III. 血液剤
3. ヒ化水素(SA)
[溶解性] 水、アルカリ、エタノールに微溶。
[反応性] 光により急速に分解する。
[環境汚染の持続時間]ガス体なので、持続性は低い。
2.毒性、中毒作用機序、体内動態
0.05ppm以上で毒性を示す。ガス自体に刺激性が無く、臭いも中毒量よりも高い濃
度でしか感じないので、臭いで被害を防ぐことはできない。
毒性
[曝露濃度と中毒作用]
3ppm 1分間の吸入で中毒
25-50ppm 30分の吸入で死亡(溶血による) 100ppm 30分以内の吸入で死亡(溶血による) 150ppm ただちに死亡
尿中ヒ素濃度との関係
70-100mcg/L 中毒症状出現(正常値:<20μg/L)
[ヒト中毒量]
ヒト最小中毒濃度 3ppm 325μg/m3 [ヒト致死量]
ヒト最小致死濃度 25ppm・30分 300ppm・5分
[急性曝露ガイドラインレベル(AEGL, Acute Exposure Guideline Level)]
アルシン 7784-42-1 ppm
10分 30分 60分 4時間 8時間 AEGL 1
NR NR NR NR NR
(不快レベル)
AEGL 2
0.3 0.21 0.17 0.04 0.02
(障害レベル)
AEGL 3
0.91 0.63 0.5 0.13 0.06
(致死レベル)
NR:AEGL 2の値が臭気閾値を下回っているため濃度の設定は推奨されない
AEGL 1(不快レベル):不快感を生じ、可逆的影響を増大させる空気中濃度閾値
AEGL 2(障害レベル):避難能力の欠如や不可逆的で重篤な長期影響の増大が生
ずる空気中濃度閾値
AEGL 3(致死レベル):生命が脅かされる健康影響、すなわち死亡が増加する空
気中濃度閾値
(参考)
許容濃度等 ACGIH TLV-TWA:0.05ppm NIOSH IDLH:3ppm
中毒作用
赤血球中のグルタチオンを枯渇、膜を不安定にし、急速に大量の溶血を起こす。
体内動態
[吸収]
ヒ化水素は吸入によりよく吸収される。
皮膚からも吸収される。
[分布]
ヒ素は肝、骨、皮膚、内臓、髪、爪など体内に広く分布する。
[代謝]
詳しい代謝経路は分かっていない。
[排泄]
長期間のうちにわずかな量のヒ素が、尿、糞便、髪、爪に排泄される。
わずかな量はトリメチルアルシンとして呼気に排泄される。
3.症状 [概要]
重篤な中毒であれば、曝露後30~60分以内に症状が発現するが、ガスは非刺激性のた め、当初は顔色や気分も比較的良く、症状が遅れて(曝露の程度によるが2-24時間後) 発現する。初期症状は、全身性の筋力低下、頭痛、悪寒、口渇、腹痛、呼気にニンニ ク臭、結膜の変色で、食欲不振、悪心嘔吐などの胃腸症状もあらわれる。アルシン中 毒の三主徴は、腹痛、ヘモグロビン尿、黄疸である。特徴的な毒作用は溶血である。
溶血により急性腎不全が生じる。腎に対する直接作用もある。死因は腎不全、心筋障 害、肺水腫である。心筋に対する作用は、アルシンによる直接作用による可能性が高 い。
[詳細]
(1)循環器系
低血圧症、不整脈、心電図上T波の上昇、頻拍 遅れて心筋壊死・心機能不全(18ヵ月後)
(2)呼吸器系
呼気にニンニク臭。呼吸困難、頻呼吸
高濃度曝露:急性肺炎または肺水腫、crackle、ARDS (3)神経系
頭痛、倦怠感、錯乱、めまい、感覚異常
高濃度曝露:数日後に脳症(不穏、記憶力の消失、激情、失見当識)
2-3週間後に末梢神経症状(手・足のしびれ、筋肉の衰弱、羞明)
アルシン曝露1-6ヶ月後に運動神経、感覚神経共にポリニューロパ
チー、精神症状が出現したとの報告もある。
(4)消化器系
嘔気、嘔吐、食欲不振、腹痛 (5)肝機能
黄疸(24-48時間後)(重篤な溶血の場合)、肝腫大 (6)泌尿器系
紅茶色のヘモグロビン尿(4~6時間後)、血尿、脇腹痛、乏尿、無尿 ヘモグロビン尿がしばしば目に見える最初の症状であることがある 急性腎不全(溶血による)
(7)その他
*血液
溶血(4-6時間後)、曝露24時間以上経過してからは、溶血は起こらない。
高カリウム血症
*皮膚
ブロンズ様(青銅色)の色素沈着(重篤な溶血の場合)
*筋肉
全身性筋力低下、筋痙攣、戦慄
*その他
口渇、悪寒、結膜の変色(赤、オレンジ、茶、真ちゅう色、過ビリルビン血症によ るものではない) 発熱(マラリアやレプトスピラ症と間違われることがある)
*異常臨床検査値
血中ヒ素濃度:重篤な中毒であれば200μg/dL(正常値<20μg/dL)の値を示すが相 関性はない。曝露の指標にはなる。血漿遊離ヘモグロビン濃度は2g/dLを超える ことがある(正常値<1mg/dL)。ハプトグロビン濃度の低下、ヘマトクリット値の 低下 。尿中ヒ素濃度は上昇しているかもしれないが、これは救急医療の現場では 役に立たない。
[検査]
血中ヒ素濃度の測定:重篤な中毒であれば200μg/dL(正常値 <20μg/dL) 以上の値を示すが相関性はない。曝露の指標にはなる。呼吸器症状がある患者で は、胸部X線検査を行う。
4.治療 [概要]
症状が遅れて(2~24時間後)出現するので、十分注意して経過観察する。
溶血の所見があれば、72時間は腎不全の徴候が現れないか観察する必要がある。
必要に応じて、交換輸血、血液透析、ハプトグロビン製剤の投与を考慮する。
[詳細]
*吸入の場合
(1)基本的処置:新鮮な空気下に移送、ガス体なので、皮膚は除染の必要が無い。
(2)対症療法
1)呼吸管理:気道確保し、100%酸素吸入
2)輸液管理:高カリウム血症(溶血、嘔吐による)に留意。溶血を生じている患者 の尿はアルカリ化し、尿量は2mL/h/kgに維持する。
アルカリ尿を保つことで、ヘモグロビンとアルシン化合物の腎尿細 管への沈着を防ぐ。
(3)特異的治療法 1)交換輸血:
・重症の溶血には交換輸血を行う。
・血漿遊離ヘモグロビンが1.5g/dL以上であれば考慮する。
・早期であれば、赤血球に取り込まれたヒ素を除去するのに有効である。
2)血液透析:
・単なる保存的治療、腎障害の予防だけでなく、血中のヒ素を減少させ る。
(ただし、本中毒の本態は砒素中毒ではない)。
3)ハプトグロビン製剤の投与
高度の溶血によってヘモグロビンが大量に放出されると、血液中のハプ トグロビンがヘモグロビン代謝のために消費されて消失する。そうなる と処理しきれない過剰の遊離ヘモグロビンが血液中に残ることになる。
遊離ヘモグロビンは尿細管の機能障害(腎障害)を引き起こす。そこ で、血液から精製したハプトグロビン製剤を投与し、血液中のハプトグ ロビンを補充することにより、過剰の遊離ヘモグロビンを肝臓に運び処 理すれば、溶血に伴う腎障害を抑制することができる。日本では、この 目的で、ハプトグロビン製剤が使用されているが、ハプトグロビン製剤 は血液製剤であるので、リスクとベネフィットを勘案した上で使用の可 否を判断する。
4)BALやその他のキレート療法:
・無効。曝露直後に使用できたとしてもアルシンによる溶血を抑えること ができない。
[経過観察]
症状が遅れて(2~24時間後)出現するので、十分注意して経過観察する。
無症状の場合、4~6時間経過観察し、その間無症状の場合、退院させたとして
も、その後、症状が出現、あるいは尿の変色が出現すれば直ちに受診させる。
溶血の所見があれば、72時間は腎不全の徴候が現れないか観察する必要がある。