第4章では「アサーティブネス」について述べる。「アサーティブネス」というコミュニ ケーションのありかたが他のやりとりの形態と具体的にどのように異なるのかという点を 皮切りに、その発祥や歴史的変遷についても触れながら、「アサーティブネス」理論を概観 する。
そして、この「アサーティブネス」という捉え方における「自己表現」を獲得するため の「アサーティブトレーニング」の方法論やそこでの担当者の役割について述べ、「アサー ティブネス」理論の日本語の会話教育への援用の可能性について考察する。
第 1 節 コミュニケーションにおける「アサーティブネス」
(1)コミュニケーションにおける「アサーティブネス」という捉え方
ある表現主体が会話による直接的なやりとりを通して、自分と相手とが互いに深い理解 を得られるような「双方向的なコミュニケーション」というものを目指そうとした場合、
そこでは何よりもまず両者が十分な「自己表現」を行えているということが必要な条件と なるだろう。
しかし、実際の「自己表現」について考えてみると、人間関係や場を踏まえた上での「自 己表現」というものがかなり難しいものであるということは、日常生活においてもよく経 験されることである。たとえば「伝えたいことをきちんと伝えるとは、どういう意味なの か。けんかをするのでもなく、黙るのでもなく、相手のことも考えながら話し合うとは、
どういうことなのか。気持ちを爆発させるのでもなく、思いをのみこむのでもなく、素直 に自分を表現するには、どうすればいいのか」(森田 a2005:はじめに)という点につい ては、自分が「自己表現」を実際にいざ行ってみようとした際に常に大きな課題となって 表れてくると言ってよい。
こうした日常生活における「自己表現」の方法には、「自分のことだけを考えて、他者 を踏みにじる」ような「攻撃的」なやり方や、「自分よりも他者を常に優先し、自分のこと を後回しにする」ような「非主張的」なやり方(平木1993[2003]:15)によるもの、あるい は、自分が明示しなくても相手に察してもらえるように自分の意図を巧妙に表現の中に組
み込もうとする「作為的な」やり方(森田 2005a:47)など、様々な方法によるものがあ ると考えられるが、これらのどれにも当てはまることのないまったく別の方法によるもの がある。それが、「アサーション」または「アサーティブネス」(沢崎・平木 2005:30-31)
というコミュニケーションの一方法である。
沢崎・平木(2005)は、この「アサーション」というものが「自分の考え、欲求、気持 ちなどを率直に、正直に、その場の状況にあった適切な方法で述べること」であるとし、
それは「お互いに大切にし合おうという相互尊重の精神と相互理解を深めようという精神 の現れ」(2005:30-32)であると述べた。また森田(2005a)は、「アサーティブネス」
が「自分も相手も大切にしたうえで、自信をもって、はっきりと自分の気持ちや意見を伝 えることのできる、コミュニケーションの在り方」(2005a:はじめに)であるとしている。
さらにディクソン(2006)は、この「アサーティブネス」というものが、「相手の権利 を侵害することなく、自分はどうしたいのか、何が必要なのか、そしてどう感じているの かを、相手に対して、誠実に、率直に、対等に、自信を持って伝えることのできるコミュ ニケーションの考え方と方法論」(2006:3)であると明確に定義している。
つまり、この「アサーション」または「アサーティブネス」という捉え方は、表現主体 が他者との深い相互理解を志向した上で自分の感情や気持ちの揺れなどを踏まえながら、
本来の「自己」というものをのびやかに表現していこうとすることと捉えることができる。
本研究における「自己表現」とは、この「アサーティブネス」という捉え方に依拠する ものであり、ここではそれを「相手との相互理解を目指しながら、自分の表現意図を実現 しようとする際の働きかけを具現化したもの」と位置付けることにする(山本 2006)。
また、「アサーション」または「アサーティブネス」という、これらの用語の使用につ いてであるが、現在のところ、これらに対する日本語での適切な訳語は見当たらない。直 訳すると、これらは日本語で言うところの「自己主張」に相当することになるが、この「自 己主張」という用語を使用したままでは、「相手のことも大切にする」という「アサーショ ン」または「アサーティブネス」の「本来の意味するところが抜け落ちやすい」(沢崎・平 木 2005:30)ため、通常は英語の用語をそのまま用いている場合が多く、あえて日本語 にしようとする場合には「(さわやかな)自己表現」(沢崎・平木 2005:31)などと表記 することがある。
さらに、「アサーション」と「アサーティブネス」という二つの用語の使い分けについ ては、現在、両者が日本国内の様々な分野においてほぼ同様の意味で使われていることが
多い点を考慮しつつも、本研究においては、森田(2005a,b)やディクソン(2006)ら による「アサーティブネス」という用語を採用する。その第一の理由は、筆者が受講して きた森田やディクソンらによるトレーニングにおいては、後者の「アサーティブネス」と いう用語が使用されていたため、筆者がその定義や意味することに関してより実感を伴っ た上で記述していけると思われるためである。また、本研究において前者の「アサーショ ン」という用語を積極的に用いない理由としては、現在、心理学の分野において「アサー ション」が「人間性心理学的立場」と「行動療法的立場」との二つの立場に大別される(伊 藤 2003:54)ことがあり、後者の「行動療法的立場」から考えた場合には、「アサーショ ン・トレーニング」というものが極度の対人不安などの精神疾患を改善するための一療法 としてイメージされることも多く、そうなると本研究で取り上げている日本語の会話教育 との重なりも少なくなるということが懸念されるためである。
但し、前者の「人間性心理学的立場」にある先行研究から引用する場合、「アサーショ ン」という用語が使われている箇所については、そのまま「アサーション」という用語を 用いることにする。
この「アサーティブネス」というものを理解する上において、最初に留意すべきことの ひとつとは、「アサーティブな自己表現」というものが、単に「自分の言いたいことを正々 堂々と言う」、「相手を傷つけないように上手に自己主張する」(沢崎・平木 2005:33)と いうことをあらわしているのではないという点である。森田(2005a)は、英語「アサー ティブネス(assertiveness)」の日本語の直訳が「積極的な自己主張」という意味になる としながらも、それは「自分の意見を押しとおしたり、相手を打ち負かしたりすること」
でも「自分ががまんする」ことでもなく、「まっすぐに自分の気持ちを伝えること」である とする(2005a:10)。そして、この「アサーティブである」状態とは、「私はこの場面で 何を言うべきか」を考え、発言し、そのことに責任を取るということであり、また「言う こと」と同様に「言わないこと」についても、すべて自分の責任において選択することで あると述べている(森田 2005 a:25)。さらに、沢崎・平木(2005:32)は、このアサー ティブなコミュニケーションというものが、やりとりの相手との意見や感情の相違が生じ やすいことから、表現主体の内面に葛藤を引き起こしやすいという点に触れたが、そこで 安易に妥協するのではなく、相互の意見を出し合って歩み寄りを図りながら、双方が納得 のいく結論を出そうとする過程にこそ、この意義が存在するのではないかとしている。
また、「アサーティブネス」を捉える上で重要となるのは、先に述べたように、「アサー ティブネス」の目指すものが、単なるコミュニケーションにおける表層的なテクニックを 習得するところにあるのではないという点である。森田(2005a)は、「アサーティブネス」
がいわゆる話し方の「ハウツー」ではないとして、次のように述べている。
…アサーティブネスは、確かに「どう言えば相手によりよく伝わるか」という、伝え方 のスキルでもありますが、本質的には、相手とどんな人間関係をつくりたいのかという、
自分と相手との向き合い方を考えるものです。その意味で、アサーティブネスは単なる「ハ ウツー」ではなく、そこには、これから述べるような四つの柱があり、それに基づいて自 分の行動を決定していくことになります。(2005a:18)
このように「アサーティブネス」は、「伝え方のスキル」をその中に含みながらも、本質 的には「自分と相手との向き合い方を考えるもの」と言えるのであり、「アサーティブネス」
を理解するためには、その基本理念や目指すところを押さえておかなければならない。上 記の森田(2005a)による「アサーティブネス」の「四つの柱」とは、次のようになる。
【アサーティブネスを支える四つの柱】
① 誠実であること
② 率直であること
③ 対等であること
④ 自己責任を持つこと
(森田2005a:18-25)
森田(2005a)によれば、①の「誠実であること」とは、「自分の気持ちにうそをつかな いこと」であり、「自分の気持ちに素直になること」となる。「アサーティブネス」におけ る、この誠実さとは、何かの場面に遭遇した場合、「どうしたら自分の気持ちに正直になれ るだろうか」と、まず自分自身がよく考えることであり、「相手がどう思うかの前に、私は どう感じるか」と自分の内面に問いかけ、自分の気持ちを掘り下げていくことから、その 作業が始まることとなる。
また、②のコミュニケーションにおいて「率直であること」とは、自分が感じたことや