一地方大学牛のアンケート調査による分析
はじめに
中国国内では、1990代後半に社会問題となった国有企業のリストラに伴う「下崩」(解 雇)問題が2000年代初までに失業問題の深刻な要因であったが、近年、若年労働力の失業 問題が深刻化されている。この中でも、大学新卒の失業問題がもっとも深刻である。
2007年には、中国大学の新卒者数は495万人で、再度記録を更新した。2001年115万人 から増加を始めた大学新卒が2002年には145万人、2003年には212万人、2004年には250 万人、2005年には320万人、2006年には413万人、2007年には495万人であった。2006 年にはまだ124万人が就職できなかったため、2007年の大学生求職者は619万人である1。
大学新卒が年々増えるとともに、大学新卒の失業率も年々高くなっている。高学歴者で失 業している人が増えている。2002年の全国普通大学2就業卒が80%だったが、2003年には 75%、2004年には73%、2005年には72.6%、2006年には69.6%で、毎年就業率が下がってい る3。この動きをみると、近年の大学新卒者の就職状況は厳しいということが明らかであ
る。
このような背景を考慮し、今の大学牛の就業行動の決定要因は何であろうか、政府と全 社会がどんなサポートをすればよいかという問題を解決するために、2007年5月に、中国 吉林省延辺大学の大学四年生700人を調査対象にアンケート調査を行った。回収率は86%
で、605人のアンケート調査票が有効であった。本章の目的は、大学新卒の就職の決定要 因を解明し、彼らの失業問題を引き起こす要因を明らかにすることである。本章では、地 方大学の新卒の就業行動の実態を示し、そのメカニズムを実証的に分析する。
実証分析については、大きく分けて二つの方法を取ることができる。その1つは、目の 前に存在する現象をどのように説明するか、なるべく多くの仮説にあたってそれぞれの妥 当性を吟味し、それに適した説明を取捨選択していく方法である。もう1つは目前に迫っ た問題に直接接近するかわりに、むしろ」歩下がって検討すべき仮説を先に設定し、統御 実験を行うか、あるいは広い範囲の統計資料にあたって、その仮説の検証にふさわしい事 象を探し出し、仮説の妥当性を吟味する方法である(樋口、1991)。本章では、前者の実証
分析方法を用いる。
本章の第1節では、「問題意識と中国労働市場状況」で、同じ研究分野で、どのような研 究がなされているのかを検討する一方、中国労働市場における学歴別、技能別の需要と供 給状況について述べる。第2節では、「地方大学生の他地域への就業」で、民族別、男女別、
専攻別の他地域への就業選択状況を明らかにする。第3節では、「仮説、変数とモデル」で、
データを説明し、データの結果から仮説を提起し、回帰分析に使われる変数とモデルを説 明する。第4節は、「地方大学生の就業行動の決定要因」で、ミクロデータによる就業行動 の決定要因を分析し、説明変数の間の相関性を分析することで、就業率に影響を与える変 数と変数間のバイアス問題を明らかにする。さらに、2002年と2007年の大学生の就業行 動から、就職状況がもっと厳しい背景の下で、地方大学生の就業行動の変化を分析する。
第5節では、就職内定者の実際賃金(初任給)の決定要因を分析し、そのメカニズムを明 らかにする。
3−1. 問題意識と中国労働市場状況
3−1−1.トグロの高学歴者の失業問題理論4)
トグロ(1997年)は、開発途上国の教育水準と失業の問に予想もしなかった相関関係があ ると指摘し、多くの第3世界諸国では教育水準が高くなると失業が増加することを示した。
この現象の1つの理由は、ほとんど教育を受けていない人たちは、失業したままでいられ るほど余裕はなく、都市部のインフォーマルセクターでどんな仕事でもいいから探さなけ ればならないということである。彼らは、たとえば週に1日だけ仕事をするような不完全 雇用状態にあっても、失業者として計上されることはない。中学、高校、大学卒業者は通 常、高賃金の仕事を探すため、顕在失業者として計上される可能性が高いと指摘している。
しかし、中国では、大学生の就職問題の深刻化によって、一部の地方大学生は「無給就職」
を選んで、潜在的な失業人口となっている。彼らは、無給就職し、失業者として計上され ていない。したがって、中国の大学牛の失業率を計上することは難しい。
トグロは、多くの先進国で高学歴失業者が現れている問題は、教育制度の著しい量的拡 大、とくに高等教育(大学教育)の拡大に疑問を投げかけている。中国でも、近年大学教 育の拡大によって、普通高等学校の7割以上の学生が大学に進学できるようになった。し かし、大学を卒業しても、いい仕事が見つからず、 「無給就職」した一部の大学生は、大
学の必要性に疑問を持つようになった。
トグロは、第3世界諸国の教育システムの多くは、西洋の教育システムをそのままもち 込んだものであり、労働力の20%から30%しか雇用しないひと握りの近代部門5)向けに学 年を育てている。したがって、開発に必要な熟練技術の多くは、ほとんど無視されたまま である.と指摘した。中国も、西洋の教育システムの一部を導入したが、昔の教育構造もそ のまま残っているため、今まで育成した多くの学生は、ほとんどが公務員や国家機関向け の職員で、創業型、技能型の学生が少ない。
表3−12006年度学歴別の求人と求職状況
(人、%)
学歴別 学歴別の求人数と求職者数の比較
求人数 求人に占める割合 求職者数 求職者に占める割合 求人倍率*
中学校及以下 3884544 26.5 4353184 28.6 0.89 普通高等学校 5890274 40.2 6854188 45.0 0.86 職業高等学校、技術
w校、中等専門学校
O.79
2987377 20.4 3793547 24.9
大学専門学校 2337825 15.9 2950665 19.4 0.79
大学 918826 お.ゴ 1045903 6.9 0.88
修士以上 43717 0.3 37890 0.2 1.15
無要求 1582822 lO.8 / / /
合計 14658008 100.0 15241830 100.O 0.96
(出所)中国労働社会保障部ホームページ(www.mo1ss.gov.cn/index/index.htm)。
近年、開発途上国として中国も学歴を重視し、大学新卒が毎年50万人ぐらい増えている。
その結果、中国では、大学新卒の供給が需要を超えている。」方、高級エンジニア、高級 技師、技師などの求人倍率が上昇態勢で、熟練技術労働者に対する需要が供給を上回って いる。表3−1と表3−2をみると、大学卒業者の求人倍率0.88に対して、技師の求人倍率 は1.51、高級技師は1.59、高級エンジニアは1.76である。
表3−2 2006年度全国技術労働者の求人と求職状況
(人、%)
技術資格 全国技術労働者の求人数と求職者数の比較
求人数 求人に占める割合 求職者数 求職者に占める割合 求人倍率‡
初級工 2903897 19.8 3117681 20.5 0.93
(資格5級)
中級工 1614591 ll.0 1458752 9.6 1.口
(資格4級)
高級工 524897 3.6 399619 2.6 1.31
(資格3級)
技師 294964 2.O 195027 1.3 1.51
(資格2級)
高級技師 1H925 0.8 70560 0.5 1.59
(資格1級)
技術員 1529267 1O.4 1584147 10.4 0.97
(初級職称)
エンジニア 789553 5.4 654467 4.3 1.21
(中級職称)
高級エンジニア 130851 0.9 74144 O.5 1.76
(高級職称)
無技術資格 / / 7687433 50.4 /
無要求 6758063 46.1 / / /
合計 14658008 100.0 15241830 100.0 O.96
(注)求人倍率は、求人数と求職者数を用いて、筆者が計算したものである。
(出所)中国労働社会保障部ホームページ(www.皿。lss.gov.cn/index/index.htm)。
3−1−2.樋口美雄の就業決定モデル7)
樋口(1991年)の就業モデルでは、労働時間を自由に選べるときと労働時間が指定され ているときを二つに分けて分析している。
供給者は労働時間を自由に選べるとき、市場賃金率肌mが与えられると、世帯主所得∫、
無差別曲線κψw万を持つ家計では、賃金線λFと無差別曲線の接点0が最大の効用をも たらす点となるから、労働時間パが選ばれるはずである。wrを供給者が無業のときの 無差別曲線W−Vの点λにおける接線の勾配とする。附rは通常、最低供給賃金、あるいは 留保賃金とよばれるものにあたる。市場賃金率の低下は最適労働時間カ*を変化させ、つ いにwrになったとき最適労働時間はゼロとなる、すなわち無業の状態を選択することに なる。したがって、就業している者については市場賃金が留保賃金を上回っているはず、
すなわち〃切〉〃rであり、逆に無業者については市場賃金が留保賃金を下回っているは ず、すなわち肌mく〃rであると指摘した。
樋口の就業モデルでは、もし企業が労働時間を指定しており、供給者の時間を調整する 余地はないと仮定すると、留保賃金率は供給者を労働市場に引きつけるための最低賃金率 であるから、それ以下の賃金率が提示されてもその供給者は就業しない。企業からカだけ の労働時間が指定されたとしよう。この供給者は、∠〃刀の賃金率が与えられると就業し た場合点〃に位置するから、無業のときとこの雇用機会に就業するときでは、同じ効用水 準を得る。したがって、舳のようにこれ以上の賃金卒が提示されば、就業レたほうが高 い効用水準を得る。πrの低い家計では、妻は就業を選択する。逆に∠〃月より低い賃金 率が提示されたのでは、無業を選ぶことになる。したがって∠〃刀が、労働時間が企業か
ら指定されているとしたときの就業と無業の選択基準となる留保賃金率〃rにほかならな いと指摘した。
樋口美雄の就業決定モデル中の留保賃金と今回の調査の希望賃金は同じ概念ではないが、
このモデルを使って説明できる。しかし、結果は異なると考えられる。もし企業側は労働 時間を指定しており、供給者の時間を調整する余地はないと仮定すると、大学新卒は市場 賃金が希望賃金より低くでも、就職する場合がある。
3−2. 地方大学生の他地域への就業(国外への就業も含む)
吉林省では、1995年から大学新卒の雇用制度の改革が行われ、以前の国による大学生の 行政配属方式は、企業側と大学生側が互いに相手を選ぶ、いわゆる「双向選択方式」に取
って代わられた。同時に、人材の活用を目的とした高知識、高技術者の流動化が図られた。
最初は、限定的な政策もあったが、労働の需給が大学生自身の意識で決められるようにな