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江西省九江青陽腔「白兎記」

第4節  リカバリーにむけての取り組み

先に述べたように、MHA のめざすものは、精神障害をもつ人のリカバリーであり、それは精神障 害をもつ人が地域の一員として認められ、そこで自立的生活ができるよう支援していくことである。

このようにリカバリーは、今日の米国の精神保健福祉の分野において重要なキーワードとなってきて いるのである。

(1)リカバリーとは何か

リカバリー(Recovery)とは、南山浩二の整理によると、精神障害をもつ当事者の手記の公開を 機に1980年代あたりから米国で普及した考え方であり、それは、「結果ではなくプロセスを示す」も

のである。その際のポイントは、精神疾患の症状や障害ではなく、その人の「人生の新しい意味と目 的」の創造であるという。その意味でリカバリーは、「ここ10年あまりに生じたメンタルヘルス領域 におけるパラダイム転換を象徴する概念」17)であるという。また精神科医の伊藤順一郎は、リカバ リーは「外部観察的に定義されるものではなく、当事者自らの体験として形作られ、自覚され、実感 として語られる回復や改善」18)であり、それゆえそれに寄り添う精神医療は「『病識のない』(自分 が病気だとわかっていない)患者さんに代わって彼らの生活を管理する医療から、彼らが自分の希望 を明確にし、自分の人生をとりもどすことを支援する精神医療へと、変化を迫られた」19)と述べて いる。

ヴィレッジを含め MHA の活動とサービス全体を貫く基本的な理念がこのリカバリーであること は、MHA とヴィレッジの指導原則(GuidingPrinciples)に「私たちは以下のことを信じてい る・・・」として、次のような項目が掲げられているところからもうかがうことができる。すなわち、

「希望がリカバリーを可能にすること、その人の人間全体に目をむけるということはその人の長所と 短所、能力と障害(バリア)、心の傷(Wounds)と才能が含まれるということ、リカバリーの過程 とは個人が各自の人生の目標を追求することを支援する共同の旅だということ、リカバリーの実習は コミュニティの中で行われること、人は皆、家(Home)と呼べる場所を得る機会が保障されるべき であるということ、雇用そして教育は人々が彼らの疾患を超えて生活を築き上げるための強力な手段 であるということ」などである。

それでは、リカバリーとは具体的に何を意味するのか。ヴィレッジ担当の精神科医である M.

Ragains の著作の序文の中で R.P. リーバーマンは、次のように述べている。「リカバリーとは、家族、

友人と一緒に時間を過ごし、仕事をし、楽しんだり、悲しんだり、普通の気持ちをいろいろ体験しな がら生活することです。また、薬をのみ、ストレスに対処する具体的方法を学ぶことによって、症状 にコントロールされるのではなく、症状をコントロールするようになることです。」20)

Ragains は、こうした精神障害をもつ人のリカバリーを支える精神科医療と支援のあり方の基本的 視点として、従来の病気中心のアプローチ(IllnessCentered)から、人間中心のアプローチ(Person Centered)への転換の必要性とその重要性を強調する。すなわち、「リカバリーを得るために、病気 中心の考え方から人間中心の考え方に変えるのが重要な理由は、病気が回復するのではなく、人が回 復するからです。病気が治り、沈静化し、安定化したとしてもリカバリーはありません。病気を患う 人は、病気によって支障をきたした自分の生活を立て直す時に回復するのです」21)と。この考え方 を象徴的に示したのが次の図である。

つまり、問題の中心はあくまでも人であり、決して病気ではないということ、それをリカバリーに むけた支援やサービスのあり方の課題として、彼は次のように主張する。「私たちのサービスの目標 は、病気を治療することではなく、重度の精神障害をもつ人たちがよりよい人生を歩めるよう手助け をすることなのです。(中略)症状の軽減といった効果にもとづく病気に焦点を当てるのではなく、

法的な問題や薬の乱用、入院やホームレスになることを回避しながら、住宅、就職、教育、金銭、医 療、社会的生活や家族関係が改善するといった生活の質(QOL)の成果に重点を置くのです。(中略)

全体を貫く目標は、その人のゴールを達成する支援を行うことです。それは、希望を抱き、自分自身 を力づけ、責任や人生で意義ある役割を担うというプロセスを通して支援していくということで す」22)と。

(出典:M.Ragains; Person Centerde vs. illness Centered)

(2)リカバリーを阻む4つの障壁

もちろん彼は、治療そのものを否定しているわけではなく、病気の治療が終わるまでリカバリー サービスを行わないということを問題にしているのである。それゆえ、「リカバリーを推進するツー ルとして治療とリハビリを意図的に活用する」ことを強調するとともに、リカバリーを促進させてい く上での障壁として4つの壁(Walls)を指摘している。それが、①医療モデルの壁、②専門家の壁、

③建物の壁、④私たちの中にしばしば隠れている恥辱と偏見、である。23)

①とは、先に述べた病気中心のアプローチをさし、そこでの問題を彼はあるメンバーの話として次 のように紹介している。「私の精神科医は、私の声や被害妄想、睡眠や副作用については聞くけれど、

私自身について聞いてくれたことがない」と。それゆえ彼は言う。「リカバリーを推進しようとする なら、病気と向き合うのではなく、まさに人と向き合うべきなのです。患者と信頼関係を築くため、

医療モデルを打破しなければなりません。」24)

彼は、そのことについてある象徴的なエピソードを語ってくれた。統合失調症のある男性が、彼の ところに来て手を掲げ手のひらを見せて「何が見える?」と質問した。彼が「それはあなたの手だね」

と答えると、その男性は「もっとちゃんと見てください」と要求するので、彼は「指紋や指が曲がる ところにある折り目、生命線や愛情線が見えるよ」と言った。そうするとその男性は、掲げた手の甲 に別の手の指を持っていって「あなたが私の爪や関節やうぶ毛が見えるようになったら、その時こそ 先生は私を助けることができるようになります。なぜなら、あなたは私の手を私の側から見ることに なからです」と言ったということである。

それと関わって②について、彼は従来の医者と患者の関係が「医師は医学的に必要な事柄を効果的 に行うため、感情を遮断」し、患者の病気をケアすることで患者を安心させるために、医者と患者と の境界を堅持しながら、患者をコントロールすることが重要な前提となっていることを痛烈に批判し て次のように述べている。「人々が受身、無力、無責任、自分で自分を世話できないような慢性疾患 の患者でなくなるためには、私たちがアクティブで何でも答えを知っている、責任感のある、お世話 するという慢性精神疾患の専門家でなくなる必要があります。」25)そして患者と信頼する同僚として 接しながら共に活動し、経験を分かち合うことの重要性を自らの経験の中から導き出しているのであ る。

また、③建物の壁とは、リカバリーを支援するためには、医者が病院や医療センターなどの建物に 中にいるのではなく、地域に出かけていく。すなわちアウトリーチ活動が重要であるということを意 味している。そして④については、日常の何気ない言動に隠されている精神障害に対する偏見や差別 意識を対象化しながら、それを是正していくことが不可欠であり、それはスタッフがリカバリーにむ けて苦闘している当事者に敬意を払うことができるかどうかにかかっているという。そのことは、

ヴィレッジのメンバーが利用している病院の精神科医長が、「どこもうまくいっていない時にヴィ レッジがこんなにたいへんな人たちを抱えながら成功できたのは、君たちスタッフが患者全員に特別 な敬意を払っているからだと思う」26)と言ったということからもうかがうことができるだろう。

(3)リカバリーへのプロセス

Ragains によると、リカバリーには4つの段階があるという。それが、希望、エンパワメント、自 己責任、生活の中での有意義な役割の獲得という段階であり、それは同時に、「尊厳と希望の回復、

利用者が設定した目標にむけ地域生活を具体化していくプロセス」27)を示しているといわれている。

つまり、前述のように病状のコントロールが優先される病気中心のアプローチではなく、人間中心の アプローチにおいては、あくまでもその焦点は尊厳と希望、人生と生活の回復に向けられる。そのた め、当事者への支援において重要視されているのが、スタッフと当事者との対等な関係であり、そし て当事者の自己決定の尊重である。その前提にもとづいて、以下それぞれの段階について見ていきた い。

希望

リカバリーの第一の段階は、「希望」を持ち、将来への明確なイメージを持つことであるという。

これは、いうまでもなく人間が生きる上での基本となるものあるが、それが従来の精神科医療ではな されてこなかったことが大きな問題であると Ragains は指摘し、あらためて次のように力説する。

「多くの人にとって必要なのは、何によらず、自分には困難なことを始めようとする前に、その目標 の具体的なイメージを描くことです。」28)そしてこのことが、精神障害をもつ人にも当然必要である がゆえに、スタッフにはそうした希望を当事者自身が持てるような支援が求められるわけであるが、

その際のポイントは何か。Ragain は言う。すなわち、「希望を持つスタッフが希望を持つメンバーを 作り出すのです」29)と。

これは何を意味しているのか。先の病気中心のアプローチにおいては、治療対象としての精神障害 をもつ人の「否定的側面」にのみ焦点を当ててしまうため、希望のないパターン化した見方になっ てしまう場合が多いことについて、Ragains は次のように指摘する。「精神保健の専門家はおしなべ て、重い精神の病を持つ人に対しては希望を持っていません。その理由は、私たちが集中的に関わる のは、それらの人びとがもっとも状態の悪い時だからです。」30)それゆえ、彼は言う。「私たちが精 神保健の専門家として、人びとが将来のビジョンを持つように助ける時、知る必要があるのはその人 の診断名ではなく、人間なのです。病気の徴候の特色や、症状についての客観的なアセスメントから は、本人が将来を想像できる具体的なイメージは生まれてきません」31)

エンパワメント

上述のように精神当事者自らが設定した目標である希望を実現していくには、当事者自身の内的な 力の喚起が求められる。それを可能とする励ましや鼓舞がエンパワメントであるが、それは「意図的 なお膳立てをしたなかでの成功や、意味もない過剰なほめ方」32)ではないとして、Ragains は、そ れを野球に例えて「本人がバットを握ってチャンスボールを打てるように機会を与えること」と表現 している。

エンパワメントの鍵概念には、情報へのアクセス、選択能力、自己主張、自尊心が含まれていると

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