伝説の人物に扮したりするが、ワキはその同時代人ではなく、常にわれわれ見物人の同時代人 000000000000である。別の言い方をすれば、作者の同時代人である。此の点だけでも、能は本来言葉の厳密な意味での戯曲ではないということが言い得られる。戯曲では二人以上の同時代人が何等かの利害関係に於いて互いに交渉することが必要とされるが、能の原型的のワキは、たとい見かけは勅使となっていても…要するに、われわれ見物人の代表者が仮にそういった形で登場するまでのことで、神とか鬼畜とか過去の伝説の人物とかと何ら直接に交渉するところのないのは、われわれ見物人と同様である。
ここでは、「常にわれわれ見物人の同時代」として生きているワキが、霊的存在たるシテに応対するという意味において、「見物人の代表者が仮に」登場しているのだと説いており、初期の説と合わせることによって、より説得力が増す。さらに波線部をみると、この構造を「能の原型的のワキ」に限定し、別の箇所では「能の発生の初期の形に於いて見られる特長」とも言い換えている。《能の戯曲的傾向》にも萌芽がみられたが、野上はここに至って明白に能の戯曲的発達という観点を導入したうえで、能作品を二大別した。すなわち、原型から出発したワキが、やがて「見物人の代表者たる資格を棄てて」、「シテの扮する人物と同時代の人物に扮し、何等かの問題に於いてシテの扮する人物と直接に利害の交渉を保つような役目」を持つに至ったとの立場から数曲を例示した末に、これらは戯曲性が増大してはいるが「本来の楽劇要素をばそのまま保存して踏襲したために、今日から見ると、その革新は中途半端なものであって、過渡期的存在物たるを免れない。即ち、能としては最も劇的なものではあるが、劇としてはあまりに楽劇的であることを免れない」と結論する。能の発達史の観点から修正を施した結果、この場合も論旨はたどりやすくなっている。従来の自説を統合して整合性を施した《ワキの舞台的存在理由》の所説は、ワキの役割からみた能の戯曲的考察の最終段階と考えられ、昭和十八年(一九四三)刊行の『能楽全書』第一巻冒頭の「能楽概論」にも基本的に
引き継がれた。「現在物」の分析は、表現を少しずつ変化させながら、ここで取り上げた以外の著作でも言及するが、主張には大幅な変化はないと判断される。一方で野上は謡曲の詞章分析に傾いていき、登場人物の役割をそれとからめて論じることが増加した。なお、野上には、夢幻能の後シテをワキの幻覚とみる《能の幽霊》(昭和八年「文学」五月号初出。『能の再生』に収録)もある。本稿の主題とはややずれるが、ワキに関わる論として重要と思われるので、若干触れておきたい。佐成謙太郎の提言になる「夢幻能」という分類名が普及して現在一般化しているが、当時この表現はまだ定着していなかった。同時に、前シテと後シテは「何物」なのか、両者の関係をどう考えるか、後場はワキの夢なのか等々、根本的な問題をめぐって、様々な提言がなされ、活発に論議されていたのである。「過去の人物の霊魂が現在の人物の如き姿を装うて訪問者(ワキ)にあらわれる」構想の作品を、一律に「幽霊劇」と称することに野上は異を唱え、幽霊をほぼ二種類に分類する。すなわち「厳正な意味での幽霊」は、痩女・痩男・アヤカシ等の面をかけ「ワキに対して直接の目的を持って現われるものに限られるべき」であって、それ以外の「真実の幽霊でない幽霊」に関しては、〈巴〉を例示しつつ次のようにまとめている。
前ジテの女、老女、老翁などは、それぞれの霊魂の仮の姿で、後ジテの本体と見えるものは、実はワキの幻覚に過ぎない。だから、過去の同一人物が、前ジテと後ジテと二度にわかれて出るものは、前は幽霊的出現であっても、後は見る人 000(その代表なるワキ)の幻覚 000ということにきめて置きたい。…真の幽霊能に対して、これ等は一括して幻覚能 000とでもよべば呼ばれ得る。
ネーミングがうまい野上にしては、「幻覚能」はあまり適切な表現ではない。「夢幻能」や「幽霊能」に対抗する表現だったろうか。それはともかく、霊魂を出現目的から二分類するこの考え方にも、シテに対するワキの位
置に注視する姿勢が見て取れる。野上にとってワキは、シテとのバランスを計る定点のような役を担っていたのだろう。