本章では、20世紀末(改変前)のハワイアン・ホールの展示表象を記録すること を目的に、2000年当時の館内解説(ガイド)の語りをテクスト化して再現する。
ハワイアン・ホールについて
ハワイアン・ホールは、ビショップ博物館における主展示室である。ハワイの歴 史、文化に関する表象は、その名の通りハワイアン・ホールで中心的に展開する。
1889 年に設立されたビショップ博物館の建物はサンフランシスコのウィリア ム・スミスWilliam Smithの設計によるもので、当時アメリカの教会や裁判所などの 建築に好んで用いられたネオ・ロマネスク様式、当地カパラマから出土した溶岩石 を使って造られた。もともとHale Ho‘ike‘ike o Kamehamehaとして建てられたのは、
玄関ホール(Museum Hall)、カヒリ展示室(Kahili Room)、2階建の展示室(1階が べスティビーユ160、2 階が写真ギャラリー)からなる部分であった。第 2 期工事で 1894年に、正面奥にポリネシアン・ホールが完成、更なる収納兼展示室の必要から 第3期拡張工事を行い、1903年ハワイアン・ホールが完成した。
1903年に完成したハワイアン・ホールは、1924年にトイレが設置され、半世紀を 経た1968年に電気と照明の導入がされたこと以外には、折々に小規模の内装の塗装 や木材の補修がなされるのみで、およそ1世紀の間大きな改修は行われなかった。
したがって、ハワイアン・ホールは建造物としても合衆国歴史的建造物の指定を受 けた価値あるものである。しかし、第2章、第3章で見てきたように、建物同様に 際立つ変化のない展示表象の古さ故に、地元の人々には「博物館の博物館」と揶揄 的に評されることが多かった。その展示は「知の権威」としての専門性の表示です らなく、まるで「中学生のサイエンス・プロジェクト161」と地元紙に書かれるまで になった。
2000 年当時、ビショップ博物館の展示解説ツアーはハワイアン・ホールにおいての
み行われ、カヒリ・ルームやポリネシアン・ホールについては含まれていなかった162。 また、ハワイアン・ホールでは1 階において展示を解説し、2階と3 階については移動 せずに展示テーマのみを示唆する(あるいはそれすらしない)ものであった。そうした 英語の解説では、寧ろ、ハワイ史や文化の全体像を概略的に説明するストーリー・テリ ングを中心として、主たる展示についてのみ触れるというような内容であったようだっ
160 1891年に完成し、1982年までギフトショップが置かれていた。その後、工芸品の実演が行われた
り、各種の収蔵品展示が行われたり流動的であった。2000年頃からは、現代のネイティブ・ハワイア ンのアートをテーマとして、博物館と外部から招いた展示担当者が共同で展示を行っている。そこで は博物館の収蔵品器物の文化的解釈を、現代アート展示に照らすことによって新たに探るという試み が行われてきた。
161 “The changes will allow the museum to modernize exhibits in Hawaiian Hall that have not been changed in decades. Brown can point to display-case materials that are 30 years old, a gem collection that looks more like a youth science project than a professional museum exhibit, and empty display drawers begging for artifacts.”
(“Extreme Makeover” in Honolulu Advertiser 2006)
162 日本語ツアーではカヒリ・ルームも含めて案内した。英語ツアーではカヒリ・ルームは案内しない。
これは2013年現在も同じである。
74
たが、日本語解説では通常、展示ケースに沿って展示物を示しながら説明をした。した がって、解説者によっては、説明自体が機能主義的になる場合もあったように見受けた。
こうした差違は、日本人来館者は展示物のラベルや解説(英文)を自力で読んで見学を することが不可能という前提に基づいて生まれたものであると言えよう。
ハワイアン・ホールの筆者の語りについて
1998 年始めから 2001 年の終わりまで、私はビショップ博物館のアジア太平洋課 において、日本人ビジターを対象とした各種のカルチュラル・プログラムを施行す る仕事をしていた。なかでも、ハワイアン・ホールの解説を自分自身が行うことに 加えて、解説を行う日本人ボランティアのトレーニングや養成を行うことを通じて、
博物館展示の解釈および「語り」という表象に深く関わった。ハワイアン・ホール の展示解説(ガイドツアー)は、日本語では、午前と午後に各3回(計6回)、英語 では各1回(計2回)行われており、「パブリック・ツアー」と呼ばれるこれら一般 来館者向けの解説は、基本的には博物館主催のボランティア講座163を修了したドー セントが担当し、担当者がいない場合に館員が行った。
また、アジア太平洋課では日本語による「パブリック・ツアー」の他に、フラ、
ウクレレ、レイ作りなどハワイ文化の体験を含んだ予約制の特別プログラムを毎日 開催しており、このデイリー・プログラムに含まれるハワイアン・ホール解説は全 て館員が担当することになっていた。パブリック・ツアーとカルチャー・プログラ ムをあわせると、時には1日に5回ほどハワイアン・ホールの解説をすることもあ った。約4年の間、歴史の染み込んだビショップ博物館のハワイアン・ホールで、
延べ1000回以上は展示の解説をしたことになる。この経験は、当時ハワイ大学太平 洋諸島研究科大学院生としてツーリズムとハワイ表象164という観点から先住民研究 をしていた私にとって、博物館の表象、さらには「私」という語り部の表象が操作 するハワイ像はいかなるものかを常に意識するものとなったし、その自覚は 1000 回を超える語りに常に新鮮な緊張感を与えてくれた。したがって私の脳裏には、当 時のハワイアン・ホールの展示物と空気、様々な聞き手の姿が焼きついており、本 章では、その語りを20世紀末のハワイアン・ホールの展示表象の一つの記録として、
再現することを試みることとする。この語りのテクストは、博物館のトレーニング によって得た文化的知識や理解によって助けられているが、基本的には私自身の記 憶によって構成された私の語りである。
163 博物館のEducation課が主催するドーセント養成のためのボランティア講座は週一回三か月程のプ
ログラムで行われ、ハワイ先住民を講師とする講座も多かった。日本人のボランティア希望者は英語 が堪能でない場合もあるため、日本人対象のトレーニングのプログラムを作成し実施した。
164 修士論文 “Hawai‘i in the Japanese Tourist Gaze: A Reflection on Imaginary Hawai‘i” (Obayashi, 2000) は、観光のまなざしが創る日本人にとってのハワイ像と観光のまなざしの動向について論じた。
75
図9-1. [ビショップ博物館本館マップ:Handbook for Visitors to the Bernice Pauahi Bishop Museum (1903) より作成]
語りのテクストは、ゴシック体 によって記述し、展示の流れや状況説明は 明朝体 で記 述する。
(№)は、章末のマップ中、展示ケース番号を指す。
ヴェスティビーユ
ハワイアン・ホール 玄関ホール
カヒリ・ルーム
ポリネシアン・ホール
76
図9-2. [1990年代のハワイアン・ホール展示構成図:Handbook for Visitors to the Bernice Pauahi Bishop Museum (1903)より筆者作成]
1. ジョージ・カーターによる絵画「キャプテン・クックの死」(“Death of Captain James Cook”) 1783 年 2. クック来島前のハワイアンの生活道具(釣針、パドル、木鍬、石斧、マキ二、鳥羽製ヘルメット)
3. クー 木像
4. 古代ハワイの信仰(神々を象る像、カプ:処刑の図、処刑に使われた縛り紐、カプ・スティック)
5. 宣教師到来(宣教師到来の図、ハワイ語の聖書)
6. ラウハラ製の帽子、カパのドレス(ムウムウの原型)
7. カパの布地
8. ウメケ :木製器(様々な木製の椀、蓋つき椀)
9. ウメケ :木製器 (プレート―属民が捧げ持つデザイン)
10. ウメケ :木製器(人歯を埋め込んだ木器など)
11. イプ:瓢箪の器、石製のポイ・パウンダー
12. フラにともなう楽器(ホラ貝、ウリウリ:瓢箪のガラガラ)
13. フラにともなう楽器(プーイリ:竹スティックなど)
14. フラ:犬歯製の装飾、それを身につけた男性踊り手の図、二ウ(ヤシの葉)製のフラ・スカート 15. フラにともなう楽器(パフ:太鼓、鼻笛)
16. 鳥の羽の装飾品(マント)
17. 鳥の羽の装飾品(ケープなど)
18. 鳥の羽の装飾品(レイ、ケープ、ク―カイリモク)
19. リリウオカラニ(写真パネル、ハワイ旗のキルト、装飾品、ウメケ、レイ・ニホ・パラオア)
20. 鳥の標本と装飾品を作る工程 21. アリイ装飾品
22. カメハメハ大王肖像画、カメハメハ2世肖像画、カアフマヌらの描かれた絵 23. カメハメハ3世肖像画、写真
24. 鳥の羽のケープなど
25. カメハメハ4世、クイーン・エマ、アルバート王子の肖像画 26. カメハメハ5世肖像画
27. (壁面に写真パネル)ルナリロ王、カラーカウア王、リリウオカラニ女王 26
A) ヘイアウ(模型)
B) ステージ
C) ハレ・ピリ(移築)
5 4 2 3
1
6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19
20
21 22 23 24 25
A B C
27
77 ハワイアン・ホール展示解説のナラティブ
来館者を博物館正面玄関外で迎え、建物の全体像を眺めながらツアーを開始する。青空をくっきり と切り分けてそびえる博物館の尖塔に「1889 Bernice・P・Bishop・Museum」の金字がハワイの太陽 を反射して光る。その輝きをまぶしく見上げる訪問者の眼には、ワイキキの喧騒から隔たれたこの博 物館の重厚かつ静かな佇まいが映り、ワイキキとは異なる経験の始まりを予感させている。
図10. [博物館本館正面:筆者撮影]
1889年、(明治22年)、ビショップ博物館―正式名称プリンセス・
バニース・パウアヒ・ビショップ・ミュージアム―はその名が示すとおり、
カメハメハ大王の曹孫、カメハメハ王朝直系最後の子孫にあたるプリンセ ス・パウアヒへの追悼の意味を込めて設立されました。パウアヒが相続し た王家の貴重な財産を「後世のハワイアンのために遺し伝えたい」という プリンセス自身の遺志を叶え、その死後5年目に夫チャールズ・ビショッ プが設立したものです。建物は、この地で採集される溶岩バサルトの重厚 な造り、そして玄関ホールの内装には、イタリア製大理石のモザイクタイ ル、真鍮のドアノブ、そして内装すべてに美しい木目の木材、ハワイに原 生する「コア」の木が使われています。美しいだけでなく強い「コア」か らは昔はカヌーなども作られたもので、現代では大変貴重で上質であるこ とからコアは高級家具や内装の材料として知られています。
溶岩バサルトの重厚な建物は、1889 年にホノルル、ダウンタウン郊外のこの地カリヒに 建てられた当時の外観を伝え、訪問客を迎える。一歩中に踏み込むと、南国の眩しい陽光が 一転してさえぎられ、ほの暗いひんやりとした空気があたかも束の間の「古き」ハワイへの 旅の開始を示唆しているかのようである。そしてこの玄関ホールで、両壁面に掲げられたプ リンセス・バニースと夫チャールズ・リード・ビショップの肖像画が来館者を迎える。ここ で、来館者は肖像の彼らを見つめながら、あるいは彼らに見つめられながら、物語の続きを 聴く。
カメハメハ大王の曾孫であるプリンセス・パウアヒは、同じくカメハメ ハ大王の直系でいとこにあたるロット王子-後のカメハメハ5世との婚 姻が期待されていましたが、アメリカ、ニューヨーク出身の白人、チャー ルズ・ビショップと若くして恋に落ちました。チャールズは、ゴールドラ