第
3
章 アラブ諸国の世論調査結果に見る政治的認知地図する社会的研究」という二つの世論調査の内容を概説した。次に第
3、 4
節ではこれらの世 論調査の結果を用いて実際に計量分析を行う。第 3 節 「シリア・アラブ共和国における全国世論調査」の計量分
表
1 「シリア・アラブ共和国における全国世論調査」質問 8
質問8. 以下の国・機関・国民は中東の政治問題の解決と安定の実現にどの程度寄与していると思いますか。
(1) 非常に寄与して
いる
(2) 寄与している
(3) どちらとも言えな
い
(4) あまり寄与してい
ない
(5) 寄与していない
(6) 分からない
㋑トルコ □ □ □ □ □ □
㋺イラン □ □ □ □ □ □
㋩英国 □ □ □ □ □ □
㋥シリア □ □ □ □ □ □
㋭ロシア □ □ □ □ □ □
㋬サウジアラビア □ □ □ □ □ □
㋣レバノン □ □ □ □ □ □
㋠中国 □ □ □ □ □ □
㋷イラク □ □ □ □ □ □
㋦フランス □ □ □ □ □ □
㋸パレスチナ □ □ □ □ □ □
㋾韓国 □ □ □ □ □ □
㋻北朝鮮 □ □ □ □ □ □
㋕イスラエル □ □ □ □ □ □
㋵エジプト □ □ □ □ □ □
㋟米国 □ □ □ □ □ □
㋹日本 □ □ □ □ □ □
㋞国連 □ □ □ □ □ □
その他(記入ください)
㋡______________ □ □ □ □ □ □
㋧______________ □ □ □ □ □ □
㋤______________ □ □ □ □ □ □
(出所)青山・髙岡[2008a]。
表
2 「シリア・アラブ共和国における全国世論調査」質問 8
の回答(単純集計)(1) 非常に寄与し
ている
(2) 寄与している
(3) どちらとも言え
ない
(4) あまり寄与し
ていない
(5) 寄与していな
い
(6)
分からない 計
㋑トルコ 43 105 353 267 117 115 1,000
㋺イラン 177 263 262 135 102 61 1,000
㋩英国 5 30 103 235 552 75 1,000
㋥シリア 567 247 122 19 14 31 1,000
㋭ロシア 148 246 323 144 56 83 1,000
㋬サウジアラビア 54 108 282 284 211 61 1,000
㋣レバノン 26 76 205 259 324 110 1,000
㋠中国 47 141 251 216 158 187 1,000
㋷イラク 18 46 155 237 397 147 1,000
㋦フランス 14 47 225 261 359 94 1,000
㋸パレスチナ 45 53 134 206 386 176 1,000
㋾韓国 11 25 118 186 350 310 1,000
㋻北朝鮮 22 51 155 188 284 300 1,000
㋕イスラエル 1 4 9 24 929 33 1,000
㋵エジプト 18 74 324 350 178 56 1,000
㋟米国 11 15 71 134 726 43 1,000
㋹日本 30 65 283 287 179 156 1,000
㋞国連 60 105 197 274 282 82 1,000
(出所)青山・髙岡[2008b]。
超えている国はシリア(4.38)だけであり、このことはシリア国民が、エジプト、サウジア ラビア、トルコ、イランと並んで中東地域の政治において大きな発言力を持つ自国に強い 誇りと自信を感じていることをうかがわせる。第
2
に、1980年代以来の同盟国であるイラ第
3
章 アラブ諸国の世論調査結果に見る政治的認知地図図
1 シリア国民の各国評価
(出所)青山・浜中[2009: 8]。
ン(3.30)や近年協調関係を強めているトルコ(2.65)といった域内の非アラブ諸国と比較し て、アラブ諸国にさほど高い評価が与えられていない点である。これは、エジプト(2.37)
やサウジアラビア(2.48)といった親米諸国が、レバノンやパレスチナの情勢をめぐってブ ッシュ米政権に協力し、シリアと鋭く対立してきた事実を反映したものと受け取れる。イ スラエル(1.06)に対する評価の極端な低さは、中東地域における最大の敵である同国への 憎悪に根ざしたものであり、その存在そのものを地域の不安定要因とみなしていることの 表れであろう。第
3
に、域外諸国のなかではロシア(3.31)の評価が高く、次いで中国(2.63)や日本(2.38)といった東アジア諸国が上位に位置している一方、米国(1.38)、英国(1.60)、 フランス(2.00)といった国々の評価が低い点である。これらもまた、イラク戦争・占領に 反対したシリアへの米国のバッシングや、レバノンをめぐる利害対立によるものだと考え られる。
2. 因子分析
次に質問
8
の回答に因子分析を行い、シリア国民が各国関係をどう認識しているかを視 覚化する。因子の抽出は主因子法、軸の回転はプロマックス法を採用した。中東の政治問 題の解決と安定の実現に寄与する各国の評価が三つの因子から構成されるものと想定し、分析を行った。表
3
は因子分析の結果である。4.38
3.31 3.30
2.65 2.63
2.48 2.38 2.37 2.33
2.12 2.06 2.00 1.99 1.89 1.78 1.60
1.38 1.06
0.00 0.50 1.00 1.50 2.00 2.50 3.00 3.50 4.00 4.50 5.00
シリア ロシア イラン トルコ 中国 サウジアラビア 日本 エジプト 国連 レバノン 北朝鮮 フランス パレスチナ イラク 韓国 英国 米国 イスラエル
表
3 「シリア・アラブ共和国における全国世論調査」質問 8
の回答の因子分析結果(パターン行列)
第1因子 第2因子 第3因子 トルコ -0.106 0.410 0.059 イラン -0.446 0.437 0.119
英国 0.588 -0.094 0.074
シリア -0.238 0.578 0.039
ロシア 0.181 0.539 -0.089
サウジアラビア 0.531 0.104 0.160
レバノン 0.098 0.069 0.569
中国 0.283 0.538 -0.110
イラク 0.144 -0.013 0.656
フランス 0.561 0.035 0.118
パレスチナ -0.055 -0.015 0.749
韓国 -0.002 0.390 0.150
北朝鮮 -0.067 0.502 0.091
イスラエル 0.247 -0.197 0.070
エジプト 0.335 0.134 0.251
米国 0.720 -0.161 -0.077
日本 0.231 0.487 -0.161
国連 0.495 0.193 -0.061
(注)数値は因子負荷量で因子と質問項目の関係を示す。各因子の固有値はそれぞれ第1因子が4.056、
第2因子が2.220、第3因子が1.619である。
(出所)青山・浜中[2009: 9]。
表
3
で示した三つの因子に関して、青山・浜中[2009: 8-9]では、「米国の中東政策への 親和性」、「東アラブ地域の覇権」、「中東地域の被干渉度」と名づけ、それぞれ以下のとお り特徴づけられると述べた。第
1
因子の「米国の中東政策への親和性」は、米国(0.720)とイラン(-0.446)を両極とす る。英国(0.588)とフランス(0.561)、サウジアラビア(0.531)の因子負荷量は0.5
以上と大 きく、シリア(-0.238)とトルコ(-0.106)、韓国(-0.067)とパレスチナ(-0.055)は負の値を示し ている。この結果において興味深いのは、シリアが一方の極になっていない点である。シ リアもイランに近い立場で、ブッシュ米政権の言う「悪の枢軸」(ないしは同政権の覇権主義的 な「テロとの戦い」の標的)をなしていたが、シリア国民は欧米に対する自国の外交姿勢をイ ランほど強硬なものではないと評価していたと考えられる。第
2
因子の「東アラブ地域の覇権」は、シリア(0.578)とイスラエル(-0.197)を両極とす る。図1
に示したシリア国民の各国評価から受ける印象はこの因子に近い。ロシア(0.539)や中国(0.538)といった旧共産圏や外交的に友好関係を保つイラン(0.437)とトルコ(0.410)
の因子負荷量が大きい一方、米国(-0.161)や英国(-0.094)といった西側諸国と、これらの干 渉を受けているイラク(-0.013)およびパレスチナ(-0.015)の因子負荷量は負の値である。
第
3
因子の「中東地域の被干渉度」は、パレスチナ(0.749)、イラク(0.656)、レバノン(0.569)といった国々の因子負荷量が大きく、日本(-0.161)や中国(-0.110)、ロシア(-0.089)や米国
第
3
章 アラブ諸国の世論調査結果に見る政治的認知地図(-0.077)といった国々の因子負荷量が小さい。すなわち、この因子は外国の介入を受けや すい弱小国と介入可能な国力を持つ大国を両極としていると言える。
3. シリア国民の政治的認知地図
前項で抽出した第
1
因子と第2
因子をそれぞれ横軸と縦軸に置き、因子負荷量をプロッ トしたのが図2、すなわちシリア国民の政治的認知地図である。
青山・浜中[2009: 9-10]では、この図からシリア国民が各国を以下三つの陣営に分けて 認識していると解釈した。第
1
の陣営はシリアとイランを中核とした「テロとの戦い」の「抵抗者」とでも呼ぶべき陣営である。この陣営にトルコが含まれるのは対イラク政策を めぐるシリアおよびイランとの協調関係や水利問題をめぐる比較的良好な関係を反映した ものと思われる。ロシアは旧ソ連時代からシリアの同盟国であり、また日本と中国、韓国、
北朝鮮という東アジア
4
ヵ国は中東地域における影響力が比較的低く、おそらくは「無害」とみなされているため、この陣営に近い存在として位置づけられていたと推察できる。
図
2 シリア国民の政治的認知地図
(出所)青山・浜中[2009: 10]。
第
2
の陣営はイスラエルおよび欧米諸国を中核とした「テロとの戦い」の「加害者」で ある。サウジアラビアとエジプトはアラブ諸国であるにもかかわらず、親米的な外交姿勢 を示してきたことから、この陣営に荷担していたと捉えられたようである。このことは前 述のとおり、レバノンやパレスチナの情勢をめぐってシリアが、サウジアラビア、エジプ トと対立を続けてきたという事情を反映しているのかもしれない。第
3
の陣営は、「テロとの戦い」の「加害者」と「抵抗者」の両陣営の主戦場となったレ バノン、イラク、パレスチナからなり、「テロとの戦い」の「被害者」とみなすことができ る。シリア国民にとってこれらの国々は「抵抗者」によって救済・解放されるべき諸国で はあるが、現状では「加害者」の強い影響下に置かれていると認識されていたようである。シリア国民の政治的認知地図を精査すると、以下二つの特徴を指摘できる。第
1
に、シ リア国民の政治的認知地図が自国の地域大国としての自信と「テロとの戦い」の「抵抗者」としての自負を基礎としている点である。シリア国民は、イラク、レバノン、パレスチナ の安定化において自国が果たし得る役割を高く評価する一方、同盟国・戦略的パートナー であるイラン、トルコ、ロシアなどからなる「テロとの戦い」の「抵抗者」のなかに自ら を位置づけ、それを「テロとの戦い」の「加害者」である米国、フランス、英国、サウジ アラビア、エジプトといった国々と対峙させていたのである。第
2
に、こうした政治的認 知地図において、シリア国民が自国をイスラエルの最大の政治的ライバルとして位置づけ つつ、米国との対立関係については、イランとの同盟関係という文脈のなかで捉えていた 点である。この特徴は、ブッシュ米政権によるシリア・バッシングがシリアの体制転換で はなく外交政策の転換を主要な目的としているという事実をシリア国民が的確に把握して いたことの証左だとも言える。またシリア・米国関係に見られる対抗軸の「微妙」なズレ こそが、米国との政治的対話や取引の可能性を否定しないというプラグマティズム、すな わち「友好的敵対」(青山[2005])を支える要因だとも解釈できる。以上、シリア国民の政治的認知地図を描出し、その諸特徴を明らかにした。次にエジプ ト国民の政治的認知地図を見る。