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イギリスの中古住宅取引における情報と専門家の役割

4.1 本章の目的と方法

アメリカでは多くの情報を売主と買主自らが収集し、売主にも情報開示義務がある。し かし、日本では中古住宅の売主や買主の一般消費者には情報の収集、開示義務を課してい ない。情報開示は、両者の仲介、あるいは売主となる不動産業者に対して課している。つ まり、現在、わが国では住宅取引上の情報の非対称性文献1による問題を予防するために、

法による規制と誘導は不動産業者に対して行われている。

不動産業者に課している情報開示義務は、第一に、住宅購入の一次的な情報である広告 に関する規制がある。具体的には宅地建物取引業法(宅建業法)では、宅地や建物の所在 地や規模、形質、環境、利用の制限、交通その他の利便、販売代金の額と支払方法などの 広告表示について規制している。不当景品類及び不当表示防止法では、価格や取引条件に ついての表示の規制がある。同業者あるいは実際のものよりも著しく有利だと購入者に誤 解を与えるような表示は不正広告とみなされる。不動産業界には自主規制のため不動産の 表示に関する公正競争規約がある。内容は、必要な表示事項、表示の基準、不当表示の禁 止などの取決めである。

第二に、契約時の情報に関する規制がある。住宅などの不動産売買の際、契約成立まで に不動産業者・仲介業者の宅地建物取引主任者が、購入者の意思決定に重要な影響を及ぼ す項目について重要事項として説明することが宅建業法で決められている。

第三に、住宅性能に関する情報として、住宅の品質確保の促進等に関する法律に基づく、

住宅の性能表示制度がある。

以上のように、性能表示制度や宅建業法の改正により重要事項説明の項目を増加し、情 報の非対称性を解消する取組みが行われている。しかし、現段階ではまだ、情報の非対称 性が十分に解消したとは言い難い。それは、情報開示義務は不動産業者にのみ課せられ、

購入予定者が自ら情報を収集することができず、住宅を購入する意志を決定する上で重要 な情報を限定された形で、契約当日1、あるいは売主側からしか得ることが出来ない制度だ からである。これらのスキームでは、中古住宅売買において 宅建業者の情報収集能力の みが求められるが、果たしてそれで十分であろうか。

現在、中古住宅取引における情報不足からの課題として2、一つには金融面の課題として、

築年数がたった住宅購入の融資の困難さがある。これは、建物の性能の情報に基づいた、

融資や税を考える体制が確立されていないからである。二つめには瑕疵担保責任の問題が ある。多くの中古住宅取引では、不動産業者が媒介し、前所有者が売主になることから瑕

1 宅建業法では、契約までに重要事項説明を行えばよい。そのため、実態では契約当日、契約の一 連の手続きとして実施されることが多い。結果、消費者の多くは、重要事項説明が実施されたこと を自覚していないことがある。2007年9月・2008年2月実施のマイホーム講習会(明海大学等主催)

参加者172名のアンケート調査では住宅購入経験者の約50%の人が「重要事項説明を受けた記憶が ない」と回答している。

2 中古住宅流通に関する問題・課題は融資や税、瑕疵保証制度上の課題のほかに、プランの汎用性 なども大きい(文献 5)。

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疵担保責任の適用を免れることができる。また、現状有姿による取引が多く、中古住宅と して瑕疵物件を購入した者は、売主に瑕疵担保責任を要求できない。三つめには、中古住 宅の生産履歴や修繕履歴がなく、瑕疵や性能の予想がつきにくく、価格の妥当性が判断で きないことがある3。つまり、これらが阻害要因となる。

以上を踏まえると、第一の問題として、住宅性能に関する情報とそれに伴う評価が不明 瞭な住宅取引制度であること、第二の問題は、買主の意志で契約に先立ち、それらの情報 が得られない仕組みとなっていることがある。そこで、住宅取引における問題を予防し、

中古住宅の流通促進のためには、買主の意志により、買主が情報を必要とする時に、住宅 の性能等に関する情報とそれにみあった価格評価(査定)を、経済的な対価で容易に知り 得る仕組みが必要である。

以上の課題に対し、第3章でみたアメリカでは買主側で、売主側と独立した不動産業者 が、買主のために取引住宅の情報を集める。この業者と、建物検査を行うインスペクター

(建物検査員)、エスクロー等の専門家が住宅取引に関与する。消費者が希望する情報を消 費者の意志により容易に安価で収集できる取引制度が普及している文献2及び第9

アメリカと同じ英米型であるイギリスでは、住宅取引の 9 割は中古住宅であり、わが国 と同様に、通常、不動産業者は売主側の業者のみの体制である。しかし、買主はサーベー ヤ(Surveyor)を雇用し、建物の検査・評価を依頼する。サーベーヤは建物の検査を行い、

その結果に基づいて住宅の評価を行う。つまり、買主が情報を必要とする時に、住宅の性 能等に関する情報とそれにみあった価格評価(査定)を知り得る仕組みである。また、ソ リシター(事務弁護士)が買主の代理、別のソリシターが売主の代理として取引に関与す る。こうして、アメリカと同様に基本は買主の意思により、買主に必要な情報が入手でき る体制がある。そこに、売主側から情報提供をする体制として、住宅情報パック(HIP:home information pack)の提供が義務づけられた。こうした制度はどのように住宅取引制度に 影響を与えるのか、効果は何かを明らかにする必要がある。

イギリスの法制度はイングランド及びウェールズとスコットランドとで異なっている ため、本章はイングランドをとりあげて、法制度、実態をみることにする。イングランド の人口は日本の約半分の約 5300 万人、住宅数 2155.4 万戸(出典:English Housing Survey 2009-10: Household Report, Table 1.1)、既存住宅流通量は 71.1 万戸4と、既存住宅総量に対し ての既存流通量が多い。こうして、中古住宅が我が国よりも多く頻繁に取引されており、

我が国の人口約半分で既存住宅流通量が約1.6倍の住宅市場となっている。

わが国と同様の「不動産業者は売主側の業者のみ」の取引体制であり、かつ中古住宅流 通が多い(住宅取引の約9割が中古住宅である)イギリスを取り上げ、住宅取引時に必要 な情報、情報を収集する専門家の役割、売り主からの情報提供制度の効果・意義について

3 中古住宅の売買は、新築住宅の売買に比べ、取引費用が高いことも流通阻害要因となりやすい。

この場合の取引費用とは中古住宅取引おける手数料(不動産仲介業者への手数料、税等)および取 引にかかる時間コストを含む。

4 イギリス:コミュニティ・地方政府省(URL http://www.communities.gov.uk/)により、既存住宅流 通戸数は、イングランド及びウェールズのみで、住宅取引戸数には新築住宅の取引戸数も含まれる ため、「住宅取引戸数」-「新築完工戸数」を既存住宅取引戸数としている(国土交通省資料:中 古住宅流通促進・活用に関する研究会 2013.6 ttp://www.mlit.go.jp/common/001002572.pdf )。

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分析を行う。なお、調査は、2005年4月から2006年3月、2007年5月、2008年3月に イギリスで関係団体5および住宅購入経験者にヒヤリング調査および資料収集を行った。

さらに、HIP廃止という住宅取引制度に変化があったために、再調査として2010年9月にイギリ スロンドンで関係団体等への聞き取り調査および建物検査を実施し、関連資料を収集した6。 4.2 住宅売買取引制度

①住宅売買取引制度

住宅を購入する場合は、不動産業者の店舗・事務所に出向き、物件の紹介を受けること が多い。物件の販売中である表示(「SALE」の看板)7、ローカルニュースペーパーやイ ンターネットが消費者にとっての一次情報である。新築住宅の取引の場合は、販売事務所 とモデルルームが作られ、開発会社あるいは販売会社を通じる。

中古住宅の売買の場合は、買主は購入希望物件を見つけ、不動産業者を通じて購入希望 の意思を伝える。売主が購入希望を受け取ると、売買に関する仮の合意が成立する。しか し、契約書作成までは、売主・買主いずれも法的な罰則なしに取り下げることができる。

日本では、口頭約束で売買が成立する8が、イギリスでは契約書作成が契約成立を意味する。

契約時に買主は通常売買価格の1割程度を、履行保証の意味で支払う。単に一時金として 支払うと、違約手付けとはならない9。また契約を条件付にできる。例えば、「買い替えが いつまでに成立した場合」などである。

原則として、不動産売買では買主側と売主側それぞれ別の不動産業者が担当する10。し かし、住宅は取引金額が相対的に低いため、1 社が売主・買主側を仲介する。不動産業者 は売主側で、売主側から手数料を得る。買主は、購入を決める前に、自らサーベーヤを雇 用し、建物調査と不動産評価調査を実施する。雇用するサーベーヤを知人・不動産業者か らの紹介や、サーベーヤ協会(RICS)のホームページから検索して選択する。サーベーヤ は依頼を受け、住宅の建物検査及び不動産鑑定評価を行い、その報告書を依頼人に渡す。

住宅購入希望者にとっては、対象住宅の購入とその場合の購入金額を決める重要な情報と なる。買主・売主が、それぞれのソリシター(事務弁護士)に、取引住宅や取引関係に登 記や法的関係や都市計画上の問題がないかの調査を依頼する。銀行やビルディングソサイ

5NAEA(National Association of Estate Agents)、ARLA(Association of Residential Letting Agents)、RICS

(Royal Institution of Chartered Surveyors)、ARMA(Association Residential Managing Agents)と不動 産業者、不動産学部のあるレディング大学、ケンブリッジ大学教員へのヒヤリング調査を実施した。

NAEA;会員約10,000。ARLA;会員約600。RICS;1868年に設立されたサーベーヤ協会、会員121カ 国106,000。ARMA;会員187会社、共同住宅の約50%を管理している。

62010年の調査結果を元に、本論文の情報を更新している。

7イギリスでは保全地区をはじめ、景観形成に関する規制が多いが、不動産売買・賃貸の看板の掲示 は認められており、重要な情報源と考えられている。

8 日本での契約は、契約書を必要とせず、口約束で成立する。

9 文献3 p.35。

10 住宅の多くの取引では買主側の不動産業者は省略される。尚、不動産業者の手数料は法律で規定 はなく、表4-10に示す他に広告費等の実費と税金である。