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識の所縁縁の点から︑

24  一五

三 下 足 十 二左呂四六四品

O

五中

若し︑人は是れ有るも但だ即ち色なりとも即

ち色なるに非ずとも説く可からず︑と説けば︑

一五

何が

悌世

尊は

色は

無我

なり

と説きたまふや︒

乃至

識も亦た無我なり︒

第 一 自

己所縁縁になるもの

b問・・・プドガラを了得する眼識は何に縁って生起するか一五三

下 広 十

三右同四六四吋

一 ニ

O

五中

吋 又 た 彼 れ は

︑ 補 特 伽 羅 は 眼 識 の 所 得 な り

︑ と そ し て

︑ 或 る 眼 識 に よ っ て こ の プ ド ガ ラ が 了 是 れ 汝 の 所 説 の

︑ 眼 識 は 人 を 能 く 讃 見 す

︑ と 既に許す︒是くの如き眼識は︑色と此︹の補特得される場合︑そ︹の眼識︺は諸色に縁って生いふにおいて︑此の識は色に縁りて生ずと僑ん 伽羅︺と︹色・補特伽羅の︺倶とに於ける︑何起するのか︑あるいはプドガラ{に縁って生起か︑人に縁りて生ずと鶏んか︑︹色・人の︺

二に

に 縁 り て 起 こ る と 為 ん や

︒ す る の か

︑ あ る い は

︹ 色

・ プ ド ガ ラ の

︺ 両 者 に 縁 り て 生 ず と 矯 ん か

縁って生起するのか︒若し爾らぱ︑何が有るか︒

眼識がプドガラを了得する場合の失を挙げる

E

色に縁る場合・・・プドガラは眼識の所縁にならないので了得されない一五三下広十三右

N

四六

四∞

一二

O

五中

∞ 若し︹補特伽羅を了ずる眼識が︺色に縁りてもし︹プドガラを了得する眼識が︺諸色に縁若し︹人を証見する眼識が︺色に縁りて生ず︑

起こるとせば︑則ち応に︑眼識が能く補特伽羅っ

て生起するならば︑︹眼識が︺

な ど

︹ を 識 知 と せ ば

︑ 則 ち

︹ 色 に 縁 っ て

生ぜる眼識が︺人を

を了ず︑と説くべからず︒

此︹の補特伽羅︺がすることができない︺ように︑︹色に縁って生起縁じて生ずること能はず︒警へば︑聾等︹が眼 眼識の︹所縁︺縁に非︑さること︑声処等︹が眼している眼識が︺プドガラを識知することはで識の所縁縁に非ざる︺が如し︒

識の所縁縁に非ざる︺が如きなるが故なり︒きないであろう︒

謂はく︑若し有る識が此の境に縁りて起これば︑なぜならば︑諸眼識においては︑或る境のみに

即ち︹其の識は︺此の境のみを用ゐて所縁縁と縁って識が生起し︑その同じ︹境︺だけがこ︹の

為 す

︒ 識

︺ の 所 縁 縁 で あ る か ら で あ る

︹故に︺補特伽羅は眼識の︹所縁︺縁に非ざれ

ば︑如何ぞ︑︹補特伽羅が︺眼識の所縁︹縁︺と

為る︑と説く可けんや ︒

︹故

に︺

此︹

の補

特伽

羅︺

に非ず︒ は定んで眼識の所了

定プドガラまたは両者に縁る場合

己﹁識は眼・色などのこに縁って生ず﹂と説く経(第二

経)

に反

する

・ ・ ・ プドガラに縁れば色縁を欠き︑両者に縁れば三縁になる一五三

下 包 十

三右 ⑦

若し︹補特伽羅を了ずる︺眼識の起こることあるいはまた︑(プドガラを了得する眼識が︺

が此︹の補特伽羅︺或いは︹色・補特伽羅の︿u プドガラあるいは︹色・プドガラの︿ト]両者に 己 倶 に 縁 る と せ ば

︑ 便 ち 経 説 に 違 す

︒ 縁 っ て 生 起 す る な ら ば

︑ こ れ は 契 経 に 反 す る

契 経 の 中 に

︑ な ぜ な ら ば

︑ 契 経 に

識の起こることは

に由る︒

と定んで判ずるを以つての故なり︒

︹眼

・色

など

の︺

二縁識は︹眼・色などの︺二に縁って生起する︒

ということが確定されているからである︒

第 一 編 憤 子 部 の プ ド ガ ラ 説 を 破 す

何を以つての故なるか︑といふに︑若し此の

塵に縁りて此の識が生ずることを得れば︑唯︑だ

此の塵のみが是れ︹同じ︺此の識の縁縁なれば

なり︒

第 一 章 プドガ ラ 説 を 破 す

四六

四∞

三︒五中呂

若し人と及び︹色・人の︺ごとに縁りて此︹の

識が生ず︺と執せば︑経と相麿せざるが故に︑

則ち悌経に違する所と震る︒

何を以つての故なるか︑といふ

に ︑

に此

の義

を︑

唯だ二法のみに依縁して

こと

を得

と決判すればなり︒

第 二 各 論

経の中に巳

諸識は生ずる

25 

nM

﹁限が困︑色が縁になって識は生ず﹂

又た契経に︑

芯調よ︑当に︑

能く 眼識 を生

︑ず

と説く経(第三経)に反する・・・識はプドガラに縁って生じない一五三

F N

H

十三

右 斗 四 六 四

=

一 二

O

五中ロ 同 様 に

︑ 復 た 別 の 経 有 り て

︑ 亦 た 此 の 執 に 違 す

︒ 一 維 に

︑ 比 丘 よ

︑ 眼 識 の 生 起 す る た め に は 比 丘 よ

︑ 眼 は 是 れ 因

︑ 色 は 是 れ 縁 に な り 眼 が 悶 で あ り

︑ 諸 色 が 縁 で あ る

︒ て

︑ 能 く 眼 識 を 生 ず

︒ それはいかなる理由でか

何を以つての故なるか

比 丘 よ

︑ 眼 識 な る も の は 何 で あ れ

︑ こ れ 一 切 の 所 有 の 眼 識 は

︑ 唯 だ 眼 に 因 り 色 に は す べ て 眼 と 諸 色 と に 縁

︹ っ て 生 起 す

︺ る 縁 り て 生 ず れ ば な り

︹からである︺︒ と︹説かれるからである︺︒

眼が因︑色が縁になりて と知るべし

諸々の所有の眼識は皆な眼と色とに縁︹り

て生ず︺るが故なり︒

と説ければなり︒

5

プドガラが所縁縁になる場合︑﹁識を生じる因・縁は無常なり﹂

又た︑若し爾らば(補特伽羅が所縁縁になるな

らば)︑補特伽羅は応に是れ無常なるべし︒契経

に説けるが故なり︒謂はく︑契経に︑

諸因・諸縁となりて能く識を生ずる者

は︑皆な無常性なり︒

と説 けり

の経(第四経)に反する

・・・プドガラは無常に非ず一五三

下 包 十

∞ 四 六

Z

O 5

四五中 そ し て

︑ こ の よ う

︹ に プ ド ガ ラ が 所 縁 縁 に な 若 し 汝 の 所 執 の 如 き な れ ば

︑ 此 の 人 は 謄 に 無 る︺ならば︑プドガラは無常であることになる︒常を成ずベし︒何を以つての故なるか︑といふ な ぜ な ら ば

︑ に

︑ 識の生起するために諸因となるものや諸 縁となるもの︑これらもまた無常である︒

と契経に説かれるからである

26 

と一五

へば なり

︒ 是れ困︑是れ縁となりて能く眼識を生ず

る彼れは︑皆な無常なり︒

と此の経に言へるに由るが故なり︒

一三ω N 転計︑所縁縁にならない場合︑識に識知されない五

下 回 十

三右

5

四六四区

一 二

O

五中

5

若 し 彼 れ は 遂 に

︑ 補 特 伽 羅 は 識 の 所 縁 に 非 ず

︑ ま た

︑ プ ド ガ ラ が こ

︹ の 識

︺ の 所 縁 で な い な と謂はば︑応に︹補特伽羅は︺所識に非ざるべらば︑しからば︑︹プドガラは︺こ︹の識︺によ し︒

って識知されない(ことになるさ︒

若し所識に非ざれば︑応に所知に非ざるべし︒

若し︹補特伽羅が︺所知に非ざれば︑如何ぞ︹補

特伽羅︺有りと立つるや︒

若し︹補特伽羅︺有りと立てざれば︑

を壊す

便ち自宗

若し汝が︑人は眼識の境に非ずと執すれば︑

人は則ち眼識の所知に非ざるべし︒

二節 経 に よ っ て 破 す

第二目プドガラが六識のすべてに識知される場合の失

己違宗︑プドガラは色などと不一不異なりとの宗に反する一五三下見十三左

N四六四呂一二

O

五中口

又 た 若 し

︹ 補 特 伽 羅 が

︺ 六 識

︹ 一 切

︺ の 所 識 ま た

︑ も し プ ド ガ ラ が 六 識

︹ の す べ て

︺ に 識 復 た 次 に

︑ 若 し 汝 の 立 つ る 義 は

︑ 人 が 是 れ 六 と為ると許せば︑︹補特伽羅はと眼識の︹所︺知されると是認されるならば︑こ︹のプドガラ識の所知なり︑とせば︑此の人は耳識の所知な 識 な る が 故 に

︑ 応 に 声 等 に 異 な る べ し

︒ ご は

︑ 耳 識 に 識 知 さ れ る か ら

︑ 色 と は 別

︑ も の で る に 由 る が 故 に

︑ 臆 に 色 と 異 な る べ し

あることになる︒

︹喰えば︑耳識に識知される︺声︹が色とは別

ものである︺がごとし︒

︹また︑プドガラは︺眼識に識知されるから︑

声とは別ものであることになる︒

︹喰えば︑眼識に識知される︺色︹が声とは別

ものである︺がごとし︒

同様にして︑︹プドガラが︺他︹香など︺とは

︹別ものであること︺についても︑準知される︒ 猶し︹眼識の所識なる︺色︹が声と異なる︺が如

し︒

︹又た︑補特伽羅はこ耳識の︹所︺識なるが

故に︑応に色等に異なるべし︒

警へば︹耳識の所識なる︺声︹が色と異なる︺

が如

し︒

︹補特伽羅が︺余識の所識となるにつきても

難を為すこと︑此れに准ずべし︒

ω N

違経

Z

根は各々自境を取ると説く経(第五経)に反する

又た此︹の補特伽羅︺を六識の所識と為すと

立つれば︑便ち経説に違す︒契経に言ふが如し︒

党志よ︑当に知るべし︒五根は︑行処・

境界が各々別にして︑各々︑唯だ自の所行

処と及び自の境界とのみを受用す︒異根も

亦た異根の行処及び異︹恨︺の境界を能く

受用すること有るに非ず︒五根とは調はく︑

眼・耳・鼻・舌・身︹の根︺なり︒

意︹根市)は兼ねて五根の行処及び彼︹の五

根︺の境界を受用す︒彼︹の五根FF︺は

一 五 四 上 目 十 三 左 品 四 六 回 口 三

O

五中包

そして︑︹六識すべての所知になれば︑つぎの︺

この経のことばが害なわれる︒

バラモンよ︑これら五根は︑それぞれ異

なる所行処を有し︑それぞれ異なる境を有

し︑おのおの自の所行処・境を領受するが︑

或る︹根︺が他︹根︺の所行処・境を領受

することはない︒︹その五市根とは︺すなわ

ち眼根・耳根・鼻根・舌根・身根である︒

意︹根市︺はこれら五根の所行処・境を領受

し︑そして︑意︹根市︺はこれら︹五根︿・

第 一 章 プ ド ガ ラ 説 を 破 す

警へば︹耳識の所知なる︺聾︹が色と異なる︺

が如

し︒

︹又た人は︑︺眼識の所知なるに由るが故に︑

鹿に替とは異なることを成ずべし︒

響へば︹眼識の所知なる︺色︹が声とは異なる︺

が知

し︒

齢の塵に於いても︑曜に亦た此くの如し︑と

知る

べし

第 一 編 槽 子 部 の プ ド ガ ラ 説 を 破 す

復た

次に

一粧

に一

五は

く︒

婆羅門よ︑是れ五根は各別の行慮︑各別

の境界にして︑是れ自の行慮・境界に因り

て彼れは各各受用す︒︑別な根は︑別な根の

行慮・境界を能く受用するに非ず︒︹五根

は︺調はく︑眼根・耳根・鼻根・舌根・身

根な

り︒

心は能く五根の行慮・境界を受刑す︒

故に︑心は是れ彼の所依止なり︒

此の

一粧

の文

句は

汝の

所執

に違

す︒

第 二 各 論

是の

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