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ドキュメント内 喋覇 (ページ 44-47)

図58502-503.504.505号掘立柱建物実測図(1/100)

あろう。出土遺物は図57:330~332で、土師器の坪が出土しているo8世紀末~9世紀初頭と考えら れる。

501号掘立柱建物杜(図56)

Ⅱ区の北西、500号掘立柱建物杜の4mほど西側で検出された。500号と主軸を揃えている。南側が 撹乱のため不明だが、500号と同じ3間×5間の建物であったと考えらえる。調査終了後に認定した。

柱間は1.8~2m、柱穴は径が55cm~80cm、柱痕は径約25cm、検出面からの深さは30cm~50cmで

101

1.(医病)病棟(軸)新営工耶に伴う発掘調査(9901調査地点)

ある。設営時期は500号と同じ頃と思われる。出土遺物は図57:333~339で、土師器の坪、蓋、蕊、

須恵器蕊などである。また、鉄製品の雛(図79:687)が1点出土している。

502号掘立柱建物辻(図58)

Ⅱ区の北側中央で、355号竪穴住居杜と500号掘立柱建物杜と重複して検出された。北半分が調査区 以北に延びるため全体は分からない。桁行3間以上、梁行3間の建物である。調査終了後に認定した。

主軸は南北方向をとり500号と向きを揃えている。柱間は桁行が約1.9m、梁行が約2.3mである。柱穴 は径が50~80cm、柱痕は15~20cm、深さは50~60cmである。355号住居杜を切っているが500号との

前後関係は判断し難い。出土遺物は図57:340~344である。土師器坪、須恵器坪と壷形のミニチュア 土器が出土している。340.341の2点の土師器の坪の底部には墨書がある。文字は判読不明である。

503号掘立柱建物杜(図58)

調査区の北側中央付近で検出した。調査終了後認定した。北側がさらに調査区外に延びるのかは不 明である。現状では桁行4間、梁行2間である。主軸は南北方向を向いており、上記の掘立柱建物と 方向を揃えている。柱間は桁行で1.9~2m、梁行で1.9m、柱穴は40~70cmである。出土遺物は図

57:345~346で、土師器坪と須恵器蓋である。8世紀後半の所産と考えられる。

504号掘立柱建物杜(図58)

調査区の北側中央付近、503号掘立柱建物杜と重複して検出された。調査終了後に認定した。北側 がさらに調査区外に延びるのか、また西側は何間となるかは不明である。現状では桁行5間、梁行l 間である。主軸はおおむね南北方向を向いているがやや東に振れており、上記の掘立柱建物とは方向 が微妙にずれる。柱間は桁行で1.7~2m、梁行で2.0m、柱穴は50~70cm、深さは45~70cmである。

505号掘立柱建物杜(図58)

調査区の北側中央付近、503号掘立柱建物杜の西側O.Smで検出された。調査終了後に認定した。桁 行き、梁行きともに調査区外に延びると考えられる。現状では桁行l間、梁行2間である。主軸は南 北方向を向いており、500号や501号などの掘立柱建物と方向を揃えている。柱間は桁行で2.1m、梁

行で1.9~2.5m、柱穴は60~75cm、深さは50~80cmである。

この他掘立柱建物となると思われるピットが4棟分あると認識している。

<溝>

本調査区では、古墳時代から近世に至るまでの大小さまざまな溝が検出された。溝は、調査区の南 側を東西に横断するものが多い。地形的に西側から東側に向かって流れている。調査区南側の溝が集 中する範囲は、水の作用の為であろう、マンガンと思われる鉱物の沈着が著しく、溝の形状がそのま まコーティングされた状態のものが多い。古墳時代・古代の溝はまとめて遺構番号に則して記述し、

最後に近世以降の溝について記述する。

1号溝

1号溝は、調査区の南側を北東一南西方向に貫く溝である。幅最大2m,最も深いところで1.2m である。I区で2号識、72号溝と交差し、交差する地点から西側では幅を1m前後にたもって南西か ら北東に向かって流れている。Ⅱ区では381号溝として掘削したが、同一の溝と判断したo8世紀前 半には埋没したと考えられる4号溝、それを切る379号との関係を整理すると、1号溝は9世紀前半 の設営と考えられる。出土遺物は図60:347~392,図61:393~417,図62:418~435,381号として

取り上げた図75:631~633,図78:654.655である。土師器の蓋、坪、皿、喪、鉢、甑、移動式竃、

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1号溝

I」I=12.90m

1撹乱

ワ』

166

一一

63 §、2 -イ12コ

717 肘:熱褐色土(llui-10YR2/3) 胴:黙褐色士(lliidOYK23) 筋:照褐色土(Huo1OYR2/:)) 脳:暗褐色粘土(lluelOYR3/3) 屑:暗褐色士(llueI0YR3/3) 脳:照褐色士(lluelOYR2/3) 融層:黒褐色士(HuelOYRZ2)

12層:暗褐色士(liuelOYR3Al) 13層8暗褐色土(lluelOYR3/4) 14層:黒褐色士(lluelOYR2/3) 15層:オリーブ黒粘土質(Ilue7.5YR3i 16層:黄褐色(HuelOTRS8)-明褐色伽.>7.5YR38)砂 ¥m:黒褐色粘土(Ilue2、5VR32) ISlrf:暗褐色士(lluelOYF.3/4)

14り】q》0弔一b6

一9一

22613深一一015a

胸一皿10l5b l5c 6

隈面の 7屑:暗褐色土 8層:隅褐色土 9層:照褐色土 10脳:鵬褐色土 11屑;鼎褐色士 (llui'l()YR3-1) (lluelOYR2/3) (HuelOYR2/3) (llui-10YR2/3) (llm'I0YR2,/3) 19層:柾砂(Ilue7.5YR6/8) -"層:暗褐色土(HuelOYR3/3) 21層:黒褐色士(HuelOYR2/3) 22層:褐色土(lluolOYR4/6) 23筋:暗褐色士(HuelOYR3/4)57号満

醗廊謙什圃覇副刈塗図(ミ呂・どち)

2号溝

LII=12.60m

uI=12.30m 1Vi:i:,-i褐色砂質土(HuelOYR3/4) 2廟:無褐色士(Iluu'7.5YR3/2) 3届:にぶい黄褐色砂髄士(HuelOYR4/3)

37号満

ul=二12.60m 2 (HuelOYR3/3) 1崎:黒褐色士(Ilm.7.5YR3/2) 2胸zオリーブ褐色土(Ilue2.5YR4/4) 3脳:褐色土(lluulOYIM/l) 4筋:略褐色士(Ilutw.5)YR3/4) 5廟z暗褐色士(lluolOYia/l) 6廟:暗褐色士(Hue7.5yR3/3)

2層:黒褐色混砂士(HuBl0yR2/3) 3厨:黒褐色土(llu(.'7.5YR3/2) 4層:暗褐色士(lIuulOYICi/-!) 5屑:暗褐色砂質士(Hu8l0yR3/4) 6府:暗褐色士(Iluiw.SYlCi3) 8届:牒褐色土(llue7.SYH3/2) 9脳9吋赤褐色士(llueoYR3/3) 10冊;黒褐色士(liuo7.5VR3/2) II層:蝋褐色砂質土(Ilue7.5YR3/2) vm:蹄褐色砂質士(lluelOYR3/2)

0t

2 一画-1 6

37号満

LⅡ=12.50m

72号溝

1層:蹄褐色士(HuelOYICi,:!) 2廟:照褐色士(HuolOVR2,3) 3届:黒褐色土(HuelOYK3) 4届:鼎褐色砂髄土(IIul-10YR2/3) 5廟:暗褐色砂質士(lKiul()YK3,'3) 6厨:暗褐色士(IIIK-10YR31) 7層:鼎褐色士(lliii-10Yli2/2) 8層:暗褐色士(llui-7.5YR3/1) 冒卦謹璽匡匿図s塞鰯

LH=12.30m I 23 4ノー68 1層:褐色土(Hia-10YRl/4) 2屑:暗褐色士(lluelOYR3/3) 3屑:暗褐色士(ilue7.5YR3/3

7 (ⅡuG7.5YR3/3)

01m Ii

1.(医病)摘棟(軸)新営工事に伴う発掘調査(9901調在地点)

L

=

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