1 集合
まず最初に集合に関する各種概念と記号について紹介する.これらは数学における基本的な言語なので,
必ず正しく使えるようにすること.
定義 1.1. (集合)
それに含まれる「もの」がはっきりしているような,「もの」の集まりを集合という.集合に含まれてい る1つ1つの「もの」を,その集合の要素または元という.aが集合A の要素であることを
a∈A で表し,a は A に属するという.bがA に属さないことは
b /∈A で表す.
簡単にいえば,集合とはそれに含まれるかどうかが客観的に判断できるものである.また,条件P(x)を みたす x 全体の集合を {x|P(x)}で表す.例えば
X={x|xは12の正の約数}, Y ={x|xは自然数} は集合であり,要素を書き並べて
X={1,2,3,4,6,12}, Y ={1,2,3,4, . . .}
と書き表すこともある.ただし,Y のように無限個の要素を含む場合には,よほど規則性が明らかでない 限りは列挙するのではなく Y ={x|xは自然数} のように表すこと.例えば,次の集合
P ={n|nは正の素数} をその要素を書き並べて
P ={2,3,5,7, . . .}
と表してしまうと,これでは素数を並べたのかも?ぐらいのことしかわからず確証がもてない.なお,集 合を規定する部分の変数は積分変数と似たような扱いなのでどの文字を用いてもよい.具体例で述べれば
P ={n|nは正の素数}={x|xは正の素数}={y|yは正の素数} となる.
また,集合の要素については
2∈X, 5∈/ X のように記号を用いる.次のような
Z ={x|xは大きな数}
は 大きな数 という基準が人によってあいまいなので,これは集合ではない.
定義 1.2. (空集合)
要素を一つも含まない集合を空集合といい,∅という記号で表す.
例えば
A={x|x は実数でx2 <0} とおくと,A の要素は1つもないので A=∅ である.
通常,Nで自然数全体のなす集合,Z で整数全体のなす集合,Qで有理数全体のなす集合,Rで実数全 体のなす集合,C で複素数全体のなす集合を表す.
定義 1.3. (部分集合)
A, B を集合とする.B の任意の要素が A にも属するとき,B は Aの部分集合といい B ⊂A
で表す.また,空集合∅ は任意の集合の部分集合であると約束する.B が Aの部分集合でないときには B 6⊂A
と表す.
例えば
X={x|xは12の正の約数}, Y ={x|xは自然数} とすれば,X⊂Y である.また,他にも
{2,4} ⊂X, {1,3,5} 6⊂X
である.記号を混同しないように注意すること. ∈ は要素と集合の関係, ⊂ は集合と集合の関係なので 2⊂ {1,2,3,4}, {2} ∈ {1,2,3,4}
と書くと(言いたいことは何となく伝わるが)誤りである.また,⊂は不等号で言うと ≦のようなものな ので,X ⊂X のように両辺が同じ集合でもよい.
なお,2個の異なる実数x, y に対しては必ずx < y または y < xのどちらか一方が成り立つが,集合の 場合には2個の集合X, Y に対してX ⊂Y とY ⊂X のどちらも成り立たないことがあるので注意するこ と.例えば
X={1,2,3}, Y ={0,1,2} とすれば
3∈X, 36∈Y =⇒ X 6⊂Y, 0∈Y, 06∈X =⇒ Y 6⊂X
となる.このように,集合については包含関係に関して必ず大小関係が比較できるわけではない.
集合A, B に対して A⊂B であることを示すには,任意の x ∈A に対して,x∈B であることを示せ ばよい.また,A=B であることを示すには A⊂B かつ B ⊂A であることを示せばよい.
例題 1.4. x は実数を表すとする.次の集合 X, Y に対して,X ⊂Y であることを示せ.
X={x|x2+x−2≦0}, Y ={x|x2−x−12<0}
(解答) X={x| −2≦x≦1}, Y ={x| −3< x <4} であるから,X⊂Y が成り立つ.
(解答終)
定義 1.5. (和集合・共通部分)
A, B を集合とするとき
A∪B ={x|x∈Aまたは x∈B} をA とB の和集合という.また
A∩B={x|x∈A, x∈B} をA とB の共通集合という.
これらは文字通りA とB のうち少なくともどちらかに属するもの全体の集合をA∪B,AとB の両方 に属するもの全体の集合を A∩B とおいたものである.
図8.1: A, B 図 8.2: A∪B 図8.3: A∩B 例えば
X ={1,2,3,4,6,12}, Y ={2,4,6,8,10,12,14} とおけば
X∪Y ={1,2,3,4,6,8,10,12,14}, X∩Y ={2,4,6,12} となる.他には
A={x|xは正の奇数}, B={x|xは正の偶数} とおけば
A∪B={x|xは自然数}, A∩B =∅ となる.このように共通部分が空集合となることもある.
また,記号の約束からいつも
A∩B ⊂A⊂A∪B, A∩B ⊂B ⊂A∪B が成り立つ.
例題 1.6. x は実数を表すとする.次の集合 X, Y に対して,X∩Y, X∪Y を求めよ.
X={x|x2−x−6<0}, Y ={x|x2−5x+ 4≧0}
(解答) X={x| −2< x <3}, Y ={x|x≦1 または4≦x}であるから
X∩Y ={x| −2< x≦1}, X∪Y ={x|x <3 または4≦x}
(解答終)
例題 1.7. 集合A, B に対して,A∩B =A であるための必要十分条件はA⊂B であることを示せ.
(解答) A∩B =Aとする.任意のx∈Aをとる.このとき,仮定より A=A∩B となるからx∈A∩B なので,x∈B である.よって,A⊂B が成り立つ.
逆にA⊂B とする.A∩B ⊂A は常に成り立つから,逆向きの包含関係を示せばよい.そこで,任意 のx∈A をとる.このとき,仮定よりA⊂B であるからx∈B となる.よって,x∈A∩B となるから,
A⊂A∩B となる.ゆえに,A∩B ⊂A かつA⊂A∩B より,A∩B=Aが成り立つ.
(解答終)
定義 1.8. (全体集合・補集合)
議論している対象の要素全体の集合を全体集合または普遍集合という.U を全体集合,A をU の部分集 合とするとき
Ac={x∈U |x /∈A} をA の補集合という.
注意 1.9. 高校数学では補集合をA で表すことになっているが,数学の世界ではAという記号は断りが なければAの閉包または統計分野では Aの平均を表すことが多い.そのため補集合の記号はcomplement の頭文字をとってAcで表すのが普通である.日本の高校数学において世界標準と異なる記号を用いること になった経緯は私は知りません.
例えば全体集合を実数全体の集合とすると
X ={x|x は有理数}, Y ={x| −1≦x <2} とおけば
Xc={x|x は無理数}, Yc={x|x <−1 または 2≦x}
となる.もちろん全体集合が決まっていない場合には補集合を考えることができない.例えば Aを男子高 校生全体の集合とすれば,全体集合 U1 が高校生全体の集合ならばA の補集合 Ac は女子高校生全体の集 合である.一方,全体集合U2 を人間全体の集合とすれば,Aの補集合Ac は女性であるかまたは高校生で ない人全体の集合となる.このように全体集合をどう決めるかによって補集合が変わってしまうからであ る.ただし,通常は実数全体の集合など各場面での自然な全体集合を選ぶことが多いので,その場合には
「全体集合を実数全体の集合とする」などの記述を省略することもある.
定理 1.10. (ド・モルガンの法則)
U を全体集合とし,その部分集合 A, B に対して
(A∪B)c=Ac∩Bc, (A∩B)c=Ac∪Bc が成り立つ.
証明. x∈U に対して
x∈(A∪B)c ⇐⇒ x /∈A∪B
⇐⇒ x /∈A かつ x /∈B
⇐⇒ x∈Ac かつ x∈Bc ⇐⇒ x∈Ac∩Bc であるから,(A∪B)c=Ac∩Bc が成り立つ.同様に
x∈(A∩B)c ⇐⇒ x /∈A∩B
⇐⇒ x /∈A または x /∈B
⇐⇒ x∈Acまたは x∈Bc ⇐⇒ x∈Ac∪Bc であるから,(A∩B)c=Ac∪Bc が成り立つ.
この定理の主張は上のような証明よりもベン図を書いて確認した方がわかりやすいかもしれない.ポイ ントは補集合をとると「または」と「かつ」がひっくり返ることである.
2 ベクトル空間
2.1 ベクトル空間の定義
これまでのベクトルは『向きと大きさをもった量』という幾何学的イメージに沿ったもののことであった が,これからはその幾何学的イメージから代数的性質(和・スカラー倍)を抽出し,抽象的なベクトルを 考察対象とする.以下では Kは実数の集合 Rまたは複素数の集合Cとする.
定義 2.1. (ベクトル空間)
空でない集合 V がK上のベクトル空間であるとは,任意の x,y ∈ V と任意の α ∈ K に対して,和 x+y∈V とスカラー倍 αx∈V が定義されていて,以下の公理をみたすことをいう.
(1) (和に関する結合法則)
任意の x,y,z ∈V に対して,(x+y) +z =x+ (y+z) (2) (和に関する交換法則)
任意の x,y∈V に対して,x+y=y+x (3) (零元の存在)
あるベクトル 0∈V が存在して,任意のx∈V に対して,x+0=0+x=x が成り立つ.
この 0 を零ベクトル(零元)という.
(4) (逆元の存在)
任意の x∈V に対して,ある x′∈V が存在して,x+x′ =x′+x=0 が成り立つ.
この x′ を xの逆ベクトル(逆元)という.
(5) (スカラー倍に関する結合法則)
任意の x∈V と任意の α, β∈K に対して,(αβ)x=α(βx) (6) (単位元によるスカラー倍)
1∈Kについて,任意の x∈V に対して,1x=x (7) (ベクトルに関する分配法則)
任意の x,y∈V と任意のα∈Kに対して,α(x+y) =αx+αy (8) (スカラーに関する分配法則)
任意の x∈V と任意の α, β∈K に対して,(α+β)x=αx+βx
ベクトル空間 V の要素をベクトルといい,係数 Kの要素をスカラーという.
V は K=R のとき実ベクトル空間といい,K=C のとき複素ベクトル空間という.
上のベクトル空間の公理は本によって見た目が違うことがあるが本質的には同じである.例えば,(2)の 交換法則をみたすことが確認できれば,(3)の条件はx+0=xを確認するだけで十分となる.実際,交換 法則からx+0=0+xなので,x+0=xより0+x=xが従うからである.(4)についても同様である.
通常は x∈V の逆元を−x∈V とかく.公理から V の零ベクトル0 と xに対する逆ベクトル−xは それぞれ一意的であることがわかる.実際,0,0′ をV の零ベクトルとすると
0=0+0′ =0′ より,0=0′ である.また,x′,x′′∈V が x∈V の逆元とすると
x′=x′+0=x′+ (x+x′′) = (x′+x) +x′′=0+x′′=x′′
より,x′ =x′′ である.
次の命題の主張は当たり前の事実に見えるが,いずれも公理から証明されることである.
命題 2.2. 任意のx∈V に対して,次が成り立つ.
0x=0, (−1)x=−x
つまり,スカラー倍として 0 をかけると零ベクトルとなり,−1 をかけると逆ベクトルとなる.
証明. 0 + 0 = 0 だから,ベクトル空間の公理(分配法則)より 0x= (0 + 0)x= 0x+ 0x となる.この両辺に−0xを加えると,0x=0 となる.また
0= 0x={1 + (−1)}x= 1x+ (−1)x=x+ (−1)x なので,逆元の定義から (−1)x=−xとなる.
抽象的な議論を理解しやすくするために,上の証明を Rの場合に繰り返してみる.用いる公式はベクト ル空間の公理のみである.
まず,任意の実数x∈Rに対して,分配法則より
0·x= (0 + 0)x= 0·x+ 0·x より,0·x= 0 が成り立つ.
次に,−1という数字の定義はx+ 1 = 0の解のことであった(逆ベクトルの定義参照).そこで,a=−1 とおき
1 + (−1) = 0
の両辺に aをかけると,上で示したことと分配法則,および 1a=aであるから {1 + (−1)}a= 0·a
a+ (−1)a= 0
−1 + (−1)a= 0 となり,この両辺に1を加えれば
(−1)a= 1
が成り立つ.これは (−1)×(−1) = 1であることを示している.これが中学で習った負の数と負の数をか けると正の数になることの証明である.
2.2 ベクトル空間の例
例題 2.3. R2 はベクトルの和とスカラー倍に関してR 上のベクトル空間である.
(解答) ベクトル空間の公理をすべて確認すればよい.以下ではa = a1
a2
,b= b1
b2
,c= c1
c2
∈R2 を任意のベクトル,α, β∈Rを任意のスカラーとする.
(1) (和に関する結合法則)
(a+b) +c=
a1+b1 a2+b2
+
c1 c2
=
(a1+b1) +c1 (a2+b2) +c2
=
a1+ (b1+c1) a2+ (b2+c2)
= a1
a2
+
b1+c1 b2+c2
=a+ (b+c) (2) (和に関する交換法則)
a+b=
a1+b1 a2+b2
=
b1+a1 b2+a2
=b+a
(3) (零元の存在) 0= 0
0
∈R2 とおけば
a+0= a1
a2
+
0 0
=
a1+ 0 a2+ 0
= a1
a2
=a ∴ a+0=0+a=a
(4) (逆元の存在) a′ = −a1
−a2
∈R2 とおけば
a+a′ =
a1+ (−a1) a2+ (−a2)
= 0
0
=0 ∴ a+a′=a′+a=0
(5) (スカラー倍に関する結合法則)
(αβ)a=
(αβ)a1 (αβ)a2
=
α(βa1) α(βa2)
=α βa1
βa2
=α(βa) (6) (単位元によるスカラー倍)
1a= 1a1
1a2
= a1
a2
=a (7) (ベクトルに関する分配法則)
α(a+b) =α
a1+b1
a2+b2
=
α(a1+b1) α(a2+b2)
=
αa1+αb1
αa2+αb2
= αa1
αa2
+
αb1
αb2
=αa+αb
(8) (スカラーに関する分配法則)
(α+β)a=
(α+β)a1
(α+β)a2
=
αa1+βa1
αa2+βa2
= αa1
αa2
+ βa1
βa2
=αa+βa 従って,R2 は R上のベクトル空間である.
(解答終)
この証明からベクトル空間の公理はR2 なら当たり前に成り立つものばかりであることがわかる.