイヤ両端の電極部分のip3650を除去する。この段階で電極部分のナノワ イヤ表面の酸化膜を取り除くため、硫化アンモニウム中で 20秒程度軽く濯ぐ[46]。ナノ ワイヤ表面に酸化膜が残っていると電極蒸着時に接触面での電気抵抗が高くなってしま い、良好なオーミックコンタクトがとれなくなってしまう恐れがあるからである。硫化ア ンモニウム処理の後、サンプルを速やかに蒸着装置に入れ、Tiを10 nm厚、Auを200 nm 厚 蒸着する。蒸着後、リフトオフ( 50℃のアセトン中に10分程度浸し、その後アセトン をスプレーする)を行うことでip3650とその上に蒸着された余分なメタルを除去する。
オゾンクリーニングによる犠牲層の除去
最後にオゾンクリーニングを180 ℃の環境で 20分程度行うことで、溝を埋めている PMGI の犠牲層を除去する(図3.12)。オゾンクリーニングはドライな処理であるため、
液体の表面張力の影響が懸念されるウェットな処理での犠牲層除去の場合と比較して、よ り確実な架橋構造の形成が期待できる。溝上にPMGIが残っているかどうかは光学顕微 鏡で観察することでおおよその判別ができるので、オゾンクリーニング後にまだ残ってい るようであればPMGIが完全に除去されるまで追加のオゾンクリーニングを行えばよい。
今回デバイスを作製するにあたり、どれほど高温・長時間でオゾンクリーニングして もPMGIを完全に除去しきれないという現象が時折見受けられることがあった。これは
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図3.12 オゾンクリーニングによるPMGIの除去(基板を真横から見た図)
PMGIのコーティングの際のベークにおいて PMGIがオゾンクリーニングでも除去不可 能なほど固まってしまったためと考えられる。この現象が生じる温度に明確な基準はな く、200℃以上のベーク条件ではオゾンクリーニングによってPMGIが除去できる確率は 約7割であった。ベーク温度を下げることでこのリスクを減少させることができると考え られるが、その場合PMGIのアセトンへ耐性が弱くなり、途中のリフトオフの過程で犠牲 層が形状を保てなくなるというリスクが増加してしまう。より確実なデバイス作製のため には、今後この工程を改善する必要がある。