第1章 『五護陀羅尼』経典の成立と特色
4. 考察
4.1 五護陀羅尼の成就法の特徴
五護陀羅尼マンダラを観想する際には、大随求明妃が中尊となることが多く、SMや NPYにおいても大随求明妃が中心に描かれている。また、収録されている単独の五護 陀羅尼各明妃の成就法も、大随求明妃のみ複数存在する(SMでは大随求明妃の成就法 が3本、ほかの明妃は各1本にとどまる)。さらに、他の五護陀羅尼各明妃と一括され た成就法であっても、大随求明妃の姿に関しては比較的詳細に説かれている。
これまで述べたように、SMにおける五護陀羅尼明妃の成就法のなかでNo.195「大随 求明妃成就法」およびNo.206「五護陀羅尼成就法」は儀軌の構成が理解しやすい。こ こではそれぞれの成就法に共通してあらわれる大随求明妃(SM No.194~196, 201, 206) に注目し、単独の五護陀羅尼明妃の成就法が持つ特色を明らかにする。
まず、単独の大随求明妃の成就法である No.194~196の次第を比較すると、No.194、
No.196 は真言等が省略されているといった違いはあるものの、大きな違いは見られな
い。ここではNo.194~196についての共通点と特徴を見ていこう。
まず、空性の観想については No.194~196 に共通して表れる。No.195 ではさらに具 体的に「オーム、私は空性智金剛を本性とする者である」といった空性智金剛の真言が 説かれている。
次にオーム字、アーハ字、フーム字といった3つの種字を観想する場面がある。それ に続いて、No.194,196 には胸の間にプラム字を観想すると説かれているが、No.195 で はさらに、黄色のプラム字を心臓に置く(布置する)とある。この成就法に度々あらわ れる黄色のプラム字とは、大随求明妃の黄色い体色と、プラティサラー明妃の頭文字プ ラムから由来するものと思われる。
そして、疲労を感じた時に唱える真言についても同様に「オーム、宝珠を持つ女神よ、
金剛女よ、大随求明妃よ、フーム、フーム、パット、パット、スヴァーハー113」と、終 盤で共通して述べられている。
一方で相違点として、四梵住の観想についてはNo.194 においてのみ述べられていな い。また、七種無上供養を含む8種類の行為や、阿閦如来の観想、百字真言、供養する
時間帯はNo.195にのみ説かれており、No.194、No.196には述べられていない。
次に、SMの中で大随求明妃が他の五護陀羅尼各明妃と一括される形で述べられてい
るNo.201、No.206の次第を取り上げ、さきに述べた大随求明妃単独の成就法No.195の
プロセスと比較していこう。
まずNo.201には五護陀羅尼各明妃の5 尊の明妃の姿が説かれる。冒頭で各明妃につ
いてそれぞれ短く述べられるが、大随求明妃については他の4尊に比べると比較的詳し く説明されている。最後に真言について短く述べられ、終結する。このNo.201 は五護
113 oṃ maṇidhari vajriṇi mahāpratisare hūṃ hūṃ phaṭ phaṭ svāhā
陀羅尼各明妃と真言についての簡単な説明のみ述べており、他の成就法とは構成が大き く異なる。しかし、先にも述べたように114SMでは既に知られている儀礼に関しては省 略されることが多い。このNo.201も冒頭に「伝統的な方法で五尊の偉大な女神たち[の 観想]を述べよう」とあり、基本的な行為は前提のものとして省略されたと思われる115。 次に、No.206 には五護陀羅尼各明妃の成就法が詳細に説かれている。はじめに観想 の準備として帰依文を唱え吉祥坐に坐し、真言を唱えて場の加持を行う。その後、中尊 である大随求明妃が伴う従者たちに供養する。花、線香、灯明、塗香等を置いた後に、
七種無上供養の一部である懺悔、三宝帰依、発菩提心、福徳回向が行われ116、そして許 しを乞う等の行為を行う。そして四梵住の観想を行い、空性智金剛の真言を唱える。
次に楼閣と五護陀羅尼各明妃に属する各明妃の観想をした後、「約束のマンダラ117」 である三昧耶チャクラ(samayacakra 三昧耶マンダラ)と「智恵のマンダラ」である智 チャクラ(jñānacakra 智マンダラ)の観想と合一が行われる。そして身体各部における 観想と女神の配置、真言を読誦し、最後に五護陀羅尼の次第(まとめ)が行われる。特 にまとめにおいては、マンダラの線を描き、土地神を鎮めることや、密教行者の心構え、
マンダラ諸尊の供養などの五護陀羅尼各明妃のマンダラの儀軌についても述べられて おり、このNo.206は特に詳細な成就法であるということがわかる。
以上No.195, 201, 206において共通することは大随求明妃の姿の観想のみである。た
だし、No.201は成就法自体が短いということもあり、これを除いたNo.195, 206を比較 すると、観想の準備、七種無上供養、大随求明妃の姿の観想、四梵住の観想、空性の観 想、空性智金剛の真言が共通している。次に、以上で述べた大随求明妃と、SM No.98
「ターラー成就法」とを比較し、大随求明妃の成就法の特色について見ていこう。
SM No.98に説かれているターラー女神は、インド密教においてポピュラーな女神で
ある。この成就法はSMの中でも比較的まとまった内容を持つということもあり118、今 回併せて比較の参考とした。[Bhattacharya1968b: 200]のサンスクリット・テキスト、お よび[頼富・下泉1994: 40-52]の和訳を参考に、この成就法の構造を述べよう。
114 3.1 No.194「大随求明妃成就法」参照
115 また、大千摧砕明妃の姿については「前述のような女神である」と記述するにとどまってい る。
116 [清水1977: 67-69]の七種無上供養の一覧表にNo.206は含まれていない。
117 [清水1977: 70] [奥山2005: 185] [佐久間2011: 212-213]によると、約束のマンダラとは「三昧 耶薩埵」samayasattva、samayamūrti、samayadevatā(行者が意図的に把握しようとする本尊の 仮の姿)としてのマンダラ、智恵のマンダラとは「智薩埵」(jñānasattva三昧耶薩埵に応じ て仏から働きかけてくる、本質的な存在)としてのマンダラに相当するという。行者が仮の 尊格である三昧耶薩埵を自身と不二一体のものと観想し、真実の尊格である智薩埵と合一 する。この行者と尊格の合一は、成就法の多くにおいて説かれるという。[奥山2005: 185]
聖なるもの(尊格)を俗なるもの(行者)に引き入れて神秘的合一を行う際には、瞑想の中 で一時的に聖なるものの姿を取らなければならないため、行者は三昧耶薩埵(本尊の仮の 姿)を観想する必要があるといわれている。[頼富・下泉1994: 50-51]
118 [頼富・下泉1994: 40-52]
まず成就法のはじめにターラーに帰依し、場所、座の指定をして観想の準備を行う。
次に種字の観想等を行い、花、香煙、香料などを捧げて諸仏に供養する。さらに七種無 上供養を行い、四梵住と清浄であることを観想し、空性智金剛の真言を唱える。その後 ターラーの姿を観想した後に、その神秘的合一(行者と仏の合一)を行い、終結する。
最後にこの成就法の功徳と作者が記される。
No.195とNo.206の大随求明妃成就法と、No.98のターラー成就法を比較すると、観
想の準備、七種無上供養、四梵住の観想、空性智金剛の真言、主要な仏(女神)の姿の 観想、種字の布置が共通している119。
元来成就法とは、行者が悟りや超自然的能力を得ることを目指して、その尊格と自分 自身(聖と俗)の合一を目的としたものである120。No.196 には「行者は、自身が大随 求明妃となるべきである」(pratisarā bhūyāt svayaṃ sādhakaḥ)、No.206には「智恵のマン ダラを引き寄せて、称賛し、[智恵のマンダラと約束のマンダラを]引き合わせ、[智恵 のマンダラを]自身の約束のマンダラに引き入れるべきである」(jñānacakram ākṛṣya saṃstutya sañcāryya svasamayacakre praveśayet /)と説かれている。
ターラーの成就法であるNo.98においても、「[ターラーと行者が]不二であることを 確信すべきである」(advaitam adhimuñcet /)と、ターラーと行者の合一の場面が述べら れている。以上の表現のうち、特に No.206 の「引き入れるべきである」(praveśayet)
という語は、成就法において尊格と行者の合一の際用いられる最も一般的な表現である。
一方で、No.195 に説かれる合一の場面は‘devīrūpam adhitiṣṭhet’と述べられており、
‘adhitiṣṭhet’(adhi-√sthā ~の上に立つ、留まる、守護する、支配する)という語が使用
されている。この動詞から派生した語であるadhiṣṭhānaは密教で一般的に「加持」と訳 され、「自分自身に大随求明妃を加持する(力を与える)べきである」と訳すことも可 能である。しかしながら、No.196, 206、そしてNo.98において、種字の布置と尊格の観 想の後に尊格と行者の合一の場面が説かれていることから、No.195 もまた、尊格の観 想の後に説かれる adhitiṣṭhet は尊格と行者が合一する行為を示していると考えられる。
したがって、adhitiṣṭhetを「留まる」として、「自身に大随求明妃を留まらせる(同一化 させる)べきである」と訳し、大随求明妃と行者の合一の場面であると解釈した。
しかしながら、大随求明妃は現世利益的な功徳が期待される『大隨求陀羅尼』が神格 化した女神であり121、単体では守護を目的とした性格が強い。尊格と行者の合一を示唆 する場面に praveśayet などの一般に用いられる動詞を使わずに、adhitiṣṭhet という語を
119 ただし、七種無上供養の内容については、No.195において礼拝・供養・懺悔・福徳随喜・
三宝帰依・発菩提心・福徳回向・許しを得ることの8種が述べられ、No.206は懺悔・三宝帰 依・発菩提心・福徳回向・許しを請うことの5種、そしてNo.98のターラー成就法では懺 悔・福徳随喜・勧請・回向・三宝帰依・依仏道・不作悪式の7種が挙げられている。[清水
1977: 66-68]の表によると、SMには4~10種類の七種無上供養が示されており、その順序と
内容は相違している。
120 [頼富・下泉1994: 40]
121 [大塚2013a: 15-16]
用いるこのNo.195 においては、陀羅尼経典である『大随求陀羅尼』が持つ守護的な局 面が強く表されているのではないかと思われる。No.98およびNo.195, 196, 206に見ら れる尊格と行者の合一の場面で用いられる表現については、以下の表13にまとめた。
以上、SM No.194~196とNo.206における大随求明妃の成就法にみられる次第は、各
成就法間に異同があるものの、基本的なプロセスがいくつか確認できた。
これらの成就法は、まず観想の準備から始まり、空性の観想、黄色のプラム字から生 じた大随求明妃の姿の観想、種字の布置の観想、そして成就法の目的である行者と仏の 合一が共通して説かれている。他は各々の成就法によって観想の準備の内容の差異や、
空性智金剛の真言、四梵住、疲労した際の真言等の有無に違いがあることが明らかにな った。なお、No.194のみ四梵住の観想については述べられず、さらにNo.195に説かれ ている七種無上供養、阿閦如来の観想、百字真言、供養する時間帯が、No.194、No.196 には説かれていないことが確認できた。
特にNo.195においては、尊格と行者が合一する場面にadhitiṣṭhetという語を用いてお
り、このテキストにおいては『大隨求陀羅尼』が神格化した大随求明妃が本来持つ守護 的な性格が強く表れていると考えられる。以上が大随求明妃の成就法の機能である。次 に、SM No.206における五護陀羅尼マンダラの特徴を述べよう。
122 この表は[Bhattacharya1968a][頼富・下泉1994: 40-52]を参考に、筆者が作成したものであ る。
No.98 No.195 No.196 No.206
「ターラー成就法」 「大随求明妃成就法」 「随求明妃成就法」 大随求明妃
(「五護陀羅尼成就法」)
尊 格 と 行 者 の 合 一
advaitam adhimuñcet
「[ターラーと行者 が]不二であることを 確信すべきである」
devīrūpam adhitiṣṭhet
「自身に大随求明妃 を留まらせる(同一化 させる)べきである」
pratisarā bhūyāt svayaṃ sādhakaḥ
「行者は、自身が大 随求明妃となるべき である」
jñānacakram ākṛṣya saṃstutya sañcāryya svasamayacakre praveśayet
「智恵のマンダラを引き 寄せて、称賛し、[智恵の マンダラと約束のマンダ ラを]引き合わせ、[智恵 のマンダラを]自身の約束 のマンダラに引き入れる べきである」
表.13 SMターラー成就法(No.98)および大随求明妃の成就法(No.195,196, 206)
に見られる尊格と行者の合一の場面で用いられる表現122