第 5 章 計算結果・考察 29
5.2 レーザー逆コンプトン法による核変換
5.2.3 レーザー逆コンプトン法による核変換の対象となる核種
レーザー逆コンプトン法を用いた(γ, n)による核変換は、核分裂生成物のうち熱中性子捕獲断 面積が小さい核種全般に対して有効であると考えられる。これには2つの理由がある。ひとつは、
核分裂生成物は主に中重核であるが、中重核において巨大双極子共鳴が励起するエネルギー範囲 と(γ, n)を起こすB(n) ≤ Eγ ≤B(2n)のエネルギー範囲が重なるためである。2つ目は、核変 換の過程で原子核の性質によるのは、(5.2.1)式より巨大共鳴とattenuation factor及び標的核の B(xn)であるが、巨大共鳴は個々の原子核の殻構造に依らず、attenuation factorも中重核ではA やZの変化に対しほとんど変わらない。また、[B(n), B(2n)]は殻構造を反映するが、これも原子 核に依って大きく変化しない。これらの理由から、中重核全般でレーザー逆コンプトン法による 核変換が有効だと考えられる。
このことを(5.2.1)式による計算結果から確かめる。表(5.2)に、代表的な核分裂生成物に対する 中性子の束縛エネルギー、巨大共鳴のエネルギー・全断面積を示す。また、これらの原子核AXに 対し、レーザー逆コンプトン法によって1秒間核変換した場合に生成される同位体A−1Xの個数 の計算結果を表す。ただし核変換に用いるフォトンのエネルギーをB(n)≤Eγ ≤B(2n)とし、は じめにあった原子核の個数を1.0×1022個とした。
核種(AX) [B(n),B(2n)](MeV) EGDR(MeV) σtotGDR(b) N(A−1X)(/s)
129I [8.83,15.7] 15.3 2.25 6.25×109
99Tc [8.97,16.2] 16.3 1.75 3.93×109
137Cs [8.3,15.1] 15.1 2.37 6.72×109
90Sr [7.8,14.2] 16.7 1.58 1.96×109
126Sn [8.19,13.93] 15.4 2.17 2.07×109
表5.2: 核変換によって生成する同位体の個数(/s)
表(5.2)より、レーザー逆コンプトン法による核変換は、中重核で個々の原子核に依って結果に
大きな差がないことが確かめられる。したがって、レーザー逆コンプトン法による核変換は核分 裂生成物に対して有効であると言える。
この中で本論文で研究対象としているのは、137Csや126Snのように原子核(Z,N)をその同位体
(Z,N-2)を生成しないように核変換したい場合である。
137Csは発熱量が大きいため核変換の対象となりうるが、135Csが長寿命であるため、できるだけ
136Csのみに核変換するのが望ましい。また、126Snに対しても同様なことが言える(126Sn,125Sn,124Sn
36 第5章 計算結果・考察 の半減期はそれぞれ、2.3×105年、9.64日、1.2×1021年である)。次節では137Csの核変換につ いて述べるが、上で議論したように、質量数が同程度の核ではレーザー逆コンプトン散乱による 核変換は同じような結果を与えるため、126Snについても以下に考察することが同様に成り立つと 期待される。
5.2.4 137Csの核変換
137Csのレーザー逆コンプトン法による核変換について考える。核変換により生じる同位体とし て表(5.3)のものを考える。
137Cs 136Cs 135Cs 134Cs 半減期 30.08y 13.04d 2.3×106y 2.0652y
表5.3: 考慮する同位体及びその半減期
137Csを5.1節のようなセットアップで核変換したときの時間変化は、以下のようになる。この とき標的核に照射するγ線のエネルギーはEγ = [B(n), B(2n)] = [8.28,15.1](MeV)、フラックス はNγ = 2.0×1012/sとする。また、137Csのターゲットはその質量が1gになるように、厚さを 51.7g/cm2とした。
1e-15 1e-10 1e-05 1 100000 1e+10 1e+15 1e+20 1e+25
0 2000 4000 6000 8000 10000
number of radioactives
irradiation time(s)
137Cs(30.08y)
136Cs(13.04d)
135Cs(2.3E+6y)
134Cs(2.07y)
図5.8: 137Csの核変換。赤線は137Cs、緑線は136Cs、青線は135Cs、紫線は134Csの個数を表す。
5.2. レーザー逆コンプトン法による核変換 37
137Csは1gで約4.4×1021個存在する。この数の137Csが半減期約30年で自然崩壊によって 崩壊する個数は、3.2×1012/s程度である。図(5.8)から、137Cs(γ, n)136Csによって核変換する
137Csの数は1.2×1010/s程度なので、このとき核変換による137Csの減少は有意ではない。
核変換によって137Csをより減少させるためには、(5.2.1)式よりattenuation factoraと入射レー ザーフォトンのフラックスNγを変化させることが考えられる。
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25 0.3 0.35 0.4 0.45 0.5
0 5 10 15 20
attenuation factor
Eγ(MeV)
137Cs
図5.9: 137Csのattenuation factorのEγ依存性
109 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018
1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 n(136Cs)
Nγ(/s)
137Cs(γ,n)136Cs
図5.10: 入射レーザーフォトンのフラックスの関
数としての1秒あたりの136Csの生成数
まずattenuation factorについて考える。137Csのattenuation factorは、(5.2.3)式より、図(5.9) のように表される。図(5.9)より、Eγ = [B(n), B(2n)] = [8.28,15.1](MeV)ではa ∼ 0.4である ことがわかる。式(5.2.1)より核変換される数はaに比例する。よってa≤1より、仮にaが2倍 になって1に近づいたとしても、核変換される数はaと同様に2倍しか増加しない。したがって
attenuation factorの増加による核変換への影響はそれほど大きくないと考えられる。
次に、入射レーザーフォトンのフラックスについて考える。図(5.10)に、1秒間あたりに137Cs(γ, n)136Cs により生じる136Csの、入射レーザーフォトンのフラックスに対する分布を示す。図(5.10)より、
入射レーザーフォトンのフラックスと核変換で生じる個数は比例することが確かめられる。
仮に入射レーザーフォトンのフラックスを1.0×1018/sに増やすことができたとすると、γ+137Cs の核変換を行ったときの時間変化は図(5.11)のようになる。入射レーザーフォトンのフラックス が1.0×1018/sでは、図(5.10)より核変換によって減少する137Csの数は6.0×1015/s程度であ る。このとき、図(5.11)より核変換によって137Csが有意に減少することがわかる。
さらに、フラックスが1.0×1018/sのレーザーフォトンを137Csに1週間照射し続けた場合と、核 変換せずに自然崩壊した場合のグラフを図(5.12)に示す。図(5.12)から、核変換によって137Cs が1週間の照射で半数以上減少していることがわかり、核変換の効果が有意に表れている。
38 第5章 計算結果・考察
10000 1e+06 1e+08 1e+10 1e+12 1e+14 1e+16 1e+18 1e+20 1e+22
0 2000 4000 6000 8000 10000
number of radioactives
irradiation time(s)
137Cs
136Cs
135Cs
134Cs
図5.11: 137Csの核変換。赤線は137Cs、緑線は136Cs、青線は135Cs、紫線は134Csの個数を表す。
5e+20 1e+21 1.5e+21 2e+21 2.5e+21 3e+21 3.5e+21 4e+21 4.5e+21
1 10 100 1000 10000
number of 137 Cs
irradiation time(d)
7 days no transmutation
図5.12: γ線を1週間照射した場合(赤線)及び照射しない場合(緑線)の137Csの個数の時間変
化。横軸の範囲は137Csの半減期30年である。
5.3. 14MeV中性子による核変換との比較 39
5.3 14MeV 中性子による核変換との比較
レーザー逆コンプトン法による核変換以外に137Csから136Csに核変換する方法として、d(t, n)α 反応で生じる速い中性子(En=14MeV)を当てることで(n,2n)反応を起こし、核変換する方法が 考えられている[34]。14MeV中性子による核変換は、レーザー逆コンプトン散乱と似たような結 果を与える。また、d(t, n)α反応で生じる14MeV中性子のフラックスは1013/cm2/s程度の値が 実現されている [7]。
図(5.13)にTALYSによるn+137Csの反応断面積を示す。このとき、ターゲットの断面積を1cm2 とし、ターゲットの質量が1gになるように厚さを1g/cm2とした。
0.001 0.01 0.1 1 10 100 1000 10000
0 5 10 15 20
σ(mb)
En(MeV)
138Cs 137Cs 136Cs 135Cs
図5.13: TALYSによるn+137Csの反応断面積。
赤線は137Cs(n, γ)138Cs,緑線は137Cs(n, n′)137Cs ,青線は137Cs(n,2n)136Cs,紫線は137Cs(n,3n)
134Csの断面積を表す。
1e-15 1e-10 1e-05 1 100000 1e+10 1e+15 1e+20 1e+25
0 2000 4000 6000 8000 10000
number of radioactives
irradiation time(s) 137Cs 136Cs 135Cs 134Cs
図5.15: 14MeV中性子による137Csの核変換。赤 線は137Cs、緑線は136Cs、青線は135Cs、紫線は
134Csの個数を表す。
B(n)≤En≤B(2n)のエネルギーの中性子に対する137Csの(n,2n)の反応断面積は、図(5.13) より1b程度である。一方、137Csの巨大共鳴の共鳴エネルギーでの断面積は300mb程度であるか ら、反応断面積は14MeV中性子のほうが大きい。
図(5.15)に、14MeV中性子による核変換を行ったときの時間変化を示す。この図より、1秒あた
りに14MeV中性子による核変換によって崩壊する137Csの個数は、7.5×1010/s程度である。フォ トンのフラックスが2.0×1012/sのとき、レーザー逆コンプトン法によって核変換される137Csの 個数は6.0×109/s程度なので、核変換される137Csの個数は14MeV中性子による核変換の方が 多い。しかし、自然崩壊する137Csが3.2×1012/sであることから、14MeV中性子による核変換 もまた有意ではない。
一方フォトンのフラックスが1.0×1013/sである場合、レーザー逆コンプトン法による核変換と
40 第5章 計算結果・考察
14MeV中性子による核変換の時間変化は図(5.16)のように表される。
1e-15 1e-10 1e-05 1 100000 1e+10 1e+15 1e+20 1e+25
0 2000 4000 6000 8000 10000
number of radioactives
irradiation time(s)
137Cs 136Cs 135Cs 134Cs 137Cs(γ+137Cs) 136Cs(γ+137Cs) 135Cs(γ+137Cs) 134Cs(γ+137Cs)
図5.16: 14MeV中性子による核変換とレーザー逆コンプトン法による核変換の比較。実線は14MeV
中性子、点線はレーザー逆コンプトン散乱による核変換を表す。また、赤線は137Cs、緑線は136Cs、 青線は135Cs、紫線は134Csの個数を表す。
図(5.16)から、フォトンに比べて14MeV中性子のほうが135Csの生成量が多いことがわかる。
このことから、135Csをできるだけ生成しないという点からみると、レーザー逆コンプトン法のほ うが有利であると考えられる。
41
第 6 章 まとめと今後の展望
高レベル放射性廃棄物に含まれる核分裂生成物を核変換する方法として、近年レーザー逆コン プトン法による核変換が有用であるということが指摘されている [6]。ここでレーザー逆コンプト ン法による核変換とは、数GeVの電子と数eVのレーザーフォトンを衝突させることで十数MeV のγ線を生成し、それを原子核に入射して(γ, n)の複合核反応を起こし、核変換する方法である。
しかし、これまでにレーザー逆コンプトン法による核変換の簡単な見積もりは行われてきたが[5]、 より定量的な議論はされていなかった。本論文では、Hauser-Feshbachの方法を用いて複合核反応 の断面積を計算し、より定量的にレーザー逆コンプトン法による核変換の有用性について議論し た。特に核変換の対象として、発熱量が大きい137Csを考え、このときできるだけ長寿命放射性 原子核である135Csに変換しないような核変換を行うことについて考察した。また、実際の複合 核反応の断面積の数値計算には、核理論計算コードTALYSを用いた。
計算の結果、複合核反応の断面積を求めるのに用いた光学ポテンシャルや準位密度のモデルの違 いによる結果への影響及び前平衡過程の寄与は、無視できる程度であることがわかった。さらに 核変換の計算結果より、原子核に入射するフォトンのフラックスが現在の実験で利用できるものと 同程度である2.0×1012/sでは、137Csの核変換による崩壊数は自然崩壊による崩壊数に比べて2 桁程度小さく、あまり有用ではないということがわかった。しかしフォトンのフラックスを1018/s 程度まで上げることができれば、有意に核変換の効果が得られることが明らかになった。
また、レーザー逆コンプトン法による核変換を、フラックスが1.0×1013/cm2/sの14MeVの速い中 性子による核変換と比較した。計算の結果、14MeV中性子による核変換による137Csの崩壊数は、
フォトンのフラックスが2.0×1012/sのときのレーザー逆コンプトン法による核変換より、1桁大 きい程度であった。一方、フォトンのフラックスが上がり、14MeV中性子と同じ1.0×1013/cm2/s となったとすると、14MeV中性子による核変換の方がレーザー逆コンプトン法による核変換に比 べ、135Csを多く生成してしまうということが明らかになった。これより、135Csをできるだけ生 成しないという点からみれば、14MeV中性子よりレーザー逆コンプトン法による核変換のほうが 有利であると言える。
以上の議論から、現在の1012/s程度のフォトンのフラックスでは、レーザー逆コンプトンによる 核変換はあまり有用ではなく、有意に核変換の効果が現れるためには1018/s程度のフォトンのフ ラックスが必要であることが明らかになった。ただし、文献 [5]で議論されているように、レー ザー逆コンプトン法による核変換の他の利用法として、医療などで必要とされる特定の同位体の生 成が挙げられる。レーザー逆コンプトン法では熱中性子による核変換と異なり、(γ, n)反応によっ て特定の同位体のみを効率的に生成できる。例えば、医療で必要な放射性の例として99mTcがあ