第 2 節 「中東世論調査 (パレスチナ 2009 年) 」の概説
3. パレスチナ人の政治的認知地図
因子分析で抽出した第
1
因子と第2
因子をそれぞれ横軸と縦軸に置き、因子負荷量をプ ロットしたうえで、3 因子のパターン行列に階層クラスター分析を行いグループ化したのが図
2、すなわちパレスチナ人の政治的認知地図である。階層クラスター分析の方法はウ
ォード法を、測定法は平方ユークリッド距離をそれぞれ用い、グループ化は図
3
で示した クラスター凝集経過工程の第3
段階をもって行った。図
2
パレスチナ人の政治的認知地図(出所)筆者作成。
第
4
章 パレスチナ人の政治的認知地図図
3
より、パレスチナ人が23
カ国・地域を大きく「中東地域諸国」のクラスターと「域 外大国」のクラスターに分けて認識していることが分かる。さらに「中東地域諸国」クラ スターは(1)エジプトとヨルダン、(2)アラブ首長国連邦、クウェート、カタル、(3)パレスチ
ナを含むその他の国々、という三つのクラスターから地域レベルの国際システムを構成す る認識を持つ。(1)エジプトとヨルダンはイスラエルと公式に和平条約を結んだ国々であり、
図
1
の各国評価平均では貢献度の高さを評価されているものの、(2)や(3)のクラスターとは
少し離れて結びついていることがわかる。(2)は湾岸諸国であり、経済的にパレスチナを支 援する国々だと言える。(3)はパレスチナ自身が属し、イランやシリアといった米国ブッシ ュ政権が中東地域に持ち込んだ「テロとの戦い」に抵抗する国々が含まれている。また2003
年の戦争以降、混迷を極めるイラクや2006
年のイスラエル侵攻に耐えたレバノンもこのク ラスターに含まれている。一方、「域外大国」のクラスターはさらに(1)米国、英国、イスラエルというイラクやレ
図
3 階層クラスター分析結果
(デンドログラム)(出所)筆者作成。
バノンおよびガザで「テロとの戦い」を主導した加害者的立場の国々と、
(2)日本やロシア、
中国、フランス、ドイツ、カナダとったブッシュ政権の「テロとの戦い」を批判し戦争に 反対した国々ないし米英とは一定の距離を保った国々という二つのクラスターに分けられ る。
最後に韓国と北朝鮮の二カ国が一つのクラスターをなしており、これらは「中東地域諸 国」クラスターよりも先に「域外大国」クラスターに結びついている。パレスチナ人にと って、この二カ国は中東地域政治への貢献度が認識できず、国際政治にさして影響力のな い小国だという扱いになるようだ。
第 4 節 おわりに
以上、本稿ではパレスチナ人の政治的認知地図を描出し、この作業を通じてパレスチナ 人の国際関係認識について以下の特徴を見出した。
第
1
に、パレスチナ人は中東地域レベルの国際システムを中東に位置するアラブ・イスラ ーム諸国から成る「中東地域諸国」と、域外から影響力を行使する国々およびイスラエル から成る「域外大国」という二つの陣営によって構成されると考えている。この認識はア ラブ諸国でひとつの陣営を構成し、欧米諸国・ロシア・イスラエルで別の陣営を構成して いるとするエジプト人の認識に近い。第
2
に、パレスチナ人の国際認識では、「中東地域諸国」がさらに(1)イスラエルと公式 に外交関係を持つ国々(エジプトとヨルダン)、(2)パレスチナに対し経済的な支援を行う湾岸 産油国(アラブ首長国連邦、カタル、クウェイト)、(3)
「テロとの戦い」の抵抗者(シリアとイラン)、 西欧諸国との調停者(サウジアラビアとトルコ)、「テロとの戦い」の被害者(パレスチナ、イラク、レバノン)という三つの陣営に分けることができる。このうち(3)の陣営は国際政治上の行動 や対立軸から上記のような「抵抗者・調停者・被害者」という分類が可能であるにもかか わらず、パレスチナ人の政治的認知地図上は不可分である。
第
3
に、「域外大国」も(1)中東で「テロとの戦い」に直接手を染めた加害者(米国、英国、イスラエル)と(2)「テロとの戦い」の加害者を批判、もしくは外交的に一定の距離を置いた 国々(日本、ドイツ、フランス、カナダ、ロシア、中国)という二つの陣営に分けて認識されている。
以上に挙げた政治的認知地図より読み取れる三つの特徴から、パレスチナ人はその認識
第
4
章 パレスチナ人の政治的認知地図上で次のような中東地域の国際システムを構成しているのではないだろうか。すなわち「対 テロ戦争」を推し進めてきた米国とその同盟国である英国、および米国の実質的同盟国で あるイスラエルによってパレスチナは占領状態にあり、イスラエル軍に侵攻される事情は 戦争で荒廃するイラクやレバノンとも通じる。米国に抵抗するシリアやイランも占領から 解放するほどの力はなく、ガザのハマース政府に荷担することで結果的にパレスチナの分 裂を招いている。サウジアラビアとトルコは調停者として介入するものの事態を大きく好 転させることはなく、イスラエルと和平を結んだエジプト・ヨルダンによる介入も同様で ある。アラブ首長国連邦などの湾岸産油国はイスラエルの攻撃によって破壊された市街を 復興するための経済支援協力を惜しまない。しかしながら閉塞的なパレスチナ情勢を打開 するような「域外大国」に対抗できるほどのパワーはない。
パレスチナ人の認識が構成する国際システムは米国が域外から支配する一極構造であり、
かつてアラブ主義によってアイデンティティ統一を図ろうとしたアラブ地域諸国は分断さ れ、弱体化している。さらにイスラエルが圧倒的な軍事力を背景とした占領を継続し、軍 事侵攻と戦争によってパレスチナ社会を分断している。この閉塞的なイメージはパレスチ ナ人自身が置かれている内政的・外交的状況の投影であると見なすことができ、国益がぶ つかり合う大国政治の波に翻弄される国無き民の悲哀として理解せざるを得ない。
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第
5
章 レバノン国民の政治的認知地図第 5 章
レバノン国民の政治的認知地図
―― 2010 年 5 ~ 6 月実施の全国世論調査結果をもとに――
青山 弘之
第 1 節 はじめに
「テロとの戦い」と「民主化」の名のもと、ジョージ・W・ブッシュ(George W. Bush)政 権の米国およびその同盟諸国が推し進めてきた好戦的な外交政策は、イラクやパレスチナ の政情を混乱させ、その安定や主権を大きく阻害した。レバノンも例外でなく、2004年半 ば以降、米仏をはじめとする西側諸国や親米アラブ諸国の外部介入により、未曾有の政治 変動が生じた。
2004
年9
月のエミール・ラッフード(Imīl Laḥḥūd)1大統領の任期延長へのシリアの干渉に 対抗するかたちで始められたこの外部介入は、2005
年2
月のラフィーク・ハリーリー(Rafīqal-Ḥarīrī)元首相暗殺事件の発生を機に一気に強まり、独立インティファーダ(Intifāḍa al-Istiqlāl、
杉の木革命[Cedar Revolution])の高揚とレバノン駐留シリア軍の完全撤退(同年4月)を後押し した。だがその後のレバノンは、西側諸国や親米アラブ諸国が支援する
3
月14
日勢力と、シリア、イランが戦略的パートナー関係を結ぶ
3月 8
日勢力との間の非妥協的な二極対立、レバノン紛争(2006年7~8月)、ファタハ・イスラーム(Fatḥ al-Islām)とレバノン国軍の戦闘(2007 年5~9月)などにより疲弊した2。こうした事態は、
2009
年1
月のバラク・オバマ(Barak Obama)政権の成立に伴う米国の外交政策の修正、
9
月から10
月にかけてのサウジアラビアとシリ アの和解(「S・S均衡」[muʻādala s – s])に呼応するかたちで徐々に収束し、12月のサアド・ハ リーリー(Sa‘d al-Ḥarīrī)挙国一致内閣の発足(国民議会承認)によってレバノンは一応の安定 を回復した(青山[未公刊])。しかし、R・ハリーリー元首相暗殺事件の真相究明と容疑者の 裁判、ヒズブッラーが指導するレジスタンスの武装問題など、2005
年以降の政治対立にお1 本稿における外国語(アラビア語)の固有名詞のカタカナ表記およびローマ字転写は、慣 例(とりわけ地名)を除き、大塚・小杉・小松他編[2002: 10-15]に従った。
2 詳細については青山・末近[