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[ ―「よきドイツ」の「夜明け前」??― ]

1 自叙伝的長編小説

ナチズムという世紀の悲劇は、マンの場合、自己の初期作品群の中心主題となっていた芸 術家の疾患の問題と本質的には同質同根のものとして把握されていた。それは、マンが亡命 生活によってはじめて会得することができた震撼的な認識にほかならなかった。『ファウス トゥス博士』という作品は、それ故、自己のデーモンによって破滅した天才的な芸術家の生 涯と、ナチズムという文化の国ドイツの有史以来の悲劇を相互有機的に関連づけて描いた長 編小説とならねばならなかった。そのため『ファウストゥス博士』は芸術家小説であると同 時に時代小説となっていた。『ファウストゥス博士』という大樹の根っ子となっていたのは、

青春というマン文学の揺籃期の問題意識であった。したがって『ファウストゥス博士』は、

「トーマス・マンが捨て去ったかに見えた幾つかのテーマの執拗な持続」(ブランショ)1 を、すなわち、マンの青春の問題意識の肉化と再生を意味する作品となっていた。彼の青春 時代の実存的情熱は不死鳥のように蘇ってきた。この作品は、二十世紀最大の危機であった ナチズムと対決したときの問題意識と、自己の人生の根源的危機体験となっていた青春時代 の問題意識とを相互関連的に統合させていくことによってはじめて成立した、ポリフォニッ クな作品となっていた。このように「古いものを土台にして仕事を続ける利点」(11-1 58)を活用することによって、マンは自己の文学と人生の総括の書『ファウストゥス博士』

をはじめて完成し、晩節を全うすることができた。『ファウストゥス博士』成立の鍵を解く ためには、青春時代マンは芸術創造の問題とどのように取組んでいたか、改めて見ておかな ければならない。

マンの名声を世界的にしたのは、生まれ故郷である北ドイツの商業都市ーリューベックの 豪商の没落を年代記的に描いた長編小説『ブッデンブローク家の人々』であった。この作品 においては、現世肯定的な市民の家系が、洗練された教養や芸術的素養を身につけると共に、

生活能力を失い没落していく過程が冷静克明な筆致で描きだされていた。美と芸術を最後の 響きとして没落していくという、由緒正しい市民の家系の末路はマン家の運命そのものであ った。『ブッデンブローク家の人々』は、市民の末裔であるマンがこのような青春の人生体 験を主題化した作品であり、同時にまた、「市民の芸術家への発展」(12-140)という 世紀末の典型的な問題に診断のメスを入れた長編であった。このように自叙伝的小説である と同時に文明批評的小説であった『ブッデンブローク家の人々』においてマンは、自己の師 匠であり縁者であった十九世紀のヨーロッパやロシアの長編作家が至芸としていた、自然主 義的手法を縦横に駆使していた。マンのこの処女長編は、小説らしい小説が育ちにくいドイ ツの精神風土にはじめて誕生した本格的な小説であった、と言っても過言ではない。『ブッ デンブローク家の人々』はマンの全作品のなかでもっともポピュラーな小説であった。マン は以後こういう小説は書かなかった、否、もはや書けなかった。マン自身も『「ファウスト ゥス博士」の成立』のなかで以下のように告白していた。

私の全作品のなかで残るよう定められているのはこの処女長編ではなかろうか、と思案 している。私の<天与の使命>はもうこれで終わっていたに違いない。私のするべきこ とは、以後の長い人生をいちおう価値あり興味深いものにしていくことだけだ(中略)。

私は当時こう記していた。(11-190)

[マン特有のイローニッシュで自嘲的なポーズを感じさせはするけれども、これはマン自身 の本心でもなかったろうか。この作品の登場人物はその時その場に生きているように活写さ れており、人生そのものを痛感させずにはいない。分かりやすいけれども、通俗性に陥らず、

全体は格調高い芸術作品となっている。事実、マンはこの長編のようにほんとうに小説らし い小説は以後書かなかった。否、書こうにも書けなかった。この痛恨の事態は、マン個人の 次元を超えて二十世紀の小説が直面していた時代の宿命となっていた。処女長編『ブッデン ブローク家の人々』はマン文学の完成と共に終焉となっていた、と作者と共に言えぬことも ない]。しかしながら、「以後の長い人生をいちおう価値あり興味深いものにしていく」ため に、マンは如何に心血を注いできたことか。文字通り死命を賭けていた。そのための基礎は じつはこの作品によって築かれていたわけで、このゆるぎない事実を度外視してマン文学を 論じるのはおよそ無意味ではなかろうか?

マンは、ゲーテの言葉を引用しながら、この処女長編の来歴を『考察』のなかでこう語っ ていた。

ほんとうに美しい言葉であるが故に、『詩と真実』のなかの言葉を引き合いに出すならば、

私は「能力旺盛な青年時代に、今過ぎ去ったものを捉え、大胆至極にも機を見てそれを 世に問うた」。この大作によって私は同時に、以後の創作が立脚することのできる人間 的・芸術的基盤を築いておいた、――(後略)。(12-90)

ここにおいては亡びゆく市民の末裔たちの哀切きわまりない人生が万感胸に迫る思いをこ めて描きだされていた。しかし同時にまた、生への意志を喪失した彼らの退嬰的生活態度に 対する、作者の鋭い観察と批判の目が光っている。次作『トニオ・クレーガー』においてマ ンは、この批判の刃をさらに研ぎ澄まし、市民の末裔である芸術家の生き方の問題に診断の メスを入れていた。『ブッデンブローク家の人々』も『トニオ・クレーガー』もマンの青春 の始源体験をそれぞれ主題化した自叙伝的作品であった。デカダンスという市民文化の末期 現象を取り上げたこれら双方の作品において、「以後の創作が立脚することのできる人間 的・芸術的基盤」が構築されていた。マンは『考察』のなかで『ブッデンブローク家の人々』

を「ヴァイオリンの響体」に、短編『トニオ・クレーガー』を「大小説という自家製の楽器 の上で奏でられた歌曲」に譬えていた(12-90)。前者は「全く造形的であり芸術その もの」であり、それに対して後者は「問題提起的なもの」に魅了されがちな当時の知的な若 者の胸を打って止まない作品であった(12-90)。標題と同名の青年芸術家を主人公と

していた『トニオ・クレーガー』は、芸術作品そのものとしての価値よりも芸術家の問題意 識の展開に重点の置かれた作品であった。だから、マン自身も後年『略伝』のなかでこの評 論のような短編を、「今日でもすべての著作のなかでもおそらく自分の心にもっとも近く、

今も若者に愛されている物語」(11-115)と評していた。マン自身の自叙伝ともなっ ていた、この作品で披露されていた問題意識とはどのようなものであったのか、その内実に ついて考えるとき直ちに思い浮かんでくるのはニーチェの以下の洞察である。

芸術家を条件づけているのはいくつかの例外的な現象である。それらの状態はすべて病 的な現象と深く親和し癒着している。だから、芸術家であって病気ではないということ はおよそ不可能と思われさえする2

創作の活力源が枯渇してしまった近代においては自然で素朴な芸術創造はもはや不可能で あった。芸術は、危機の瞬間に自己の能力のすべてを賭ける芸術家の透徹した認識の所産と ならざるをえない。近世以降の芸術とは、じつは、生命力の衰退を代償としてはじめて成立 しうる、文化の末期現象にほかならない。ニーチェによれば、このようなデカダンスは近代 文化不可避の運命となっていた。ここで『トニオ・クレーガー』に目を転ずるならば、主人 公は、「自分の生命をそのための代償にしないならば、芸術の月桂樹からただの一葉たりと も摘みとってはならない」(8-305)という自己の運命を嘆いていた。芸術家は、創作 活動に専念しようと思うならば、人生との正常な繋がりを断念しなければならない。そのた めに、健全な市民生活を営む上でもっとも重要なバランス感覚が芸術家には欠如していた。

芸術家はともすれば破滅しがちな人間である。ニーチェが言う「病的人間」こそは、華麗な る創造に精神の焔を燃やす芸術家の実像であった。ブランショが指摘するところであるが、

マンは、ジッド、ヴァレリーたちと共に、このような「芸術の問題、芸術家の『誕生』の問 題」が自己のもっとも重要な関心事となっていた世代の芸術家であった3。芸術家の問題は 何もマン文学のみに限られた個別的テーマではなかった。個人の実存を最後まで掘り下げる ときにはじめて普遍的な意味の地平が開かれてくる、教養文化の問題として当時のヨーロッ パの文学や文明批評の総合的なテーマとなっていた。この『トニオ・クレーガー』は、当時 の西欧文化全般の危機の症候として捉えられていた、ニーチェ的意味での「病める存在とし ての芸術家」の問題を分析的であると同時に抒情的・感傷的に描いた短篇であった。

芸術家は、その仮面を剥奪するならば、狂人、犯罪者、詐欺師たちの兄弟か縁者と言われ ても致し方がない。市民社会のアウトサイダーとならざるをえない。この宿命をマンは生来 の体験知としていたが故に、破滅寸前にまで追い込まれている芸術家の救済の問題を自己の 人生と文学の中心主題とせねばならなかった。この孤独な芸術家トニオ・クレーガーの胸に 疼いていたのは、凡庸ではあるが堅実な市民の世界に対する甘美な憧れであった。けれども、

認識の芸術家であるという、宿業を背負っていたトニオ・クレーガーは市民世界に入ってい くことはできない。創作を神聖視する閨秀芸術家リザヴェータ・イヴァノーヴナから「道を

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