の定量解析
4-1 緒言
工業的に利用されている高分子材料の多くは,モノマー単位が2成分以上からなる 多成分共重合体である。特に,アルゴン-フッ素(ArF)エキシマレーザーを光源とした
回路線幅60 nm以下の半導体製造時にリソグラフィー用レジストとして使用される共
重合体[1]や,橋脚などの構造体補強用あるいは風車・航空機の主翼として使用される 炭素繊維の焼成前前駆糸(プレカーサー)用共重合体[2]など,高機能性高分子材料は,
モノマー単位が3成分以上の共重合体が主流である。これらの高機能性材料の性能要 求は高度化しており,高分子一次構造の観点からの改良がトレンドとなっている。
共重合体の一次構造解析の有用な手法の1つとして,NMR分光法がある。NMRを 用いた三元共重合体の一次構造解析の例として,古くはSchlothauerらによる酢酸ビニ ル-アクリル酸エチル-アクリル酸三元共重合体のモノマー連鎖分布解析[3]や,最近 では二次元 NMR 法によるアクリロニトリル-スチレン-MMA 三元共重合体のモノ マー連鎖分布解析[4],あるいは三次元NMR法によるエチレン-アクリル酸ブチル-
一酸化炭素共重合体のモノマー連鎖解析[5]など,多次元NMR法を駆使した報告もな されている。共重合体の一次構造解析をNMRで行う場合,モノマー連鎖構造と立体 規則性による共鳴信号の分裂が重なり合うため,それぞれを独立に解析することには 多大な手間と時間を要する。しかし,実際の材料開発の現場では,開発スピードも求 められるため,上述の手法で一次構造情報を得たとしても材料開発のタイミングに間 に合わないことがしばしば起こる。
第3章でMMA-TBMA共重合体の13C NMRスペクトルに多変量解析を適用し,共
重合体の組成や2連子モノマー連鎖分布を精度良く推定できることを述べた。本章で は,この方法を実用的な共重合体により近いモデルである MMA-TBMA-メタクリ ル酸2-ヒドロキシエチル(HEMA)三元共重合体へ応用し,組成と 2連子モノマー連鎖 分布の推定を試みた。
4-2 モデル共重合体の合成 試薬
MMA,TBMA および HEMA(三菱レイヨン)は減圧蒸留により精製して用いた。
2,2’-アゾビスイソブチロニトリル(AIBN)(和光純薬工業)はメタノール中での再結晶
により精製して用いた。乳酸エチル,メタノール(キシダ化学),n-ヘキサン(関東 化学),n-プロパノール(メルク)は,いずれも精製せずに用いた。
HEMA単独重合体の合成
HEMA(19.5 g,150 mmol)とAIBN(0.121 g,0.74 mmol,モノマーに対して0.5 mol%
に相当)を乳酸エチル(78.0 g,75.4 mL)に加えた溶液を,窒素雰囲気下,80 °Cで4 時間重合した。反応溶液を室温(20 – 25 °C)まで冷却し,大量のn-ヘキサン/n-プロ パノール混合溶液(9/1 vol/vol)へ注ぎ,白色沈澱を得た。この沈澱物をろ取した後,
メタノールへ溶解して約5 wt%の溶液とした。沈澱物の再溶解-再沈澱操作を3回繰 り返した後,真空中,20 – 25 °Cにて乾燥して,HEMA単独重合体(PHEMA)を得た。
PHEMAの収率は重量法で求め,91 %となった。数平均分子量(Mn)および分子量分布
(Mw/Mn)はぞれぞれ23,700と2.22となった。
HEMA-MMA二元共重合体の合成
重合時間を1 – 3.5分間とし,反応スケールを40 %とした以外は,PHEMAと同様 な条件と操作で重合および精製を行い,仕込みモノマー組成が異なる HEMA-MMA 二元初期共重合体9種を合成した。HEMA-MMA初期共重合体の仕込みモノマー組 成と共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表4-1に示す。
TBMA-HEMA二元共重合体の合成
重合時間を3 – 4分間とした以外は,HEMA-MMA二元初期共重合体と同様な条件 と操作で重合を行った。共重合体の取得と精製は以下の条件,操作で行った。あらか じめ半日間メタノールへ浸漬させた透析チューブ(分画分子量 3,500)へ反応溶液を 注入し,このチューブを反応溶液の約 10 倍量のメタノールへ浸漬させた。透析外液 をマグネチックスターラーでゆっくりと5時間攪拌した後,透析外液を交換した。こ の交換操作を5回繰り返すことで,未反応のモノマーと開始剤を除去した。透析チュ
ーブ中の共重合体溶液をエバポレーターで絶乾させた後,少量のメタノールを加え,
共重合体を再溶解した。この操作を3回繰り返すことで,重合溶媒として用いた乳酸 エチルを除去した。絶乾した共重合体をベンゼン/t-ブタノール混合溶液(3/1 – 2/3
vol/vol)へ溶解し,数日間凍結乾燥を行い,精製した。TBMA-HEMA初期共重合体
の仕込みモノマー組成と共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表4-2に示す。
MMA-TBMA-HEMA三元共重合体の合成
重合時間を3.5 – 4分間とした以外は,TBMA-HEMA二元初期共重合体と同様な 条件と操作で重合および精製を行い,仕込みモノマー組成が異なる MMA-TBMA- HEMA三元初期共重合体16種を合成した。MMA-TBMA-HEMA初期共重合体の仕 込みモノマー組成と共重合組成,Mn,Mw/Mn,および,収率を表4-3に示す。
単独重合体混合試料の調製
PMMAとPTBMAは,第3章で述べたものを用いた。3つの単独重合体を任意の割
合で混合した試料34種の組成を表4-4に示す。
表 4-1 HEMA-MMA二元共重合体aの仕込みモノマーおよび共重合組成,数平均分 子量,分子量分布および収率
Feed / mol% Copolymer / mol% b Code
HEMA MMA HEMA MMA Mn
(10-3) c Mw/Mnc Yield / % HM-91
HM-82 HM-73 HM-64 HM-55 HM-46 HM-37 HM-28 HM-19
90.0 79.9 70.0 50.0 40.0 30.0 20.1 10.0 5.0
10.0 20.1 30.0 50.0 60.0 70.0 79.9 90.0 95.0
92.6 85.2 77.7 58.3 48.1 36.9 25.5 12.9 7.0
7.4 14.8 22.3 41.7 51.9 63.1 74.5 87.1 93.0
44.0 43.1 38.7 33.6 33.0 28.3 30.6 22.8 22.2
1.7 1.7 1.7 1.7 1.7 1.7 2.0 1.7 1.6
4 7 7 7 3 5 7 4 6
a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol%
b1H NMRにより決定
c SECにより決定
表 4-2 TBMA-HEMA 二元共重合体 aの仕込みモノマーおよび共重合組成,数平均 分子量,分子量分布および収率
Feed / mol% Copolymer / mol% b Code
TBMA HEMA TBMA HEMA Mn
(10-3) c Mw/Mnc Yield / % TH-91
TH-82 TH-73 TH-64 TH-55 TH-46 TH-37 TH-28 TH-19
90.0 80.0 70.0 60.0 50.0 40.0 30.0 20.0 10.0
10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 70.0 80.0 90.0
91.2 79.7 68.8 56.4 46.8 34.3 25.5 16.2 6.9
8.8 20.3 31.2 43.6 53.2 65.7 74.5 83.8 93.1
20.5 24.7 29.4 30.8 37.4 40.9 43.9 43.2 46.2
1.6 1.6 1.8 1.6 1.7 1.7 1.7 1.6 1.7
3 3 6 6 9 7 7 9 8
a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol%
b1H NMRにより決定
c SECにより決定
表 4-3 MMA-TBMA-HEMA 三元共重合体 aの仕込みモノマーおよび共重合組成,
数平均分子量,分子量分布および収率
Feed / mol% Terpolymer / mol% b Code
MMA TBMA HEMA MMA TBMA HEMA
Mn
(10-3)c Mw/Mnc Yield / % MTH-811
MTH-631 MTH-622 MTH-613 MTH-442 MTH-424 MTH-361 MTH-111 MTH-316 MTH-262 MTH-244 MTH-226 MTH-181 MTH-163 MTH-136 MTH-118
80.0 60.0 60.0 60.1 40.3 40.3 30.6 33.3 30.0 20.0 20.0 20.0 10.0 10.0 10.0 10.0
10.0 30.0 20.0 10.0 39.8 19.8 59.5 33.3 10.0 60.0 40.0 20.0 80.0 60.0 30.0 10.0
10.0 10.0 20.0 29.9 19.9 39.9 9.9 33.4 60.0 20.0 40.0 60.0 10.0 30.0 60.0 80.0
76.3 53.9 54.6 50.5 36.0 31.2 25.4 26.5 22.0 14.3 11.9 13.7 6.8 8.0 6.1 5.2
11.3 33.6 21.6 10.6 41.7 19.8 63.8 34.2 9.4 62.4 37.6 17.7 82.0 59.7 26.5 7.7
12.4 12.5 23.8 38.9 22.3 49.0 10.8 39.3 68.6 23.3 50.5 68.6 11.2 32.3 67.4 87.1
29.1 27.7 30.2 35.0 24.7 34.7 24.2 34.6 46.0 27.2 31.7 49.1 24.7 29.4 41.2 41.9
1.6 1.6 1.7 1.6 1.7 1.7 1.8 1.7 1.7 1.6 1.7 1.7 1.7 1.6 1.7 1.6
3 6 4 8 4 6 5 9 8 8 7 5 4 6 8 7
a [AIBN]0/[モノマー]0 = 0.5 mol%
b1H NMRにより決定
c SECにより決定
表4-4 PMMA,PTBMAおよびPHEMAの混合試料の組成 Code MMA / mol% TBMA / mol% HEMA / mol%
B-190 B-280 B-370 B-460 B-550 B-640 B-730 B-820 B-910
10.4 19.6 30.1 38.9 49.3 58.2 68.4 77.9 87.2
89.6 80.4 69.9 61.1 50.7 41.8 31.6 22.1 12.8 B-019
B-028 B-037 B-046 B-055 B-064 B-073 B-082 B-091
12.4 21.8 32.1 41.7 50.6 61.0 70.9 80.2 90.1
87.6 78.2 67.9 58.3 49.4 39.0 29.1 19.8 9.9 B-109
B-208 B-307 B-406 B-505 B-604 B-703 B-802 B-901
10.2 20.2 28.9 38.5 48.8 58.2 67.3 79.2 88.6
89.8 79.8 71.1 61.5 51.2 41.8 32.7 20.8 11.4 B-226
B-244 B-262 B-424 B-442 B-622 B-111
19.5 18.9 19.0 38.6 38.3 57.8 32.3
22.3 41.6 61.2 22.1 41.7 22.7 34.9
58.2 39.5 19.8 39.3 20.0 19.5 32.8
a1H NMRにより決定
測定
試料の数平均分子量 Mnと分子量分布Mw/Mnは,ポリスチレンを標準試料としたサ イズ排除クロマトグラフィー(SEC)により測定した。SEC 装置は,分析カラムとして 東ソー製SuperHM-MとSuperHM-H(いずれも内径6.5 mm×長さ15 cm)を直列に接 続し,検出器として示差屈折率計を装備した東ソー製HLC-8220を用いた。溶離液は 臭化リチウム(10 mmol/L)を含有した液体クロマトグラフ用N,N-ジメチルホルムア ミド用い,測定温度を40 °C,流速を0.35 mL/minとした。試料濃度は1.0 mg/mL,試 料注入量は10 μLとした。
第2章と同じ測定条件で得られた13C NMRスペクトルを日本電子製Alice2 ver.5 for metabolome ver.1.6を用いて,次に示す共鳴領域を0.05 ppm間隔でバケット積分した。
・ 14.2 – 18.2 ppm(α-メチル炭素)
・ 41.5 – 45.5 ppm(主鎖4級炭素)
・ 173.0 – 177.0 ppm(カルボニル炭素)
各共鳴領域での積分強度を 100 に規格化した後,これらの積分強度データを結合し,
Pattern Recognition Systems製Sirius ver.7.0を用いて,PCAおよびPLSRを実行した。
なお,Sirius ver.7.0でのデータ解析中に,各バケット範囲での積分強度の平均化およ び中心化が自動で行われる。
4-3 主成分分析
PMMA,PTBMA,PHMEAと三元共重合体[MTH-111]のカルボニル炭素,主鎖4
級炭素,α-メチル炭素の13C NMRスペクトルを図4-1aに示す。また,単独重合体3 種とそれらの混合試料34種,MMA-TBMA二元共重合体9種,TBMA-HEMA二元 共重合体 9種,HEMA-MMA二元共重合体9種および MMA-TBMA-HEMA 三元 共重合体16種の合計80種の試料について,3つの共鳴領域を結合したバケット積分 値で構成されたデータ群のPCAから得られたPC1~PC3のローディングを図4-1bに 示す。なお,MMA-TBMA 二元共重合体 9 種は,第3章で用いた初期共重合体 L-6
~L-93である。上記共鳴領域における全80試料のPCAスコアプロットを図4-2に示 す。PC1~PC3の主成分の寄与率は,それぞれ46.7%,29.7%,13.1%で,累積寄与率 が89.5%となった。3つの主成分で全80種の試料の13C NMRスペクトルの情報を網 羅できたと言える。
図4-1 PMMA,PTBMA,PHEMAおよび三元共重合体[MTH-111]のカルボニル炭 素,主鎖4級炭素,α-メチル炭素領域の13C NMRスペクトル a),ならびに,各共鳴 領域に対応する全80試料のPCA第1,第2,第3主成分ローディング b)。
図4-2 全80試料のカルボニル炭素,主鎖4級炭素,α-メチル炭素領域におけるPCA スコアプロット。
◆:PMMA,◆:PTBMA,■:PTBMA,◇:単独重合体3 種の混合試料,□:MMA
-TBMA二元共重合体,△:TBMA-HEMA二元共重合体,▽:HEMA-MMA二元共 重合体,●:MMA-TBMA-HEMA三元共重合体
図4-1の13C NMRスペクトルと対応するローディングとを比較すると,PC1ローデ
ィングについては,正側にPTBMA,負側にPMMAとPTBMAの共鳴信号がそれぞれ 捉えられた。PC2ローディングについては,正側にPHEMA,負側にPMMAとPTBMA の共鳴信号がそれぞれ抽出された。また,PC3ローディングでは,負側は3つの単独 重合体が重なり合ったローディングの形状となった一方で,正側には三元共重合体に 特有な共鳴信号が捉えられた。これらの結果は,第3章のMMA-TBMA二元共重合
体でのPCAローディングに成分が1つ追加されたと考えることができる。
PC1-PC2スコアプロット(図4-2)では,第2象限にPTBMA,第3象限にPMMA,
第4象限にPHEMAがそれぞれ配置された。また,単独重合体の混合試料は,3つの
単独重合体を頂点とした三角相図に相当する位置に配置された。3 種類の二元共重合 体は,各単独重合体を結ぶ直線上ではなく,等モル組成の共重合体が最も三角形の内 部に入り込んだ弓形上に配置された。三元共重合体は,共重合体の組成をおおよそ反 映した位置に配置された。これらの結果から,PC1とPC2の2つの主成分には,主と して試料の組成が反映されていることと,少なくとも二元共重合体に特有な構造情報 も含まれていることが示唆された。
PC1-PC3 および PC2-PC3 スコアプロットと,PC1-PC2-PC3 三次元スコアプロット では, 3つの単独重合体とそれらの混合試料で構成される三角相図を底面とし,3種 類の二元共重合体でつくる3枚の側面で三角錐を形成していた。それぞれの二元共重 合体は,第3章のMMA-TBMA二元共重合体でのスコアプロットのPC2の値を符合 反転させた配置と同じように放物線を示し,二元共重合体が等モル組成のとき,PC3 の値が最も大きくなった。また,三元共重合体は三角錐内部に配置されており,二元 共重合体と同様に,等モル組成のときPC3のスコアが最も大きくなった。これらの結 果を総合すると,PC3には主として試料中の2連子モノマー連鎖の同種・異種性が反 映されていると考えられた。そこで,2 連子モノマー連鎖の同種・異種性を定量的に 表す指標として, MMA 単位とTBMA 単位,TBMA単位と HEMA単位,HEMA単 位 と MMA 単 位 か ら そ れ ぞ れ 構 成 さ れ る 異 種 2 連 子 モ ノ マ ー 連 鎖 分 率 fMT
(MMA-TBMA連鎖),fTH(TBMA-HEMA連鎖),fHM(HEMA-MMA連鎖)の合計f2-hetero
を導入した。
n 成分から構成される共重合体のモノマー反応性がターミナルモデルにしたがう場 合,Mi単位の末端ラジカルにMjモノマーが付加する確率Pijは式(4-1)で表される[6]。
n
1
h h ih
ij j ij
] [M
] [M
r
P r (4-1)
ここで,[M]はモノマーM の仕込みモノマー濃度,r はモノマーM に対するモノマー