S(t+s)−S(s)が平均0、分散σ2tの正規分布に従うことをきちんと確かめるためにはモーメ ント母関数を使えば良い。S(n∆t)のモーメント母関数は
E(exp(θS(n∆t))) = (1
2eθσ√∆t+1
2e−θσ√∆t )n
となる。∆t=t/nと置き換えて、指数関数をテーラー展開すると、奇数次の項が消える 1
2eθσ√
t/n+1 2e−θσ√
t/n= 1 +σ2
2ntθ2+o(n−1) したがって、
E(exp(θS(n∆t))) = (
1 +σ2
2ntθ2+o(n−1) )n
→exp (1
2σ2tθ2 )
(4.50) これは平均0、分散σ2tの正規分布のモーメント母関数に他ならない。
4.5.2 ブラウン運動
ブラウン運動の数学的な定義は次のように与えられる。
定義4.1 連続時間、連続状態の確率過程{X(t), t≥0}がブラウン運動(過程)であるとは、次 の条件を満たす場合をいう。
(1)X(0) = 0 (2)独立増分を持つ
(3)任意のt >0, s≥0に対して、X(t+s)−X(s)が平均0、分散σ2tの正規分布に従う。
P(X(t+s)−X(s)≤x) =
∫ x
−∞
√1
2πtσe−z2/(2σ2t)dz= Φ ( x
σ√ t
)
(4.51) 3番目の条件式の右辺はsによらない形をしている。確率が区間の幅だけに依存するという性 質は定常性と呼ばれ、{X(t)}は定常増分を持つと言われる。3番目の条件からサンプルパスは 連続であることは分かるが、同じ3番目の条件からどんなに小さな区間[s, s+t]であっても、そ の間にジャンプする量は上限がないので、なめらかな変化は期待できない。実際サンプルパスは 至るところ微分不可能となることが、微分係数の計算によって確かめられる。平均変化率の2乗 の期待値を計算すると
E
((X(t+h)−X(t) h
)2)
= 1 h2E(
(X(t+h)−X(t))2)
=σ2
h → ∞, (h→0) (4.52) となって、tにおける微分係数は有限の値に収束しない、すなわちtで(ということは任意の点 で)微分できない。
特にσ= 1の場合を標準ブラウン運動と言い、{B(t), t≥0}あるいは{W(t), t≥0}と記す ことが多い(W はこの確率過程を研究したWienerの頭文字)。
独立増分という性質を使うと、自己共分散C(X(t), X(s))が以下のようにして計算できる。
t > sとすると、
C(X(t), X(s)) =E(X(t)X(s)) =E((X(t)−X(s) +X(s))X(s)) =σ2s (4.53)
t < sの場合も同様に計算できるので、両方の場合を合わせて次の式が得られる
C(X(t), X(s)) =σ2min{s, t} (4.54)
練習4.16 標準ブラウン運動{B(t), t≥0}に対して、(1)B(s)B(t+s)の期待値を計算しなさ い。(2)B(s)とB(t+s)の共分散を計算しなさい。
4.5.3 最大値の分布、初到達時間
ブラウン運動の興味深い問題の一つとして、ある区間の間の最大値の分布を調べる。区 間[0, T]の間の標準ブラウン運動{B(t), t ≥ 0} に対して、その最大値をR(T)としたとき、
R(T)> a(>0)の確率を知りたい。サンプルパスが連続であることを使うと、直感的にも明らか な方法で答えを求めることが出来る。
命題4.8 標準ブラウン運動{B(t),0≤t≤T}に対して、その最大値をR(T)としたとき、その 補分布関数は次の式で与えられる:
P(R(T)≥a) = 2
∫ ∞
a
√1
2πTe−x2/(2T)dx (4.55) 証明a >0を一つ固定して{B(t),0≤t ≤T}のサンプルパスを、B(T)≥aとなるものと、
B(T)< aとなるものの二種類に分ける。B(T)≥aならば、R(T)≥aであることは明らか。
一方、B(T) =b < aでR(T)≥aとなるサンプルパスを任意に一つ考えよう。サンプルパス の連続性から、このパスにはB(t) =aとなるような0< t < Tがあるはず。その最初のtの値 をt∗としよう。ランダムウォークで鏡像の原理を説明したときと同じように、y=aを対称軸と して、区間[t∗, T]のサンプルパスB(t)の鏡像B(t)˜ を描く。区間[0, t∗]ではB(t) =˜ B(t)とす ると、B(t)とB(t)˜ は1対1に対応し、B(T) = 2a˜ −b > aとなる。逆に、任意のB(T)> aと なるサンプルパスには、その鏡像のB˜(t)が対応する。したがって、R(T)≥aでB(T)< aと なる確率はB(T)> aとなる確率と等しい。ということは、R(T)> aの確率はB(T)> aとな る確率の2倍に等しい。これが上の命題で主張したいことであった。2
このような考え方は、ランダムウォークの場合と同様、鏡像の原理と呼ばれる。
図9 ブラウン運動における鏡像原理
ブラウン運動のもう一つの興味深い問題として、状態aを初めて訪問する時間がある。
命題4.9 標準ブラウン運動{B(t), t≥0}に対して、状態a̸= 0を初めて訪問する時点をY と
したとき、その分布関数は次の式で与えられる:
P(Y < t) = 2
∫ ∞
a
√1
2πte−x2/(2t)dx (4.56)
証明Y < t、すなわち時刻tまでに状態aを訪問した、ということは区間[0, t]の間の最大値 R(t)が少なくともa以上、ということと同値である。したがって、上の命題を使って、次が成 り立つ。
P(Y < t) =P(R(t)≥a) = 2
∫ ∞
a
√1
2πte−x2/(2t)dx 2