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一1

ドキュメント内 1.調査区の位置 (ページ 36-39)

12 6

9

ユ0

11

法  量  (cm)

形態・手法の特徴ほか

色  調 胎  土

遺物

ヤ号

器   種 口径 底径 器高

1 土師器  甕 15.6 内面横ナデ ㈲暗褐㈱淡赤白 粗砂

2 〃       〃 16.6 内面ナデ,外面ハケ (内)暗褐㈱淡黄褐 細砂

3 〃   鉢 10.2 7.2 内外面押圧・ナデ 淡赤白 〃㊧

4 ク   甕 ナデ (内)暗褐(外)褐 微砂

5 〃       〃 ㈹黄褐㈱淡乳褐 粗砂

6 〃        〃 赤褐 細砂

7 須恵器杯蓋 13.3 4.0 天井部外面箆ケズリ,ロクロ回転㊨ ク②

8 〃        〃 ク   〃  ・内面仕上げナデ W黒紫灰㈱黒灰 〃  〃

9 〃  杯身 12.0 底部外面箆ケズリ,ロクロ回転㊨ 淡灰 微〜細砂

10 〃        〃 11.4

〃       〃         〃     〃     , 暗灰 細砂

11 〃  高杯 且.3 2段の長方形透し孔が3ケ所 黒灰 〃⇔

12 製 塩 土 器 内面ナデ,外面タタキ,2次焼成痕あり 暗灰

図348 竪穴住居一2 出土遺物 縮尺1/4

(3)古代の遺構・遺物

 本時期の遺構には,柱穴列1列,井戸1基,溝4条,土墳1基のほか,少数の柱穴がある

(附図9−6)。これらの遺構間には切合い関係が存在する例もあるが,全体に出土遺物が乏し く,遺構群の詳細な時期は不明である。

 柱穴列は本来,掘立柱建物の一部を構成するものとみられるが,1間分のみの検出であり,

詳細は不明である。井戸はBH20区でその北半部を検出した井筒をもつ大形の井戸である。こ の井戸からは,木簡や須恵器杯蓋転用硯,墨書土器が出土しており,該期においては,隔絶し た規模,構造,および出土遺物を有する井戸であり注目される。溝は5条検出したが,いずれ も小範囲の検出であり,その流走方向は不明瞭であるが,溝7・9・10・14はグリッドの横軸 にほぼ平行し,溝12は縦軸にほぼ平行するとみられる。これらの溝は,現在の本地区周辺の地 割に対応する可能性が認められ,古代において,本地区周辺にも条里地割が施行された可能性 を示すものとして注目される。土墳は1基検出したが,遺物は乏しい。また柱穴は先の柱穴列 を除いて2基検出したが,詳細が不明である。本時期の遺構の検出面は,中世とほぼ同一であ り。該期の包含層も後世に削平されたものと推定される。

      哉.柱 穴 列  柱穴列一1(図349)

 本柱穴列はBH21区北側に位置する。柱穴を2基確認したのみであるが,両者ともプランお よび埋土が類似するため,柱穴列と判断した。これらの柱穴は,P2は西側部分が削平されて いるが,いずれも1辺50cm前後の正方形プランをなすものと推定され,直径18〜24cmの柱痕跡 が確認された。検出面から掘り方底面までの深さは,

Plで約20cm, P 2で約10cmを測り,柱穴底面の標高 には差があるが,柱痕跡の底面の高さはほぼ一致して いる。柱痕跡は,ともに暗灰黄色微砂粘質土であり,

柱穴掘り方の埋土は灰黄色微砂粘質土である。柱間距 離はほぼ180cmを測り,その方位は, W−21°−Eであ る。なお,先に公表した概報においては,さらに東側 にもう1基の柱穴の存在を指摘していたが,検出レベ ルが大きく異なることから,その柱穴の存在について は保留しておきたい。本柱穴列は,本来掘立柱を構成 していたものと推定され,その掘り方平面形から古代 に属するものと推定される。

P1       わ2

     2 三旦m

0       2m

1 暗灰黄色微砂粘質土(炭・焼土含)

2 灰黄色微砂粘質土(炭・焼土少含)

図349柱穴列一1 縮尺1/60

盟地点の調査

       瞼.井   戸 井戸一鵡(図350〜353,図版44−2・45−1・68・84)

本井戸はBH20区南端部におい

      々 り方平面形は東西径が約190cmの 方形を呈するものとみられる。掘 り方断面をみると,上半部はやや 開き気味で,下半部はほぼ垂直で 本地区の主要な湧水層である暗灰 色砂層中まで,掘り込まれている。

検出面の標高は60cm前後であり,

検出面から底までの深さは約 195cmを測り,底の標高は一135cm 前後である。

 本井戸の掘り方内には,井筒が 据えられていた。井筒はコウヤマ キの巨木を半戴し,剖り貫いたも のを二つに合わせたもので下端付 近には方形の穿孔が一対穿たれて いる。井筒の上面観は不整の多角 形状を呈し,径が約80cm,長さは 現存部分で約170cm前後である。

この井筒の組合せ部にはそれぞれ 外側に幅20〜30cm内外の板材がそ えられており,さらに南側の井筒 の外側には幅約82cm,長さ約 164cm,厚さ5cm前後の内湾した 板材が密接して据えられていた。

 井戸内の埋土は,大きくは井筒 内の埋土(1〜4層)と井筒の裏

r\/

Lコ

1 2 3

4

5 6 7 8 9

0       1m

青灰色粘土 暗灰色粘土 暗灰色砂

暗青灰色シルト 暗茶褐色微砂土(炭多含)

暗褐色粘土(炭多含)

暗茶褐色粘土 暗褐色粘土 暗灰色砂

 図350 井戸一4 縮尺1/30

こめ土(5〜9層)に分かれる。井筒内埋土のうち,1層は遺物をほとんど含まない粘土層で ある。2層も同じく粘土層であるが,若干の土器片のほか,斎串や横櫛等の木製品を始めとす る有機物が顕著である。3層は砂層であり,本層中より多量の土器類のほか若干のモモの種子 やヒョウタンの果皮が出土している。4層は砂と粘土の薄層状のブロックを含むシルト層で,

遺物をほとんど含まない。井筒裏こめ土は5層に分かれる。5・6層はともに炭および弥生土 器片を大量に含んでおり,本井戸掘削時に弥生時代の遺構を破壊したことが窺われる。7・8 層は遺物をほとんど含まない粘土層である。9層も遺物をほとんど含まず,本地区の中心的な 湧水層である暗灰色砂層が一部掘削された後,そのまま埋め戻されたものと推定される。

 本井戸においては,主に井筒内の埋土中から豊富な古代の遺物が出土している。土器は主に 3層中から一括して出土しており,中には「専」,「玉」と読める墨書土器や須恵器杯蓋転用硯 などがある。また木製品も比較的豊富で,木簡が2片出土している。両者は同一個体とみられ,

片面のみに墨書されているが,小片のため判読不能である。

 本井戸は出土土器から8世紀後半から9世紀にかけて使用されたとみられる。    (栄)

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