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一 W16

ドキュメント内 1.調査区の位置 (ページ 41-44)

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遺物番号 器     種    現存長(cm) 最大幅(cm)最大馴cm)重量(9) 材質 特         徴

M1 刀      子  14.1 1.4 刃部0.3s部0.3 12 刃先欠損,茎部は一部折損

遺物番号 器   種 現存長(cm) 最大幅(cm} 最大馴cm) 樹 種 特         徴

W12

木     簡 13.6 ヒノキ W12とW13は同一個体と考えられる,断片のため判読不能

W13

8.3

W14

横     櫛 9.5 4.4 0.8 ツゲ 櫛歯長3.5cm幅0.8cm厚さ0.07cm両側から挽き出す,棟部は磨いて仕上げる

W15

斎    串 15.7 1.9 0.1  ヒノキ

@またはlズミサシ

薄板の先端を圭頭状に削り出す,頭部両側縁に切込み,柾目材

W16

15.4 1.8 0.2 ヒノキ 薄板の先端を尖がらせ頭部を圭頭状に削り出す,柾目材

W17

20.4 2.6 0.1 ヒノキ 薄板の一部を圭頭状に削り出す,柾目材

W18

尖棒状木製品 12.0 1.6 1.5 棒状の先端を削り尖がらせる

W19

21.2 6.7 5.7 先端を一面から削り扁平に尖がらせる,井戸枠に付着

図353 井戸一4 出土遺物(3)縮尺1/2・1/4(M1・W12〜14)

豆地点の調査

(勾 中世・近世の遺構・遺物

 本調査区においてはW層掘り下げ段階に中世の遺構として,井戸2,溝6,土墳7,ピット 多数を検出した(附図9−7)。既述のように中世の遺構面および包含層はいずれもすでに削平

されたものとみられ,その細かい時期差を面的に確認することはできなかった。中世の遺構を 一括して,その分布を概観すると,2基の井戸は,調査区の東北部と西側に位置する。出土遺 物から井戸5は13世紀前半,井戸6は13世紀後半に属するとみられる。溝は6条検出した。小 範囲の調査のため,断定は難しいが,溝の流走方向は,ほぼグリット軸に沿うものと推定され る。すなわち溝6・7・ll・14はほぼN−15LE方向に,溝8・19はほぼそれに直交して 走っている。中でも溝i14は14世紀以降,近代に至るまで利用されたものとみられ,現在,鹿田 地区周辺に認められる条里地割に対応する可能性が強い。また溝7は,古代以降中世まで営ま れたものとみられ,これらのことから,現在の鹿田地区周辺の条里地割は中世以前まで遡る可 能性も想定される。土堤は比較的乏しいが,BHl9区の西南部からBH20区の東南部に比較的 集中しており,偏在する可能性が認められる。柱穴は,径30cm前後の小形のものが多く,本来,

掘立柱建物や柵列を構成していたものとみられる。調査区の北側中央部分に比較的集中し,先 の土壌とは,その集中域が異なる可能性が認められる。先の井戸も柱穴の集中範囲の外側に位 置しており,中世には遺構によって,その分布の中心域が異なる可能性も認められるが,小範 囲の調査であるため確実ではない。

 近世の遺構は近代水田土壌の下面(豆層)において井戸1基・溝5条・土墳1基・柱穴1基 を検出した(附図9−7)。いずれも基本的に近世の水田耕作に関連するものと考えられる。井 戸7は掘り方が浅く野壼の可能性が高いものである。溝13は中世以来の溝が改修されて継続的 に使用されたものである。他の溝はより小規模のものであり,水田への引水溝の可能性があろ う。土壌は平面形が長方形の特徴的な形態をとるものであるが,その性格は不明である。柱穴 は1基のみの検出であり,その詳細は明らかではない。

       銭.井   戸  井戸一5(図354・355,図版70・84)

 本井戸はBG19区中央やや南寄りに位置する。北端の一部分が近代の撹乱によって破壊され ているが,その平面形は直径160cm前後の円形を呈している。本井戸は素掘り井戸で,掘り方 断面形は,上部がやや開き気味で,以下はほぼ垂直である。底面はほぼ平らであり,本地区の 主要な湧水層である砂層まで掘り込まれている。検出面の標高は170cm前後,底面の標高は一 80cm前後で,検出面から底までの深さは約250cmを測る。

 井戸内埋土は上部堆積層(1〜5層)と下部堆積層(6〜9層)に大きくは二分される。上

部堆積層と下部堆積層とは不整合に接しており,下部堆積層は井戸埋没当初の堆積層で,これ に対し,上部堆積層は二次的掘り方に堆積したものと推定される。このうち1〜3層は微砂土,

       4〜5層は粘質土であるが,下        位になるほど,微砂の混入が減        少し,粘性が強くなっている。

       これらは,いずれも灰白色〜灰   一       黄色の粘土ブロックを多く含ん        だ不均質な層で,人為的な埋土        と考えられる。一方,下部堆積        層のうち,6層も同様の粘土ブ        ロックを多量に含み,人為的堆        積層と考えられる。これに対し,

       7層は粘土ブロックを含まず,

       井戸壁の崩壊土とみられる。

       8・9層はともに類似した性状        の粘土層であり,8層には酸化        鉄の沈着が部分的に存在してい        1m

       る。両層とも上位の層とは異な り,ほぼ水平な堆積状況を呈し ている。

 遺物は主に1層および2層中

1 淡茶灰色微砂土

2 灰青色微砂土(炭少含)

3 灰褐色微砂土 4 暗灰褐色粘質土 5 暗灰色粘質土 6 淡灰茶色粘質土 7 茶褐色粘質土 8 暗黄灰色粘土 9 暗灰色粘土

0       1m

図354 井戸一5 縮尺1/30

豆地点の調査

からと,8・9層申から出土している。1・2層出土土器

(18・20)はいずれも小破片のものがほとんどであるが,

8・9層からは小破片のもの(5〜7,ll)のほか,ほぼ 完形の土師質椀(1・3)と土師器皿(9)が出土している。

 本井戸は出土土器から,13世紀前半に属するものとみら

れる。

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ドキュメント内 1.調査区の位置 (ページ 41-44)

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