• 検索結果がありません。

フランスの中古住宅取引における情報と専門家の役割

6.1 本章の目的、方法

日本では新築住宅の流通量が全体の約9割を占め、性能の問題は不動産業者の売主の瑕 疵担保責任強化で対応されてきたこと、成長社会では中古住宅売却時に土地が含み益を生 み、中古住宅の適正評価の需要が低かったこと、日本では住宅の永住意識が高く、中古住 宅の流通需要が低いことから、売主や買主による情報収集・開示による住宅の状態を明ら かにした取引形態が整備されてこなかったと考えられる。しかし、少子高齢化社会ではラ イフステージにあわせた住宅・居住地の選択需要が高まり、中古住宅流通需要が高まるこ と、その際土地の値上がり期待ができない成熟社会では環境に配慮し住宅の長命化と、そ の管理状態が市場で正しく評価されることへの期待が高まり、そのために適切な情報開示 による取引体制が求められ1、その体制整備が課題となる。

しかし、我が国でこうした体制導入には第 2 章で示した検討すべき 6 つの課題がある。

1. 情報開示項目をどのように広げるのか。日本では住宅取引の契約前に重要事項説明を行 うが、住宅性能の情報は少ない。

2. 開示情報、特に任意情報の信頼性をどう確保するのか。つまり、誰が情報を生成する のか。

3. 任意情報開示の実効性を高めるにはどのような方法が有効か。あるいは実効性を高め る為に法定開示項目を増やすべきか。

4. 契約に必要な情報を、取引期間を長期化させずにいつだれがどう調査・開示するのか。

不動産業者は既に取引時に多くの調査項目があり、新たな調査項目を課すことが取引の円 滑化推進に必ずしも寄与しない可能性がある。住宅購入申込み後に買主が情報を収集する 体制では、契約に至るまでに時間がかかり、情報収集調査を売主に拒否されないか。

5. 情報開示の推進の費用を誰が負担するのか。消費者は費用負担増加となり、市場の低 迷につながらないか2

6. だれが情報を開示すべきか。不動産業者だけの関与でよいのか。日本では重要事項説 明は宅地建物取引主任者が行い、そのための調査は宅地建物取引業者(不動産業者)が行 う。この体制でよいか。

以上の課題に対し、英米型のアメリカ、イギリス、オーストラリア等の中古住宅取引時

1 中古住宅流通の少ない理由として購入者の性能に関する不安が高いことがある。その解決方策とし て売主側の瑕疵担保責任強化が考えられるが、売主側(および不動産業者)の中古住宅流通意欲を阻 害する要因となる可能性が高く、現実には困難であること(参考文献9)、また入居後に瑕疵や修繕の 必要性の発見は、生活への影響が大きいこと、正当な価格で取引がされていない可能性が高いことか ら、瑕疵担保責任強化方策よりも、入居前に住宅の性能を把握する体制を整備することが必要である という視点から本章では考察する。

2 イギリスでは売主が物件情報を提供するHIP(Home Information Pack)の導入により取引コストが 増加し、住宅市場の低迷につながっている(文献10 本論文第4章)。また、アメリカの住宅取引体 制とわが国の体制を比し、アメリカでは買主負担は少ないが、売主負担は多くなり、取引コストは税 金も含めてアメリカの場合は日本の1.3倍である。その理由はアメリカの不動産業者は業務量に対し、

仲介手数料が高いとしている(文献11)。

76

に提供される情報、その生成および提供者、費用負担者等が明らかにしてきた3。これらの 国では、住宅取引における買主責任が強く、買主が自ら費用を負担し、専門家を雇用し、

住宅性能及び住宅の権利に関する情報を収集する体制を基本とする。しかし、中古住宅で は売買が成立しない場合でも買主に情報収集費用負担の必要性があること、契約に至るま での時間が長いこと等から、イギリスでは買主側の情報収集に加え、売主側から情報提供

をするHIP(Home Information Pack)制度が導入された。つまり、前述の検討課題の主に

第四、第五の問題を回避するためである。情報は売主側から提供されるが、その生成は売 主や不動産業者ではなく第3者による。こうした第3者による情報生成及びその情報の提 供を売主側に義務付けている国は、前述のイギリスと、フランス、デンマークのみである4。 そこで、本章では大陸型であり、売主からの情報提供を義務付けているフランスに注目し、

6つの課題を考察する。

フランスは人口6660万人(2015)、住宅数2628万戸(Insee , enquête logement 2006)、

中古住宅年間流通量59.4~78.3万戸(2010年実績 INSEE、2001~2008年は年間約80万 戸)5で、日本の人口は約半分であるが、ほぼ同量の年間住宅流通量があり、その約7割が 中古住宅であるという住宅市場である。その状況の中で不動産業者は売主側の業者のみの 体制が多く、アメリカ、イギリス、オーストラリアのようにサーベーヤーやインスペクタ ーの専門家の立会いは少ない。つまり、日本の中古住宅取引体制と似ている。しかし、売 主からの情報提供の制度がある。イギリスのHIP制度では売主側から提供される情報の信 頼性や有効期間、売主負担で行うために買主の情報への関心が低い等の課題である6ので、

フランスの売り主側からの情報提供制度の効果及び課題についても明らかにする。

また、フランスでは区分所有型マンションの管理の状態を中古住宅購入予定者があらか じめ把握できる制度がある。第2章に示したように、マンションの中古住宅売買において は購入検討段階から管理情報の把握が必要である。管理情報の蓄積・開示の制度と、その 影響・効果についても明らかにする。

調査は 2008年3月にフランスパリで関係者及び住宅購入経験者に聞取調査および資料 収集を実施し、2008年12月に再度、関係者への聞取調査と資料収集を実施した7。また、

3 アメリカ(カリフォルニア州)では住宅取引の約8割は中古住宅で、買主側に売主側と独立した不 動産業者(免許制)が買主のために取引住宅の情報を集める。この業者と、建物検査を行うインスペ クター(住宅検査士)、エスクロー等の専門家が住宅取引に立会う。売主側から提供される情報開示 レポート(告知書:TDS)、不動産業者により作成される契約合意書、インスペクターによる住宅検 査書等の情報が提供される。イギリスでは住宅取引の約9割は中古住宅で、通常は不動産業者(免許 制ではない)は売主側の業者のみの体制である。しかし買主はサーベーヤーを雇用し、建物の検査・

評価を依頼する。またソリシターが買主の代理として取引に関与し必要な情報を収集する。オースト ラリア(クイーンズランド州)では住宅取引の約8割が中古住宅で、多くは不動産業者(免許制)は 売主側業者のみが多い。買主はインスペクターを雇用し、建物の検査を依頼する。またソリシターが 買主の代理として取引に関与し必要な情報を収集する(参考文献3.4.5、本論文第3章、第4章、第5)。

4 文献9。日本は第3者でないためここには含めていない。

5 篠原 二三夫:基礎研レポート 欧州住宅市場の現状と今後~ EU 危機は米国を上回るのか ~ 2012.6.29 より

6 文献4。

7 フランス公証人連盟(Chambre de Notaire en France)、フランス不動産業者連合「FNAIM」、フランス 再生資源開発及び国土調整省(Ministre de l’Ecologie, de l’Energy de Développement durable, et de l’Aménagement du territoire)、不動産業者、公証人、弁護士、建築士、住宅購入経験者などに聞取調

77

マンションの情報開示制度の調査は2009年3月および9月にパリにて実施した。

6.2.住宅売買取引制度(中古住宅の場合)

①住宅売買取引の流れと費用負担者(図6-1.表6-1)

売主が情報提示する中古住宅売買取引の流れと費用負担者は次の通りである。消費者が 住宅を購入する場合、不動産業者の店舗に出向き、物件紹介を受ける場合と情報誌で売買 情報を把握し、売主に直接交渉する場合がある。不動産業者が関与する取引は全体取引の 約半数8である。また、住宅取引の66.4%9が中古住宅取引である。

中古住宅売買時に売主がディアグノスティック(Diagnostic不動産売買に必要な法定測 量及び鑑定)を行い、住宅を売りに出す。ディアグノスティックは電気、ガスの効率性や アスベスト、白蟻等の検査で、1997年以降法的義務となり、段階的に項目が増えている。

売主が費用を負担し、仮契約までに測量・鑑定を依頼する。費用は部屋数か住戸広さ(㎡)

により決まり、400~600ユーロが多い。

買主は購入希望物件を見つけ、不動産業者を通じ、あるいは直接購入希望の意思を伝え る。売主が購入希望を受け取り、売買に関する合意が成立すると、「購買提案書」を作成す る。買主が提案価格を提示し、その書類に署名をし、金額が売主と合意するとその書類に 署名をする。この段階では完全な成立ではなく、「合意」と見なされる。売主は、買主が提 示する提案価格が、宣伝販売価格(媒体や仲介不動産業者の販売書類等に明示されている 価格)より低い価格の場合は署名を拒否することができるが、提案価格が宣伝販売価格に 同額もしくはそれより高い価格で提示された場合は、提案を受け入れ、署名する義務があ る10。同書類に双方からの署名が完了すると、公証人(Notaire)に依頼し、仮契約に進む。

売主と買主が売買合意を交わし、仮契約に進む間、買主側には7日間のクーリングオフ 期間がある。売主側には原則としてクーリングオフはない。合意を撤回する場合は、売主 は物件所在県の簡易裁判所へ申し出て、購買提案書の無効手続きを取らなくてはならない。

仮契約は、売主と買主が公証人の前で「購入誓約書」に署名する。この段階で売買が成 立する。物件価格の6~10%の金額を、売主・買主ともに公証人に預ける。この時点で公 査と資料収集を実施した。

8 現地での聞取調査及び文献6など。

9 本数字は文献 1 のものであるが、以下の統計によると、パリを含むイル.ド.フランス県 2008 年 4 月~6月に関しては、88%となる。

・同県の中古住宅物件総取引数(2008年4月~6月);42,100件(内集合住宅28,700件、一棟家屋 12,700 件)(出典:イル.ド.フランス県公証人連盟、Immobilier Mensuel)Notaires Paris- Ils de France, Immobilier Mensuel, juillet 2008。・同県の新築物件総取引数(2008年4月~6月);4,076 件(内集合住宅3,960件、一棟家屋 665 件)(出典:フランス再生資源開発及び国土調整省統計)、 Ministre de l’Ecologie, de l’Energy de Développement durable, et de l’Aménagement du territoire, SESP Infos Rapides, N°450, août 2008。・中古住宅取引数/(中古住宅取引数+新築住宅 取引数)×100(%)により88%となる。

10 この規定は売主と業者が交わす MANDAT(物件売却委任状)に明記されている。署名した価格は 変更できるが、その度書面(署名付)で価格変更を業者へ通知する必要がある(1979年7月13日法、

79-896項)。