第 2 章 実験装置 1: 光学系
2.5 ビーム強度の測定
ポジトロニウムの遷移確率を見積もるためには,共振器内部の203 GHz光のパワーが必要であ る. 共振器のゲインは近似的にだが式2.38から計算出来,フィネスFもカップリングCも求めら れている. よって共振器直前に来ているパワーを求めれば良い. しかし, 周波数203 GHz, パワー 1 kWの電磁波領域では,パワーの測定は困難である. この章ではいかにしてパワーを見積もった かを報告する.
2.5.1 水負荷を用いたパワー測定
パワーのキャリブレータとして,水の温度上昇が用いられた. 図2.43は,水の温度測定のための ガラス製試験管である. 試験管の先端は細長くなっており, 203 GHz光を導波管内部で効率よく吸 収できるようになっている. パワー測定は以下のようにして行われた.
1. 短い導波管をジャイロトロン出力口に接続.
2. メスシリンダーで水(水道水)20 ccはかり,試験管にいれる. 3. 試験管に温度計のついたゴム栓で蓋をする.
4. 基準温度を測定する.
5. ジャイロトロンのパワーをつけ,安定したら導波管に試験管を投入.
6. ストップウォッチで時間を測定し,規定時刻(典型的には10 secや20 sec)たったら試験管を 取り出す.
7. すばやく試験管を振り,中の温度が一定になるように混ぜる(10 sec弱).
8. 温度上昇を測定し,パワーに直す.
9. 水を取り替えて同じ測定を繰り返し,精度を高める. 以上でジャイロトロンの出力パワーを求めた. パワーの定義は,
P[W] = 4.2×V[cc]×ΔT[K]
Δt[sec]×D.R. (2.56)
である. ここで,V は水の容積, ΔTは温度上昇, Δtは測定時間,D.R.はジャイロトロンのduty比 である. この測定はパワーの値を一応求めることが出来るが,ジャイロトロンに接続された導波管 内部でないと測定出来ない点が問題である. 今回の光学系ではビームの自由空間伝播を用いてい る. 空間の各点でのパワーや, Fabry-P´erot Cavityのパワー測定は不可能である. これらは水によ る結果を用いて,塩化ビニル板とパイロエレクトリックディテクタの電圧値をキャリブレーション することで求めた.
この測定では, 水の温度上昇自体の測定は精度良く行うことが出来る. しかし, それとジャイロ トロン出力が正確に一致しているかどうかは現状では確信が持てない. なぜなら,ガラス試験管で
の203 GHz光の反射·吸収と熱放射の大きさが良く分からないからである. しかしながら,現状で
はこの測定がジャイロトロンパワーをワット単位で出す最も精度のよい方法なので,以降でも絶対 キャリブレータとして信用することになる.
図2.43: 水によるパワー測定
2.5.2 塩化ビニル板を用いたパワー測定
塩化ビニルは203 GHzを吸収する. よって板状の塩化ビニルをスクリーンとして用い,その温度 上昇を赤外線カメラで撮影することでパワーを測定出来る. その様子が図2.44である. 塩化ビニ ル板とカメラはレールの上に固定されており,むかって左が塩化ビニル板, 右がカメラである. 手 前にある扇風機は塩化ビニル板を冷却するために使用された. 203 GHz光のパワープロファイル は,全てこの方法で測定された.
塩化ビニルからの熱放射は, 外部環境に強く影響される. よって絶対的な値は水測定によって キャリブレーションし,塩化ビニル自体は相対的な値のみを使用した. 測定の流れは,
1. ジャイロトロン出口に直接塩化ビニル板をはり赤外線撮影,温度を面積積分. 2. 水測定で求めたパワーから,積分値との比を計算.
3. パワーの欲しい位置に塩化ビニル板をおいて測定し,温度積分からパワーに直す.
この測定では赤外線カメラの写真上(pixel単位)と,塩化ビニル板上での実際の長さのキャリブレー ションが必要である. 塩化ビニル板には長さを測ったアルミホイルを一部にはり,そこからの環境 赤外線反射をカメラでとらえることでキャリブレーションした.
温度の面積積分値Sと,水で測ったパワーP[W]]の関係は, P
S = 0.0114±0.0011 (2.57)
であった. このエラーは塩化ビニルの積分にともなう10%のエラーである. しかしこのキャリブ レーションの再現性は怪しく,系統的に最大50%の誤差がつく可能性がある. なぜなら,この測定 は同じ条件下では一回しか行っておらず, 別の条件下では50%ずれていたからである. 今後,多数 回測定して確認する必要がある.
図2.44: 塩化ビニル板によるパワー測定
表 2.3: Fabry-P´erot Cavity内部のパワー
線幅2a[μ] 線間隔g[μm] 入射パワー[W] C F Gain 内部パワー[kW]
200 160 72±3 0.66 650± 6 138±1 9.9±0.4
20 50 62±3 0.42 646± 7 86.4 ±0.9 5.3 ±0.2
10 50 68±3 0.85 170± 2 46.0±0.5 3.1±0.1
50 130 150±2 0.91 92±0.3 26.6±0.1 4.0±0.1
100 230 96±4 0.88 58±0.5 16.2±0.1 1.6±0.1
2.5.3 実際に得られたパワーの見積もり
入射パワーモニタと実際のパワー
Fabry-P´erot Cavity内部のパワーを知るには,ある時刻に共振器へと入射するパワーが必要であ
る. しかし塩化ビニルを赤外線カメラで測定する方法では,カメラが共振器と干渉し,同時に測定 出来ない. そこで,入射パワーモニタを用いた以下の手法がとられた.
1. Fabry-P´erot Cavityの平面メッシュミラー部分に塩化ビニル板をおいて温度上昇を測定. 2. 同時に入射パワーモニタの電圧値を読み,電圧からパワーに直すキャリブレーション定数を
求める.
この手法なら,光学系のアラインメントを動かさない限り入射パワーモニタの値I[V]から入射パ ワーがわかる. 結果は,
P[W]
I[V] = 205±9[W/V] (2.58)
となった. これで塩化ビニル板を経由して,水でのパワー測定で求めた絶対的なパワーP[W]の値 から,入射パワーモニタの電圧値がキャリブレーションされたことになる.
最終的な共振器内部パワー
以上の道のりを経て,共振器内部の蓄積パワーが求められた. 様々なメッシュミラーに対する結果 が表2.3である21. これより, (2a, g) = (200,160)のメッシュミラーで共振器内部パワー9.9±0.4 kW を達成したことがわかる.
透過パワーから求めた共振器内部パワー
以上の測定を確かめるため,式2.31を直接使用してクロスチェックを行った. 共振器の内部ロス が無視出来るならば,内部エネルギーは透過エネルギーから直接,
Pint= Ptr
Te (2.59)
で計算出来る. 球面ミラーの透過率Teがわかればよいということになる.
21測定誤差は,主に塩化ビニルの温度積分の誤差からつけた.
表2.4: 透過から求めたFabry-P´erot Cavity内部のパワー. 誤差は塩化ビニルの測定誤差,干渉の 効果,共振の中心がずれる効果からつけられている. 水によるパワー測定と,塩化ビニル測定のキャ リブレーションに対する誤差はついていない. これは最大で50%の誤差となる可能性がある.
線幅2a[μ] 線間隔g[μm] 透過パワー[V] 内部パワーPint [kW] F,Cから求めた内部パワー[kW]
200 160 8.7 8.0 (+1.7/-1.3) 9.9±0.4
20 50 4.1 3.8 (+0.8/-0.6) 5.3±0.2
10 50 3.6 3.3 (+0.8/-0.6) 3.1±0.1
50 130 4.6 4.2 (+0.9/-0.7) 4.0±0.1
100 230 2.1 1.9 (+0.4/-0.3) 1.6±0.1
透過率は,基本的に球面ミラー全体のパワーのうち,小孔部分にあるパワーの割合で決まる. し かし今回の銅球面ミラーは反射率Reを高めるため,小孔直径は203 GHzのカットオフ(λ/2)より 低くなるように選択してある(0.6 mm). 実際に透過してくる203 GHz光は穴径から決まるパワー 割合よりもはるかに小さくなると考えられる. しかし銅球面ミラーの透過率は不明であった. そこ で図2.45のようにして測定した. 測定の概要は以下のとおり22.
1. 塩化ビニル板を用い,小孔部分に入射するパワーP2を[W]単位で求める.
2. 小孔を透過してくるパワーを透過モニタで測定し,透過パワーtを[V]単位で求める. 3. c1 = Pt2 は,小孔の透過率を含めた,電圧からパワーへのキャリブレーション定数となる. 値
は1.46(+0.24/-0.23)[W/V]であった23.
4. 共振器内部パワーのうち, 小孔部分に来ているパワーの割合 c2 を計算する. 値は c2 = 1.59(+0.05/−0.21)×10−3である24.
5. パイロ電圧t[V]に対し, 1.591×.4610−3t[W]が共振器内部エネルギーである.
パイロエレクトリックディテクタの電圧出力からパワーに変換するキャリブレーション定数c1と の中に, Teのうちパワー割合を含まない部分を埋め込んだ. ここで,c1を全入射パワーP1に対す るtの比として定義してはならない. なぜならP1とPintでは形状が微妙に異なるからである. そ のために,わざわざ小孔でのパワーP2とtをキャリブレーションした. その後,共振器内部パラメ タのみで決定される銅球面ミラー位置でのビームサイズw1を理論式2.16から求め, 2.48を用い てパワー割合を計算した. こうすることで,入射ビームと共振器内部モードとのズレの効果を消す ことが出来た. キャリブレーション電圧c2は,共振器内部パワーのうち,小孔部分にあたるべきパ ワー割合である.
これにより,透過パワーモニタの電圧値から共振器内部パワーが求まった(表2.4). これをみる と,FとCを用いて求めた共振器内部パワーとコンシステントであることがわかる.
22ただし,実際には全ての測定は入射パワーモニタの電圧値を用いたノーマライズにより,ジャイロトロン出力の変 動の影響を受けないようにして行った. また干渉の効果を打ち消すために,銅球面ミラーの位置をピエゾステージで動 かした時の平均値を用いた.
23エラーは主に塩化ビニルの測定誤差と,透過電圧測定で生じる干渉効果の振幅からついている.
24共振の中心が最大2 mm小孔中心からずれたとしてエラーがついている.
φ
φ
φ
φ
図 2.45: 透過パワーを用いた共振器内部パワー測定