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エジプト国民の政治的認知地図

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第 4 節 「社会成員の志向に関する社会的研究」の計量分析

3. エジプト国民の政治的認知地図

前項で抽出した第

1

因子と第

2

因子をそれぞれ横軸と縦軸に置き、因子負荷量をプロッ トしたのが図

4、すなわちエジプト国民の政治的認知地図である。

この図を見るとエジプト国民が各国を主に三つの陣営に大別して認識していたことが分

3

章 アラブ諸国の世論調査結果に見る政治的認知地図

4 エジプト国民の政治的認知地図

(出所)筆者作成。

かる。第

1

の陣営は左上に位置する米国、英国、フランス、ロシアなどからなる欧州諸国 である。この陣営に国連が含まれるのは、中東の政治問題(とりわけアラブ・イスラエル紛争)

にかかる安保理の決議・決定が常任理事国である米国の利害に左右されてきたためだと思 われる。またイスラエルがこの陣営に含まれるのは、同国が建国以来、欧米諸国、とりわ け米国と英国の支援を受けてきた事実を反映した結果だと考えられる。

2

の陣営は、右下に位置するエジプト、サウジアラビア、シリア、リビア、イラク、

レバノン、パレスチナ、スーダンからなるアラブ諸国である。この陣営のなかの各国の配 置を注意深く見ると、エジプト国民が国際関係において自国をどのように位置づけている が明らかになる。すなわち、エジプトが欧米諸国に対する最前線に配置されていることか ら、彼らがアラブ諸国における主導的役割と国際関係における仲介者としての役割を自国 に強く期待していることが分かるのである。またこうした役割はフスニー・ムバーラク

(Ḥusnī Mubārak)政権が中東和平問題などにおいて演じようとしているものでもある。一方、

イラク、レバノン、パレスチナ、スーダンといった不安定なアラブ諸国を欧米諸国からも

っとも遠い位置に置いていることからは、彼らのなかに、エジプトが、サウジアラビア、

シリアといった域内政治大国とともに欧米諸国と対峙して、中東地域の政治問題に対処し、

安定を実現すべきとの意識があることをうかがわせるのである。

3

の陣営は中国、日本、韓国、北朝鮮、トルコ、イランといった非アラブ・アジア諸 国である。この陣営はアラブ諸国と欧米諸国の中間的存在として位置づけられている。た だし韓国と北朝鮮だけは第

1、 2

因子の値がいずれも低いため、中間的存在とみなされてい るというよりは、むしろエジプト国民の意識のなかで明確に位置づけられていないと考え るべきであろう。

地理的な地域分類を反映しつつ、その配置が実際の位置関係と異なるエジプト国民の政 治的認知地図を精査すると、以下二つの特徴を指摘することが可能である。第

1

に、エジ プト国民の政治的認知地図が自国をアラブ諸国の「盟主」とみなす大国意識によって裏打 ちされている点である。すなわち、エジプト国民は、イラク、レバノン、パレスチナ、ス ーダンといった国々の安定化が、アラブ諸国における自国の主導的役割を通じて実現され るべきだと考えていると推察できる。第

2

に、こうした政治的認知地図において、エジプ ト国民が自国を欧米諸国に対する最前線に位置づけつつ、これらの国々とイスラエルの影 響力の制限を地域の安定化と結びつけていると思われる点である。こうした認識は米国と 協調路線をとり、イスラエルとの関係を維持してきたエジプト政府の政治姿勢とは矛盾す るものであり、エジプトにおいて外交がきわめてセンスィティブな問題であるということ を想像させる。

第 5 節 おわりに

以上、本稿ではシリア国民とエジプト国民の政治的認知地図を描出し、それがいかなる 特徴を持っているのかを明らかにした。両国民の政治的認知地図を比較すると、自国の政 治力に対する高い評価や、反イスラエル感情といった共通項を見出すことができる。だが 彼らの政治的認知地図を両国が依拠する理念や現実の政治状況と関連づけて見てみると、

そこには決定的な違いがあることに気づく。その違いとは、シリア国民の政治的認知地図 がブッシュ政権末期のシリアをめぐる政治的現実を的確に認識するかたちで形作られてい るのに対して、エジプト国民のそれはエジプトの外交的スタンスではなく、アラブ性とい

3

章 アラブ諸国の世論調査結果に見る政治的認知地図

うアイデンティティによって規定されている点である。

シリアはアラブ社会主義バアス党の支配のもと、アラブ世界のなかでもっとも強くアラ ブ民族主義を信奉し、イスラエルや米国への敵意を剥き出しにしているとみなされてきた。

にもかかわらず、シリア国民の政治的認知地図は、対立や分裂によって彩られたアラブ諸 国の政治的現実を反映しており、アラブ民族の統一性を重視するアラブ民族主義のイデオ ロギー的影響は希薄である。これに対して、エジプトは

1950

年代から

1960

年代にかけて アラブ民族主義を唱道し、欧米諸国やイスラエルに対抗してきたが、

1970

年代以降はエジ プト国民性やイスラーム教がアラブ性に代わって政治的にも社会的にも大きな意味を持つ ようになった。また対外的には、中東和平問題などにおいて当事者や欧米諸国の仲介者と して振る舞うことで、国民の期待に沿ったかたちで外交力を発揮しようとしている。しか しこうした外交スタンスが実態を伴っていないことは周知のとおりであり、親米、親イス ラエルとの批判をまぬがれないその政治姿勢は国民の政治的認知地図を真に反映している とは言えないのである。

総じてイデオロギー的志向が強いとみなされがちなシリアにおける政治的認知地図が現 実によって規定されているのに対して、プラグマティックな政策をとってきたはずのエジ プトにおける政治的認知地図が理念によって規定されるという「ねじれ」が両国の比較か ら見えてくる。そしてこの「ねじれ」から明らかになった理念と現実の乖離が、両国を含 むアラブ諸国の政治や社会をめぐる諸問題と密接にかかわっていることが推察されるので ある。

文献リスト

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3

月~2004年

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1

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月~2008年

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2006

年度(平成

18

年度)世界を対象と したニーズ対応型地域研究推進事業「アジアのなかの中東――経済と法を中心に――」)

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――― [

2008b

]「報告書――シリア・アラブ共和国における全国世論調査(

2007

6

月~

2008

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月)――」(文部科学省

2006

年度(平成

18

年度)世界を対象としたニーズ対応型地域 研 究 推 進 事 業 「 ア ジ ア の な か の 中 東 ― ― 経 済 と 法 を 中 心 に ― ― 」)

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20

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4

章 パレスチナ人の政治的認知地図

第 4 章

パレスチナ人の政治的認知地図

―― 2009 年 5 月実施の世論調査に基づく分析――

浜中 新吾

第 1 節 はじめに

2008

12

27

日、ハマース(Ḥamās、イスラーム抵抗運動)との停戦協定の期限を数日前に 迎えたイスラエルは「イスラーム原理主義テロリスト集団」の力を削ぐ「対テロ戦争」の 一環として国防軍による空爆をガザ全土で実行した。翌

2009

1

3

日には地上部隊を投 入し、ガザ市内で市街戦を展開した。イスラエル側が「オペレーション・キャスト・レッ ド」(Operation Cast Red)と呼んだ大規模な攻撃は民間施設や国連が運営する学校や病院にまで 及び、ハマースとは直接の関係にない一般市民に

1,000

人以上の犠牲者を出した。同月

17

日にイスラエル政府は一方的停戦を宣言し、このガザ戦争が終結した。

ガザ戦争が勃発した経緯は

2006

1

25

日に実施された自治評議会選挙に求められる。

この選挙でハマースの選挙リスト「変化と変革」が

74

議席を獲得し、議席総数

132

の過半 数を確保した。この結果を受けてマフムード・アッバース(Maḥmūd ʻAbbās)大統領はリスト の代表であるイスマーイール・ハニーヤ(Ismāʻīl Hanīya)に対し組閣の依頼を行った。しかし ながら欧米諸国は、ハマースがイスラエルに対する武装闘争路線を改めない限り和平プロ セスの支援ができないとの声明を発した。欧米諸国は第二次インティファーダ後のパレス チナに民主化と自治評議会選挙の実施を迫っておきながら、その結果を容認しない姿勢を 示した。

2006

3

月にハマースの単独内閣が発足したものの、下野したファタハ(Fatḥ、パレスチナ 解放運動)の武装集団が準警察組織を構成するハマース民兵と対立し、内紛に陥った。また ハマースを「イスラーム原理主義テロリスト集団」とみなす欧米諸国はパレスチナ援助を 停止し、自治政府関係者

14

万人の生活がおびやかされるようになった。イスラエルの獄中 にいたパレスチナ解放運動各派の幹部が合意した「国民和解文書」をもとに、アッバース

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