第5章では、中級から上級レベルでの日本語の会話教育に、相互理解のための自他尊重 という点を基本とした「自己表現」学習を取り入れる際の具体的な方策について考察する。
第1節 教室活動の全体設計-「参加型学習」という枠組み-
(1)ワークショップ形式による学習活動の導入
先の第3章では、特に中級から上級レベルの会話教育における教室活動の課題を取り上 げた。そこではロールプレイを中心とした教室活動が実施される際に、その内容がロール イプレイ本来の特長を十分に活用したものとなっていないことが多いという指摘を行った。
その理由として、従来の日本語の会話教育では、ロールプレイが学習者による既習の語彙 や表現形式などの「発話再生確認のための手段」として用いられていることが多いために、
学習者はロールプレイの実演において、担当者から提示された会話モデルの流れから外れ ることなく、いかに「間違わずに」「正しく」会話の暗誦をやりとげるかというような点ば かりに注意を向けてしまいがちになることや、そのことによって、学習者が語彙や表現形 式を実感とともに自分の中へと取り込んでいくという過程を経ることができなくなるとい う点などを挙げた。
そして、この「正しく再生できるかどうか」という視点から実施されるようなロールプ レイを採用した学習活動は、いかに多くその実演を重ね、またその様子が担当者からいか に高く評価されていたとしても、現実の場面の中で学習者が望むような人間関係を他者と 取り結べるようになることや、それによって日本語による「自己実現」というものが果た せるようになることを保証しないのではないかと述べた。
それでは、担当者が会話教育の学習活動を提供していくにあたって、学習者の実践的な コミュニケーション能力を向上させ、学習者もそこから日本語による「自己表現」を成し えていけるようになるためには、教室活動の企画や運営において具体的にどのような方策 が取られることが必要となるだろうか。
そこで本研究では、中上級レベルの会話教育におけるロールプレイを活用した学習活動 の具体的な方法論として、ワークショップ形式による学習活動を中心とした「参加型学習」
(むさしの参加型学習実践研究会 2005)という学習の枠組みを教室活動に適用することを 提案してみたい。
山西(2005)によれば、この「参加型学習」という用語は、日本では 1990 年前後から用 いられてきており、「教育実践の中で、誰とはなしに使われるようになったことばであるた め、必ずしも明確な定義があるわけではない」が、狭義には「講義のような一方向の伝達 型でなく、学習者の学習過程への参加を促す多様な手法」を指し、「学習者の社会参加をね らいとする学習であり、またその参加を可能にするための多様な参加型の方法・手法によ って特徴付けられる学習」として大きく位置付けられるものであるという(2005:18)。
また、この「参加型学習」においてよく見られるような「ワークショップ」という学習 活動の形態については、中野(2001[2004])の定義によれば、「講義など一方的な知識伝達 のスタイルではなく、参加者が自ら参加・体験 行動して何かを学びあったり創り出した りする学びと創造のスタイル」(2001[2004]:11)と言えるものであるが、このワークショ ップ形式による学習活動には、上記の中野(2001[2004])の定義にもあるように、教師が あらかじめ定められた学習内容を学習者へと一方通行的に下ろしていく、というような学 びの方法がほとんど取られていない点に大きな特長がある。
そして、このワークショップ形式による学習活動を日本語の会話教育の教室活動に置き 換えながら考えてみると、学習活動全体における「学習者」という存在の位置付けも従来 の日本語教育の中での捉えられ方とは大きく異なってくることに気付く。つまり、ワーク ショップ形式による学習活動においてひとりひとりが対等な「参加者」となる学習者は、
日本語によるコミュニケーションについての情報や知識などを、その情報や知識の保持量 の優位者として設定された誰か(多くは教室活動の担当者)から与えられることをひたす らに待ちわびているような“その他大勢”として、ひとかたまりに捉えられるのではない ことになるのである。その場における学習者は、日本語による「自己実現」という目的を 共有し合いながら、ファシリテーターの適切なガイダンスのもとで相互が呼応しあったり 積極的に働きかけあったりすることによって日本語によるコミュニケーションに関する学 びを互いに引き出し合っていこうとするような、ひとりひとり欠かすことのできない重要 な構成要員として捉えられることになるのである。
こうして参加者自身が相互に働きかけあうことによって、設定されたテーマに応じた学 びを深めていこうとすることが目的となるワークショップ形式の学習活動の目指すものは、
本研究においてとりあげるところの会話教育の目指す方向性とも一致している。
つまり、日本語を運用する際の枠組みとして考えられているものから離れて、自分が取 り結びたいと願う相手との人間関係の構築や深まりを志向した上で、ひとりひとりの「わ たし」が本来の「わたしらしく」表現できるようになるための「自己表現」というものを 目指すための会話教育においては、このワークショップ形式による学習活動がその学習目 標に到達するまでの有効な手立てのひとつとなるのではないかと思われるのである。
たとえば、第4章で詳細に見てきた「アサーティブトレーニング」は、まさにこの「参加 型学習」による「学び」の方法論によって成立しているものの典型であると言える。特定非 営利活動法人「アサーティブジャパン」では、「コミュニケーションを通した個人のエンパ ワメント」という目的を共有した上で、「一人ひとりが自分と相手を大切にしながら、誠実、
率直、対等、自己責任をもって自分の気持ちと意見を表現できる」ようになるために、「ロ ールプレイを用いた実践的具体的な練習を行い、新しい自分の行動パターンを身につける 方法」(以上、パンフレット「アサーティブネスへようこそ」より引用)を得ようと、相互 に対等な立場においてかかわりあいながら学びを深めていくことを目指しているが、ここ では、ワークショップ形式による学習活動に参加者が主体的に取り組むことによって、そ の場での学びというものがより活性化されていくことになる。
こうした例のように、ワークショップ形式による学習活動は、すでに学校教育や社会教 育 の 分 野 を は じ め と し て 、 演 劇 や 住 民 参 加 の ま ち づ く り 、 平 和 教 育 や 環 境 教 育 ( 中 野 2001[2004]:20-21)などのさまざまな分野において多く採用されているが、日本語教育に おいては学習活動への本格的な導入はまだほとんど成されていないのが現状である。
そんな中でも特に地域日本語教育の分野においては、このワークショップというものが
「参加型学習」におけるひとつの学習形態として活用されてきており、最近ではその実践 報告(むさしの参加型学習実践研究会 2005)なども多く取り上げられるようになってきて はいる。
しかし、大学機関などにおける留学生を対象としているような口頭表現教育の分野にお いては、ワークショップを実際に授業活動の中にどのように活用していくのかという検討 そのものがまだようやく開始された状況であると言わざるを得ない。たとえば、2005 年度 日本語教師研修コース「ワークショップという手法 その2-異文化ワークショップから 学ぶ-」(社団法人日本語教育学会,2006 年 2 月 12 日実施)においては、春原憲一郎氏に よる「多文化抗争から、〈つかの間共有される文化〉創造ワークショップ」と題したワーク ショップが行われたが、その中で春原氏は、ワークショップが「断片化しないこと」、「問
いを発見すること」、「かかわることとかわること」、「unlearn の場」(春原 2006a)という 四つの要素を備えているものとしながら、実際に海外で行われている日本語教育に関する 種々のワークを紹介した。また、同ワークショップにおいて池田玲子氏は、フレイレの示 した「課題提起型教育」というものをいかにして留学生への授業に応用していくかという 話題を提供した(カッコ内の用語は研修当日配布レジュメより引用)。
このように、日本語教育においては、ワークショップを活用した「参加型学習」への取 り組みがまだ始まったばかりの状況にあると言えるが、多様化している現在の日本語学習 の実態を鑑みると、この「参加型学習」の存在は今後さらにその重要性を増していくので はないかと思われ、同時に、教室運営により柔軟性が求められるような「参加型学習」に 対応可能な担当者を育成していくことについても、日本語教育における今後のひとつの課 題となるのではないかと思われる。
山西(2005)は、地域日本語教育においてはすでに多く見られている「参加型学習」と いうものが「学習結果よりも学習過程を重視するという問題解決型の教育」(2005:19)で あるとし、さらにこの「参加型学習」において、学習者は「結果的にある特定の答えを覚 えればよいということ」が期待されているのではなく、「学習者と教師が共に語り合う中で、
その現状・原因を理解し、解決方法を考えるという過程の中での相互の学び」(2005:19)
というものが重視されているという点について述べた。ここから考えると、日本語の会話 教育においても、担当者が「モデル会話の談話展開に沿いながら、そこで提示されている 表現形式をなめらかに発話できるようになる」というような、ひとつの「結果」のみに学 習者の意識を集中させようとするのではない新たな方法による学びの方法が必要となる。
その方法を真に実現しようとするとき、学習者が教室で提示された多くの語彙や表現形 式などを「いかに自分のものとして獲得していくか」という過程を常に意識していけるよ うな、この「参加型学習」という学習活動の適切な実施というものが、そこでは切実に望 まれることになるのではないだろうか。
また、この「参加型学習」というものが「社会参加を狙いとする学習」であり、また「学 習過程を重視」した上での日々の問題解決などにも有効な方策であるとするならば、学習 者が日本語による「自己実現」を果たし、その結果、学習者の社会生活も質的に向上して いくことを実現したいとする「自己表現」のための会話教育との重なりは多いと考えられ、
こうしたことなどからも、日本語教育の学習活動としてワークショップをより積極的に取 り入れようとすることの意義が明らかになると思われる。