5.1 本章の目的、方法
建築が長く使われるには、市場で循環し、所有者が変わっても利用されつづけるための 体制を整備することが必要である。しかし、日本では既存の住宅が中古住宅として市場で 流通し、再利用される率は低い。その理由の一つとして、中古住宅市場における情報の不 足、そして情報を収集する第3者の立場の専門家による取引体制の不備があり、アメリカ、
イギリスについてみてきた。ともに売主・買主責任があり、アメリカでは売主・買主それ ぞれに不動産業者が代理として関与し、イギリスでは売主・買主それぞれにソリシターが 代理として関与する形態である。さらに物的性能の把握には、アメリカではインスペクタ ー、イギリスではビルディングサーベーヤが関与し、建物情報を開示した取引体制が整備 されている。
英米型では同様の体制が整えられるのか。そこで、オーストラリアに注目し、中古住宅 取引における情報の質と量、および取引時における専門家の役割を明らかにする。さらに、
取引を円滑、効率的に進める仕組みとして、地方自治体による情報の蓄積・開示の制度の 実態を明らかにする。
取り上げる州は、中古住宅取引が多く、かつ木造の住宅が多い、クイーズランド州であ る。クイーンズランド州は、英米の影響を受け、かつ地方自治体による情報の生成・蓄積・
開示制度があり、買主および買主に依頼されたソリシターが行政から必要な情報を入手で きる体制がある。また、クイーンズランド州は、オーストラリアのなかでも、不動産業界 が売買時契約時にインスペクションを必要項目にし、建物検査員資格を消費者保護の立場 からいち早く整備し、住宅建設に関する保険も行政で実施している消費者保護施策が強化 されている州である。
クイーンズランド州は、日本の人口約20分の1の人口456.5万人(2012 、Queensland Treasury and Trade )、住宅数188.9万戸(Queensland Government household and dwelling projections, 2011 edition, Office of Economic and Statistical Research, Queensland Treasury.)で、
住宅取引の約 8 割が中古住宅(1999年)である文献1という住宅市場である。
調査は 2009 年 3 月に、関係団体へのヒヤリング調査と資料収集を実施した。
5.2 中古住宅売買の取引の流れ
住宅1を購入する場合は、不動産業者のインターネットや雑誌、業者の店舗・事務所に出 向き、物件を把握する。中古住宅取引の流れは表 5-1 のとおりである。
1 オーストラリアでは土地と建物は一体の不動産として取り扱われる。
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表 5-1. 中古住宅購入のフロー
1. 売主が物件情報を不動産業者を通じて提供する。
2. 買主が物件情報を入手する。
3. 買主が物件を見て申込む。価格を交渉し、融資の手続きをする。
4. 融資機関は不動産鑑定士を通じて建物評価をする 5. 物件を抑えるために、買主は申込金を支払う。
6. 買主、売主は各々ソリシター(事務弁護士)と契約する。
7. 買主はソリシターに物件の調査を依頼する。
8. 買主ソリシターは登記や地方自治体から情報を収集する。
9. 売主ソリシターが契約書を作成する。
10. 売主ソリシターから買主ソリシターに契約書を渡す。
11. 契約書を確認する。締結前に FORM30Ⅽでクーリングオフの手続きをする。FORM27Ⅽ で売主から買主に情報を開示し、契約を締結する。最終購入価格、引渡しの日を決 める。建物検査(インスぺクション)の日時等を記載する。
12. 買主は価格の 10%の金額を holding デポジットとして信託機関の信託口座に預け る。決算までの保全口座となる。
13. 登記する(公信力がある)。
14. 決算する。残金を払い、住宅の引渡しをうける。
住宅(購入前)検査は契約時に検査(期限)日2を契約条件とし、契約後に建物検査と害 虫検査を行うことが多く、問題があれば契約を解除できる3。
売買契約・決算が終了した時点で、買主がローンを利用した場合は銀行が、現金購入の 場合は買主のソリシターが、物件情報と最終価格を、州政府の自然資源省(登記所)に提 出することが法的に義務付けられている。
5.3 住宅売買取引制度の変化(問題とそれへの対応)
2000年法(Property Agents and Motor Dealers Act 2000)は、消費者保護の視点から 業者への規制を厳しくしている。FORM30Cにより、契約の前に書面に署名すれば、5営 業日間のクーリングオフが可能となる制度が導入された。これは、不動産業者免許のない 広告会社等から強引に営業され、契約した消費者が多く、社会問題化したためである。2001 年7月から開始した。FORM27Cでは、売主不動産業者による買主への情報開示制度を開 始している。これは、消費者保護の一環として、不動産業者が誰から手数料を得るのかを 開示することが目的である。さらに、売買可能価格を売主に低く提示し、買取り、それを 買主に高値で販売する等の問題があったことからCMA4として、価格の妥当性を示すこと が必要となった。
米国の多くの州で見られる、売主による住宅の状態の開示書(TDS;Transaction
Disclosure Statement)を添付する取引制度ではない。クイーンズランド州では不動産
2 期限は14日が設定されることが多い。
3 ソリシターによる調査も契約後の実施が多い。その為,通常12日間かかる自治体調査は別料金を支 払うと3日まで短縮できる(ブリスベン市)。
4 Comparative Market Analysisは2000年法(PAMD)574Aに規定されており、不動産業者は、
5km以内に立地する最近6カ月内の取引物件3以上を提示し、価格の妥当性を示すことが求められ、
書類の7年間の保存義務がある。
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協会5が1996年の標準住宅・住宅地契約書の改定時に、住宅検査(期限)日を取り決めて 契約をし、検査の結果、問題があれば、契約解除できるようにしている。
5.4 取引に立ち会う専門家
①住宅取引に関与する不動産業者
不動産業者は売主あるいは売主の代理となる。Buyers agentsという概念はあるが、
実際に利用されることは少なく、基本的には不動産業者は売主側の代理人である6ことから、
売主が不動産業者に手数料を支払う7。
不動産業には免許が必要である。不動産免許は州ごとに必要であり、州公正取引委員会
(Office of Fair Trading)が出す。免許には、フルライセンス(業者用)、とセールスパ ーソンライセンスがある。前者は個人・会社が持ち、不動産業として会社を経営できる免 許であり、日本で言う業者免許である。最低23科目8の単位を取得し、18歳以上で、信託 口座を持ち、保険加入等が必要となる。後者(証明書:Certificate of Sale)は不動産業の 販売に係わる全員に必要なものである。18歳以上で、7科目の単位を取得する必要がある。
通常、1科目の講座は約半日で、最終試験はテキスト持込みで実施される。科目は、金融シ ステム、リスク管理、不動産評価、クライアントとの付き合い方、不動産市場、不動産売 買、売買のプロセス、不動産賃貸、プロパティマネジメント、不動産レポート、オークシ ョンによる不動産販売、信託口座の維持、マーケットプラン、不動産管理、不動産情報、
書類管理等である。
②ソリシター(事務弁護士)
ソリシターは売主、買主の各々の代理の役割があるため、各々が別の人を雇用する。買 主側ソリシターは物件に関する調査の他、取引全般に関する手順の紹介や他の専門職業家 の推薦等を行う。調査は、公的な情報と売主の情報(破産状態にないか、本当に売る権利 のある人か)などを調べる(調査内容は表5-2)。尚、ソリシターの代わりにコンビヤンサ ー(Conveyancer 譲渡書士)が認められる州もあるが、クイーンズランド州では認められ ないため、取引のほとんどで、ソリシターが雇用される。ソリシターは州の資格で保険加 入義務がある。
5 The Real Estate Institute of Queensland;州の不動産業者の約85%が所属しており、免許に関す る教育等を実施している。協会加入の会社は協会倫理規準に従う必要がある。
6 一般契約、専任契約、専属専任契約の違いがある。後者2つの契約では60日以内とすることが規 定されている。
7 (売買価格×2.5%+450)×1.1(10%の消費税)AUドルが上限と法で規定されている。買主は媒介 手数料を支払わないが、ソリシター費用(約2000~4000AUドル)や建物検査や害虫検査費用(各 約350ドル)を支払う。
8 講習を実施する機関により科目、科目数などが異なる。本例は、不動産協会が実施する場合である。
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表 5-2. ソリシターが調べる内容9
・登記簿調査(日時;決算時も含め2回)
・登記されている図面
・税金調査・水道利用料調査
・下水・排水管位置調査
・建物記録調査(建築許可等)
・道路調査 ・洪水調査
・汚染地調査
・エネルギー調査
・裁判所からの通知調査
・保険調査・電話線調査など
③住宅検査士(インスペクター)
オーストラリアでは「メルボルン周辺で大きな建物の売買には住宅検査が行われており、
それが他の州に広がっていった。検査は、Australian Institute of Surveyorの会員の ビルディングサーベーヤが中心となり、行っていた。しかし、免許が必要なかったことか ら、建築士が住宅検査に参入し、さらに建設会社も住宅検査に参入するようになった。
クイーンズランド州では、古い木造住宅が多く、売買契約時にシロアリや腐朽によるト ラブルが多発した。それらの売買契約に関するトラブルから不動産業者を守るために、
1994年に州不動産協会はモデル売買契約書のなかに、住宅検査の有無を記入する欄を設け、
売主にその書類の添付義務を課し、買主にその請求権を与えていた。書類が添付されてい ない場合、それを請求しない買主の責任となる。しかし、それでも売主側の虚偽行為が多 発し、トラブルの予防とならなかったために、1996年にモデル売買契約書を改定し、契約 解消期限を検査実施日の17時とし、その日を契約書に記入することにした。これにより、
住宅検査義務は買主側となり、売買に関するトラブルを回避できるため、不動産業者は買 主に住宅検査を積極的に進め、飛躍的に普及することとなった。」10
また、クイーンズランドでは、住宅及び付属物を検査し、助言や報告書を作成する住宅 検査員(インスペクター)は、1991年のBuilding Service Authority(BSA) Actに 基づいて、2000年7月1日から免許制となり、州の建設関係免許を統括するBSAで資格 認定を受け、専門の分野の免許(Completed Building Inspection Licence)を取らなけれ ば業務ができない11。違反すると罰せられる。購入前住宅検査士の資格取得には、1.建設 業免許保持者(builder)、2. 5年間のビルダーかBS(建物検査員)としての実務経験、
3.職業賠償保険加入が必要である。約9割の中古住宅購入者が住宅検査を利用している。
④不動産鑑定士
不動産評価をするのは不動産鑑定士(valuer)で、大学で関連分野を学び、2年の実務経 験が必要である。不動産鑑定協会(Australian Properties Institute)に約9割が所属する。
9 登記簿調査(登記簿上の住所、登記番号、登記簿上の所有者、付帯負担、登記されているリース、
差し止め請求)、登記されている図(図面の場所と付帯負担)、地方行政税金調査(市税の情報)、地 方行政都市計画、地方行政下水道配水管計画、地方行政建築記録調査、土地税、交通省が許可してい る交通網申請、主要道、汚染調査結果、裁判登録、水道使用量、歴史的建造物、電話線など、その他
(洪水、都市計画、プール規制、海岸線管理、海岸保護、遺産指定、採掘権など)。
10 既存住宅検査システム研究会:既存住宅の検査制度の実現に向けて p.9 2001.9.30
11BSAでは2009年3月現在58の免許を提供している。