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Ⅰ 用人村東花尻料簡花尻村甲南村飛地中田村飛地中日村内河崎町中田村円庭瀬町中田村本村 ︹平野村東分︹門醐棚桐鮒
︹延友村の残
か
︹延友付の一
部
日畑東組下撫川村中撫川村三田村図5‑ 1I 1 近
世
に おけ る菅 怖町 内の村 別支 配の変 遜り 村名 につレ、ては, 明治 2年 現在のもの をもちL^た.
2) 記号の意味 は:, 次 のと かDである。 A,戸川氏産 額所領
8, 天領
C,久世民度 瀬野領 T),松平氏庭 瀬滞領 R, 硬倉氏庭 瀬薄儀 甘, 三須知行所領 G, 牡馬市債
ET, 倉故代官所懐 工,氷川知行所簡
∫, この期
間
杵食塊代官所 の 支配
になったであろう oKI, この肋
間
に一時 洩 屠軒 儲となb
,ついで,板倉 氏庭瀬滞領となるD̲.101‑
荏
(1)
r
吉備郡史 」巻 中 (岡山県吉備郡教 育会, 昭和1 2年発行 ) pp, 2557‑ 25580 (2)r
吉備郡 史 J車中 (岡山県吉備郡教育会,昭和1 2年発行 ) p2591。(5)信通 のことO (4)上坂家所蔵文脊D (5) 脇本良平氏所蔵文書。
(6)
r
吉備郡史j巻 中 (岡山県吉備郡教 育金 昭和12年発行 ) pp, 2591‑ 25920(7) r元禄 15庚辰年 定帳 ,
J
日 高島荘 太郎氏所蔵文事 )Q (8)r
御定帳J
(高畠荘太郎氏所蔵文啓 )0(9)
r
制定帳J
(高 畠荘太郎氏所蔵文事 )0(10)賀陽郡 については,加陽郡 とも苛 き,吉備町 についていえば,吉備郡 の中に入 る村 々が これ
に
ふ くまれ るO
(ll)
r
盲備郡史 J巻下 (岡山県吉備郡教育会, 昭和1 2年発行 ) PP, 2675‑ 26780 (12)字垣武治薯
r第6斡支配者滞J
(吉備観光協会, 昭和45年発行 )(15)これ以後 の村名 につ いては,蘇末 当時 の村名 を使 うo
(14)
r
吉備郡史 j巻 中 (岡山県吉備郡教育金, 昭和1 2年発行 ) PP, 2198‑ 22050 (15)r
菅備郡史 J尊 下 (岡山県吉備郡教 育会, 昭和12年発行 ) pp, 26d4‑ 266占 。(16)
r
苫備 郡史 J巻下 (岡山県吉備部数常会, 昭和1 2年発行 ) pp, 2d67‑ 2671C (17)r
書傭郡史 」巻 中 (岡山県吉備郡教 育会, 昭和1 2年発行 ) p2425 。(服 部静明 )
2
地 方 支 配 の 機 構 と機 能庭瀬藩 において払 地方支配の機郁 ・機能 につい ての資料が少 ないため系統 だ った ことは言 い
にく
いが, 以下 これ について考察 しようO (イ) 地方支配 の機構
庭瀬希 の元蔽 年中の地方支配の機柵 をみ てい くと
,r
庭瀬世之御飯主覇 碑年 中御 拝地之節庭瀬町 日代 ㌻fJ上等
』(1)の文 中 「御科御 代層万年長十邸削 ・‑ 君随 行田中佐 決着衛門 (岩月武左衛門云々」にみ られ る御代官 ・郡轟行 とい った首鼠 また
r
併合家家持帳J
(2)にみ られ る代官 .寺社町奉行 ・ 勘定奉行 ・部 奉行 ・郡 代等滞役人 の名前,及び持高 ・在職年寄 によbわかる藩役人 の徽章軌 そ して r 御筒舟諸〆井倹 約制定帳 J(3)の「三部村 々庄屋共御用 二村御 代官 々呼 出鮎 u限甚遅参三村方 も林 劫 相聞侯云 々・・‑ 」より明 らかを上 うに,滞役人 の下に庄屋 とい った村役人 が位匠 してい たことがわかるD そ してその村役人 とれ
r
備 中周加陽郡川入相五人 組改僻 j(4)で明 らか を よう紅組巌 ・百姓 代 ・ 五人 組 ・庄島で あったらしho以上の番柄 をませ め ると黄 5‑ 2‑1に
なるO‑102‑
表5‑ 2‑ 1 地 方 支 配 の 娘 碑 (p) 地方支 配の機能
〔簿役人 〕 以上 の よう奇勝鵬仕,虹 た していか ような機能 を したので あろ うか。 せず滞役人 か ら
版
にみてい こうO天領 の場合
,
「地方支配 を拳 どる役人,すなわち郎義行 や代官は領 内の郡村 の庶務 を掌 る ものであ る。代官役所 の事務 を分け る と地方 ・公 41の二通 りになる。即 ち地 方 とは地理 ・租税 ・出納 ・帳鮮及 び一般民政 に関す る諸務 ・一 方公串方は育男∴ 裁判欄 す る柵 」(5)と一応分 け られ るが, これ らは は っきb分 け られ ていな くて,相協力 して行 なわれていた よ うであるO次に参考 として代官 の職務 をと
b
あげ る と, J 嫌 々‑, 民は国の本を 9,御代官の面 々常 に民 の辛苦 を能 く察 し,肌寒 の愁無之様可被 申 何事
‑,国豊 なる時杜氏香 る ものを9,替 る時は己が集に聯 Dやす し,軒民衣食住無智様
に可破 申付部
‑, 民は上‑速 さ故に頻 ある ものな D,此故 に上 上りも亦下 を凍 ふ坊多 し,上下疑無 之様に両前可視 申何部
‑,御 代官 の面々常に其 身を燐み, 民の農巣細に存 じ柵峨 鯨等入念宜棟に可破 申付 総市議*不住手代 自分櫨勤倹云々・I・・
‑,姥・Jr除 ・道 ・席等港外諸 事常々心掛物序不及大破時支配所へ遷 し可硬加
解
理 '並 百姓争論 ケ個数 連有之 は感 を内に聞届 内済 にて可相済題 は依 f紙 屑 75く不及難儀 横 町被申何事
延 宝八甲年間 八月三 日 (6)
即 ち, 代官は帯 の立場
上
b民衆 の生 活を知 り, 自ら其 身を慎み,薄 と民衆 との調登
に役立 っ ていた ようであるoそ して, こうい う大 切な役 目を持づ蕎役人 の任命に払 帯 と して もか をb気を配 って いた ようで あるo r硬 倉内膳正盃矩公子息石見守軸 公之教訓J(l)よりそ の様子が うか がわれ る。̲ 185‑
勘定蔚 奉行 ・地方吟味役奉行等内題之義 た Dとい‑ ども下筒民にかか bたる支 配にて 候得披人柄克 々可有吟味候思biJh 別有之尤 民間之理非 引 増分依情7kく正直 ・正路成生 得 の者可破壊 出候 不仁に して理不 明 なるもの払 常民迷惑す るdiな3)O代官 ・下代以 下EE屋等忙至 るまで道理分明末 々まで支配不数億 伸也 民間 の痛にて候。 下役人 の所 行 は頭役 の吟味 に有之串候間嘩行 とも能 々考 え可被 申附候串
寛文五年辰五月十八 日
そ れでは, これ ら役人 はいかほ どの役科を もらい,元 来 どれ ぐらいの石高 の ものであった で あろ うかo幕 府役人 の場合 を調べてみ ると
江戸希 府 直樽 の天領 で畔,郡代 もしくは代官が行政 に当た ったD彼 らは勘定奉行 に属 し,旗本であ った.天保 九年備 中倉
故
にかけ る郡代 (代官 )は鳩山又蔵 で あb d 5.7 石 の石 福を持 っていた。(7)
これ よbわかるように,郡代 ・代官で6 5̲7石 ほどの石 高 を持 ってい たようだO これに対 し,庭瀬 帯 の場合比 役科 か らみ てい くと
,
F寧保8努卯 年 .宝暦1 1年辛巳四月の勘定帳 j(
8) F板倉家家 持帳J(9)より,表5‑ 2‑ 2となるo元献 1 6年 字保 8年 宝膳 11年 勘定奉行 役料簡 50石
郡 奉 行 役科 高5 0石 役科高右五 ヶ年之内弐分引5 0石 役六 ヶ年之 内拾五俵 二相定 申候科 5 0俵 之所‑
衷 5‑ 2‑ 2 庭瀬帯,地方役人 の役科葬
そ して・役高 を藩役人 の名 にそえてみてい くと
,r
榎倉家家持帳 」( 9 ) r
庭醸せ之御領主 務元醸年 中御拝地之節庭瀬町 日代苛上等 」(躍 よ b・表5‑ 2‑5が考 えられ るo寺社町奉行 城 戸 平 兵 術 50人扶持 元醸 12巳卯5月 5年 勘定 奉 行 海 野 太 左衝門 1 00石 貞草 5丙寅 8月 18年 郡 奉 行 岩 月 武右衛 門 1 00石 寛文 7丁未2月 5 7年 田中佐 次右御 門 1 0 0石 天和5契.亥 7月 2 0年 大河 内九左衝門 50石 文久2‑元 治
上 原 荘右術門 12石 同上
1
西 田 吉 助 70石2人扶持 〝
‑ 104‑
田 中 甚 三 郎 50倭 文 久2‑元治 宮 田 発 80石2人扶持 同上 郡 代 海 野 太左衛 門 元醸 12
城戸三郎右衛 門 15人扶持 宝永2 25年 典 田 平左衛 門 20人扶持 宝永5 22年
代 官 井 口 甚右衛門高 橋 佐 衛 門万 年 長 十 郎本 多 銀右御 門 50俵 元蘇 12元i陳 4‑〟′′巳卯10月 5年 竹 中 治右衛門 58俵 〝 4月 〝
本 多 作左術 門 50億 // //
守屋裾 五右衛 門 嘉永〜安政
鬼 紋 章右衛 門 ′′
表5‑ 2‑ 5 庭瀬藩 の地方役人衣
表5‑ 2‑5か ら,地方支配 のための帯役人 は,寺社 町奉行 1人,勘定奉行1人,郡轟行 2人 代 官5人が置 かれていた ことがわかるo
〔村役人〕 ま
ず
,村役人 とは 「江戸時代に かけ る地方 に関 する民政 を行 をう公使 をいい,即 ち大 庄屋 .庄屋 ・組頭 ・百姓代の細称 にて身分 は百姓 を bo 榊役 人は其支配 町村 の治安 を囲 D,鹿=商兵 を勧め宵 を保 し貧を他み,貫租税 を取D
立 て′」、物成 の運 上 よ り其列,用悪水,姫 防,御地,井堀
,埴管等の=事に至 るまで之 を監博す」(10)とあらわ首れている ように,村 に隣す る民政 縛 る役人 の総 称 であ った。
次 に,村役人それぞれについて考 察 してい くO
(大 庄屋 )
「大庄屋 は庄屋 の上 に位 し,配下の庄屋 の正 邪 村方の利害,一輝一郡 の事体 に も 心 を用 h 代官 ・奉行 ・目附 へその意見 を申出づる 恥を得,晶
によっては代官の非連 を監僻す る程 e3: 権力の あった もの もある.地乱 儲主 よb帯刀 を評 言れ常字 を祢せ しヌ 士分 の格 を もった もの もあ っ た」(ll)とあ らわされ る粗 大庄屋 は, 百姓の身分 で あ bなが ら・苗字 .帯刀 を許 され る昔 もあ b・その確力払 かな り大 きな ものであるOそれは
,r
御債 分緒 〆井 倹約制定順J
(3)の 「帯刀御 免之庄屋 とも格別之儀 を以苗字 ・帯刀御免禎仰付候云 々‑・・」で も明 らかである。 また, 次 の資料 に 上り,大 庄屋 は帯 の任命 に よbかかれていた ら しい とともわかるD「御領分之内是まで大庄屋致無之償処 此度御上t 御趣意を以 都字'加 協都之 内弐人,′」、田郡之内弐人 都合四人大庄毘零線仰付候 右大庄屋敷禎仰付債 儀云 々・‑ 」(12)
(庄屋 )
「庄屋 吐支配す る村落 内の公務 を馳 する ものに して, すべて其村落 の長 た Do村 内̲705‑
の威望 あ り由緒 あるものを禰 したれ ども.土地 の恨例 に よb世襲せるもの あ りO ‑代限 りなる もの あ
9 0 度巣 を もって推挙す るものあ 9て必ず しも一様 75らざ bきo然れ ど も多 くは古来 よb其村 に住み 来たる草創 の功 ある者
累
世伝越せ しかは・其村 の百姓 は家人蚊牌 の如 き関係を有 し‑‑
」(ll)とあ るよう, 庄屋はそれぞれ村落 の長 と して, 年貢徴集, 戸頼申渡, 観AS, 布告 の伝毒等の民政 に在 って いた ようで ある。 との ことは, また後 に あげ る焚科 r備中国加 陽郡川入村五人組改帳」(13)に よっても明 らか である。
そ して, この ような, か
な
りの力 を持 った庄屋 の中には,横道 な態度 にて るもの もあった よ うで あ るOそれは次 の教科 に より推測 で きるO「郡代 .代官 ・奉行 ・目附は常 に村方の治 り方,私 曲の有無等 に注意 し, もし庄屋 に不正 の事あれば之 を札明 して進退処分す るを怠 らざ りき」(ll)
「庄屋 之事物 百姓いやが り候 ‑パ郡孝行 ・代官見はか らい指替可 申付候,大高作b 候昔 を庄屋 と仕る聞候,,J\作之者にて も正 路成 る もの を見立 庄屋 に可 申付
串
」(14) また,以上の姿科 より,庄屋は郡奉行 ・代官等 にその地位 をゆだねてV}た ようである. そ して, そ れ壮次の ようなことで もわかる.「村 々庄屋役被仰竹俣御御礼 之俵,郡奉行江育代銀宅匁宛,御代官江銀 八分宛差出 之御礼可 申上候 ・‑ 」(15)
それでは,庄屋 の給米 はいかほ どであったろ うか。 庄屋 の給米は村 高に よって異 な っていた らしい が, だいたい表5‑ 2‑ 4で示 され る様で あった と思 われる。
村 高 給 米
1 0 0‑ 1 5 0石 2俵 2 0 0.‑ 5 0 0石 4億 4 00‑ 6 006 5俵 7 0 0.‑ 1 0 0 0石 8俵
表5‑ 2‑ 4 庄屋 の給米襲 (ll)
これ らは,年貢 と差引 にせず別 段平等に取立 る村年貢 の内 よb渡 されていた ようである。
次に参考 までに,庄屋役に携 わ った入違 の名 をあげてみ る。 が, 資料が少 をいため不充分 を ところ もある。
‑108‑
村 名 役 名 名 前 在 職 年 中 田 村 日 代 金 右 衛 門 天保 9剛 欝)
庄 屋 野 崎 秀 大 坪 文久元
中田村 之内 年日 代′〟′寄 又 左 術 門 元疎 12
庭瀬町 七 右 術 門 〝 慶長5
脇 本 栄
三
元 帖 屋 彦 四 郎 明治〟 5 三 田 村 庄′′屋 如 改 孫 四 郎八 藤 太 元轟永〜安政禄 12
延 友 村 庄庄 屋屋 耗赴雑 波汲波 ′′平 L平
仙
息 五 却t
甥 郎ig郎赦 男政元敢 年 中正徳宝暦 中′′〝 忠右衝 門 天保9
p 忠 次 曲 安政 中
〝 思 克 郎 // (洩尾領 )
" 忠右爾 Pt7 文久元
平野村束分 庄′/′ノ〟′′屋 祐左帝 門 ̲ 元敵 中
此右術門 元醸 12(桝 ㈲ 搬左禰 門 正一徳中
字左alrTq 宝暦 中 太 田 徳 讃 安改 中
平野村仲分 庄/′′〟′巌 長 三 郎 元藤 12 戚 嘩 七 天保9
太 田 助 内
森 安 輿左備門 文久元〟
蘭
花 尻 村 庄〟〟′′′′〟′〟′〟′′′′屋 藩 十 畑 元殻 中 太 田 肋 内 元静 12〟 正徳 中
太 田 賛 助 寛政 中
太 田 助 内 松太 田田 盲 十 郎要 次 郎
森 安 脚
門
太太 田田 ′′要 次 郎助 内 妥政 中文久元天保元治元鹿応 5〟′′9