アブホールに、何がほしいのか聞いた。こいつもおれのアイデンティティを破壊したい んだろうか。
「あたし、雇われてんの。その仕事主んとこへ、あんたを連れてく」。女の言うことを理 解したかのように、盲目的に、おれは女の後について部屋を出た。愛も盲目だと世間では 言うけれど、おれにとって愛は苦痛と等しかった。
女のボスの名はシュレーバー。「会うのはこれが初めてだな、え?」と彼。
「ああ」
「少しきみのことを話してあげよう」とうとうおれも自分のことが少しはわかるのか。
「きみには自殺性向と呼べるほどのマゾヒズムがあるし、実際に肉体的な損傷がある。き みはそれが不治のものだと思ってるね。少なくとも神経上とホルモン上の損傷は、おそら く不治だろうが」
「ああ」
男は口をはさむ暇を与えなかった。「きみは、よくある原因で子供時代に……分裂させ られた。わたしは心理学的解釈にはいささかも興味はない。あんなのは時代遅れだ。た だ、一つだけ言いたい」
おれは口をはさんだ。「知るか。心理学の話だけじゃない。おれ自身のことだって」続 ける。「あんたはデブでみっともないよ、でもね、旦那、おれは死んでるんだ。心理学と おれの心理はもうパアになってんの」世の中には死体がうようよしてる。「あんたから聞 きたいのは、あんたがおれに何を求めてるかってことだけだ」。そうでなきゃ、一人にな りたかった。
だって、おれにとって、欲望と苦痛は同じだから。
彼女が欲しくはなかった。手に入らないので欲しがらなかった。不感症が生き方だっ た。はかない欲望なんて現象が、とるに足るかどうかもわからなかった。心理学はここ じゃパァじゃない。彼女を手元においとくことにしたのは、そうするしかなかったから で、それは彼女がおれが彼女のものにちがいないと言ったからだ。
現実っていつもこんなに未知なわけ?
ボスの本名はシュレーバーだと友人に教わった。シュレーバー博士。それなりに正直で はあるそうだ。ボスというものなりに。仕事分の金を払うという意味では。それでおれ は、前のボスに手切れ金を払って消されないようにできた。もちろん金なんてない。金 は、力のない連中が抱えて歩く、薄っぺらな紙切れ。そいつらが金で何をするのかは知ら ない。おれはヤクが必要。
デブはマンコの前でおれに告げた。「きみの神経系とホルモン系の損傷は、きみを急速 に堕落させている。AIDS以上の速度でね。ものの数カ月できみはモンゴロイドにな り、ロボトミーされたよりも馬鹿になる。きみの中で腐れている憎悪のせいだ。ただし、
わたしがきみの血流にある
エンチーム
酵 素 を注射すれば別だ。その後、完全な
トランスフュージョン
血 液 交 換 を受けさ せてやる。この
エンチーム
酵 素 、きみの救世主、目の上のタンコブを手に入れるためには、わたし の望み通りに動いてくれなくてはならない」
「何が望みだ?」
「その時まで、わたしの望み通りに動いてくれることだ」
問題は、そいつのほうが約束を守るつもりがあるのかどうか、こっちには知りようがな いってことだった。愛してると思ってたマンコにきくわけにもいかない。知りようもない 領域でのたくってるから、記憶もあてにならない。おれの記憶は、かつてのおれの欲望み たく役たたずだった。
翌日、川の前の路上のゴミためで、おれの旧ボスが自らの手で、目の前でおれを
チ ク
密告っ たスベタののどをかき切った。新鮮な使用人のために場所をあける実用的な手段として、
女を屠殺したわけ。資本主義は、新しい領域か新鮮な血を必要とする。
おれが見たのは:頸動脈から飛び散る血。
おれにはクスリが必要だった。
ながいこと無感情だった。おれのせりふが誰にとってもまったく無意味なのを確信し きっていたから、どうしてもしゃべらざるを得ない状況になるまで、何もしゃべらないよ
うになっていた。世の中と自分との関係が無なのを確信しきっていたから、何に対して
「YES」と言おうがどうでもよかった。若い頃は浅はかさと些末さがおれの武器だった。
今は、言われたことは何でもやる。おれはもはやおれじゃなかったから。つまり、行動し ているおれはやつらのもので、知るおれや、かつて知っていたおれとは分離しているの だ。いろんな目がおれを見ていた。
つまり、性欲を持つおれは、高いIQや理解力とは何の関係もなかった。昔は高かった IQだけど、それが腐敗惑い窒息したいま、欲求のほうが思ったより有能で賢いように思 えた。おれが自分を見いだしたのはその地点、そのどん底でのことだった。
知ることができるのは人間の別れについてだけだと思った。知ることができないのが、
もちろん死だけ。さらに、欲求するおれと知覚する目とは、お互い何の関係もないのに一 方で同じからだ――おれのからだ――に同居していた。おれは不可能だった。それどころ か、おれは病気よりひどかった。でもシュレーバーは、これを解決する方法があるかもし れないという希望を与えてくれた。病気を根絶する希望。シュレーバーは、おれの血すべ てを変えられる
エンチーム
酵 素 を持っている。
既知のものがすべて病気だと、未知は嫌でもましに見えてくる。おれ、というのがだれ にせよ、おれはシュレーバーにつきあうしかなかった。おれ、というのがだれにせよ、お れは
コンストラクト
構 造 物になろうとしていた。
空は血へと暗転。血の色へと。医者のところを後にして家に、おれが家と称している、
今まででいちばんましなところへ帰ると、アブホールが先についてて、いわばおれを待っ てた。眠って。はだかで。彼女を見る。ひざから股下数ミリのところまで透明ギプスが走 り、肌には青と紫と緑の貼布でまだらになって、あざみたいだがそうではなかった。爪と 指、つま先の黒点が、かげって金色になった。それぞれ色も形もちがう
ダ ー ム
膚板が、右ひじと、
右の太ももの血管に沿ってきれいに列をなしていた。
トランスダーマルユニット
膚板連結装置が、からだから離れた ところにあって、ギプスの下の
ト ロ ー ド
入力電極に細い赤のリード線でつながっている。
コンストラクト
構 造 物。
想像のなかで、おれたちはいつもハメまくってた。黒いムチが彼女の背中を這いまわ る。赤いチンポコがそそりたつ。
「あいつのバックに誰がいんのかは知らない」アブホールは振り向いておれと向き合う。
目をさましたらしい。「ただ、あたしらはあいつを『ボス』と呼んでるし、あいつはどっ かから命令を受けるだけ。あたしやあんたと同じに」
「だれかが何か知ってる。それがだれにせよ、その知ってるやつが、大ボスにちがい ない」
アブホールは片手をついて身を起こした。キスしたみたいに甘い匂いを漂わせていた けれど、おれの知る限りではキスなど行われなかった。「だからさあ、あたしが知ってる のは、ある
コンストラクト
構 造 物を見つけなきゃならないってことだけだよ。それと、そいつの名前が キャシーだってことと」
「いい名前だ。何者?」
「関係ないね」
「関係ないなら、そいつは死んでるんだ。そのマンコは死んでるんだろう」おれのダジャ レも死んでた。「だからさあ、あたしが知ってるのは、ある
コンストラクト
構 造 物を見つけなきゃならな いってことだけだよ。それ以外はなんにも」
「おれたちには理解する能力があって、同時に何も理解してない」と答えた。なにやら
コンストラクト
構 造 物をみつけなきゃならないのは理解してた。
女はまた言った。「あたしが知ってるのは、ある
コンストラクト
構 造 物を見つけなきゃならないってこ とだけだよ。どっかで。それ以外はどうでもいい」。赤と黒に明滅するカーソルが、戸口 の外郭から忍び込んできた。エンドルフィン
ア ナ ロ ー グ
類似体さえ十分なら、アブホールは足を切り 落とされても血塗れの脚で歩ける。「あんたもどうでもいいし、現実もどうでもいい」空 港から延びる道は、やがて道の集まりになったが、死ぬほどまっすぐで、都市の開いたか らだについた、きれいな切り傷みたいだった。貧困がピンク色に脈動。霧と灰色のたちこ める中、あちこちでマシンが滑空して通り過ぎるのをながめた。後に「
カ ウ ン シ ル
評議会住宅」と呼 ばれる集合住宅ができた。まだらのアルミ壁、れんがに開いた不規則な穴から小便するた めにつきだした、看守のチンポコ、ベニヤと波うち鉄板の壁がもっと。運のいい貧乏人は 遊び場を手にいれた。おれはアブホールが
コンストラクト
構 造 物なのを思い出す。
想像は死んだ稼業であり、死者に任された唯一の稼業だった。
非現実であるような世界では、テロリズムもなかなか有意義なのだ。
現代のテロリストは、一九三〇年代ルンペンの、いわば新
バージョン
版 、現代
バージョン
版 だ。このあ らゆる仕事を嫌う者たち(というのも、仕事とは完全にコントロールされている状態だっ たから。コントロールする側は働かなかった)は、可能な範囲でその時代の通信回線を 乗っ取った。それと同じように、このテロリストたちは、現在のメディアがテロ行為を、