基底状態 π電子
Fig.3‑2分子内電荷移動 動の程度が大きくなることによってエネルギー準位または分 ν
子聞の相互作用が大きくなり、カロテノイドからクロロフィル aへのエネルギー伝達効率が高く なることが推定されている。しかしながらこの大きさについては、天然カロテノイドの相対的な 大きさは報告されているものの、ペリジニンやフコキサンチンが持つ特徴的な官能基がどのよう に影響を与えているかについては全く研究されていない口
そこで、ペリジニンやブコキサンチンの超効率的なエネルギ}伝達機構解明に向け、新たなエ ネルギー準位である ICT準位は本当に存在するのか、さらにどれほど大きな電荷移動が起こって いるかということに注目し、これらカロテノイドが持つ特異な構造がどのようにこれらに影響を 与えているかを明らかにすることとした。すなわち、系統的に官能基を変化させたペリジニン類 縁体およびブコキサンチン類縁体を用いて分光学的な測定を行い、天然のペリジニンやブコキサ ンチンの結果と比較することによって、仮定されている ICT準位の存在やその性質を理解し、特 徴的な官能基がどのように電荷移動の大きさに影響を及ぼすかを理解することとした。このよう に、分子構造を系統的に変化させた一連の類縁体を用いる新たなアプロ}チにより、分子分光学 だけでは成し得なかった鍵となる励起状態の性質を明らかにできることが期待される。この目的 に向け、 2つの全く異なる分光学的手法を用いた。まず、 ICT準位の検討には超高速時間分解吸収 スペクトノレを測定し、電荷移動の大きさの検討には電場変調吸収スペクトル(以下シュタルクスペ クトルと呼ぶ)を測定した。予め述べておくが、これら2つのスペクトノレ測定は、全く異なる原理・
測定方法である。そのため、それぞれの測定結果を連動させて、 ICT準位の性質と電荷移動の大 きさの2つの際係について議論することはできない。
3‑2 超高速時間分解吸収スペクトルの測定 A.原理・測定意義
注目している
I C T
準位は、序章C .
で述べたようにS I
準位の 近傍に存在するため禁制遷移となる。そのため、このI C T
準位 の性質を明らかにするために、様々な分光学的手法を駆使する8n一一一一一一
82
必要がある(但し
I C T
準位は、後述するが一般的なエネルギー 81/1CT準位とは異なるため、わずかながら
S I
準位付近からの発光でP u m p I 山石扇‑)
ある蛍光が見られる)。そこで今回、超高速時間分解吸収分光
I j
し=相対的エネルギー差 を用いて過渡吸収スペクトルを測定することにより、Sl準位の8o~
Fig.3‑3過渡吸収スベクトル 近傍にある
I C T
準位の挙動を検討した。これは、F i g .3 ‑ 3
に示 ーすように光を吸収し S2準位へ遷移した電子が SI準位に緩和した時に、白色光により Sn準位へと 遷移させる手法であるo 再度、遷移させたとき(過渡吸収)の員準位または
I C T
準位 からS1準 位 二 遷移する強度の時間経過を追跡することによって、最低エネルギー準位( S I
またはI C T
準位)の緩 和時間である」亀寿命│を計測することができる。ここで SI寿命の計測について説明 するO 例として、 C35フコキサンチン
類縁体のメタノール中での過渡吸収
z r s
スペクトルの結果を
F i g .3 ‑ 4
に示す。(sA) 左側は縦軸に過渡吸収の強度、横軸に 波長(nm)をとり、その時間経過を追跡 した過渡吸収スペクトルの結果であ500
波長(nm)
Fig.3‑4 SI寿命の計測
る。これを見ると青色の0.6psの時に吸収の強度が最も強いことが分かる。その後、時聞が経過 するにつれ徐々に吸収の強度が小さくなる様子が理解でき、 20psの時に最も小さいことが分かる (実際はさらに時間が経過した吸収も観測している)。このスペクトル結果を、縦軸に吸収の強度を とり、横軸に時間をとり、その強度の変化を連続的にプロットしたものが
F i g . 3 ‑ 4
の右側のグラフ である。過渡吸収スペクトルを測定した時に最も強い吸収強度を 1とし、時聞が経過するにつれ 徐 々 に 減 衰 し て い く 様 子 が 理 解 で き るo 縦 軸 の 最 大 強 度 に 対 し 、 そ の 強 度 の 強 さ が 1 /e (e: exponential)となった時聞がその分子がもっ寿命、すなわちS I
寿命であると定義される。後述する がこのC35フコキサンチン類縁体のメタノール中でのSI寿命は 17psとなる。ここでの SI寿命は SI準位もしくは
I C T
準位とs
。準位聞の相対的なエネルギー差を示す数値と して定義され、この計測によってSL
準位とI C T
準位の相対的な位置関係を示すことが可能になる。カロテノイドの
S I
準位のように無輯射過程(光緩和がなく吸収・蛍光が観測されない過程)におい て成り立つエネルギーギャップ則 1に従う場合、 SL寿命が短くなるとS.L準位(またはI C T
準位叱~準位聞のエネルギー差は小さく なる。今回の測定では、 ICT 準位の存在および性質を明らかに するため、
SL
準位とI C T
準位の2
つのエネルギー準位を区別しながら、種々の類縁体におけるそ れぞれの相対的なエネルギー位置の検討を試みた。さらなる過渡吸収スペクトルの詳細について は文献を参照されたし、2一方、これまでの ICT準位の研究において、Fig.3‑5 に示すようにペリジニンにおける ICT準位は非極性 溶媒であるヘキサン溶媒中ではSl準位より高い位置 に存在することが分かつている。一方、極性溶媒で あるメタノール中では電荷移動状態になりやすい性 質と相侯ってICT準位は安定化され、 Sl準位より低 い位置に存在することが見出されていると従って、
52 52 ICT
も
51ICT(
…土・十・
1トS111CT寿命
50 50
Hexane Methanol
今回行ったSl寿命の計測において、ヘキサン中では
Fig.3‑5 ICT準位の安定化 よりエネルギー準位の低い
r S
L準位の寿命J(Sl・ s 。
聞のエネルギー差)が計測され、メ夕ノ一ル中ではより安定化された「吋ICT司準位の寿命J(αIC'τ下I 間のエネルギ一差)が計測されると推測される白この Sl寿命は最低励起エネルギー準位のものが計 測されるということをもとに、著者らはベリジニン類縁体の時間分解吸収スペクトルを測定した。
以下、この寿命のことを SlIICT寿命と表記する口
B .
共役鎖を改変したペリジニン類縁体の測定結果4コネチカット大学
F r a n k
研にて、ペリジニンおよび合成した共役鎖を改変した3
つのペリジニ ン類縁体の超高速時間分解吸収スペクトルが測定され、S
1IICT寿命が計測された。その結果をT a b l e
3・1に示す。ヘキサン中では、溶媒の極性による相互作用安定化がみられないため Sl準位の寿命 が計測され、共役鎖長の長短により大きく値が異なっていることが分かる。すなわち、共役鎖が 最も長い C39類縁体が最も短い寿命である 41 psを示し、類縁体の共役鎖が短くなるにつれ寿命 の値は 186、1000、4200psと値が大きくなった。一方で、溶媒和による安定化効果が働く メタノール中ではICT準位の寿命が計測され るが、 C33‑C39類縁体の寿命はいずれも約 10 psとほぼ同じ値を示した。また、 C33類縁体 の寿命は、ヘキサン中で4200psでありメタノ ール中で、は 11psとなり、すべての化合物の中 で最も大きな差を示した。
Table 3‑1ペリジニン類縁体におけるS1l11口寿命の結果 lifetime (ps)
solvent C33Der. C35Der. C37 Per. C39Der.
共役鎖 n: 5 6 7 8
n‑Hexane 4200 j:200 1000士100 186却 41 ::c1 Methanol 11却 9:tl 10 ::c1 9土1
n‑Hexane 410
入max(nm)
436 454 469
上記の知見をもとに、これらのSl江CT寿命の E̲ S,
結果をエネルギー準位図として表すと、 Fig. 3‑6のようになる。 Sl準位の寿命を示すヘキサ
ン中では寿命の値が大きく異なるため、それ らの Sl準位の位置は大きく異なる。一般にカ ロテノイドでは共役鎖が短くなるにつれ最大
I S、 〆
¥ /
口 ︑
J
' ノ
1l
くなると、それに比例して
S l
準位やS 2
準位の位置が上昇するという計算結果に基づいている 一方、メタノール中でのS
lIICT寿命はほぼ同じ値を示しており、I C T
準位は共役鎖に関わらず全て の類縁体において同じ位置に存夜すると考えられる。このことからS l
準位は共役鎖長が短くなる につれて徐々に上昇していくのに対し、I C T
準イ立はどの類縁体においてもほぼ同じ位置に存在す るという事実を見出した。この結果は、I C T
準位が共役鎖長に関係なくすべての化合物で同じ位 置に収束していることを示し、これまでにない極めてユニークな性質を持つエネルギー準位で、あ ることが明らかとなった。以上のように、今回共役鎖を変えた一連のペリジニン類縁体を合成したことによって、ヘキサ ンとメタノーノレの溶媒効果から、
S l
準位とI C T
準位の全く異なる挙動が初めて明確に観測された。これらの結果から
I C T
準位は確かに存在し、S l
準伎とは独立な挙動を示すことが強く示唆された。ただ、これらの実験からだけでは、序章の
F i g . 6
に示したS l
とI C T
準位の関係については、明確 に結論づけることはできない。共役鎖長の長短に拘らず、メタノーノレ中においでほぼ同じ位置に エネルギー準位が存在するという予期しない奇異な現象は、I C T
準位が一般的なエネルギー準位 とは全く異なる性質を持つ電子状態で、あると言え、ペリジニン特有の構造的特性に因るものかど うかが極めて興味深い。実際にエネルギー伝達が行われるアンテナ複合体である PCPcomplex中 では、 メ夕ノ、'‑幽聞目一一.醐‑一‑一同達効率に大きく関与しているものと推測されるO
C .
共役鎖を改変したフコキサンチン類縁体の測定結果上記のペリジニン類縁体の結果から
I C T
準位は、S l
準{立と全く異なる挙動を示し、極性溶媒中 では一定の位置に収束するという極めて特異な性質を有することが明らかになった。そこで、こ の得られた実験結果ははたしてベリジニンだけではなく一般性をもつかどうかを検討するため、大阪市立大学橋本研にてブコキサンチンおよび合成した共役鎖改変ブコキサンチン類縁体の超高 速時間分解吸収スベクトルが測定され、そのSlIICT寿命が計測された。
Table 3‑2にペリジニンおよびブコキサンチンのSl/ICT寿命の結果を併せて示す。先に得られたベ リジニンの結果では、ヘキサン中では共役鎖が短くなるにつれ寿命が41,186, 1000,4200 psと大き くなるのに対し、メタノール中ではおよそ 10psとほぼ一定の値に収束した(Table3‑2下)。一方で ブコキサンチンの場合でも、同様の傾向を示すこ
とが明らかとなった。すなわち最も共役鎖が短い C32類縁体を除いて、ヘキサン中での寿命は共役 鎖が短くなるにつれて22,62, 97, 182 psと徐々に 値が大きくなるのに対し、メタノール中ではおよ
Table 3‑2 SllICT寿命の結果(上:ブコキサンチン 下:ペリジニン) Lifetime (ps)
Solvent C32 Der. C35 De r.C37 Der. Fx. C42 Der. 共役鎖n: 4 5 6 7 8 C四Hexane 65 182 97 62
そ20psに収束した。この結果は、ペリジニンの時 Methanol 14 17 22 18 22 15
に得られた結果と同様に、メタノール中での寿命
Solvent C33 Der. C35 Der. Per. C39 Der.
が一定の値に収束することを示しており、
I C T
準 共役鎖n: 5 6 7 8位は極性溶媒中ではどの化合物においても一定の 位置に収束するという特異な性質の一般性を実証
n剛Hexane Methanol
4200 11
1000 9
186 41 10 9