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江西省九江青陽腔「白兎記」

第3節  ヴィレッジの取り組み

1990年に始まったとされるヴィレッジISA(以下、ヴィレッジと略す)は、文字通り「村」のよう に精神障害当事者が共同で生活し、活動しながら社会復帰と自立をめざす場であり、ここでは専門の スタッフのサポートのもと様々な活動が展開されている。それはまた、学習文化活動という点でも注 目されるものであり、とりわけコミュニケーションの力を形成していく上でも有効であるといわれて いる。ここ数年、精神保健福祉の分野において「リカバリー」が重要なキーワードとして意識される ようになってきているが、その先駆的な取り組みはヴィレッジから始まったとされ、全米でも影響力 を拡大してきているといわれている。また、最近では、ピアサポート活動も活発に行われるように なっており、調査ではそうした活動の様子なども見学した。

なお、以下の知見については、主として調査でのスタッフからの話と入手した資料にもとづいてい る。

(1)調査の概要

2011年12月に米国のカリフォルニア州ロングビーチ市(人口約49万人)にある、ロサンゼルス郡 精神保健協会(MentalHealth AmericaofLosAngeles、略称 MHA)が運営するヴィレッジを訪 ね、そこでの取り組みおよびロサンゼルス市での精神の保健福祉施策と精神障害当事者の活動につい て、聞き取り調査と施設・機関等の視察を行った。調査では、以下のように、ヴィレッジの概要と取 り組みの特徴等について担当スタッフおよび医師などからの説明を受けた。さらに実際にヴィレッジ の精神障害当事者から生活の様子などについて話を聞くとともに、アウトリーチサービスやピアサ ポート活動の様子も見学した。

①ヴィレッジの運営のコーディネーターである J.Ruiz から、ヴィレッジの組織や運営、取り組みに ついて概略的な説明を受けた。続いて担当の医師である M.Ragain から精神障害をもつ人のリカバ リー(回復と社会的自立)を支える精神科医療の役割について、特に3つの重要な視点が提示された。

また、ビレッジで就労支援を担当している B.Ramos からは、具体的な支援の取り組みが紹介される とともに、PersonalServiceCoordinator(以下、PSC と略す)についての説明があった。

②施設見学をした後に、3人のメンバーからそれぞれのリカバリーの経験が語られ、あわせてヴィ レッジで毎年恒例のメンバーを表彰するセレモニーの様子をビデオで視聴した。その内容からビレッ ジの役割が確認された。また、ロサンゼルス郡精神保健協会会長の D.Pilon から、ヴィレッジのもつ 役割とその成果について詳しい説明を受け、そこでとりわけ記録をデータとして把握することの重要 性が強調された。

③ G.Barbagallo からは、ヴィレッジのスタッフである PSC の役割として希望、エンパワー、自己責 任、意味のある役割意識をメンバーに提供することの重要性が語られた。それをふまえ、PSC であ る S.Annis と A.Dison から、メンバーが地域で生活していくためにどのような支援を行っているか について詳しい説明がなされ、その際、地域の中で自分の居場所を見つけることがリカバリーの目標 であることが力説された。その後、PSC の実際の活動に同行し、グループホームやアパート等で暮 らしている当事者への支援の様子を見るとともに、メンバーへのインタビューも行った。

④毎週ヴィレッジで行われるミーティングを見学した。ヴィレッジのメンバーとスタッフだけでな く、近隣の地域住民も参加しての、和気あいあいあとした雰囲気の中で多くの意見が出されていた。

そこでは、日頃の生活の様子や楽しかったことなどが披露され、笑いが絶えず、大いに盛り上がって いた。その後ミーティングの意味や役割についてスタッフから説明があり、取り組みの重要性が確認 された。

⑤ロサンゼルス郡精神保健協会が運営するウエルネスセンターを訪れ、J.Travers や他のスタッフか ら具体的な取り組みについて説明を受けた。あわせて、ロサンゼルス市にある自治活動組織プロジェ クトリターンピアサポートネットワークを訪ね、施設の見学および当事者活動とその支援の具体的な 取り組みなどについての話を聞くことができた。

(2)米国での脱施設化の流れとロサンゼルス郡精神保健協会

世界的に見ると、精神科病院から精神障害当事者を退院させる動きは、イタリアを先駆として特に 1970年代以降広がりを見せる。すなわち、イタリアではトリエステから始まった脱施設化の動きに 呼応する形で1978年に法律180号が成立し、それ以降精神科への新入院患者数は急速に減少し、法律 が施行されて6年余で全体の入院患者数も半減した。それに対応して、法成立後から徐々に地域での アウトリーチサービスとコミュニティケアの体制を整備し、デイケアの取り組みなどを拡充すること により、総合病院の病床に適度な回転ドア現象、つまり入院しても短期で退院していく状況がつくり 出されるようになったといわれている。こうした動きは北欧でも見られ、例えばスウェーデンでは重 度の患者を収容する精神科病院を残しながら、徐々に精神障害者センターのような地域支援サービス の取り組みに移行していったのである。13)

こうした流れの中で、米国でも脱施設化の取り組みが行われてくるわけあるが、イタリアや北欧な どと異なるのはその後の対応である。これらの国々とは対照的に、米国では州立精神病院を中心に急 激に進行した脱施設化にともない多くの精神障害をもつ人を退院させたが、地域移行の受け皿となる 地域支援サービスが整備されないために、結果的に多くの人がホームレスにならざるをえなかったの

である。しかも、その一方で泥沼化したベトナム戦争などを背景に社会的価値の混乱も生じ、薬物の 乱用やアルコール依存などが社会的な問題となる中で、地域レベルでの精神障害当事者の支援が精神 医療と福祉の両面から課題として意識されてくるのである。

ロサンゼルス郡精神保健協会(以下、MHA と略す)のあるカリフォルニア州でも、1960年代から 始まる脱施設化の進行により、州立病院ではそれまであった1500の病床が300病床に急減する。その 結果、多くの精神障害をもつ人が半ば追い出されるような形で退院することになったが、退院後の生 活の場を確保できなかった人々はホームレスにならざるをえなくなり、ロサンゼルス市などの都市部 を中心にホームレスが急速に増加することで社会問題化していく。

こうした中で、従来の主流であった個人セラピーやグループセラピー、薬による緊急時対応治療な どのあり方に対して、関係者からその有効性も含めて多くの疑問や批判が出され、主に統合失調症の 当事者やその家族などが中心となって関係機関の専門家の協力を得ながら州政府に精神保健福祉施策 の充実を働きかける。これに対応する形で、州政府が実態調査にもとづく新たな精神保健福祉制度と サービスの拡充の方針を打ち出し、補助金助成の事業の公募を行った結果、MHA によるヴィレッジ のプログラムが採択されることになるのである。

MHA は、1924年に創設された民間非営利団体であり、ロサンゼルス郡の中でも最も古い NPO の 一つに数えられる。当初、精神疾患の子どものためのクリニックを運営する機関として州からの助成 をもとに設立されたが、その後、とりわけ脱施設化の流れの中で大きな役割を果たすようになり、コ ミュニティを基盤とした地域支援プログラムを推進してきている。

同時に、精神障害をもつ人の権利擁護や社会的な啓発活動なども展開しながら、当事者によるセル フヘルプ活動の重要性に着目する。1980年には、セルフヘルププログラムである ProjectReturnthe NextStep(PRTNS)の取り組みを始め、後述するようにそれがその後当事者運営による Project ReturnPeerSupportNetwork(PRPSN)へと発展していくのである。

こうした取り組みを通して、MHA のめざすものは、精神障害をもつ人の「リカバリー」

(Recovery)であり、彼らがコミュニティの一員として認められ、そこで自立的生活ができるよう支 援していくことである。それともに、社会の中にある精神障害へのまなざし、そして何より精神障害 に関する法制度などに内在している障害観とそれにそって提供される専門的な医療・福祉サービスの あり方を転換していくことである。そしてそうした活動を具体的に担う組織としてヴィレッジが位置 づけられるのである。

(3)ヴィレッジの設立と支援プログラムの展開

ヴィレッジのある建物は、ロングビーチ市の ElmAvenue に面しており、地下1階地上3階建て のビルで、もともと電話会社であった所を MHA が買い上げ整備したものである。地下1階にはホー ムレス支援センター、1階には雇用就労プログラムの一環として運営されているカフェと売店があ り、そこでは精神障害当事者が働いている。カフェの一角にはクッキー工房があり、作られたクッ キーは売店で販売されている。カフェでは、朝食とランチなどが提供されるとともに、定期的にミー

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