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メタクリル酸メチル-メタクリル酸 t-ブチル二元共重合体の立 体規則性の定量解析

5-1 緒言

工業的に製造されている高分子材料の多くは,共重合体である。例えば,液晶やプ ラズマディスプレイの前面板や輝度向上用プリズムシート,プラスチック光ファイバ ーなどの光学材料として,透明性と耐熱性を兼ね備えたメタクリル酸エステル系共重 合体が広く用いられている。電気製品や自動車などの実装部材として,上述の共重合 体を用いるには,さらなる耐熱性が必要である。立体規則性は,高分子材料の耐熱性 の指標として,一般的に知られている。

高分子の立体規則性を解析するもっとも優れた方法はNMR分光法である。PMMA

1H NMRスペクトルが3連子立体規則性(イソタクチックmm,ヘテロタクチック

mr およびシンジオタクチック rr)によって分裂することは,1960 年に,Nishiokaら [1],Boveyら[2],Johnsenら[3]によってそれぞれ独立に発見された。以後,様々な単 独重合体の立体規則性が解析されている[4]。ところが,NMR 法による共重合体の立 体規則性の解析は,モノマー連鎖による共鳴信号の分裂が加わるため,単独重合体と 比較して格段に難しい。

第3章でMMA-TBMA共重合体の13C NMRスペクトルに多変量解析を適用し,共

重合体の組成や2連子モノマー連鎖分布を精度良く推定できることを述べた。本章で は,この方法を応用して,MMA-TBMA 二元共重合体の3 連子立体規則性の推定を 試みた。また,統計的二次元NMR法(stat-2D NMR)[5]を併用し,PCAやPLSRで得ら れるローディングの情報への詳細な意味付けも試みた。

5-2 モデル共重合体の合成 試薬

MMAおよびTBMA(三菱レイヨン)は,減圧蒸留により精製して用いた。2,2’-ア

ゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬工業)は,メタノール中での再結晶によ り精製して用いた。塩化メチレン(キシダ化学)は,モレキュラーシーブ4Aによる 脱水処理をして用いた。トルエン(関東化学)は,硫酸による脱硫と減圧蒸留で精製 して用いた。乳酸エチル,メタノール(キシダ化学),アセトン,n-ヘキサン,塩酸

(12 M),酢酸(関東化学),トルフルオロ酢酸(TFA)(東京化成工業),トリメチルシ リルジアゾメタン(TMSDM)(2.0 M ジエチルエーテル溶液)(アルドリッチ)は,い ずれも精製せずに用いた。

重合

モノマーに対して0.5 mol%のAIBNとモノマー混合物の20 wt%乳酸エチル溶液中,

窒素雰囲気下で,フリーラジカル重合を行った。重合温度は,−40,−20,0,40 °Cと

し,UV-LED(波長375 nm)を光重合の光源として用いた。重合開始から48時間後

(40 °C)あるいは60時間後(40 °C以外)に,反応溶液を大量のメタノール/水混

合溶液(1/9 vol/vol)中に素早く注ぎ,白色沈澱を得た。この沈殿物をろ取した後,

アセトンへ溶解して約5 wt%の溶液とした。沈殿物の再溶解-再沈澱操作を3回繰り 返した後,真空中,20 – 25 °Cにて乾燥して,PMMA,PTBMA,MMA-TBMA共重 合体を得た。各試料の収率は重量法で求めた。

共重合体のPMMAへの変換

TBMA単位のt-ブチル基の脱保護とメチルエステル化によって,共重合体をPMMA

へと変換した。典型的な操作を以下の通りである。共重合体(520 mg)を塩化メチレ ン(10 mL)へ溶解した後,TFA(2.3 mL)を加え,40 °C,1日間,攪拌しながら保 持した[6]。脱保護反応が進行するにしたがって,反応溶液が不均一化し,t-ブチル基 の脱保護が不十分となった。そのため,反応溶液をエバポレーターで濃縮した後,メ タノール(5.5 mL)を加えて残渣物を溶解し,続いて塩酸(12 M;2 mL)を加え,還 流状態で,1日間,攪拌しながら保持し,完全にt-ブチル基を脱保護した[7]。反応溶 液をエバポレーターで絶乾させた後,少量のメタノールを加え,残渣物を再溶解した。

この操作を3回繰り返すことで,酸分を除去した。

次に,メタノール(5 mL)を加えて残渣物を溶解した後,トルエン(20 mL),メチ ルエステル化試薬としてTMSDMのジエチルエーテル溶液(2.0 M;4 mL)の順に加 えた。反応溶液を,室温(20 – 25 °C)にて攪拌しながら保持し,12時間後に少量の 酢酸を加えて反応を停止した[8]。反応溶液をエバポレーターで濃縮した後,残渣物を アセトンに溶解して約5 wt%の溶液とし,大量のn-ヘキサンへ注ぎ,白色沈澱を得た。

この沈殿物をろ過,あるいは,遠心分離によって取得した後,再度アセトンに溶解し

て約5 wt%の溶液とした。沈殿物の再溶解-再沈澱操作を3回繰り返し,真空中,20

– 25 °Cにて乾燥して,共重合体のPMMA化試料を得た。

測定

試料の数平均分子量 Mnと分子量分布Mw/Mnは,第3章と同じ装置および条件で測 定した。本研究で用いた試料の仕込みモノマーおよび共重合組成,Mn,Mw/Mn,およ び,収率を表5-1に示す。また,共重合体をPMMAへ変換した試料のMn,Mw/Mn, および,1H NMRのα-メチル基から求めた3連子立体規則性の値を表5-2に示す。

第2章と同じ測定条件で得られた13C NMRスペクトルを日本電子製Alice2 ver.5 for metabolome ver.1.6を用いて,次に示す共鳴領域を0.01 ppm間隔でバケット積分した。

・ 15.5 – 22.5 ppm(α-メチル炭素)

・ 44.0 – 47.5 ppm(主鎖4級炭素)

・ 175.0 – 179.0 ppm(カルボニル炭素)

各共鳴領域での積分強度を 100 に規格化した後,これらの積分強度データを結合し,

Pattern Recognition Systems製Sirius ver.7.0を用いて,PCAおよびPLSRを実行した。

なお,Sirius ver.7.0でのデータ解析中に,各バケット範囲での積分強度の平均化およ び中心化が自動で行われる。

5-1 MMA-TBMA二元系の単独重合体および共重合体aの仕込みモノマーおよび共 重合組成,数平均分子量,分子量分布と収率

TBMA / mol%

Code Temp.

/ °C Feed Copolymer b Mnc (10-3) Mw/Mnc Yield / % T0-1

T0-2 T0-3 T0-4

40 0

−20

−40

0 0 0 0

0 0 0 0

5.7 9.9 10.5 22.9

2.41 1.97 2.45 2.65

93.8 86.3 68.4 59.4 T3-1

T3-2 T3-3 T3-4

40 0

−20

−40

30.0 30.0 30.0 30.0

31.3 32.3 33.9 34.9

9.6 12.1 14.1 15.6

2.41 2.03 2.37 2.55

83.0 88.9 63.3 37.5 T5-1

T5-2 T5-3 T5-4

40 0

−20

−40

50.0 50.0 50.0 50.0

51.2 52.8 55.9 54.7

7.5 11.0 12.8 25.0

2.48 2.08 3.12 2.34

90.8 45.3 43.7 63.4 T7-1

T7-2 T7-3 T7-4

40 0

−20

−40

70.0 70.0 70.0 70.0

70.9 71.6 74.8 76.8

9.3 11.4 13.5 17.4

2.94 2.13 2.55 2.35

87.7 82.4 66.6 40.0 T10-1

T10-2 T10-3 T10-4

40 0

−20

−40

100 100 100 100

100 100 100 100

9.0 13.8 24.6 26.5

2.52 2.00 2.04 2.31

97.0 77.0 59.9 70.0

a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol%

b1H NMRにより決定

c SECにより決定

5-2 MMA-TBMA 共重合体をPMMA 化した試料の数平均分子量,分子量分布と 立体規則性3連子

Triad tacticity / % b Code Original Mna (10-3) Mw/Mna

mm mr rr T3-1d

T3-2d T3-3d T3-4d

T3-1 T3-2 T3-3 T3-4

9.1 9.9 11.7 12.1

2.18 1.99 2.40 2.70

3.1 2.3 2.4 1.7

34.7 29.5 24.2 23.4

62.1 68.1 73.4 74.9 T5-1d

T5-2d T5-3d T5-4d

T5-1 T5-2 T5-3 T5-4

6.4 10.0 12.5 16.7

2.08 1.81 2.17 2.57

3.8 2.8 2.0 1.8

32.4 31.5 29.4 26.1

63.8 65.7 68.6 72.1 T7-1d

T7-2d T7-3d T7-4d

T7-1 T7-2 T7-3 T7-4

8.9 10.1 12.1 12.9

2.25 1.92 2.24 2.22

3.3 2.2 1.9 1.5

36.7 31.7 29.0 26.1

60.0 66.1 69.1 72.4

a SECにより決定

b1H NMRにより決定

5-3 主成分分析 ~単独重合体を主眼とした解析~

40 °Cと−40 °Cで重合したPMMA[T0-1,T0-4],PTBMA[T10-1,T10-4]とMMA

-TBMA二元共重合体[T5-1,T5-4]のカルボニル炭素,主鎖4級炭素,α-メチル炭

素の 13C NMR スペクトルを図5-1 に示す。一般に,メタクリル酸エステルのラジカ

ル重合では,重合温度の低下とともに,シンジオタクチシチーが増加することが知ら れている[9]。Yukiらの報告[10]のように,図 5-1adに示したPMMAとPTBMAの

13C NMRスペクトルでも,重合温度が低い場合,シンジオタクチシチーが高くなり,

スペクトルの線幅も狭くなることが確認できた。しかし,図 5-1e~f に示した MMA

-TBMA共重合体の13C NMRスペクトルでは,重合温度の違いによるスペクトルの 変化は小さかった。これは,重合温度の変化にともなう立体規則性の変化よりも,モ ノマー連鎖による分裂のほうが共鳴信号への影響が大きいことを示している。

5-1 異なる温度と仕込みモノマー組成で合成した試料のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域の13C NMRスペクトル。

a) T0-1,b) T0-4(いずれもPMMA),c) T10-1,d) T10-4(いずれもPTBMA),e) T5-1,

f) T5-4(いずれもMMA-TBMA二元共重合体)

重合温度が異なる PMMA と PTBMA 各 4 種,組成と重合温度が異なる MMA-

TBMA二元共重合体12種の合計20種の試料について,3つの共鳴領域を結合したバ ケット積分値で構成されたデータ群について PCA を行った。得られた PC1~PC3 の ローディングを図 に,スコアプロットを図 にそれぞれ示す。PC1~PC3の主

成分の寄与率はそれぞれ70.6 %,22.0 %,2.9 %で,累積寄与率が95.5 %となった。3 つの主成分で全20種の試料の13C NMRスペクトルの情報がほぼ説明できたと言える。

5-2 20 試料のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における PCA ローディング。

a) PC1,b) PC2,c) PC3

5-1に示した13C NMRスペクトルと対応するローディング(図5-2)およびスコ

アプロット(図 5-3)を比較しながら,各主成分が持つ情報を考察する。まず,PC1 について考える。PC1ローディングでは正側にPMMA,負側にPTBMAの共鳴信号が それぞれ捉えられた。また,PC1スコアの値も,試料の分子量や収率に関係なく,試 料中のTBMA組成の増加とともに単調に減少した。これらの傾向は, 80 °C で重合

した PMMA,PTBMA,MMA-TBMA 共重合体の合計 27 種の試料における PCA の

結果(第3章)と同様である。そのため,PC1には,主として試料の組成が反映され たと言える。しかし,図5-3のスコアプロットにおけるPMMA 4種のPC1スコアは,

重合温度の低下とともに大きくなった。PC1には,PMMAのシンジオタクチシチーに 関する情報も含まれていると推測される。

5-3 20 試料のカルボニル炭素,主鎖 4 級炭素,α-メチル炭素領域における PCA スコアプロット。

a) PC1-PC2プロット,b) PC1-PC3プロット

重合温度 :40 °C,:0 °C,:−20 °C,:−40 °C

次に,PC2 が持つ情報について考察する。PC2 ローディングの正側には PMMA と

PTBMA,負側には共重合体に特徴的な共鳴信号がそれぞれ抽出された。共重合体の

PC2スコアは,単独重合体の値より小さく,共重合体の組成が等モルに近づくにした がって減少した。これらの傾向は,PC1 の場合と同様に,第3章で検討した PCA と 同じであることから,PC2には,主として試料中の2連子モノマー連鎖の同種・異種 性が反映されたと考えられる。ところが,PMMA 4種とT7シリーズ4種のPC2スコ アは,重合温度の低下とともに大きくなった。PC2ローディングの正側をよく見ると,

PMMAの共鳴信号のうち,カルボニル炭素領域の177.64 ppmに観測されるシンジオ タクチック 5 連子(rrrr)の信号が強調されていた。また,主鎖 4 級炭素や α-メチル炭 素のシンジオタクチック 3 連子(rr)の信号も,同様に強調されていた。これらの結果 から,PC2にはPMMAのカルボニル炭素のrrrrと主鎖4級炭素およびα-メチル炭素rrに関する情報も含まれていることが示唆された。PC2の負側のローディング形状 が複雑なため,T7シリーズ4種に関する原因は不明であった。

最後に PC3 に関して考察する。PC3 ローディングの正側では,PMMA のカルボニ ル炭素のrrrrの信号,主鎖4級炭素とα-メチル炭素のrrのうち低磁場側,つまりrrrr の信号がそれぞれ捉えられた。負側のローディングは,主にヘテロタクチック3連子

(mr)などのメソ連鎖(m)を含む信号が抽出された。また,PMMA 4 種のPC3 スコアだ

けが重合温度の低下とともに大きくなり,他の試料のPC3スコアは0に近い値となっ