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本章では、学習者が日本語による「自己表現」を獲得していけるような会話の学習活動 の方法について考えていくあたり、日本語の会話教育の中で学習活動として、従来多く採 用されてきたロールプレイを取り上げる。

第1節から第3節では、従来の日本語教育においてロールプレイがどのように取り扱わ れてきたかを概観しながら、その課題について考える。

第4節では、日本語教育と関連の深い異文化間コミュニケーションの分野をはじめとし て、さらに学校教育や臨床心理学などの他分野におけるロールプレイの扱われ方について 概観し、ロールプレイそのものの持つ本質的な特長というものを明らかにする。

第5節では、日本語教育における会話教育の学習活動としてのロールプレイの活用に関 する問題点やロールプレイが保持する本来の特長などを振り返りながら、今後、日本語の 会話教育においてロールプレイを有益に活用していくための課題を整理する。

第1節 日本語教育におけるロールプレイの捉えられ方

第2章では、学習者が他者に向かって日本語を用いながら「わたしがわたしのことをわ たしらしく表現できる」ようになるための日本語の会話学習のあり方について述べた。そ こでは、他者の存在を念頭に置きながら、相互の深い理解を目標とした「わたしがわたし のことをわたしらしく表現できていること」を「自己表現」と位置付け、本研究における 日本語の会話教育の「学び」の中心に置くこととした。

このことを踏まえて本章では、学習者ひとりひとりがこうした「自己表現」を獲得する ための会話教育の具体的な学習活動を考えていくにあたり、会話教育に多く取り入れられ てきたロールプレイの従来の利用方法を批判的な観点から考察し、ロールプレイの本来の 特長というものを活かした上でのロールプレイの会話教育への導入について検討する。

横溝(1997[2003])は、日本語学習者の言語運用能力形成における文レベルから談話レ ベルの発話に移行する際の指導方法というものが、教師がモデル談話の提示などを行う「教 師主導による発展」によるものと、「学習者間でのインターアクションによる発展」による ものとの二つの方法があるのではないかとしたが、後者の例として特にロールプレイを取

り上げ、これが「学習者同士のインターアクションを通して言語運用能力を伸ばそうとす る試みの一つ」となるのではないかと述べた(1997[2003]:206)。そして、横溝(1997[2003])

は、このロールプレイというものが「実生活に近い状況下で会話の練習をする機会を提供 する」ものであることから、「特にコミュニカティブ・アプローチでは重要な教室活動の一 つ」(1997[2003]:206)として、これを位置付けることができるのではないかとした。

また、「新版日本語教育事典」(2005)によれば、日本語教育においては、「ある具体的 な目的や課題を設定し、教室などで仮想の現実をつくり、具体的な小道具や役割をもった 人物を設定して行う課題達成のための活動」を「シミュレーション」としており、その中 でも、「ある場面設定やシナリオに従って」実施されることになる「ロールプレイング」は、

「模擬会話練習の活動であり、シミュレーションの一形態」と定義されている(2005:868)。

さらに、同事典の「学習活動」の項目を見ると、ロールプレイとは、「現実のコミュニ ケーションの要素を学習活動に取り入れること」を意図した学習活動のひとつであるとさ れており、そこでは「学習した項目を実際のコミュニケーションの場面で運用できるよう にする練習(応用練習・運用練習)」が行われ、「学習者が異なった社会的な役割を演じる なかで目標言語を使用する学習活動」(2005:766)のひとつとして位置付けられていること が分かる。

これらの記述を見る限りにおいて、日本語の会話教育における学習活動としてのロール プレイとは、「現実のコミュニケーションに役立てるために、実生活に近い状況を設定して 行う模擬会話練習」としておおよそ捉えられてきていることが読み取れる。

しかし、学校教育や臨床心理学などの分野で活用されているロールプレイの扱われ方を 見ると、ロールプレイは、単なる「模擬会話練習」として見なされているのではないこと に気付く。たとえば、ロールプレイは、実演者が実演を通して現実に起きている問題を解 決するためのきっかけをつかめるようになるというような、自己認知を促進する手段とし て捉えられていることも多く、それぞれの臨床現場においては、こうした本来の特長とい うものを取り入れた上でこのロールプレイが広く活用されている。

翻って日本語教育においては、上記のように「模擬会話練習」としての捉え方が一般的 にまだ強く、実演者の内面を構造化していくというようなロールプレイのもたらす最大の 効果についても、現在のところまだほとんど学習活動の中に盛り込まれていない。

したがって本節では、日本語の会話教育の中で行われてきた学習活動の一形態としての ロールプレイの従来の利用方法を再検討することにより、日本語の会話教育において、今

後ロールプレイをより有効に活用するための方法論について考察していく。

従来、「模擬会話練習」としてひとくくりにされてきたロールプレイは、その学習目標 や実施方法によって、実はいくつかの種類に分けることが可能となる。

その分類例では、横溝(1997[2003]:206-210)によるものが詳しい。横溝(1997[2003])

は、ロールプレイの種類を次の 6 つに分類したが、ここではそれらの種類の違いについて より明らかにしていくために、ロールプレイのテーマを「学生と教師の会話」というもの に共通設定した上で順に見ていくことにする。

【ロールプレイの種類】

※横溝(1997[2003]:206-210)による分類。解説要約と例は筆者。

1.対話の一部がすでに与えられているもの

対話のシナリオの一部を学習者に完全に任せて、対話を完成させる形式。通常、対話の開 始部分と展開部分、または開始部分と終束部分が与えられる。

(例)

学生:{教科書を持って近づく}先生、今、ちょっと、よろしいでしょうか。

教師:{振り向いて}はい、どうしましたか。

学生:( ) 教師:( ) 学生:あ、わかりました。どうもありがとうございました。{挨拶して去る}

2.場面、状況、人間関係と表現、語彙が与えられているもの

役割カード(role-card)によって、場面・状況・対話者間の人間関係が設定されたうえで、

対話を行なう。各学習者には、その設定の中で提示された表現・語彙を使用して、対話を つくり上げることが期待される。何をどのような形で言うのかについての制限が存在する。

(例)

ロールカードA:あなたは学生です。来週の土曜日に行なうクラスのパーティーに、教師 も参加してもらえるように誘ってください。

〈学習項目:実は~んですが/もし、~たら/~ていただけないでしょうか〉

ロールカードB:あなたは教師です。学生が来週の土曜日に行なうクラスのパーティーに 参加してほしいと言って来ましたが、その日は研究会があるので、参加できないというこ とを学生に伝えてください。〈学習項目:申し訳ない/都合が悪い〉

3.場面、状況、人間関係だけが与えられているもの

場面・状況・対話者間の人間関係は設定されるが、その設定の中で何を言うのかを学習者 は決定することができる。学習者には、与えられた設定から対話を開始し、どのように展 開させ終結させるかについての自由が与えられる。

(例)

学生のあなたは、いつものように大学行きのバスに乗り、空いている座席に座りました。

すると、その席の隣には、偶然、日本語クラスの教師が座っていました。

大学の正門にバスが到着するまでは、およそ 5 分の道のりです。

4.「行なうべき言語活動の内容」が与えられているもの

対人関係と行なうべき言語活動の内容だけが役割カードにより与えられているもの。指示 された行動を遂行するのにどの言語表現を使うかについては、学習者に自由が与えられて いる。

(例)

対人関係…日本語クラスの教師とその学生

学生:「 」

〈日本語クラスの教師に声を掛けて、明日の昼休みに時間があるかどうか尋ねる〉

教師:「 」

〈応対する。20 分ぐらいなら時間があることを伝える〉

学生:「 」

〈日本人の知人に手紙を書いたことを話し、お世話になったお礼の手紙として問題

がないかどうか、明日の昼休みに見てもらえるように依頼する〉

教師:「 」

〈了解する。12 時半に講師室に来るように伝える〉

学生:「 」

〈お礼を言う。「12 時半」という約束の時間を確認する。挨拶をして別れる〉

5.場面、状況、人間関係と対話の目的が与えられているもの

対話者それぞれに異なる役割カードが渡され、対話者は場面・状況・人間関係と与えられ た自分の役割を確認する。明示された対話の目的を達成するために、学習者は可能な限り のストラテジーを使い、コミュニケーションを行なう。この形式のロールプレイでは、目 的達成のために、対話をどう展開させ、どのような言語表現を使うかについての自由が学 習者に与えられている。3.と異なるのは、達成すべき目的が提示され、その達成のため にコミュニケーションを行なう点である。

(例)

A:学生のあなたは、昼休みに指導教授の研究室を訪ねて、奨学金の推薦状を書いてもら えるように依頼しにいく。教授がとても忙しいことはよくわかっているが、奨学金の 応募期限も迫っているので、どうにかして3日以内に書いてもらえるよう依頼する。

B:大学教授であるあなたは、来週海外出張の予定が入っていることもあって、とても 忙しい。先日、指導している学生から奨学金のことで相談があるとのメールをもらい、

今は研究室でその学生を待っている。相談については手早く切り上げたい。

6.解決すべき問題が与えられているもの

架空の状況を設定し、その状況下で学習者が問題を解決していくために目標言語によるコ ミュニケーションを行なうもので、通常、シミュレーションと呼ばれる。

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