4-1 序論
本章までで述べてきた放線菌や Bacillus 属など、微生物農薬にとして適していると考え られている多くの微生物は、植物病原菌に対して強い抑制活性を有している一方で、その増 殖や物質生産のために比較的高栄養条件化での培養が重要となる。特に Bacillus 属細菌を 始めとする胞子形成能を有する微生物においては、適切な環境条件でない場合、休眠状態と なり、期待していた活性を示さない可能性も視野にいれなければならない。実際の圃場で微
生物農薬を使用する場合、微生物製剤を1000倍程度に希釈し、葉面や株元に散布すること
が多く、その性質上、植物個体上に付着する可能性が高い。しかしながら、例えば、植物葉 上は、栄養価が高い環境とは言えず、むしろ微生物としては増殖し難い環境だと考えられる。
一方で、微生物の中には、このような低栄養条件下でも増殖可能な低栄養細菌(oligotrophic
bacteria)と呼ばれる微生物が存在している(Kuznetsov, et al., 1979)。低栄養性細菌とは、
極端に炭素源が低い培養条件下で生育可能な細菌を指し、Kuznetsov らは、「炭素源 1-15
mg/L以下でも生育可能な微生物」と定義しており、同様に、服部らにおいては呼称(dilute
nutrient broth organisms: DNB細菌)は違うが「炭素源1 mg/L」として報告している(Hattori,
et al., 1980)。このような微生物は、その特徴からこれまでの研究で見逃されることが多く、
研究自体があまり進んでいない。また、一般的な微生物に比べ、低濃度の栄養条件下で生育 可能であり、この利点を生かすことができれば廃棄物などのバイオコンバージョン(生物変 換)において低コスト生産の可能性があると考えられる(Yoshida, et al., 2014)。以上のこ とから本研究では、低栄養性細菌を用いた微生物農薬の開発を目指し、低栄養性細菌の探索
76
と抗菌活性試験およびその物質生産について研究を行った。
77 4-2材料および方法
4-2-1 微生物
低栄養細菌には研究室で保存していたKSおよびDEの2株を使用した。どちらの細菌も
別の研究の際に単離しており、100 µg/Lの炭素源を含む最少ミネラル培地上で培養および
継代を行い、試験に使用しない間は、終濃度 15%のグリセリンで冷凍保存した。対峙試験
には、8株の真菌(F. oxysporum, M. fructigena, C. echinochloae, C. orbiculare, F. solani, Aspergillus niger, R. solani, P. infestans)を使用した。これらの菌は、PDA培地で培養およ び継代し、保存した。また、KSの抽出物の抗細菌試験としてBacillus subtillisを使用し、
TSA培地にて、継代および保存を行った。
4-2-2 微生物の培養および抗真菌活性試験
本研究で使用した低栄養細菌は、一般細菌用培地でも良好な増殖を示したため、植物病原
菌との対峙培養試験および抗真菌活性物質の抽出の際には1/10濃度のTSB(Trypto-Soya
Broth, 日水製薬株式会社)培地を使用した。植物病原菌に対する抗真菌スペクトル試験は、
対峙培養試験によって評価した。Potato Dextrose Agar(PDA)培地 (2.4% potato dextrose
broth、1.5% agar)培地で培養した植物病原菌をφ7 mmのステンレスカップでくり抜き、新
しいPDA培地の端に植菌した。低栄養細菌は、植物病原菌を植菌した反対側に白金耳で釣
菌した細菌を植菌し、24℃で培養を行った。
78
4-2-3 抗真菌活性物質の抽出および精製
試験管で前培養を行った両菌株を600 mLの1/10 TSB培地に0.1%植菌し、5日間、
攪拌培養を行った。培養後、等量の酢酸エチルを加え、分液漏斗にて分配抽出を行い、有機 層を回収した。この操作を 3 回繰り返した後、有機層をロータリーエバポレーターで減圧 乾固し、粗抽出物質を得た。得た粗抽出物は、20-200 µg/diskで調整し、R. solaniに対する
抗真菌活性を確認した。抗真菌活性を確認後、TLC分取を行った。TLC Silica gel 60 F254(20
×20 cm)に、培養液から酢酸エチルで抽出した粗抽出物を10 mg供した。酢酸エチル:ヘ
キサン=3:7の展開溶媒で展開し、UV 254 nm で観察した。TLC後の抗真菌活性の確認は、
バイオオートグラフィー試験で行った。展開後のTLCを切断し、PDA培地の端にTLCを
置き、反対側にR. solani を植菌した。24 ℃で数日間培養後、観察を行った。KSの抗細菌
活性物質については、同条件で展開したTLCをもう一枚用意し、TLCを切断し、B. subtillis
を全面塗布したシャーレに置き、抗細菌活性を確認した。また。分取TLCにて抗真菌活性
が観察された画分を回収し、粗精製物を得た。TLCで粗精製した抗真菌活性物質をHPLC
に供し、さらに化合物の精製を行った。HPLC分取には、LC-10A(Shimadzu)システムを
使用し、カラムには Inertsil ODS 3 µm (φ4.6×150 mm, ジーエルサイエンス株式会社) を使用し、溶出溶媒は蒸留水とアセトニトリルを用いた。溶出は流速 1 mL/min、カラムオ
ーブン40℃、pump Bが50%のアイソクラティックの条件で溶出し、HPLCで分析を行っ
た。化合物は254nm の吸収により検出した。分取後、画分ごとにB. subtilis に対して抗
菌試験を行った。
79
4-2-4 精製した化合物のLC-MS分析
精製した抗真菌活性物質をメタノールに溶解し、LC-MS 分析に供した。LC のシステム は、LC-20A システム(SHIMADZU)を使用し、カラムは Inertsil ODS-3 (φ2.1×150 mm ,
ジーエルサイエンス株式会社)を使用した。分析は、流速 0.2 mL/min、カラムオーブン40 ℃、
検出波長254 nm で行った。溶出溶媒は、ポンプAに0.1%ギ酸を添加した超純水、ポンプ
Bに0.1%ギ酸を添加したアセトニトリルを使用し、A/B=55/45 (v/v) -35 min- 0/100(v/v)
のリニアグラジエントで溶媒を流した。MSのシステムは Qtrap ESI-MSを使用し、negative
mode のQ1 scan (m/z : 200-500)の範囲にて検出を行った。
4-2-5 KS由来抗細菌活性物のGC-MS分析
KS由来の抗細菌活性物質は、TLCで粗精製し、HPLCで分取した後、GC-MS分析に供
した。分析試料は、誘導体化を行ったものと行わなかったものの両方を分析した。誘導体化
は、完全に乾固した精製物にmethoxyamin hydrochloride-ピリジン溶液を加え30℃で90分
間振盪した後、N-methyl-N-(trimethylsilyl)trifluoroacetamide(MSTFA)を加えて、37℃で30
分間振盪して行った。分析には、GC-MS-QP2010 Ultra(Shimadzu)に AOC-5000 Plus
autosamplerを備えたシステムを使用した。GCのカラムには、CP-Sil8CB-MS [30 m×0.25
mm(0.25 µm), Agilent]を使用し、キャリアガスとしてヘリウムを線速度60.3 cm/secとな
るよう流した。カラムオーブンは、始めに50℃で5分維持した後、5℃/minで325℃まで
上昇させるように設定した。MSスペクトルは、電圧を70eVに設定した電子イオン化法(EI)
を使用し、m/z 35-500の範囲を1000 scan/secで測定した。
80
4-2-6低栄養細菌の同定
低栄養細菌の同定は、16S rDNA系統解析および形態学的観察から行った。株式会社テク
ノスルガ・ラボに委託し、得られた塩基配列はDB-BA9.0(Techno Suruga Laboratory)およ
び国際塩基配列データベース(DDBJ/ENA(EMBL)/GenBank)に対するBLAST相同性検索
を参照して同定し、分子系統樹の推定は近隣結合法にて行った。形態観察は、寒天培地上に おけるコロニーの色調などを観察した。
81 4-3 結果および考察
4-3-1 低栄養細菌の選抜と抗真菌活性試験
本研究では、低栄養細菌としてKSおよびDEの2株の細菌を実験に使用した。これらの
菌は、以前に行っていたJ. curcas に含まれる発がんプロモーション活性物質の分解菌とし て単離した。単離には最少ミネラル培地を使用し、100 µg/Lの濃度でJ. curcas由来のホル ボールエステル類を添加し、長期間に渡って培養、継代を行っていた。ホルボールエステル 分解菌の候補としては、22 株の菌をスクリーニングしており、それらの微生物のうち植物
病原菌であるR. solaniに対して抑制をもつ低栄養細菌としてKSおよびDE株を選抜した
(Fig. 1)。これらの細菌は、同時に8株の真菌との対峙培養も行った。その結果、KSは6
株に対して抑制を示し、DEについては8株すべてにおいて抑制を示した(Table 1)。また、
A. nigerおよびP. infestansに対して両細菌が異なる活性を示し、抗真菌活性のメカニズム
に何かしらの違いがあると示唆された。
82 Fig. 1 低栄養細菌KSおよびDEによる抗真菌活性
1/10 TSA培地に植物病原菌R. solaniと低栄養細菌を植菌し、抗真菌活性試験を行った。写真(A)はKS 株を示し、(B)はDE株を示す。
A B
83 Table 1 低栄養細菌KSおよびDEの抗菌スペクトル
plant pathogens KS DE
Aspergillus niger
- ++
Colletotrichum echinochloae
+ ++
Colletotrichum orbiculare
++ ++
Fusarium oxysporum
+ +
Fusarium solani
++ ++
Monilinia fructigena
++ ++
Phytophthora infestans
- ++
Rhizoctonia solani
+ ++
Inhibition zone index*
( *inhibition zone index -, no activity ; +, moderately activity ( halo < 1 cm2) ; ++, strong activity ( halo≧ 1 cm2)
84
4-3-2 抗真菌活性物質の精製と分析
次に両菌株が有する抗真菌活性物質を抽出するため、TLC による分取とバイオオートグ
ラフィーによる抗真菌活性の確認を行った。TLC分析の結果、KS株は、少なくとも7つ化
合物の存在が示唆され、DEでは少なくとも8つの化合物の存在が示唆された(Fig. 2A, C)。
これらのスポットを別々になるように TLC を切断しバイオオートグラフィー試験に供し
た。TLCは、KSが14画分に切断し、DEが10画分に切断した(Fig. 2A,C)。その結果、
KS 株では、1-5 までの画分で B. subtillis に対する抗細菌活性が認められ、6-7の画分 R.
solaniに対する抗真菌活性が認められた(Fig. 2B)。一方で、DE株は、画分6で強い抗真
菌活性が認められた(Fig. 2D)。この試験で使用した展開溶媒はKSとDEで同じ組成のも
のであることから、画分 6 あたりに見られる抗真菌活性物質は、似たような極性をもつ化
合物だと推測した。また、KSは、B. subtillisに対する抑制活性も認められた(Fig. 2B写真
下段)。このことからKSは、少なくとも抗真菌および抗細菌活性物質を2種類生産し、細
菌性の植物病原菌に対しても効果を発揮する可能性が示唆された。以上のことからこれら の化合物の構造を決定するため、HPLC による分取と LC-MSおよび GC-MS 分析を行っ
た。